だいたい殴れば解決する   作:三回転半ドリル土下座

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ブリーフィング

「えー、それでは姉妹校交流会一日目、団体戦の“チキチキ呪霊討伐猛レース”のミーティングを行いたいと思いまーす」

 

 何その受け狙おうとして盛大に滑っちゃったみたいな競技名。そんな感想を、悠仁はすんでのところで堪えた。つい先ほど生還で受けを取ろうとして、思い切り顰蹙を買ったのを思い出したからだ。

 今でさえ、野薔薇プレゼンスの遺影っぽい木枠を強制されている。怒りの程度にしてはお手軽な罰に見えて、これでなかなかメンタルにダイレクトアタックしてきた。

 音頭を取っていたパンダは、しかし打って変わって声を窄ませる。

 

「と言っても、ぶっちゃけこっちにはまず勝ち目ない」

「なんで?」

 

 いきなりの弱気に、悠仁が疑問の声を上げる。

 

「そりゃあお前、東堂、与、天童の三人衆がいるからよ」

「説明不要のトップスリーだろ……って、そういや悠仁と順平はド素人だったな。おい恵、そいつらの説明してやれ」

「三人だけ? ほかの人はいいの?」

「ぶっちゃけそいつらに比べたら誤差でしかないからな」

 

 物憂げな様子で、真希がため息交じりに言った。

 天童大地に関しては、まあ強いというのは分かる。立ち振る舞いから呪力から、とにかくすべてにおいて強者の風格を醸しているのだ。肌感覚でしかないが、体術に限って言えば悟より上だろう。さすがに呪術師としては悟の方が上なのだろうが。

 説明を投げられた恵が、訥々と語り始める。ちょうどいいからと遺影木枠を置こうとしたが、野薔薇に睨まれたので諦めた。

 

「東堂葵、一級呪術師。術式は不明だが、去年の百鬼夜行で一級呪霊五体、特級呪霊一体を単独で討伐してる。術式が広まってないって事は、極端に分かりづらいか、もしくはフィジカルだけでも強いのか。前者であってほしいと思うが、あまり期待しない方がいい」

「百鬼夜行ってのは?」

「ああ、そっから知らないのか。呪霊を使ったテロがあったんだよ。東京と京都に、数千匹の呪霊が放たれるって事があったんだ」

「やべえじゃん」

 

 言葉が、どちらにかかったのかは悠仁自身も分からない。

 とりあえず考えるべきは、過去よりもこれからだ。悠仁が知っている特級と言うと、少年院に現れた存在しか知らない。あれが特級呪霊としてどの程度の位置にいるかは分からないが、少なくとも悠仁では手も足も出ず、宿儺ならあっさり倒す存在だ。

 あの時よりは、強くなっている。意識せず呪力を練れるようになったし、特級相当の呪霊と戦い経験だって積んだ。今なら為す術なくやられはしない――とは思うが、同時に勝てるとも思えなかった。

 つまりこの時点で、東堂葵は明確すぎるほどの格上だ。

 

「次に与幸吉先輩。この人はめちゃくちゃ有名だな。過去には究極(アルティメット)メカ丸って名前で活動してた」

「アル……なんて?」

「本当に何だろうな……。よく分からないセンスはおいといて、五条先生が最強の術師なら、与先輩は最良の術師と呼ばれてる」

「へー」

 

 と、やたら薄ぼんやりとした返事を返す。

 呪術師において『強い』と言われればなんとなくイメージも湧くが、『優れた』ではあまりピンとこない。とりわけ術式というのは、ややこしい要素が多すぎる。一概に言えない、というのを地で行く力という印象が拭えなかった。

 

「与先輩は天与呪縛だった」

「テンヨジュバク?」

「簡単に言えば、生まれ持って何かと引き換えに何かを得られる力だ。“縛り”の原型とも言われてる。禪院先輩がそうだ。あの人は呪力がない代わりに、強靱な肉体を得ている」

「別にそんないいもんでもねーけどな。普通に呪力持ってるならその方が便利だ」

 

 話がどうも釈然としなく、疑問を投げかける。

 

「でもよ、その理屈だと呪力を持ってない人間ってみんな天与呪縛って事にならねえ?」

「一般人でも、呪力が全くのゼロって訳じゃないんだ。あくまで呪術師的素養がないってだけで。お前だって命の危険を感じたとき、術師でもないのに呪霊が見えただろ? 禪院先輩はそういう事が絶対にない。だから眼鏡で呪霊を見てるし、常に呪具を携帯してるんだ」

「ああ、そういえば」

 

 恵と初めて会った時の事を思い出す。確かに、宿儺の指を食う前から呪霊が見えていた。あれはそういうからくりだったのか、と納得した。

 やっぱりまだ呪力や術式に関して理解が甘いな、と改めて思う。

 呪力がないのになぜ呪術師などしているのだろう、という疑問は残ったが。うっすらとだが、真希が聴かれたくない雰囲気を出していたので口には出さなかった。

 

「話を戻すぞ。与先輩は一級でも最上位に位置する呪力と、日本全土を覆うほどの広大な術式範囲を得る代わりに、自力で動けないほどのリスクを負ってたらしい」

「過去形なんだよな?」

「ああ。何をしたかは知らないが、与先輩は天与呪縛のメリットを維持したまま、デメリットを解消した。やったのは天童らしい……これも噂だが。らしいってのは、その詳細が全くないからだ。与先輩が言うには、天童と“縛り”を結んだとか。自分が治療される代わりに、天童の力に対して一切口外しないっていう」

「へー」

「……まあ、お前にデメリットのない天与呪縛がどれだけ脅威か分かるはずもないか」

 

 疲れたようにため息を吐かれる。そういった重要情報がないのは、大体先生のせいなので文句はそちらに言ってほしい。

 

「術式は傀儡操術。呪力を込めた物質を操るっていう至ってシンプルなものだ。先輩は人形を日本各地に200体以上置いてて、救援要請すればどこにいても準一級相当が駆けつけてくれる仕組みになってる。お前が宿儺の指を飲んだ時も、先生の到着があと五分遅れてたら、与先輩が来てただろうな」

 

 すげ、と思わず呟く。

 死んでも惜しくない、なんなら自爆特攻すらさせられる人形をどこにでも派遣させられる。味方なら頼もしく、敵からしたら正に悪夢だろう。

 五条悟の無下限呪術は最強と表現するに値するものだが、傀儡操術もある意味それに類するものを感じる。

 それに、いい加減悠仁も、多少であれば呪術師界隈の常識というものを身につけていた。術式には詳細を明かしていいものとそうでないものがあり、たとえ前者だとしても、切り札は絶対に言わない。ただ人形を操るだけの術式ということはないだろう。

 同時に、それは天童大地という人間の特異性を浮き彫りにしているとも言えた。

 

「なるほど、それで最良かー」

「術師やってりゃ必ず世話になる。交流会終わったら、吉野先輩と一緒に挨拶行けよ」

「おう」

「それで、最後に天童だが……」

 

 今まであった敬意の念が一瞬で消え、深くため息をつく恵。どれだけ大地が嫌いなのだろう、とちょっと引いた。

 

「あれについては、禪院先輩の方が詳しいですよね。そっちでお願いします」

「あいつの事、口にするのもヤなんだけど……」

 

 仕方ない、と言うように肩を落として。ひたすら忌々しそうに後を継ぐ。

 

「天童大地。旧姓、()()大地。私の従甥(じゅうせい)にあたる、禪院家の直系だ」

「なんで名字違うの? もしかして、もう結婚してるとか?」

「いいや、頭がおかしすぎて禪院家を除名された。今は禪院家の分流扱いだ」

「えぇ……」

 

 予想外すぎる回答に、何も言い様がなく。嫌々続ける彼女の様子を見ているしかなかった。

 

「あいつの人間性を問えば、誰に聴いても『気が触れてる』って答えるだろうよ。なあ?」

「しゃけしゃけ」

「男に対しては比較的まともなんだけど……まあ、頭おかしいよなあ」

 

 真希の言葉に、パンダと棘が同意する。というかここまで悪し様に言ってるのに、一欠片も否定の声が上がらないのは逆に凄い。

 

「弱い奴はシカトする。強い奴にはとにかく絡む。悟がいたら絶対喧嘩を売りに行く。強さ関係なく、初対面の女は罵りに行く。強さも人格も悟に並ぶクソオブクソだ。あんまりに被害が大きいから、ジジイも泣く泣く禪院家の外に放り出した」

「そんな奴野放しにして大丈夫なの?」

「言ったろ、とにかく強えんだよ。悟みたいに政治的な駆け引きしようとしないから、上層部受けはいい。あいつの場合、単に興味がないだけなんだがな。まあ呪術師にとっては決戦兵器扱いだよ。後はまあ、仕事に対しては結構真面目だから、プライベートで絡まなきゃそこまで問題ある人間でもねえんだ。腹立つ事に。あいつが居てよかったと思ったのなんて、親父が一方的にボコられて半泣きになってたの見たときだけだ」

「ちょくちょく感じてはいたけど、禪院先輩って嫌いな相手多すぎない?」

 

 京都校にいた姉妹と思わしき相手とも、なんだか雰囲気が剣呑としていたし。ちょっとだけ、この先輩の方にも問題があるのではと思えてきた。

 という気配は、はっきりと筒抜けだったようだ。鋭い視線が飛んできて、悠仁は目をそらした。こういうタイプの女性には逆らっちゃいけないと経験が言っている。

 

「術式は支配握術(しはいあくじゅつ)……一応相伝なんだが、独自の運用と縛りで原型がねえ。本人のやる気がないんだかなんだか知んねーけど、術式らしい術式を使ってる所だって見たことがねえしな。悟なら知ってるだろうが、どちらにせよ交流会前には教えてくんねーだろ。どうしても知りたきゃその後に聴きな」

「はい先生! 相伝ってなに?」

「相伝術式って言ってな、まあ一族がありがたがってる術式だと思えばいい。どうせそんなもん掘り下げる機会もねえだろうし」

 

 知りたい話にちょくちょく知らない用語が混ざってきて、そろそろ頭が混乱してきた。

 

「せめて秤がいればなあ……」

 

 パンダがぼやく。

 

「なんでだよ。そこは憂太だろ」

「馬鹿言うなよ。憂太と天童がぶつかってみろ、軽く手合わせする程度でもフィールドごと吹き飛んで、下手したら俺達まで巻き添えで死んじゃうじゃん」

「……まあ、そうだな。ああクソ、ほんと鬱陶しいな! せめて大地か東堂のどっちかにしろよ!」

「しゃけ」

 

 また知らない名が出てきた。

 二年は四人、順平を入れて五人だから、秤と憂太という人、どちらかが先輩の可能性が高い。親しさの差からして、憂太という方が同級生か。確か、フルネームは乙骨憂太。恵が唯一手放しで尊敬できる先輩と、前にこぼしていたから覚えている。

 二年のやりとりを見ていると、横から恵が声を掛けてきた。

 

「虎杖。そんなことはあり得ないと思うが、天童だけは絶対()()にさせるなよ。ちょっとでも本気を出す気配があったら引け」

「呪霊を多く倒した方が勝ちのルールだろ? そんな事態は起きないと思うけど。なんで?」

「天童は特級だからだよ。知らないお前に説明すると、呪霊の特級と呪術師の特級じゃ意味合いが全然違う。呪霊が大都市崩壊レベルから特級扱いされるのに対し、特級呪術師は単独で国家転覆が可能な術師を指す」

「……マジで?」

「ああ」

 

 呟きながら、自分が一番印象強い特級を思い浮かべる。

 火山頭の呪霊――そこにいるだけで生きとし生けるものを呪い殺せそうな相手を軽く一蹴する姿。圧倒的な火力に機動力。何より、必中必殺の『領域展開』を使用可能とし、その上相手の領域を押しつぶせる練度を持っている。

 それに、あえて言われるまで意識した事がなかったが、確かに悟ならば一国家くらい軽く潰せそうだ。

 

「ちなみに国家っていうのも、そこらの小国じゃなくて、日本を基準にしたものだ。天童は頭のおかしな戦闘狂だが、馬鹿じゃない――馬鹿じゃないと言っても、相手がちょっとブレーキを踏み間違えたら軽く死ねるって事は忘れるな」

「なんか、聞けば聞くほどどうしようもない相手に思えるんだけど」

「実際その通りだよ。交流会でもなけりゃ顔会わせる機会だってないような相手だ」

 

 うーん、と悩む。

 いっそ異様なほど嫌われている人間だが、実のところ、実際に顔を合わせた悠仁の印象はそれほど悪くない。話せば通じるし、順平だって助けてくれた。ついでに、自分の治療も。

 問題の多い人柄だというのも確かだろうが、そんなに心配もいらないだろう、と楽観する。さすがに風聞を体験より優先する気にはなれないし。総合して、大地に対する悠仁の評価は、ちょっと頭のネジが緩んだそこらにいるチンピラ、という所だった。

 

「ま、なんとかなるっしょ」

「悪い人ではないよね、僕のことも……と」

 

 順平が合いの手を入れ、口を滑らせたといった様子で慌てて抑える。

 

「なんだよ、歯切れ悪ぃな」

 

 気になってか、真希がつついてきた。

 

「いや、これ言っちゃ駄目だって言われてて……」

「誰によ」

「七海さん。えっと、七海健人一級呪術師に」

「そりゃ確かに絶対言っちゃ駄目なやつだ」

(ナナミン信頼厚いなあ)

 

 まあ、何かと敵が多そうな悟が頼りにするくらいだ。これくらいは当然なのかもしれない。そういう意味では、建人が指導役になってくれたのは幸運だった。

 一通りは話し終えたと言う事だろうか、パンダが肩をすくめた。

 

「ま、そういう訳で今年は絶対勝てんのよ」

「むしろよく去年勝てたなあって感想なんだけど」

「去年は憂太がいたし、当時一年だった与と天童は出てこなかったからな。今年と逆の構図だよ。あ、分かってると思うけど憂太は特級な」

 

 こんなにぽんぽん特級が出てこられると、そんなに安売りしなくてもいいんじゃないか、と言いたくなる。なんて冗談めかして、パンダが肩をすくめた。

 説明されたからと改めて考えた。

 東堂葵。特級呪霊を祓った実績を持つ人間。当然、今の悠仁に勝てる相手ではないし、囲んでもなんとかなるんだかどうか。先輩達の口ぶりからすると、多分無理っぽい。

 与幸吉。話を聞いただけならば、遠距離戦特化に聞こえるが。それこそ接近戦が全くできない、と考える事こそ馬鹿馬鹿しい。悠仁が同じ立場なら、切り札の一つくらい用意している。ただ、人形の方は準一級相当らしいし、フィールドも端から端まで走って動けないなどと言うほど広くない。東堂葵よりはなんとかなる期待は持てた。

 最大の問題である天童大地……多分、術式を知っている真希が中心になって戦うことになるのだろうが。誰に聞いても五条悟に匹敵するという答えが返ってくる時点で、どうしようもない。もしかしたら東京校全員対天童大地でも負けかねない。

 

「……勝ち目がなくね?」

「さっきパンダがそう言ってただろ。まあ、最初から負ける気で戦るのも趣味じゃねーし、可能な限り勝ちは追求するけどな。という訳で虎杖、お前は東堂をどうにかしろ。あいつはガチガチの近接タイプだし、お前接近戦しかできないんだろ? 任せたぞ」

「ウッス!」

 

 やるからには勝とう、という意見には完全に同意だった。相手がどれだけ強かろうが、これは祭り。本気でやらなきゃ楽しむ事すらできない。

 気合いを入れようとしたところで。いきなり、入り口が蹴破られた。

 ドカバキ音を立てて、へし折れた扉が壁に叩き付けられる。誰もそれに当たらなかったのは幸運を噛み締める間もなく、皆が唖然とそちらへ向いた。扉があった場所には、両腕を組み足を上げた大地と、にたにた笑った真依が立っている。

 真っ先に復帰したのは真希で、自分達、つまり下級生を守るように立ちはだかる。

 

「おいおい、敵情視察にしては随分派手だな」

「視察……? 俺は調べず日替わりランチを頼むタイプだ。お前達の術式や戦略を探るような真似はせん」

「どういう例えだ」

 

 呆れながらも、真希は臨戦態勢を解かない。大地を気にしているというよりは、その後ろにいる真依を警戒しているようだが。

 

「用があるのは真希、お前だけだ。顔を合わせてすぐ済ませようと思ってたが、すっかり忘れててな。さっき真依に言われて思い出した」

 

 余計な事しやがって、と渋い顔をしながら、妹を睨む真希。当の本人は様子から見るに、これを見たかったから着いてきたんだろうな、という嫌らしい笑みを浮かべていた。

 

「さて、少し付き合ってもらおうか。ああ、そういう意味じゃないぞハニー」

「うるせえ死ね。こっち見んな」

 

 ウインクをする大地に、ひたすら辛辣な言葉を浴びせる野薔薇。多分壮絶な顔をしてるんだろうな、と振り向くことはできなかった。

 

「という訳で面を貸せ」

「嫌だ」

「俺はお願いをしてるんじゃない。命令してるんだ」

 

 言うが早い、大地は真希の首を絞めていた。あまりの早業に、誰一人として反応できない。

 いや、動き自体は目で追えないほど早かった訳ではないのだ。彼が行ったのは、真希の肩に手を置いて重心をわずかに崩させた後、軽く押して独楽のように半回転。突き出した腕をそのまま首に絡ませ、スリーパーホールドに移行。七秒後に失神させた。

 なんてことのない技に思えて、臨戦態勢――それも格闘技の心得がある者に対して――反応させずに行うのは並の事ではない。同じ立場だったら、多分悠仁も抵抗できなかっただろう。自分達と彼とでは、技術を語る次元そのものが違うと思い知らされた。

 

「禪院先輩!?」

「何やってんの!」

「おかか!」

「テメェ!」

「別にどうこうしようって訳じゃねえから黙ってろ。三十秒で戻ってくる」

 

 いきり立った四人を制するでもなく、脱力した真希を引きずって建物の外に出て行く。追いかけようとした者もいたが、それは真依に阻まれた。

 彼女の強さがどれほどかは知らないが、さすがにこの場にいる全員から囲まれればどうにもなるまい。

 が、誰が行動するより早く、外で小さな打撃音が響いた。続いて「ぐぇっ」というカエルが潰れたようなうめき声。呆気にとられている内に、二人が戻ってきた。真希は顔をしかめながら、脇腹をさすっている。

 

「真希さん! 大丈夫なんですか!?」

「特になんともないけど意味わかんねえ……いきなり気絶させられたと思ったら殴られるしよ……」

 

 とりあえず、ぶつくさ言える程度にはなんともないのだろう。ひとまず安心する。

 なぜか、真依はその様子を見るでもなく、にんまりと笑みを浮かべていた。

 

「で、どういうつもりって……おい!」

 

 大地は話も聞かずに、真希から眼鏡を取り上げる。

 

「見えるか?」

「何がだ……って……は?」

 

 途中、口ごもった状態を続けるように、彼女は口をぽかんと開けた。

 大地のすぐ近くに、化け物が立っていた。一言で言うなら、それは亜人だ。頭の上半分が三角形に形成し直したような形になっている。肩には太いベルトをかけており、体の随所にハートマークをあしらっていた。身長は恐らく二メートルほどだろう。筋骨隆々の、まるで大地を一回り大きくしたような姿。

 式神、なのだろう。ただし、恵が扱うそれから威圧感を数百倍したような存在感がある。

 

「ちょっと待て! なんで私にそれが()()()んだ!?」

「よし、俺の理論は正しかったな」

 

 言葉に、遅まきながら真希が驚嘆していた理由を知った。彼女には呪力がない、当然呪霊も式神も見えない。

 どうも、この事実は悠仁が思っているよりずっと大事らしい。呪術師の常識に疎い悠仁と順平、そして最初からある程度事情を知っていたであろう真依以外の全員、顎が外れそうな大口を開けている。

 

「せっかくだから解説してやろう。双子とは呪術師的な視点から見た場合、同一視される場合が多い。これは明確な検証があったからではなく、呪力を共有していたりと言った場合が多いからだが……まあこれはいい。俺は過去の記録を紐解いている内、あることに気がついた訳だ。双子が生まれた場合の効果がばらばらだとな。そこである事に思い至った。これは双子が呪術的に繋がりがあるのではなく、生まれながらにしてリスクとメリットを背負いあった――つまり無自覚な縛りを結んでいるのではないかとな」

「やりたい事は分かったけど……これ殴る必要本当にあったのかよ」

「知らないけど。私だけ殴られるの、なんか気に入らないじゃない」

「お前……」

 

 言いながら大地は式神を引っ込め、不適な笑みを浮かべた――その表情すらも獅子っぽいのだから面白い。

 

「当然、無自覚な縛りなのだから内容は曖昧だ。故に能力値のばらつきが生まれ、双子は同時に同程度、弱くなる。曖昧な縛りとは得てして破られるギリギリの上限ではなく、余裕を持って下限で発揮されるからな。俺はそれを、明確なものへと縛り直した」

「むしろどうやって縛り分解、再構築なんてしたのかが気になるんだが……」

「俺と縛りを結んだら教えてやる」

「じゃあいいです」

 

 パンダはあっさりと諦めた。それほど気になる事ではなかったのか、単に大地と縛りを結ぶのが嫌だったのか。多分後者だろうな、と思った。めちゃくちゃ表情に出ている。パンダなのに。

 すげなく拒絶されても大地は気にせず(あるいは気づかず)続けた。

 

「この方法により、三流程度の呪力とリスクに見合わない天与呪縛でしかなかった双子が、二級から一級相当の呪力と、超人ほどに高いフィジカルを持った二人に変わったわけだ。方法としては縛りの破棄だけというのもあったんだが、その場合、俺の理論が正しいかどうか判別できないから廃案した」

「おい、どういう事だ!? って事はお前、呪力的に“完全な別人”にすることもできたのか!?」

「聞いてないわよ! なんで完全に切り離さないの! そっちしなさいよ!」

「うるさい」

 

 食ってかかる二人に対し、大地の太い中指が額を捉える。デコピンだ。ただし、響く音は指先で叩き付けた程度のそれではない。まるで分厚いゴムを木槌で思い切り叩いたような音だった。

 二人同時にひっくり返り、転がりながら悶絶する。

 彼はそんな様子を全く気にすることなく、真依の襟首を掴んで、そのまま引きずった。

 

「ほれ、用事は終わったんだからとっと帰るぞ」

 

 何事もなかったかのように去って行き。後に残ったのは、なんとも言えない沈黙だけだった。

 

「まあつまり、ああいう奴なんだ」

 

 パンダの一言に。

 なんとなく、悠仁にも天童大地がなんでこんな扱いなのか分かってきた。

 

 

 




Q.真希か真依が死んだらどうなるの?
A.真依は普通の呪術師に、真希は天与の暴君になります
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