だいたい殴れば解決する   作:三回転半ドリル土下座

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渋谷事変8 相性

 乱れ飛んでくる打撃の嵐を捌きながら、幸吉は思慮していた。

 呪力で強化された打撃は、強い気流を生み出す。一撃ごとに風が顔を煽るのもそうだが、白煙舞い散るこの中では、拳の軌跡がはっきりと見えた。それだけ鋭い攻撃という事でもある。いかに幸吉でも、まともに受ければただでは済まないだろう。

 

(総合的な体術レベルは相手の方が上。攻撃的な術式を使ってくる様子はなし。視界が曖昧な中でもこちらを正確に捉えてくる)

 

 確定した情報だけを頭の中に広げる。ここから考えられる能力はいくつも候補が浮かぶが、断定させられる程の情報はない。そして、術式の開示以外で能力を明かせるほど、戦いを長引かせる気も。

 

(ひとまず、この中で戦い続けるのは駄目だな)

 

 逆ハゲの呪力感知は、幸吉と比べて圧倒的に範囲が狭い。恐らく半径数メートルといった所だろう。代わりに、大雑把な形まで掴んでいる様子だった。でなければ、屈んだ時に顔を狙えるはずがない。

 すでに視界が限定された中で戦う理由はなかった。

 幸吉が煙の外に出る仕草を見せると、逆ハゲはあっさりとついてくる。幸運な話ではない。逆ハゲは、自分がここに残った方が不都合、ないしはどちらでも問題ないと考えているからだ。片方はかなりの手負いだと言うのに。

 自分が残っていればすぐさま助けられる、と思うほど幸吉は強くなければ傲慢でもない。上には上がいることを、普段から痛感している。

 それに、仲間の二人は弱くない。全環境対応と言って差し支えない十種影法術。それを真依が生かし切れば、格上だって倒せるだろう。

 煙をかき分けて外に出ると、やっと敵の全体像が見えてくる。見た目は、田舎の頑固親父といった風体だ。同時に、全身から血臭がする。歴戦と言えば歴戦の呪詛師ではあるのだろう。

 

「なんだよ。まだ小僧じゃねえか」

「そういうあんたは腐りかけの木だ」

 

 安い挑発に、逆ハゲが凶暴な笑みを浮かべる。

 

「生意気!」

 

 再び突っ込んできた所を見るに、やはり接近戦タイプで間違いないようだ。

 さて、と攻略手順を考え始める。

 まず突破しなければいけないのは、無敵のからくりだ。幸吉が呪力全開で急所に当てれば、大地だって「痛い」とくらい思う。なのに、逆ハゲは完全なノーダメージだった。かといって体に干渉できなかった訳ではなく、頭を蹴飛ばした時は勢いに負けて首が傾いている。

 対物理攻撃特化か衝撃の吸収か。とりあえず防御型の術式を仮定する。どれであっても厄介極まりないし、普通の手段では突破できない。呪術師の戦いにはままある事だが、これだけで場合によっては詰みだ。

 ただし、幸吉には普通ではない手段がある。

 

(メカ丸を同道していなかったのは、逆に功を奏していたか。結果論だが)

 

 メカ丸は強力な兵器ではあるものの、欠点がなくもない。一目見て術式を看破できるなど。今回、見えてない事は、多少なりともプレッシャーになっているはずだ。

 数の利でごり押しできない相手には、そういった小手先が意味を作る事もある。

 まあどのみち、テロが渋谷だけとは限らない以上、少なくとも関東圏では即応する必要があった。すぐに起動できないような状況は許可されなかったのだが。

 呼吸と同時に、肩からも力を抜く。技量面で上の相手と殴り合うのは、それなりに緊張した。

 複雑な術式を持っている者は、全員が感じているだろう。術式が分からない相手に一発いいのを貰ったら、それだけで負けるかもしれない、と。自分が一発で詰ませる事ができるからこそ、余計に恐怖を感じる。だからこそ、呪術師というのは体術を念入りに鍛えるのだが。

 

「いいのかい、俺にかかりっきりで。あいつら死ぬぜ」

「揺さぶるならもう少し言葉を選ぶべきだな」

 

 安いと言い切ることは出来ない。が、逆ハゲが任せているのと同程度には、幸吉も彼らを信頼している。

 全身――とりわけ四肢に呪力を集め、距離を詰める。出来れば呪力砲で牽制の一つでもしたかったが、幸吉のそれは実用レベルに達していない。

 飛び込むと同時に左のジャブ。手の甲で払われる。そのまま突き出された縦拳は首をひねって躱した。腕が伸びきる前に横薙ぎの裏拳、これは半ば誘ったために、ダッキングで軌道外へ動きつつ懐へ潜り込む。ロシアンフックぎみの一撃を顎に突き刺すが――避けさせるつもりだったのに、わざと受けられた。頭上で組んだ両腕が、スレッジハンマーとして振り下ろされる。

 身を投げ出すように転がり、追撃する隙がないよう努めて姿勢を戻す。相手も、ロシアンフックの感触が甘い事に気付いたのだろう、無理に追撃はしてこなかった。

 両者共に接近戦で戦うが、予想通りと言うか、圧されているのは幸吉だ。

 

(呪詛師なんてしてるんだから、もうちょっと体術は邪道だと思ったのに……想定外にド正道)

 

 技術で負けているといっても、大きな差はなかった。が、正統派格闘技を使われては、不意を突かれる事がない代わりに逆転の目もない。正規技法の厄介さだ。どこまで行っても当たり前の技でしかないが、代わりに長ずれば絶対に崩せない。

 

(それに、防御方面に関しては絶対的な自信を持っている)

 

 捌くより受けた方が実入りがいいと判断した時、躊躇なく体で受けている。ちょっとやそっとじゃ攻略できないと思っている証拠だ。

 無敵の術式など存在しない。あの五条悟すら、天童大地に突破されている。ましてや人間は危機が迫ると、自然に対処しようと体が動く。無理に自制するよりは、反射に任せられるところは任せた方がいい。要所でそれを制御できるのは、術式だけではなく自分の体を使いこなしているから。

 総じて高レベルに纏まっている。ままいる、なんで呪詛師なんかしているのか分からない術師だ。

 だが、まあ。所詮はそれだけ。

 

「なんだ、急に攻めっ気をなくしおって。ちんたらしてるなら……そろそろ死ぬか?」

「お前、自分より強い奴と戦った経験がないだろう」

「あん?」

 

 眉をひそめた逆ハゲに、淡々と告げる。

 

「警戒心が足りないって言ってるんだ」

 

 男の戦い方はよく言えば果断と言えなくもないが。幸吉から見れば、無警戒に過ぎる。少なくとも幸吉であれば、絶対にここまで拳を交えなかった。決め手がある様子もない格闘戦を長々続けている時点で、違和感を持って早々に切り上げるべきなのだ。

 そうしなかったのは、自分が圧しているから。()()()()()()という現状に甘んじたためだ。

 弱者を制圧する事に慣れきっている。一度自分の中で格付けしてしまえば、それ以降、相手の格を更新できない。危険に対して感度が鈍化してしまった証だ。

 

「妄言にゃ付き合わ……」

 

 言葉を言い切るより早く。男の右手が、男の首を絞めていた。

 ぎょっとしながら、左手で右手を引き剥がそうとする。しかし筋力差と指が食い込んでいるのとで、上手く行ってはいなかった。

 術式の分類には色々あるし、当然一概に言える物でもない。個人個人の運用方法や主義主張でも大きく変わる。それでも幸吉が分けるならば、概ね二種類だ。事前準備を必要とするか否か。当然、傀儡操術は前者である。

 

「俺の術式は基本的に、接触したものへ影響を与える」

「っ……! 術式の開示!」

「触れた物を支配下に置ける。似たような術式は色々あるが、俺の場合、最大の利点は支配下に置いた物の機能を生かせるという所だ。カメラであれば視界を共有できるし、鳥であれば飛べ、腕であれば握るも殴るも自由自在。直感的に扱えるから手間もいらん。今しているようにな」

 

 メカ丸を運用できる理由も、これが由来する。いちいちどこそこを動かすという意識は必要ない。それに、各種オプションのように、元々備わっている機能であれば自由自在に扱えた。

 もっとも、欠点もある。本来持ちうる機能を逸脱するような運用は、基本的に出来ない。また、黒鳥操術のような一点特化の術式と比べれば、どうしても同種の物を扱った場合、劣ってしまう。

 それでも、汎用性と使いやすさのバランスを考えた場合、これを上回るものはなかなかないと思っていた。

 

「傀儡操術……! お前、与幸吉か!」

「知ってるのか」

「呪詛師でお前を知らない奴はモグリ以下だ!」

 

 忌々しげに逆ハゲが吐き捨てる。

 未だ右手を引き剥がそうと四苦八苦しているが、それは致命的な失策だ。呪力で洗い流すなり、幸吉の開示を止めるなり、もっと早い段階でするべきだった。もっとも、ここまで気づけなかった時点で無意味ではある。

 今まで自由だった左手がいきなり制御を失い、右手と同じく首を絞め始めた。術式の開示によって底上げされた効果が、半端だった左腕内の術式を結実させた。

 接触発動タイプの手順は、言うは易し行うは難しを地で行く。

 呪力を流し込むのと術式を流し込むのは、似ているようで違うのだ。概ねどの術式も同じだろうが、一定以上の呪力を流し込まなければならない、というのもある。戦闘中に体を纏う呪力と術式を使い分けるのは難しい。しかも咄嗟に呪力を集中できる打撃点以外にとなれば、難易度はさらに跳ね上がる。

 一発で足りない時は、多重に流し込んで呪力同士を接触させ、総量を増やさなければならない。一発で流し込めたのが右腕であり、浸透で後から術式効果が現れたのが左腕だ。左腕の場合はそれだけでも足りなかったため、術式の開示でさらに強化した。

 これでほぼ上半身の自由を奪った。体の制御を奪われた状態で、術式を洗い流すほどの瞬発力で呪力を流すというのは、案外難しい。

 

「で、お前。不自然なほど指に呪力込めてるな」

 

 言葉に、逆ハゲがぎくりとする。

 ダメージを少しでも抑えるなら、呪力は指ではなく首に集中するはずだ。術式を洗い流すにしたって、必要なのは継続的な呪力ではなく瞬間的なもの。どちらにしろ呪力を持続させる理由はない。

 ならば理由は一つ。その方がダメージを軽減できるから。

 

「お前の術式は反転か」

 

 一定枠の中でダメージ値を入れ替える、とでもいったところだろう。少なくとも下は意図的に区切っている。でなければ、風に吹かれて死亡、などという羽目になりかねないし。

 そして、攻撃にも転用はできない。可能ならば拳が掠めた時点で体の一部が抉れている。

 優秀で扱いやすいが、強力とまでは言えない術式だ。だまし討ちには向いているものの、化かし合いには向かない、とでも言えばいいのか。

 もう一つ、彼の術式は直接打撃力にしか適用されない。傀儡操術のような術式との相性は最悪だ。

 逆ハゲが背後へ向かって走り始めた。仕切り直しではない、完膚なきまでの逃走。正しい判断だが、これもやはり遅すぎる。

 動きを制するようにしてアスファルトが捲れ上がった。縄のように固まったそれは逆ハゲに絡みつき、その場に縫い付ける。ぐ、と苦しげな男のうめき。

 

「お前達がCタワーを要塞化していたように、俺も簡易ながらここを拠点とした。当然の行動だな」

 

 戦場になりそうな場所の要所に呪力を通し、簡単な罠を複数作った。これくらいしないと思われている事こそ心外だ。

 アスファルトの縄は拘束力こそそれなりだが、締め上げる力はさほど高くない。それでも呻くほどに効いたのは、反転させる術式の影響だ。すぐ立て直したあたり、体の部位ごとにオンオフを切り替えられるようだが。どのみちすぐ抜け出せないのだから意味がない。

 

「ところで、俺の術式を相手の頭に叩き込んだらどうなると思う? お前を操るのか、それとも血管なり何なりを操って即死させられるのか……」

「や、やめっ……!」

「答えは身をもって知れ」

 

 これ見よがしに拳へ呪力を込め、思い切り振りかぶる。逆ハゲは全力で頭へ呪力を回し、防御姿勢を取った。全くの無意味と知りつつ。術式効果は威力と無関係。脳を支配されては後から呪力を流して解除するという手段を取れない以上、しなければいけないのは防御ではなく回避だ。

 そもそも、最初から頭など狙っていないのだが。

 大ぶりの一撃は、術式を解除して通常の耐久力しかない縄の上、土手っ腹へとめり込む。男は血をまき散らしながら、地面に陥没した。

 

真依(仲間)が言ってたぞ。ブラフをブラフと見抜けない奴が呪術師をするのは難しいとな」

 

 あるいはもっとシンプルに、馬鹿がやっていけるほど甘い業界ではない。

 めり込んだ逆ハゲに近づき、様子を見る。肋骨はぐちゃぐちゃに折れ、内臓も大分傷ついてはいるが、死んではいない。ひとまず安心する。

 殺人を忌避しているわけではない。呪詛師の抹殺は呪術師の役割であるし、実際殺した事は何度かある。今更そこに思うところなどない。

 今回は、帳の解除法を聞き出す必要があるというだけだ。術式の関係上、生け捕りは幸吉の役割でもあった。

 心情的な面をぬきにすれば、生け捕りというのは案外難しい。基本的に、よほどの実力差がなければ成立しないのだから。今回は運と相性に救われた。まあそういった要素が味方しなかったとしても、負けることだけはあり得なかっただろうが。

 呪力欺瞞からの術式浸透。体術に勝る相手と接近戦での立ち回り。環境や事前準備まで含めた駆け引き。一つとして簡単なものではないが、こなせるように鍛えた。同年代に超人二人も抱えていると、これくらいの芸はこなせるようになる。ならないと死ぬ、というのもあった。

 

「随分早く終わらせたわね」

「まあな。上手いことはまってくれた」

 

 真依が恵を連れて向かってきたのには気付いていた。と言っても、戦闘中に呪力探知ができるほど習熟してはいないので、終わった時点で分かったのだが。

 彼女は逆ハゲをのぞき込み、

 

「……こいつ、生きてるの?」

「一応は半殺しだ」

 

 みぞおちのあたりを陥没させ、口から血の泡を吹いている姿を見てはそう思うのも仕方ない。痙攣もないのでぱっと見で生きてると分からないが、ちゃんと心臓は動いている。いざとなったら無理矢理動かす事も出来るし。

 腹巻きの中に差し込んである、頭部がやたら大きな釘のようなもの三本を取り出す。呪符も巻いてある事だし、これが帳を維持する呪具と見て間違いないだろう。

 地面に転がして、釘を踏み潰す。帳の方を見るが、一見して違いはなかった。といっても嘱託式の帳など前例がないのだから、呪具を壊して即解除、となるのかどうかも分からない。

 

「駄目か?」

「いえ、上の方から視覚効果が消えてます。恐らく成功ですね」

 

 恵に言われて視線をやや上に向ければ、徐々にだが解けているのが分かった。とりあえず安堵する。

 結界の機能を他人に預け、尚且つ強度も既存のものより向上させる。そんな縛りを結んでなお、隠蔽にまで気を使える可能性は低いと踏んでいたが。ないわけでもない。最悪、ここからまた条件を絞りつつ駆けずり回らなければならないところだった。

 

「それで、こいつをどうするか」

 

 意識の戻らない呪詛師を眺めながら呟く。

 正直な所、こいつにもう価値はない。引き出せる情報があるとは思えないし、かといって本部に送る手間をかけてまで助けてやる義理もなかった。しかし放置は論外。呪霊に転化するもの、生き残られて再び呪いを振りまかれるのも看過できない。だが呪術師を拘束するというのは非常に難易度が高く、専用の装備と設備を必要とする。

 

「殺しましょう」

 

 言いながら、恵が犬型の式神を出す。

 

「いや、ちょっと待ちなさいよ」

「血の気が多すぎるぞ。どう育ったらそこまで殺意が高くなるんだ」

「五条先生の元で育ったらですが」

 

 ぴくりとも笑わず答えてくる。幸吉と真依は思わず眉間を揉んだ。

 確かに五条悟は対呪詛師のプロという側面を持つが、それにしたって覚悟が決まりすぎではなかろうか。そういえば大地も呪詛師特化の殺し屋みたいな事をしていた。特級はそういう役回りが多いのかもしれない。

 

「じゃあどうするんですか」

「いや、他に方法はないが……」

「もうちょっと躊躇とか……」

「つまらない事に拘ってないで、とっととやることやって次行きましょうよ。こうしてる間にも他の人たちは戦ってるんですから」

 

 ぐうの音も出ない正論である。相手が無抵抗な半死人でなければ、幸吉も容赦はしなかっただろう。

 そこで違いをつけるのがおかしいと言われればその通りであるし、実際、甘いのは彼らの方だ。分かっているが、それはそれとして引く。

 結局幸吉がとどめを刺して、次の標的へと動き始めた。

 手の中に残った、無抵抗な命を抉る感触を不快に思いながら、なんとなく考えた。伏黒恵。彼はこと精神的な割り切りにおいて、御三家の人間よりよほど御三家をしている、と。

 

 

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