だいたい殴れば解決する   作:三回転半ドリル土下座

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渋谷事変7 摩天楼

「マジにやってくれるとはなあ」

 

 粟坂二良は感慨深く顎髭を撫でながら、そちらを見て呟いた。

 今の渋谷には呪霊と改造人間が放たれ、ただでさえ魔窟というのに相応しい。その上さらに、無数の呪霊呪詛師が潜伏していた。

 

「最初は五条悟をなんとかするなんざ、どういった類いの馬鹿が妄言吐いてるのかと思ったが」

「結果的に、ついて正解だったね」

 

 相方のオガミ婆が相づちを打つ。

 最初、この話がやってきた時の感想は、どれだけ都合がいい妄想をしたらそういう発想が出てくるのだ、だった。どんな力を持とうとも、どんな奇策を講じようとも、五条悟に対処するには遙か足りない。その上で「五条悟を封印する」などと言ってみせるのだ。当たり前に、正気には見えなかった。

 それでも協力したのは、偏に払いが良かったから。

 先払いで十分な金を貰い、交渉で嘱託式帳の発動と管理を勝ち取った。後は、夏油とか名乗る小僧が負けた時点でとんずらと考えていたのだが……

 

「こいつぁ存外の幸運だぜ」

「これは儂らも気張らんといかんな。当然、追加報酬は貰って」

 

 ひひひ、と二人して笑う。オガミ婆の孫――血は繋がっていない。そもそも素養のある者を拉致して育てただけなので、本名すら知らなかった――も、合わせて小さく含み笑いした。

 五条悟が封印されたならば、話は全然変わる。奴さえいなければ呪詛師の天下、というほど簡単な話ではないが。なにしろ特級は他にも三人いるし、内一人は総監部の子飼いだという話だし。それでも、仕事は今までより遙かにやりやすくなるだろう。

 五条悟の誕生と共に、失われた自由。やり過ぎれば奴に殺されるという恐怖が常に付きまとっていた。それから解放されるならば、何だってやってやる。

 

「奴らはどれくらいで来ると思う?」

「そうだね……。五条悟の封印が解って、連中が泡食って儂らを探し始めるまで、早くて30分といった所か。実際には妨害やら何やらが入るから、もっと遅いだろうねえ」

「俺も同じ考えだ」

 

 連中が慌てふためく姿を考えながら、にやりと笑う。

 理想で言えば、消耗しきった所で奇襲を仕掛けたい。それが一番楽だし――何より弱者を嬲るのは面白かった。正々堂々など糞食らえ。騙し、呪い、一方的にいたぶってこそ呪詛師だ。

 

「ま、来た所でなんとかなるモンでもねえがな」

 

 高層ビル屋上の強風に晒されながら、縁に立って下を見下ろす。今は人がいないが、もし人がいても豆粒ほどの大きさにも見えないだろう。

 Cタワー下層から中層にかけては、改造人間がウジャウジャといる。強さで言うなら三級から四級程度とはいえ、これだけの数がいればそれなりの労力を要求された。

 雑魚をプチプチ潰し続けるというのは、案外集中力が必要なのだ。油断と雑な集中は、奇襲の難易度を二段も三段も下げる。もしかしたら二級以上の相手が襲ってくるかもしれないと分かっていても許してしまうほど、単調とは脳を冒すものだ。

 

「さて、呪術師はいつやってくるのか――いや、五条悟抜きでどれだけやれんのかね」

 

 場所の発見だけならば、前提条件を考えればそう難しくないだろう。超膨大な区域を一級呪術師すら通過できない縛りと考えれば、適合する条件はそう多くない。

 問題はどちらかと言えば士気だ。五条悟不在の混乱に、あの化け物じみた術師である夏油が上手く隙を突けば、それだけで終わりかねない。呪術師としても策略家としても超一流、それが彼に対する二良の評価だった。

 下手したら、ここでのんびりしているだけで全て終わりかねないが……まあそれはそれでいい。弱者を小突いて稼ぐ金と同じくらい、何もせずに入ってくる金は好きだ。楽しいか楽かの違いでしかないのだ。

 

「だがまあ」

 

 ここで一級術師を狩っておくというのも悪くない。

 なんだかんだ呪詛師というのは呪術師に劣る扱いをされるし、それは概ね事実でもある。が、ここで名のある呪術師を倒せたとなれば、今後の収入に関わるだろう。

 そういった意味では、自分一人だけが降りて、呪術師狩りに参加してもいいかもしれない。多少の無茶は術式でどうにでもなるという自信があったし。少なくとも術式を明かされるまで、自分は無敵だ。

 などと、捕らぬ狸の皮算用をしている時。

 唐突に、Cタワーは崩壊した。

 

 

 

 他の一切が聞こえなくなるような轟音と、立っているのもままならない激震。おまけに、人を殺して有り余る超質量が降り注ぐ中。彼女は絶叫していた。

 

「与あああああぁぁぁぁぁ!」

 

 真依の絶叫が聞こえる。それはもう感情だけで人を殺せそうな勢いの。

 ただまあ。叫んでいられるなら、まだまだ余裕があるのだろう。幸吉はそう判断した。

 

「アンタ頭イカれてんじゃないの!?」

「足動かせ。舌噛むぞ」

「ふざぎゅぶっ」

「言わんこっちゃない」

 

 揺れる、などという表現では到底追いつかない地震の中、三人は無心で走る。この状況で余計な事を考えていては、本気で死ぬ。

 さすがに一級呪術師といえど、数万トンだか数十万トンだかの重量に押しつぶされれば跡形も残らないだろう。

 非常に痛そうではあるが、さすがにその程度で走る速度は衰えない。

 当たり前だが、余裕をもってビルを脱出する。とはいえ、さすがは地上41階建ての超高層ビル。正面になど突っ立っていれば風圧で吹き飛ぶし、余波だけでも一般人ならば軽く死ねる。近場のビル影に潜り込んでやり過ごした。

 

「与さん無茶苦茶しますね……」

「この方が手っ取り早いだろう。何百体いるか分からない改造人間なんぞいちいち相手にしてられんし」

「まあそうですけど」

 

 同意しつつも、呆れかえったような様子で、恵。

 やった事というのは簡単で、理屈で言えばただの爆破解体である。Cタワーの支柱という支柱に呪力を流し込み、タイミングを合わせて一斉にねじ曲げた。後は自重で倒壊しただけである。さすがに本職の発破屋ほど上手くはないが、それなりに綺麗な落とし方ができたのではないか、と自画自賛していた。

 

「Cタワーは分かりやすく要塞化されていたが、それが徒となったな」

「理屈では分からない事もないですけど……」

 

 と、なおも渋そうに恵が言いつのっていた。

 真依は未だに口の中が痛いのか、もごもごしている。

 言い訳がましくなってしまうが、幸吉は続けた。

 

「Cタワーの状況を考えれば、中に居た人間全員が改造人間にされている。ある意味、あそこには敵しか居なかったわけだ。わざわざ一階から綺麗に攻略して体力と呪力を浪費するなんて、その方が馬鹿馬鹿しいだろう」

「中に人質が残されていた可能性は?」

「ない」

 

 そこは断言する。

 今までの傾向から見ても、普通の人間と改造人間は同居できない。仮に上の階で人質を纏めていたとして、そこに何の意味があるだろうか。人質はこちらが救出する前に脅威を与えられる状況でなければ意味が無い。よって、人が居る可能性は限りなく低かった。呪術によるトラップくらいはあったろうが。

 

「大体、俺とお前で人がいない事は確認しただろう」

「まあ、そうですけど」

 

 無論、当て推量で無闇に破壊などしない。小型の傀儡と恵の鵺で、大雑把にだが中を探した後だ。そうでなければ、彼が無理にでも止めていただろう。

 文句を言いたい気持ちは分かるが、さすがにわざわざ相手の勝率を上げてやるのは非常に馬鹿馬鹿しい。ましてや帳の要となっている呪具がどこにあるか分からないのだ。もし複数あった場合、確実に一つはビルの中に隠されている(与ならそうする)。となれば、確実に破壊できるビル発破が一番だ。

 これで上階、ないしは屋上にいるだろう呪詛師まで始末できたとは思わないが、それは逆に都合がいい。これで帳を解除できなかった場合、残りの呪具を吐かせる事が出来る。

 

「てかこんな事して被害総額どれくらいになるんです? 責任取れないでしょ」

「こういう時のための保険だ」

 

 ちなみに、呪霊災害は天災扱いである。どれだけ人為的に見えても、残穢が確認されれば保険適応されるのだ。それを悪用して保険金詐欺を働くような者がいないでもない。そういう奴は、呪詛師の一味として始末されたりなどあるが、それは余談だ。

 まあつまり、責任など取る気は最初から一ミリもなかった。

 

「鬼か」

「現代社会の利点を活用しないでどうする。保険を掛けておかなかったならば、オーナーの責任だ」

 

 後で怒られるかもしれないが、それこそ大地に押しつけてしまえばいい。外側からは、幸吉は天童派と見られている。ただでさえ厄介ごとを押しつけられているのだ、こういう時に有効活用せずにどうする。

 

「言っても無駄よ。こいつ、順調に天童と東堂に毒されてるから」

「言っていいことと悪いことがあるだろ!!」

 

 いつの間にか復帰して、ついでに全身の埃をはたき落としている真依に全力で叫んだ。失礼にも程がある。大体、あんな常識知らずどもとどこが似ているというのか。

 

「似ているところはありますね」

「伏黒!?」

「あんたはこうならないようにしなさいよ。どうやらあいつら、大分感染力が強いみたいだし」

 

 ざっくり同類扱いされて、かなりへこんだ。口が悪い真依だけならばともかく、他校の生徒にまでそう思われていると大分クるものがあった。多少は控えよう、と心に決める。それでも効率より優先させるつもりはないが。

 謂われ無き(?)罵倒は、ひとまず胸に秘めて。視線は、やっと振動が収まったものの、未だ白煙を上げているビル跡地へと向けた。

 一メートル先も見えないが、幸いにして呪術師は呪力を感じ取る事ができる。呪力感知には個人差があり、適性がない者は三メートルも離れれば分からなかったりする。が、幸吉はかなり鋭い類いであり、60メートル程度を大雑把な位置で割り出せる。普段から大地という規格外を見ていると忘れそうになるが、これでも呪術師トップクラスなのだ。

 

「二……いや、三人か。一人は死にかけている」

 

 死にかけの呪力は、寝ている人間よりも感知が難しい。それだけに、より一層気を遣って探らねばならない。

 呪術師は呪力を使ってとどめを刺さなければいけない。自然死なら話は別だが、他殺だとかなり高い確率で、死後に呪霊へと転化してしまうためだ。忘れた頃に転化しても問題だが、一番厄介なのはすぐさま一級ないしは特級呪霊となってしまう事だ。減った筈の戦力が逆に増強される、というのは笑えない。

 

「伏黒」

「準備できてます」

 

 彼は手に呪具の剣を持っており、玉犬・渾もすでに別の場所で潜んでいる。

 どの班にも火力保証要員はおり、与班だと恵がそうだった。強さだけで言えばメカ丸より上の幸吉だが、一点、火力という面でだけは劣る。真依などもっと露骨に補助向けであり、シンプルに接近戦が弱かった。フィジカルギフテットの恩恵を半分得ているのに、全く宝の持ち腐れだ。

 これは生得領域に式神が刻まれている者全般に共通するのだが、打撃力が高い。内訳は違えど、概ね相手に対し致命的な攻撃が期待できる。式神使いの頂点と言って差し支えない十種影法術ならばなおさらだ。

 与班はある意味、恵に最大限の火力を発揮させ続ける為のチームである。

 

「俺は一番元気な奴を引き剥がす。伏黒と真依で残った奴らを始末してくれ」

「分かりました」

「了解」

 

 最低限の指示を出した後、息を潜めながら仕掛けた。

 手に握り込んだのは、その辺に転がっていた、砕けたビルのコンクリ片。呪物でもなんでもないそれは大して威力など期待できないが、傀儡操術と合わされば、百発百中の魔弾となる。

 行け――とは声に出さない。彼らはそんな事をせずとも呼応してくれる。

 投げたコンクリ片は三つに割れてそれぞれの元へ飛翔した。これらは簡単に防がれるが、元より打撃を与えるのが目的ではない。これは言うなれば誘導灯だ。この閉ざされた視界の中で、二人が的の元までたどり着くための。

 いったん二人の事は頭の隅に追いやり、一番動きがいい敵へと接近する。近くまで接近すると、煙の中でも体の輪郭が見えた。背はさほど高くないが、反面体つきは戦士のそれ。年も大分行っている。多分、六十は過ぎているだろう。特徴的なのは髪型で、頭頂部にだけ残した逆ハゲだった。

 敵はまだこちらを見失っているし、状況把握もできていない。当たり前に待ってやるほど優しいわけもなく、右足に可能な限りの呪力を込めた。

 ハイキック。身体能力や呪力では同学校の上位陣、大地や葵に劣るものの、ワンポイントの技術なら近い能力は出せる。

 全ての能力を突出させられるならそれに越したことはない。しかし、時間、呪力、労力……あらゆるリソースは有限だ。なんでもかんでも手に付けてものになる筈がなく、あの天童大地ですら遠距離戦はほぼ捨てている。恐らく現代の呪術師で、全てにおいて最上級の能力を持っているのは五条悟ただ一人だろう。

 無いならば他で賄えばいい。幸いにして、傀儡操術はそれが容易な術式だった。発想と戦術を術式に組み込んで、足りない分を補う。

 混乱を作り、煙幕を張り、完璧な形で渾身の一撃を叩き込む。ロジックは完全な形となった。

 足から伝わる鈍い衝撃、防御される事もなく入った時特有のものだ――が、同時に違和感。最低でも首がへし折れている筈なのに、その感触は伝わってこない。まるで大地に攻撃がクリーンヒットしたときのようだ。

 

(ち――)

 

 一撃で始末できないパターンも考えていたが、これはさすがに想定外。即座に距離を空けて、鼻先を拳が掠めた事でそれが正解だったと知る。

 

「テメェ……ずいぶんな真似してくえるじゃねえか。楽に死ねると思うなよ」

 

 空をかき分けて、やっとはっきり見えてきた敵の傷一つない顔を確認しながら、幸吉は嘆息した。どうやら、簡単には終わりそうにない。

 

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