だいたい殴れば解決する   作:三回転半ドリル土下座

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渋谷事変11 水

「よし」

 

 という小声と共に、来いというハンドサインが続けられる。その後を、なるべく音を立てずに走った。

 渋谷駅構内は、地獄か魔界かと思っていたが、中身は予想以上だ。そこら中に死体が転がっており、恐怖の中で人が死んだとき特有の気色悪い呪力が所狭しと漂っている。しかも、そこら中をうじゃうじゃと人喰いの化け物が徘徊しているとなれば、それこそゲームの世界だ。

 こういった状況で一番頼りになるのは式神使いと相場が決まっている。式神使いの強みとは、概ね一人でなんでもできる点だ。保有している式神の質と種類にもよるが、上手く使い回せば出来ないことはない(だからこそ、大地のただ強いだけで半径10メートルしか動けない式神は意味が分からないのだが)。とりわけ偵察を任せるには最適だ。

 物陰に隠れていると、今正に、呪霊に頭をかじられて絶命せんとしている人間が一人。

 

「ちっ」

「抑えろ釘崎」

 

 今にも飛び出しそうな彼女の肩に手を置いて止める。

 

「私達の役割はあくまで位の高い呪霊、ないしは呪詛師を始末する事だ」

「分かってますけど……!」

「なら耐えろ。そのために棘たち掃討部隊がいる」

 

 相手には、類を見ない結界術の使い手がいる。それこそ実力が違いすぎて、どれほどの真似が可能か測れない程だ。呪霊もしくは改造人間の破壊をトリガーに、警報器としての役割を発揮しないとは言い切れなかった。

 もしそんな効果を付与されていれば、せっかくここまで隠密で潜り込んだのが全てパアだ。そう悩まされている時点で術中かもしれないが、考慮しないわけにもいかない。

 駆け引き、準備、結界術。少なくともこの三点においては後塵を拝している事は認めなければならなかった。

 

「あーおっかねえなあ」

「…………? なんです急に」

「いやさ、俺らこれから最低でも一級、下手したら特級と戦うんだろ? そりゃ怖いって」

 

 わざとらしく手もみする姿に、真希は苦笑した。張り詰めた空気を誤魔化すために、声を掛けてくれたのだだろう。

 ふっと力が抜ける。野薔薇も気を遣われたと理解したし、それで怒るほど子供でもない。

 

「猪野さんでも怖いんですね」

「そりゃそうだろ。二級が特級と戦う事なんてまずないって。こんなん誰だって怖いよ」

「じゃあ猪野さんがビビらなくて済むようにしっかりサポートさせてもらいますよ」

「おし。じゃあ――っ!」

 

 急に、琢真が声を潜めて手を上げる。あらかじめ決めていた、異常事態発生の合図。

 

「いよいよ本命のお出ましだ」

 

 今まで以上に接近していく。と、鈍い真希にも分かった。馬鹿でかい単一の呪力のみが生み出すことの出来る圧迫感。全くの感覚的なものだが、複数混ざった呪力ではこうはならない。最低でも特級と言えるような、濃密な気配。そして、ついでと言うにはあまりに濃すぎる死の匂い。

 あと曲がり角一つという所まで接近して、真希は二人を待機させた。呪術師としては二人が上だが、だからこそ呪力を完全に絞った状態なら真希の方が動ける。

 壁に背中を当て、手鏡……などという気が利いたものなど持っていないため、液体金属を鏡面に加工した。当然見やすいと言える物ではないが、それでも大雑把に姿くらいは確認できる。

 

(芋虫みてえな赤い顔の呪霊……未確認の特級だな。植物は天童が祓ったとして、ツギハギに火山に芋虫かよ。特級呪霊四体とかどうなってんだ)

 

 いっそ悪態の一つでもつきたくなる。異様すぎる戦力だ。しかも、それぞれが特級呪霊の中でも上澄み。一体一体が、呪術師が構える拠点を攻略できそうな能力を持っている。

 どうやってこんな連中を集めたのか気になるが、今考える事ではない。半歩だけ戻って、声を潜めながら言った。

 

「まず猪野さんが奇襲、意識を偏らせた所で私が叩く。野薔薇は牽制だが、機会がありそうなら敵に直接ぶちかましてやれ」

「あいよ」

「了解です」

 

 返事を確認して、真希は配置につくべく走り出した。同時に、体に巻き付けていた液体金属を長刀に変える。

 こういう時、自分の班は有利だ、と真希は感謝した。誰一人として、接近戦に拘らない。という事は、奇襲が容易という意味でもあった。相手が何も分からない内にブチ殺すのが得意な編成。

 ただしそれは――

 配置についた瞬間、転がっていた500円硬貨(多分、混乱の折に誰かが落としたのだろう。そこら中に散らばっていた)を指で弾く。芋虫は音の方向に、一瞬だけ気を取られた。言うまでもなく間抜けで傲慢な挙動だ。自分を強者だと知っており、狩られる側に回るなど欠片も思っていない者の行動。

 振り向いた一瞬の隙に、芋虫の側頭部へ琢真第一の式神が突き刺さる。刺さらず弾力に負けるが、そんなものは織り込み済みだ。

 真希は長刀を延長して振るう。最大射程は20メートル以上にもなるが、威力を保持するなら5メートルが限度。つまり、今ならば最高に近い威力で叩き込める。ずむ、という音と共に刃は刺さるが、感触はとてつもなく重い。というか、鈍い。恐ろしく堅いゴムをハンマーで叩いているような感触だ。

 

(両断……できねえ!)

 

 今まで、足りない物を悔やんだ事はいくらでもある。むしろ充足した記憶を探す方が難しい。その中で、唯一攻撃力だけは自信を持てた。呪力を得てからは特に。が、それすらも目の前の呪霊に不足しているというのか。

 これが特級。

 が、切断とまでは行かずとも、半ばまでは食い込んでいる。さすがに首(だと思う。見た目が芋虫だからよく分からないが)を半分も断たれては、すぐに再生できまい。目玉の片方は飛び出かけているし、口から血も吐いている。

 

「死ねぇっ!」

 

 物騒というか男前すぎるかけ声と共に、野薔薇が接近した。地面を滑るように走った後、一足で届く距離に入ると飛び上がり、斜め上から強襲する。後は本体に直接共鳴りを決めて終わり、という所で。

 真希は悪寒を感じ、金属を液体に戻して操作、野薔薇の胴に巻き付けて引っ張った。

 彼女は急な方向転換にうめきを上げながらも、なんとか釘だけは打ち込む。しかしその釘は、何かに強く弾かれた。

 

「ぎゅぎゅ、ぎぎぎぎ……」

 

 芋虫が気色の悪い声を上げて嘔吐する。中から大量の人骨が吐き出された。そして、周囲には水の輪。釘を弾いたのもこれだ。様子を見るに、一度発動したらオートで防御してくれるのだろう。

 

「水を生み出して操作する術式かよ」

「めんどくさいですね」

 

 近くに降り立った野薔薇が合いの手を入れた。

 

(こうなると泥仕合だな)

 

 確かに奇襲奇策にはめっぽう強いチームではある。しかしそれは、チームに直接的な火力と搦め手が不足するという意味でもあった。防御力に富んだ相手は苦手だ。最大の攻撃力を持つ真希の一撃で仕留めきれなかったのなら余計に。

 ふるふると震える手で、芋虫が手を上げる。指の先にいるのは、真希だった。

 

「おまえ、しってるぅ。はなみが、しんだ、ところに、いた」

「ハナミ?」

 

 疑問を解消する答えは返って来なかった。代わりに、呪力が極端な収束を見せる。

 芋虫が風船みたくなり、頭頂部が裂ける。そこから生まれてきたのは、大地の式神とはまた別の意匠をした亜人だった。

 呪力の総量自体は、今までとそう変わらないと思う。しかし、呪力の滑らかさ、なにより密度といったものはほぼ別人だった。今までとは、強さが二段も三段も違うのは疑いようがない。

 この現象を、真希は聞いたことがある。

 

「――最悪。今までの強さで呪胎だったのかよ」

 

 攻撃を食らった事がきっかけか、或いは予定調和だったのか。特級呪霊は蛹から蝶へと進化した。

 相手の変容に一瞬悩んだのは確かだ。が、誓って油断はしていない。にもかかわらず、全身を四方八方から殴りつけられた。

 

(なんっ!)

 

 威力そのものは対したことがない。問題は、上下の区別すらつかなくなった事だ。視界は閉ざされ歪み、激しく揺さぶられる。おまけに呼吸すらままならなかった。何より不味いのが、呼吸をするタイミングだった事だ。気道を塞がれた。

 全身が重たい。手足を必死で動かす。といっても、逃げる先すら分からないのだからあまり意味のない行為だが。

 まともに前が見えない中、こちらに向かって高速で接近するものを二つ見つけた。うち近い方は攻撃の意図が見えず、手も伸ばしている。真希はこれを野薔薇か琢真と断定し、同じく掌を向けた。

 手を強く握ると体が引っ張られ、同時に背中を引っ掻かれる。幸い、退避が間に合ったために掠めた程度だった。

 

「ゲフッ! ゴフ!」

 

 引っ張って連れられ、呼吸の出来る場所へたどり着く。咳き込みながら、周囲を覆っていたのが大量の水だと気がついた。

 

「真希さん、大丈夫ですか?」

「ああ、なんとかな。死ぬかと思ったよ」

 

 というか、水の中でも平然としている琢真がいなければ死んでいた。

 目に見える範囲は全て水で満たされている。地下……何階だったかは忘れたが、とにかく地下のために水の逃げ場が少なかったのだろう。少しずつ減ってはいるが、まだ人を沈めるには十分すぎる。という事は、フロアどころか階層そのものが水で満たされていると思った方がいい。

 

「想定してたより大分バケモンだな」

「これちょっと私だとどうしようもないかもしんないっす」

「ただでさえ地力に差がある上、相性まで悪いんだから気にするな。私だって猪野さんがいなけりゃ今ので詰んでた」

「式神は環境によって得手不得手が強く出るからな。んでも、こんなに有効な状況は初めてだけど」

 

 僅かに顔を拭いながら語る様子を見るに、言うほど優位はないと考えた方がいい。

 

(相手は思ってた程、強くない。ただし、思ってたよりずっと尖ってる)

 

 陸と海の機動力差を考えるに、恐らくは水中特化。膨大な水を溜めも必要とせず生み出す力といい、環境を作る事だってできる。絶対に閉所で戦ってはいけないタイプだが、かといって外に引っ張り出す手立てがなければ逃げる算段もつかない。

 水さえなくなれば、まだなんとかなりそうだが。呪力特性だか呪術だか知らないが、さすがにこの規模の水をもう一度生み出せるとは思いたくなかった。

 

「……完了。お前ら、もう自力で立てるぞ」

「あ、ほんとだ」

「どうやったんですか」

「式神の一つ、霊亀の拡張術式だ。本来は体の表面に水の膜を作って、防御力上げたり移動の補助くらいしかできないんだけど。こんだけ水があれば最高速度で自由自在、なんてなるのは今日初めて知った」

「呪霊と水ん中で戦う機会なんてないですもんね」

 

 ともあれ、ありがたい話ではある。これで最大の問題点は解決した。

 ここからどういう攻撃に繋げてくるかは、もう想像力と未来の自分に任せるしかない。水圧か衝撃波か、まあ水の中で起こりそうな事を想定しておけば大丈夫だろう。同時に、考えられる大抵のことは、霊亀が防ぐないしは軽減してくれる。

 

「んじゃ全員で……ぶっちめるぞ!」

 

 泳ぐというよりは射出されるような気持ちで、水をかき分ける。機動力は僅かに劣るものの、所詮は少しだけ。数に勝りそれなりの連携があれば、囲むのだけはさほど難しくないと判断する。

 想定していた水の自動防御性能向上はなかった。もしかしたら、式神の福次効果により、水の防御をかき分けているのかもしれない。どちらであれ追い風である。

 手の甲から液体金属を延ばし、両手に刃を作る。それなりに威力があり、速度も確保しつつ、なにより扱いに気を遣わなくて済む。腕力で無理矢理ねじ伏せるつもりで何度も叩き込んだ。が。

 

「っ……! パワーじゃ無理か!」

 

 水の防壁は単体で見ると、それなりの性能でしかない。ただし、とにかく再構築が早かった。一発目で防壁を貫き二発目で打撃を与えようにも、手数が足りない。しかも、攻撃を当てられたとして、受胎状態ですらあの耐久力だ。一体何十発食らわせればいいのか。

 呪霊から呪力の高まりを感じた。真希の脳裏に、圧殺という言葉が過ぎる。

 しかし、呪霊の様子をただ一人、野薔薇だけが嘲笑った。

 

「バァカ」

「!?」

 

 呪霊の全身に棘が突き刺さる。しかも、棘は水流に乗って回転し、呪霊の体をズタズタに引き裂いた。

 

「あんたの術式が外に弾くタイプだったらやばかったわね。でも回転するだけ、流れも素直。こんなもん、術式を乗せて叩き込んでくださいって言ってるようなもんなんだよ。能なし呪霊には分からないだろうが、まともに考えられる脳みそ積み直して出直せ」

「呪霊……ではない」

 

 “簪”に裂かれるのも無視してよじり、釘を外しながら。呪霊が初めて、感情をあらわにして吠える。

 

「真人にも、漏瑚にも……お前達が殺した花御にも……皆だ。我々には名前がある! 私は陀艮だ! 呪霊などという名前ではない!」

「これからぶっ殺す奴の名前なんて知るかよぉ! 散々人間を殺しといて今更甘ったれてんじゃねえぞ!」

 

 野薔薇が全力で金槌を振るう。“共鳴り”を直接当てる、彼女の手札でもっとも威力の高い技。

 が、陀艮も警戒していた。現状、唯一打撃を与えることのできる相手なのだから当然だ。こちらもあからさますぎるほど、彼女を中心に戦いを組み立てていたし。

 野薔薇の金槌は釘を叩くことなく、彼女ごと渦に飲まれていく。

 

「良くやった、釘崎」

 

 ただし、彼女は囮。本命は腰だめに右手を構えた真希であり、彼女に霊亀の大半を与えた琢真。

 正拳突きみたく放たれた拳は、当然水の防壁に防がれた。防壁そのものは砕くものの、突破して本体を叩くには至らない。これは分かっていた。どのみち威力を上げたところで、緩衝材がある以上、効果は薄い。ただの打撃なら、だが。

 真希の右腕には、現在ストックされている全ての液体金属が集中していた。奇妙な形状のガントレット。手の甲側に、拳二つ分はありそうな構造物が乗っている。

 何かが高速で擦れる音。腕ほどもある大きな杭が、陀艮へ向かって打ち出された。

 背中にまで走る重たい衝撃と、確かな感触。周囲の水が濁っているのは、陀艮の体液が溶けた為だ。

 

「パイルバンカーなんて、漫画の馬鹿武器だと思ってたが。案外使い時ってなあるもんだな」

 

 脇腹を抉られて(反動で狙いが逸れた)苦しむ擬人化蛸を長々と眺めたりなどしない。もう一度拳を振りかぶり、今度こそとどめの一撃を食らわせようと意気込む。

 拳を解き放った所で、陀艮が掌印を組むのが見えた。

 

(まず……!)

 

 打拳を加速させようと足掻くが、すでに最高効率。これより上は望めない。

 野薔薇の方を向いてるはずなのに、化け物の昏い目がこちらを捉えている。そんな妄想に駆り立てられながら。

 

「領域展開」

 

 漆黒が辺りを包んだ。

 

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