だいたい殴れば解決する   作:三回転半ドリル土下座

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渋谷事変20 魂魄変幻

 短い睨み合いの中、羂索が裏梅の背中から降りる。

 治ったわけではない。床を踏みしめる羂索は見るからにふらついていた。戦力としてではなく、これ以上裏梅の足手まといにならないためだろう。

 といっても、油断できる相手ではない。呪霊操術は身体的ダメージとは無関係に効力を発揮するタイプの術式だし、細かい命令を下すならばともかく、ただ解き放つだけならば可能なのは見ての通り。支援能力は健在だと思った方がいい。

 肉壁でも何でも、とにかく一番前に出るべきは自分だ。そう考えて、悠仁が飛び出しかけた所で。動きを制するように、幸吉が指示を出した。

 

「真依と東堂は、七海さんと禪院特別一級を連れて撤退しろ。あの二人は放っておけば死ぬ」

「口惜しいが……随分呪力を使った。それがベストだな」

「ちょっと。私はまだ無事よ?」

「武器がないだろう。得物なしのお前を戦力としては数えられん。特にこいつら程の相手だとな」

 

 彼女が使っていた銃は、どちらも氷の中に封じられている。回収はかなり手間だった。そんな事に割く余裕はないという意見は正しい。

 労せずして二名排除できるのと、仲間を回収する隙を狙って攻撃。どちらに天秤が傾くかは、悠仁に判断できない。少なくとも幸吉は、前者である可能性が高いと踏んだようだ。

 

「なあ与先輩。伏黒は?」

「今すぐどうこうはならない。巻き込まれないように祈れ」

「無茶苦茶言うなあ」

 

 この敵を相手に、そう都合良くなどいかないと分かっているのに。

 ただ、誰を生かすべきかという意味なら反論はできなかった。言ってはなんだが、いくら恵が一級相当だと言っても、実際に一級術師である二人と比べればさすがに格落ちする。恵が伸びている場所が、少しだけ遠いというのも大きい。

 葵と真依が、裏梅たちを大きく迂回して回収に向かう。敵の対応は、完全無視だった。

 

「で。お前は味方……でいいのか?」

「違う」

 

 きっぱりと呪詛師に言い切られ、さすがに真希もたじろぐ。

 

「俺は常に弟の味方だ」

「誰だよ弟」

「悠仁に決まってるだろうが! さあ悠仁、脹相お兄ちゃんと呼べ!」

「なんで!?」

 

 思わず声を上げる。幸吉と真希のなんとも言えない視線が痛い。

 

「念のためもっかい聞いとくけど、あいつお前の兄か?」

「普通に一人っ子だけど」

 

 正直、なんと応えていいのか大分迷ったが。言葉になったのは、そんなひたすら煮え切らない無難な一言だった。

 しかし、何の確信があるのか、呪詛師――もとい脹相がきっぱりと言い切る。

 

「いいや、悠仁は俺達の……末の弟だ。俺の中に流れる血がそう言っている」

 

 妙な迫力に、茶々を入れられる様子でもなく、誰も反論しない。ただの妄言だ――そう切って捨てられない迫力が(もとい迫力だけは)あり、彼なりの確信を持っているようだった。

 脹相から感じる圧力は、一言で言ってとてつもない。思えば、負傷した状態で悠仁と互角以上に戦ったのだ。弱いわけがなかった。

 

「それで、悠仁よ。俺は何をすればいい?」

 

 実のところ、脹相をもう敵と認識する事はできなかった。彼が敵だったら勝算は無いに等しく、信じるしかないというのもある。この状況でわざわざ所属を詐称する意味がない、というのもあった。

 

「…………、とにかく時間を稼いでくれ。そうすれば、天童が全部始末をつけてくれる」

「了解した!」

 

 ずお、と嵐のような呪力が渦巻く。

 どう考えても悠仁と戦った時より弱体化している筈なのに、今の方が遙かに強く思えた。

 

「馬鹿だね。君一人が加わった所で、大勢に影響などないよ」

「黙れ加茂憲倫! 悠仁がお兄ちゃんと呼んでくれたのだ! お兄ちゃんパワーが満ちた俺は、貴様が知るより百倍強い!」

「いや、呼んでないけど」

 

 頼りにはなる。が、勝手に過去をねつ造するのは止めて欲しかった。葵が一人増えた気分になる。

 最低限(と、少々の余計)な話を終えて、本格的に戦闘へと参加する。戦い方は自然と、戦力を裏梅に集中しつつ羂索にも牽制を、という形になった。

 本当ならば、最低限の足止めを裏梅に放ちつつ、全力で羂索を相手したい。相手の思惑はどうであれ、羂索の計画にはまだ次の段階があると分かったのだ。間違いなくその要だろう存在を消したいと思うのは当然である。ただし、させてくれるほど裏梅の存在は甘くも小さくもない。

 現状で分かっているのは、裏梅の格闘技術はさほど高くないという事だ。悠仁と脹相ならば十分に優位で戦える。反対に、羂索は高度な格闘術を会得していた。体が不自由な状態でなお、真希と互角に戦っている。

 少し前ならばいざ知らず、天与呪縛の恩恵を高めた上に呪力まで扱える真希は、悠仁の身体能力を圧倒していた。元々格闘技能では上回っていたのだ。現在では、攻撃力くらいしか悠仁が勝てる点はなかった。

 

「邪魔をするな! とっとと死ね!」

「こちらの台詞だ半端物風情が!」

 

 叫びながら、脹相が逆手に持った血のナイフを、裏梅が段平な直刀(というより包丁と言った方が近い)を叩き付け合っている。

 裏梅の動きが縫い止められている間に、悠仁がやや斜めから襲撃をした。

 

「鬱陶……しい!」

 

 裏梅が空いている手を払う。同時に発生する冷気に、悠仁の体があおられた。

 氷の術式はひたすらに便利だ。氷結させて物理的な影響力を持たせるのは勿論、呪力で強化した冷気でも人を殺傷するのに有り余る。最強の術式というには足りないが、戦闘面において隙の無い、飛び抜けて優秀な術式ではあった。最強の一つに数えることができないのは、術式に明確な得手不得手が現れるからだ。

 裏梅の術式は、正しく言えば氷を生み出す術式ではない。凍らせる、ないしは冷やす術式だ。

 呪力差による影響の軽減は可能だし、風圧などによって根本的な部分から軽減するようにもできる。つまり、

 

「ふん!」

 

 前に進みながら、全身から呪力を噴出させる。勢いと呪力、双方で冷気の大部分を防いだ。

 先ほどのような、広い構内をまるごと凍らせる規模ならばともかく、対人規模を弾く程度ならこんな真似もできた。ダイヤモンドダストの中に無理矢理体をねじ込んで、白銀世界で僅かに見える肌色に拳を放つ。打拳は防がれたものの、裏梅の腕を軋ませ、脹相の方へと押し戻した。

 

「ッ……、馬鹿力が」

 

 舌打ちしながら、脹相のナイフの突き上げを防ぐ。間髪入れず、悠仁も左のショートフックを合わせていた。

 連携は全て受け止められている。それはつまり、受け流すだけの余裕を与えていないという事でもあった。ましてや大きな術式を使う余裕などあろう筈が無い。

 悠仁はひっそり、奇妙な感覚を味わっている。脹相とは、奇妙な程息が合う。

 これまで似たような事が無かったわけではない。例えば葵とだったり、順平とだったり。ただ、その二人は呪術師の中でも極端に連携が上手い者だった。今日合ったばかりの、しかも敵だった者。いくら裏梅、悠仁共に手の内を殆ど知っているからと言って、攻撃の瞬間や方法までなんとなく分かるというのはおかしかった。

 兄弟という与太はともかくとして、どこかで繋がりがあってもおかしくない、くらいには思ってしまう。

 妙に連携が取れるおかげで、バランサーである筈の幸吉が殆ど羂索に集中できていた。

 羂索対真希・幸吉の戦いは、こちらより分かりやすいものだった。

 羂索は真希との格闘に努めていた。逆に、幸吉との接近は徹底して避けている。

 技術だけで言えば、幸吉は真希に匹敵するものの。総合的に見れば、どうしたって幸吉の方が与しやすい筈だ。いくら傀儡操術が危険な術式だと言っても、そこまで嫌う理由はないと思うのだが。

 不自然な所はそれだけではない。呪霊操術の肝である呪霊の使役を、羂索は殆ど行っていなかった。とりわけ攻撃には全く使っていない。補助にはちょくちょく使用しているので、ストックが無いという事もないだろう。

 無茶を通せば、どこかで綻びが生まれる。

 アウトレンジでずっと隙をうかがっていた幸吉が、真希の脇をすり抜けるようにして疾駆した。羂索は今まで行っていたあらゆる妨害が間に合わないと見るや、即座に呪霊を四体差し向けた。何れも等級が違い、対処に一瞬でも悩むようわざと変えてある。

 小手先は、幸吉に通じなかった。手早く三体を倒し、二級ほどと思われる呪霊の突進を回避しつつ手を突く。その瞬間、呪霊の動きがぴたりと止まった。

 幸吉が上に乗っても気にせず、逆に羂索へと方向転換する様は、まるで敵味方すら忘れてしまった様ですらある。

 

「やはりな。呪霊操術(お前)傀儡操術()ならこちらが優先されるか」

「予想はしていたみたいだけど、気付かれてしまったようだね。両方の術式は、根本的に支配のロジックが違う。精神から何から半永久的に優先権を奪う呪霊操術と、肉体だけ人形のように操る傀儡操術。優先権がそちらにあるという表現は正しくないかな。呪霊は相変わらず双方の支配を受けている。これは自立と強制の違いだよ」

「どうでもいい話だな。現実問題として、どちらの支配力が高いかだけだよ、必要なのは」

「せっかく蘊蓄があるんだから、頭を働かせて欲しいんだけどねえ」

 

 羂索は、困ったように苦笑した。

 恐らく傀儡操術では、呪霊操術で取り込むように、術式を使わせたりなどはできない。扱いとしては、特殊な機能を持っていない人形と同程度だろう。とはいえ、そこらに転がっている呪力の籠もらない物質をぶつけるよりは強力な筈だ。

 相手の戦力をそのまま奪える。傀儡操術は、呪霊操術の天敵。そう予想していたから、羂索は幸吉に向けて呪霊を放たなかったのだろう。

 

「そうだね……。ついでに、少し答え合わせでもしようか」

「余計な事を喋ってないで働け羂索!」

「御託をほざく前にとっとと死ね加茂憲倫ィ!」

「ならまずその体を持ってる理由を言えよ、夏油傑」

「どうでもいいけど呼び名は一つに統一してくんない?」

 

 微妙にこんがらがるのだ。今名前を知ったばかりの呪詛師が三人もいるのだからなおのこと。

 というか、あの二人を相手にしながらよく口が回るものだ。余裕があるわけでもないだろうに。

 

「虎杖悠仁と脹相の間に血のつながりがあるか。これは全くの見当違いだね。ただし、関係が無いわけではないよ。そうだな……兄弟だと言われれば、否定はできない」

「どうだ悠仁!」

「そんな嬉しそうにどうだとか言われても……」

 

 答えようのない問いかけは止めて欲しい。脹相は満面の笑みだった。

 

「前提として、私には肉体を渡り歩く術式がある。知らない子もいるだろうから言うけどね、私がかつて加茂憲倫だった時代に、ある特異体質を持った女性を見つけた。呪術師は知ってるだろう、呪霊を孕むという特異体質を持っている娘だ。極めて希な例だよ。私だって初めて見たんだから。最終的にできあがったのが、受胎九相図の一番から九番だ」

「お前はそうやって、母を弄んだ……!」

「そんなに怒る事かなあ。大変だったんだよ? なにしろ呪霊には生殖なんていう概念がないからね。子を産んでる様に見える呪霊も、実のところ、あれは体質や術式による分身の類いだ。特級呪霊が精子らしきものを作るよう、少しずつ改造して……ああ、そういえば。彼女の方もそのままだと適応できないから、それなりに体をいじくったな。あくまで孕めるだけで、産める体を持っている訳じゃあない。そのせいで壊れてしまったし、九番を産み落とした時点で死んでしまったけど。苦労した割に結果はつまらなかったな。なんてことはない混血(ハーフ)だったし」

「その汚い口を閉じろ!」

「おお怖い」

 

 全くそんなことは思っていないという口調で、羂索。感情のままに放たれた血輪を、容易く手で弾いていた。

 

「実を言うとね、現代に宿儺を復活させるっていうのは既定路線だったんだ。ああ、話は別に飛んでないから安心してくれ。宿儺を復活させるなら、ただ呪力の毒に耐性があるというだけでは駄目だ。彼が運用するに足る強靱な肉体がなければね。分かっているだろう? 虎杖悠仁、君だよ」

「…………」

 

 淡々と語られる言葉に、悠仁は沈黙するしかなかった。

 心当たりはいくらでもある――実のところ、幼い頃から自覚はあった。自分は、ただ恵まれているというだけでは説明しきれない身体能力がある。昔から喧嘩で負けたことはなかったし、中学生になる頃には、大して鍛えてもいないのにフィジカルだけで世界記録を凌駕する力を持っていた。

 もしかしたら、心のどこかで覚悟していたのかもしれない。自分は真っ当な人間では無いと。いつかそれが暴かれる日がくるのではないかと。

 

「虎杖香織は私の先代……いや、二代前だったかな? どちらでもいいか。とにかく私で、最高の血筋に改造まで加えて君を作った。後は宿儺の指を近くに置いて徐々に慣らし、しかるべき時に復活させるつもりだったんだけど。放置しすぎてたせいで、高専に観測されてしまってねえ。まさか予定より二年も早く受胎するとは思わなかった」

 

 いやあ、失敗失敗。そんな風に、軽薄な笑みを浮かべる。

 吐き気のする話ではある。羂索という人間が、心底からクズであるとも分かった。彼は目的の為ならば手段を選ばない。いや、そもそもやってはいけない手段だという認識すらないのかもしれない。故に、取れない手段というのが存在しない。

 

「……おや?」

 

 不思議そうに、羂索が首をかしげた。

 

「怒るかと思ったら、案外冷静だね。状況も弁えず殴りかかるほど愚かではないとは分かってたつもりだったけど、機嫌も損ねないとは思わなかった」

「両親の記憶はないからな。別に親父を手に掛けた訳でもないんだろ?」

「ああ。そこまで暇じゃあないし。ある程度君が死なない確証を得たところで、次の行動に移らせてもらった」

「なら言うことはない。じいちゃんが生きてれば、ブン殴ってでも謝らせに行かせたかもだけど。まさか母ちゃんって呼んで欲しいわけじゃ無いだろ?」

「これでも性自認は一応男寄りなんだ。ママ呼ばわりは止めてくれ」

 

 じゃあなんで母親の方に乗り移ったんだよ。誰もが思ったが、まともな答えは返ってこないだろうから、一人として口には出さなかった。

 それに、と悠仁は続けた。

 

「生まれた理由がどうであれ、虎杖悠仁()虎杖悠仁()だ。ただ俺の人生と役割を全うする」

 

 言葉に反応したのは、羂索ではなく脹相。いきなりぶわっと泣き始めた。

 

「悠仁……大きくなったな……!」

「アンタ俺の小さい頃知らないでしょ」

 

 いちいち調子を崩してくるのほんとやめてほしい。

 

「……おい、なぜこの状況で長々と喋っている?」

 

 幸吉の呟き。この中でもっとも経験豊富な一級の言葉。

 余計な時間を食うのはこちらに都合がよかったため、特に避ける理由は無かった。どのみち、今の戦力で彼らを圧倒するのは不可能に近い。

 ただし、時間稼ぎが敵の利益にもなるのであれば話は変わる。そこに考えが至った頃には、手遅れだった。

 

「もう遅い。真人の『消化』は終わった」

 

 にんまりと笑った羂索に、幸吉が絶叫した。

 

「奴を殺せ!」

 

 反射的に悠仁と脹相が飛びかかろうとして、しかし氷壁に遮られる。ついでとばかりに生えた氷柱が、喉元を掠めた。

 

「そこで大人しくしていろ」

 

 大きな舌打ちが、脹相の口から漏れた。

 悠仁に大きな迷いが生まれる。

 今すぐ羂索を仕留めに行くべきだ。これは間違いない。だが裏梅は、脹相と二人合わせてもかなりの格上。身体能力の差で漏瑚に劣りはするが、術式の性能や呪力なら匹敵しかねない。脇をすり抜けて戦うというのは、妄言以外の何物でもなかった。

 こちらの焦燥など無視して、羂索は続ける。

 

「呪霊操術の極ノ番である『うずまき』。これは普通に運用する分には、ほとんど役に立たない術だ。呪霊を圧縮、呪力の塊にして射出するんだけどね、まあつまり呪力砲さ。普通に呪霊を運用した方があらゆる面で役に立つし、威力的な優位だってそれほど大きなものじゃあない。自分の呪力じゃないから圧縮率が元になった呪霊の技能に依存してしまうんだ。複数の呪霊を強制的に束ねられるのは利点と言えなくもないけど」

「喋るな――ッ、真希!」

「無茶言うな! 強い、ってか上手えんだよコイツ!」

 

 半ば特攻じみた幸吉と真希の連携にも、余裕を持って対応している。

 今まで手を抜いていた、というのとはちょっと違う。余裕がなく焦っているように見せかけて、本当の目的を覆い隠していた。分かっていたが、駆け引きが異常に上手い。分かったときにはどうしようもない手札を開いてくる。

 

「『うずまき』の真価は準一級以上の呪霊を使用した時だ。たった一度に限り、アウトプットするしかなかった術式を自分の物のように扱える。呪霊に対し強制的に命を全消費させるという即席の縛りつきでね」

「誰でもいい! 開示を止めさせろ!」

 

 悲痛な幸吉の叫びに、しかし応えられる者はいなかった。

 限定術式開示。悠仁には無縁だと思っていたために、しっかりとは覚えていなかったが。注意すべき事として、教えられてはいた。

 これは術式の効果を開示するのとは少し違う。例えば切り札であったり、拡張術式であったり。そういった術式の根幹ではなく、運用に当たる部分の開示を指した。大抵は通常の術式の開示より情報精度が高いため、効果量が上がる。強いデメリットによる縛りの強制機能向上だ。

 この場合、術式の開示による能力の底上げ自体は大した問題ではない。単に術師の能力として比べた場合、悠仁達は束になっても羂索に敵わないのだから。

 問題はどういった目的で、術式のどこを向上させるかだ。これだけ隔絶した実力を持っていてなお、縛りを結ばなければ届かないほど大がかりな真似を実行しようとしている。

 

「あいつ……日本全土に術式範囲を広げた!?」

「なんでそんなことが分かるんだよ!」

「俺の術式の“枠”に触れた!」

 

 幸吉の言葉に、羂索が微笑む。できのいい生徒を大上段から見下ろす目だ。分かった時にはもう遅い――

 

「術式の効果範囲が元々決まっていたり、呪霊が縛りで範囲を区切っていない限り、何でもござれさ。全ては呪力と技能に依存する。ご静聴感謝するよ。オーディエンスが居てくれたおかげで、なんとか間に合ったよ。君達足手まといがいなければ、機を捨てるなり天童大地に殺されるなりの未来しか見えなかった」

 

 極ノ番――囁かれる言葉。大きな声でもなく、容易く戦闘音に溶かされる程度のそれが、やけにはっきり聞こえた。

 

「うずま……」

「さすがにそこまでは許可できない」

 

 ぎょっとしながら、羂索が振り返ろうとした。

 彼の背後に、忽然と現れる大地。掲げられた手刀が、羂索の右肩から斜めに体を両断した。

 

「あと一人」

 

 羂索から視線を外し、裏梅に照準を定めた大地。彼を嘲笑うように、羂索の頭が縫い目に沿って、まるで蓋のように外れた。現れるのは、むき出しの脳みそと、とってつけたような口。

 

「うずまき・無為転変」

 

 誰もが死んだと思っていた。生きていただけではなく、その上で術式まで発動するとは、さすがに予想外すぎた。

 他者の体を奪う能力とは聞いていたが。通常なら即死の状態で命を繋ぐ生命力も、ましてや脳が単独で呪術を行使できるなど誰が考えよう。

 地面に紋様が現れ、一瞬で消える。無為転変で何かしらを実行しただろうというのは、誰の目から見ても明らかだった。

 大地が即座に式神を出し、羂索の頭を挟み込むようにして潰そうとする。拳と拳がぶつかり合う寸前、裏梅が羂索の服を引っ張って回避させた。なおも殺意を滾らせた大地本体の追撃。しかしその前に、第三者の術式が発動する。

 

「領域展開」

 

 羂索が出したであろう、海産物を寄せ集めて無理矢理人型にしたかのような呪霊。それが、瞬時に領域を構築する。漆黒の結界は瞬く間に三人を包み込んだ。

 

「違う!」

 

 領域が閉じる寸前に響く、脹相の声。手は虚空へと伸ばされている。

 

「奴らは領域の中に入っていない! 領域に自分達を追放させ、反動で飛んだんだ!」

 

 悠仁はぎょっとして周囲を見回すが、それらしき影響は見当たらない。

 そもそも戦闘の影響でいつ崩れてもおかしくない有様の、かつて駅だった場所。当然、残穢だって無茶苦茶に入り交じっている。六眼でもなければ追えるはずがない。

 10秒近く経って、領域に亀裂が走った。さらに数秒で解除される。大地は軽く腰を落として構えていたが、状況を理解すると、深く息を吐きながら腰に手を当てた。

 

「クソ、逃がした。すまん、俺の責任だ。横着せずに頭を潰しておくべきだった」

「たらればを言っても仕方ないだろう」

 

 幸吉の慰めに、もう一度嘆息する。眉間には深いしわが刻まれていた。

 

「それで、お前」

「脹相だ」

「脹相。大人しく連行されてくれよ。事情を話してくれれば、俺の名の下に、無体な扱いはしないと約束できる」

「悠仁の力になれるならばそうしよう」

 

 なぜ悠仁、という顔をしていたが。それこそこの場にいる誰も説明できないので、特に何も訂正しない。

 緊張が解けていくと共に、悠仁も理解した。

 趨勢は決した。後は残党処理のみであり、事実上戦いは終わったと言っていいだろう。敵の目標は達成され、獄門疆も所在不明のまま。

 呪術師側の負けだった。

 

 

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