だいたい殴れば解決する   作:三回転半ドリル土下座

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渋谷事変16 術式のない一級術師

 10月も末になる夜を走っているというのに、肌寒さは一切感じなかった。むしろ不愉快な熱が籠もっているため、上着を投げ捨てたいくらいだった。高級ブレザー(お値段約130万円税抜き)のため、そんなことはできないが。

 もはや戦闘は止めようが無いほどに激化している。背後から響き続ける轟音を背に、いいタイミングで離脱できた、と日下部篤也は安堵した。この役割を回してくれた天童大地には感謝の一言である。

 篤也は自分が弱いとは思っていない。なんだかんだ、一級呪術師として相応しい力は持っていると自負している。しかし、有能だとも思っていない。

 呪術師は生得術式を持ってこそ。これが界隈に蔓延している風潮だ。

 当たり前と言えば当たり前の話である。呪術師の中でも(上層部や旧家で)術式の中でさらにランク付けなどしているのだ。術式なしが、軽んじられていない訳がない。

 それでも普通に呪術師をしていられるのは、現場の人間なら内心はどうあれど、わざわざそんな指摘をする奴はいないからだ。

 斬った張ったの仕事をしているのだから、当然呪術師の倫理観は緩い。反感を買えば背後から刺される……などという事はないにしても、見捨てられる事はおおいにあり得た。というか実際にあった。

 ともあれ、術式がないと軽くみられがちだし、その評価は概ね正しい。

 基本的に術式は呪力運用の完全上位互換だ。通常の呪術操作ではあり得ない現象をたやすく実現する。呪力のみで具現する現象は、理屈の上で言えば誰でも可能だった。そこにあるのは上手いか下手かというだけ。

 まあつまり、篤也が一級の中でも一番ショボい仕事をするのは当然なのだ。何もおかしくない。恥ずかしくだってない。だって怖いんだもん。

 ある程度の方向を道路で進んだ後、ビルの上に飛び乗る。夜蛾正道と家入硝子がいるのは、高速道路の……何と言うかは分からない。都内在住とはいえ道になど詳しくないのだ。運転はだいたい補助監督に任せているし、分からないで困ったこともない。

 二人の前に飛び込む。と、腰を沈めかけて戦闘態勢を取ろうとしていた正道が目に入った。急接近する呪力に構えたが、途中で気付き警戒を解いたと言った所か。

 

「日下部、何かあったのか? パンダはどうした?」

「天童特級からの伝言っす。五条特級が封印された、と」

「……はあ!?」

 

 正道が愕然とする。硝子も声にこそ出さなかったが、様子は似たようなものだった。咥えタバコを落としている。

 

「どうやって知って……いや、天童はどうしたのだ?」

「不意打ちで外に放り出されたみたいで、元気にまた突っ込んで行きましたよ。パンダはそん時貸しました。避難誘導の為で人手が居ると」

「そうか」

 

 彼は疲れたようにそう返すと、サングラスを外して目をほぐした。かけ直した時には、雰囲気を戻している。

 

「君を一級と見込んで意見を聞きたいのだが、悟をどうにかした相手に、天童が対処できるか?」

「十中八九勝ちますね」

 

 これは疑いようもないので、断言する。実のところ、その評価すらかなり悲観的だ。本来なら絶対と言ってもいい。

 そもそも大地と悟、両者は同レベルの特級なれど、持っているスキルは種別からして似ても似つかない代物だ。

 ただでさえ呪術は、似たような別の術式は、同じ防御手段で防げない。五条悟への対抗手段など、天童大地には無力な訳だ。ましてやあんな化け物共にとなれば、可能不可能以前に無謀としか言い様がなかった。

 五条悟を敵対してはいけない相手とするならば、天童大地は近づいてはいけない相手。接近戦特化であるにも関わらず、彼にとって格闘戦距離は、いっそ頭がおかしいと言いたくなるほど広いのだ。

 五条悟を封印する。正直、全く信じられないが。まあひたすらにメタを張り続け、万の幸運を引き寄せて成功させたとする。さらに大地に対してまで似たような事ができるかと問われれば、絶対に否だ。勝敗で言うなら、彼らは大地を渋谷に入れてしまった時点で負けている。

 

「ちなみに聞きたいんすけど、天童が一度五条をボコったってマジですか?」

「ああ、本当だ。あの時は領域展開まで使って半殺しにされていた」

「うっそだろオイ」

 

 正直に言って、攻撃を当てたと言うだけでも眉唾の情報である。その上半殺しというのは、もはや異次元過ぎて、どこをどう飲み込めばいいのか分からなかった。

 

「それならなおのこと無理でしょ。後は天童が、いつ相手の首魁を叩きのめすかって話になりますけど……」

「問題はそれ以外だな」

 

 恐らく五条悟封印を契機にしてだろう、現在の渋谷は呪霊や呪詛師といった呪いで溢れかえっている。どちらかと言えば、問題はこっちだった。

 呪術師、特に旧家の中には、一定数「一般人の被害など知った事か」という勢力がいるものの。大多数は被害の抑制をある程度頭に入れて動いている(一般人第一主義というのは、それこそ悟の教え子くらいだ。篤也だって、自分の命をかけてまでそこまでしない)。すでに被害が渋谷で収まれば御の字、これからはいかに呪霊を外へ出さないか考えなければいけない。

 

「お前には最前線に復帰して貰って、できれば特級を相手して欲しい」

「げっ」

「――が、状況がそれを許さない。どうも奴らは、補助監督を中心とした『後方支援狩り』をしているようだ。抜けた情報網の穴埋めをしつつ、後方支援狩りへのカウンターを行ってくれ」

「よっしゃ!」

「お前な……」

 

 篤也の逃げ癖を知っている正道は、そう呟きながら、大きく嘆息した。

 ざっくり、補助監督の護衛と奇襲の撃退。なんともおいしい役割だ。

 補助監督を始末するのに、どの程度の腕前を持つ者が回されているかは知らない。ただ、間違いなくさほど強い奴ではないだろう。根本的に主力となりえる腕があるならば中央近く、確実に一級以上がやってくる場所へ配置する。しなかったらただの阿呆だ。

 補助監督には実力の他に、術式はあるものの精神的な面でやっていけなかった者や、術師上がりもいる。とはいえどちらであっても腕はさび付いているだろうから、高く見積もって準二級。余裕を持つなら二級でおつりがくる。まあ、その程度の呪詛師がいるかも分からないため、準一級と思っておけばいいか。

 いくら自分を低く見積もりがちな篤也と言えども、さすがに準一級に負けるとは思わない。

 ほどほどの危険で、命を脅かされる事がなく、胸を張って役割をこなしたと言える。ぼろい仕事とは正にこのことだ。

 

「でも、前線の奴らにゃどうするんですか?」

 

 篤也は基本的にさもしい人間ではあるものの、卑怯者ではない。とりわけ身内には、そうするべきだと思っていても見捨られるほど非情ではなかった。

 

「そちらは冥冥に任せる。彼女は現状、攻撃を開始していない唯一の一級だ」

「また余裕がある采配っすね」

 

 呟きに、正道が小さくかぶりを振る。

 

「そうせざるをえなかった、という方が正しいな。補助監督潰しが判明した時点で、彼女という駒を進める選択肢はなくなっていた。悟に天童にと、戦力に余裕があったのは否定しないが」

「現状は奴さん以外、誰も想像してませんよ」

 

 軽く慰めの言葉を送っておく。

 冥冥が持つ『黒鳥操術』は、便利ではあるものの強力な術式ではない。さすがに詳細までは知らないが、彼女は概ねカラスを操るのに使っていた。ざっくりとした認識では、傀儡操術の下位互換だ。

 ただし、術式の性能はともかく、扱いは卓越している。広域に多数の目を張り巡らせるというのは、幸吉でも無理な使い方だった。

 確かに補助監督が機能していない以上、彼女は下手に動かせない。

 

「連絡は?」

「常に取れるよう言ってある」

「子供の大部分が投入されてる中、大人が雁首そろえて後方とは情けねえ限りだなあ」

「お前が言うと驚くほど説得力がないな……」

 

 気持ちは分かるが、という風に正道が呻く。

 と、彼が意気を取り戻すより早く、背後からけたたましい音が鳴った。何事かと、全員が振り向く。

 遙か遠方で、ひときわ大きなビルが白煙をまき散らしながら沈んでいた。こんなところまで音が届くくらいだ、現場は天変地異もかくやという状況だろう。

 というか今一番大変なのは、顎が外れるんじゃ無いかというほど口を開けている夜蛾正道なのだが。

 いたたまれなくなって、硝子が声を掛ける。

 

「あー……夜蛾先生、大丈夫かい?」

「…………」

「駄目だ、反応が無いね」

「あれってどこだ?」

「ん、ちょっと待って、地図見るから。Cタワーっていうビルらしいね」

「へえ。派手にやってますねえ。被害総額どんくらいでしょ」

「さあねえ。超高層ビルの値段なんて知らないよ。まあ、別に私達が保障するわけじゃないからなんでもいいよ」

 

 完全に取り返しがつかない所まで倒壊しているCタワーを遠目に見ながら、ぼんやりと呟く。正道としては、あれが敵の手であって欲しいだろう。こちらが攻め込む側だという事を考えれば、望み薄だが。

 やっと正気を取り戻した正道が、おもむろに叫ぶ。

 

「だ、誰だ!? 天童か!? 東堂か!?」

「あいつら信頼ねぇー。どっちも居場所が違いますよ。別の奴ですって」

「必要に迫られてなんだから、許してあげましょうよ」

「おまっ……バッ……おま……!」

 

 もう言葉もないという有様だ。

 

(政治方は大変だわな)

 

 棒付きキャンディーを振りながら、篤也は内心思う。

 呪術師の社会は狭い。それ故に、どこか閉鎖的な田舎めいた権力構造をしていた。つまり、たかだか学校の校長が絶大な権力者であるし、時には政治家の前に出張る必要だって出てくる。篤也から見れば、きっぱりと面倒ばかりの損な役回りだった。

 続き、Cタワーとは別方向で、またもやビルが倒壊する。こちらはCタワーのように狙い澄ました一棟ではなく、複数纏めてだ。

 Cタワーに比べれば、比較的小粒なビルが多い代わりに、結構な範囲が雪崩のように倒れている。多分、被害総額はどっこいなんじゃないかな、と篤也は大雑把に当たりをつけた。目算が大きく間違ってはいないだろう、というのは、正道の表情から明らかだ。

 

(これもしかして後から怒られたりすんのか?)

 

 渋谷を封鎖しているのだから、少なくない情報が政府に届いているのは確実だ。その状況でどれだけごまかしがきくのかというのは、ちょっと分からない。

 

(ま、夜蛾さんみたいな人を少しでも助けるのは、俺達大人の役割だよな)

 

 ただし、政治以外で。

 どうせ最前線でドンパチするしか能が無いのだから、そこで貢献するしかない。

 

「家入さん、補助監督の行動ルートとかってあります?」

「ないよ。下手に動きを知られて逆手に取られても面白くないしって事で」

「ですよね」

 

 分かっていたことだ。まあ、確認しないわけにもいかない。ついでに言えば、補助監督の担当区域に関しても言いたくはないだろう。かなり本気で、どこからどう情報が漏れているのか分からないのだ。或いは、分かっていても手出しできない所から流されている。知らないというのが一番の防衛策というのは、誰にとっても笑えない話だが。

 一瞬、補助監督の情報が途絶えた位置を聞こうかとも思った。しかし、あまり意味が無いと止めた。倒した付近をふらふらしている事などありえないし、もしそうだとしたら、頭が悪すぎて脅威にはならない。いちいち確認しにいくなどあらゆる意味で無駄手間だ。

 頼れるのは呪力感知のみ。つまり、いつもと同じ。

 

「んじゃ行ってきます」

「ああ。なるべく早く確実に頼むよ。ここまで来られると、夜蛾先生が対抗せざるを得ない。そうなれば、渋谷に蓋をするって方策は失敗も同然だからね」

 

 返事の代わりにひらひらと手を振った。

 高速道路から飛び降り、走る速度はほどほど。全力疾走はしない。呪力の探索とはそれなりに神経を尖らせる作業であり、全力行動と同時にはできなかった。……鼻歌交じりに実行する奴もいるが、それは天才ではなく変態である。

 とりあえず、あからさまに大きな呪力は弾く。続いて小さく洗練されていない呪力も。どんどんと除外していき、最終的に判断がつかなかったのは、数点だった。

 

(さすがにこれ以上は虱潰しになるな)

 

 味方の一級が遭遇しそうな位置は放置するか、とも思ったものの。すれ違われても怖い。最短、最高効率で動く。

 はっきり言って、それで成功するとは欠片も考えていない。一度目は全部空振りで、範囲を広げていき、何度目かで成功すれば御の字、くらいに考えていた。のだが。

 

「さすが俺。日頃の行いがいいからだな」

 

 まさか一発目で正解を引くとは思わなかった。

 奇妙な形状の刀を持った優男。背は小さくて線も細い。金髪をサイドテールにしており、目の下には少しばかりの入れ墨。インド風の袈裟みたいな着こなしで、上半身は半裸だ。

 これだけならば、ハロウィンの仮装で押し通せないこともない。が、刀に血が滴っていれば話は別だ。

 そう遠くない場所に補助監督もいる、と思う(呪力が小さすぎていまいち確信が持てなかった)。足を速めて、誰も巻き込まれずに済む位置で会敵するよう調整した。

 

(こいつの特徴、聞いたことがあるな。確か交流会に奇襲をしかけてきたんだったか?)

 

 その通りの相手なら、ある程度手札は分かっている。戦闘能力はそれなりでしかないが、小器用で便利な男。防御向けの術式を持ち、曰く「なんとなく攻撃が決定的にならない」らしい。随分とファジーな物言いだが、まあ術式にはそういうものも多数存在する。名前は、名前は……何だったか。どうでもいいので覚えていない。

 つまるところ、学生相手に粋がるのがせいぜいの小悪党だ。

 

「黒いスーツじゃない。けど呪術師だよねぇ。殺しちゃっていいんだっけ?」

(おまけに実力の差も分からないと来たもんだ)

 

 ここまで阿呆だと、いっそ哀れになってくる。

 馬鹿に情報は与えない。組織の鉄則だが、これもまた聞かないわけにはいかず、問いかける。

 

「一応聞いとくが、お前補助監督を倒すのが役割なんだよな。何人くらい投入されてるのか言えや」

「聞き出して見てよォー」

 

 小馬鹿にしたように口を尖らせながら、刀をぷらぷらと振っている。腹が立つ馬鹿面だった。これを生徒がしていたら、すぐにげんこつを落としていただろう。

 

「安心しろ。すぐに何もかも吐き出したくなるようにしてやる」

「へぇ。おじさんが? 気張りすぎて腰を痛めたとかは勘弁してよね」

 

 まずは、必殺と様子見を兼ねた一閃を首へ。

 男は全く反応できていなかった。にも関わらず、進路上に刀が挟まる。たまたま持ち上げた刀が、たまたまこちらの一撃をそらすような形で置かれて、たまたま側頭部を擦るだけに止まった。

 冗談のような偶然の連続であり。恐らくは、全て必然。

 

(なるほどねえ。これがよく分からない防御か)

 

 敵の攻撃に限り、極端に都合のいい偶然を起こす。こんなところか。

 呪術であるのだから、何らかの制限はあるのだろう。厄介なのは、こういった類いの術式は、呪力に紐付いていない場合が多い事だ。条件によっては、多少時間がかかるかもしれなかった。

 なるほど、対人経験が薄い奴に、いかにも刺さりそうな術式だ。

 弾かれた刀が手から離れる。この隙に二の剣を繰り出そうとして、目の前の光景に思わずぎょっとした。

 男が持つ、細身で柄が手の形をした刀、その指が動いて男を掴む。飛ぶのを阻止するだけではなく、反動を利用してこちらへ斬りかかってきたのだ。

 

「うおっ!」

 

 思わず声を上げて飛び退く。タイミングがあまりにも想定外だったため、薄皮一枚を斬っていた。はらり、とブレザーに切れ目が入る。

 

「あーっ! テメェこれいくらすると思ってんだ!」

「知らないよそんなの。ちぇーっ、あと少し深かったらバッサリ行ってたのになあ」

「行くかボケ」

 

 本人は分かっていない様だが、刃の軌道はうっすら肉を切る軌道だった。服しか切れていないのは、単純に呪力まで含めた防御力に、刀が負けたからだ。

 小さく細く息を吐き、刀を構え直す。

 男の呪力はさほど小さいわけではない。少なくとも、準一級と言われて違和感がない程度にはある。にもかかわらずノーダメージだったのは、篤也が接近戦特化で肉体強化に卓越していたというのもあるが、一番は呪力操作が散漫だったからだ。根本的に、呪力の圧縮と流動が合格点に達していない。だから不意打ちでありながら、刃物が肉体に負けるなどという事が起こる。

 いかにもだ。

 いかにも正規訓練を受けたことが無く、才能だけでこれまでなんとかしてきた、野良の呪詛師。これまで無事だったのは、飛び抜けた才があるのと、そもそも強い相手と遭遇した事が無かったから。だからヘボでも生きてこれた。

 ただし、幸運も今日で打ち止めだ。

 篤也が踏み込む。一見無造作で、ともすれば迂闊にも見えるような動作。男の平突きが、目に向けて放たれる。

 

(判断力は低くねえ。攻撃だって、型にはまらないながらも的確ではある。目を狙った綺麗な突きってのは、距離感が掴みづらく気付いたらざっくり、なんて良くある話だしな)

 

 男の失敗は二つ。動きが遅いこと、そして、剣士に対してにわか仕込みの剣技で挑んだことだ。

 体を軽く沈めて首をねじる。眼前を鋭い刃の塔が滑っていった。やや低めに構えた刀を斜めに切り上げる――というのはフェイク。実際は体の内側に通してつっかえ棒の代わりにし、足を払う。男の体がたやすく宙に舞って半回転し、次いで地面に叩き付けられた。

 

「ゲァ……!」

 

 背中を痛打すると同時に、奇妙な声が上がる。アスファルトに叩き付けられた程度でどうにかなるほど、呪術師は柔ではない。ただし、反射機能は別だ。機能不全を起こした横隔膜を即座にどうにかできるのは、それこそ熟練の呪術師でも少数派である。

 痙攣する筋肉を抑えて、体に酸素を再供給するまで、まあおよそ十数秒といった所か。あたりまえに、致命的な隙だ。

 篤也は掲げた刀に、渾身の呪力を込める。多少の横やりが入っても問題ないように。呪力が刀の形に収束しきったところで振り下ろした。男の右腕がアスファルトごと、抵抗などまるでなく切断される。

 

「ぎぃ……あああぁぁぁ!」

 

 汚らしい、聞くに堪えない悲鳴が上がった。不快感に、舐め終わった棒キャンディを吐き捨てる。

 腕をねらったのは、別に相手を痛めつけようだとか、そんな下らない考えからではない。単純に、一撃で命まで取る自信が無かったからだ。

 篤也は自分が弱いとは思っていない。が、決して強いとも考えていなかった。術式を持っていないからこそ、術式という不条理な力を持つ存在とどう向き合えばいいか、よく知っている。相手の強みを生かさせない、それが生得術式を持ち得なかった者が、この世界で生きていく秘訣だ。

 防御型の術式を持つ者に共通する点、それは防御そのものに対する意識が散漫である事。あの五条悟ですらそうなのだ。「攻撃を受けたら受けたで、そのまま押し返せばいい」という意識が見え隠れしている。術式に自信があればあるほど、その傾向は顕著だった。

 ならばどうするべきか。答えはいくらでもあるだろうが、篤也が多用するのは、相手を()()()()程度の攻撃を与える、というものだ。攻撃の要まで奪えれば言うことなし。

 

「ひぃ、ひぃ……」

 

 未だ情けない声を上げている男を、篤也は冷酷に見下ろす。動けないように、胸のあたりを足で踏み付けた。

 

「お前さん、随分優秀な術式を持ってるみたいだったが、残念だったな。死にかねない攻撃ほど強く術式が作用するなら、ネタ切れまで死なない程度の攻撃を与え続ける。ま、恨むならお前の術式と――過去の悪行を恨め」

 

 もはや敵とも言えない、涙目になった男に対し、再び刀を構えた所で。背中に、とすん、という衝撃があった。

 ちらりと確認すれば、腕と一緒に飛んだはずの刀が、単独で動いている。

 

(成る程、こりゃ呪具というよりも式神に近いモンだったのか)

 

 まあ、と一息ついて、蹴り飛ばした。からからと音を立てて、刀が滑っていく。

 驚愕の目でこちらを見る男に対し、篤也は肩をすくめた。

 

「不意打ちだろうが何だろうが、効くわけねえだろあんなもん。俺くらいになると、呪力が籠もってないもんなら、トラックに刎ねられたってなんともねえよ。お前、正規の呪術師を舐めすぎ」

「は……はァ!? なんだよそれ! 刺さっとけよ人として!」

呪術師(バケモノ)に言う言葉じゃねえな」

 

 それを会話の最後にして。篤也は男の解体作業を再開した。

 術式が切れたと確信できたのは、男の四肢を切り落とした後だった。

 

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