だいたい殴れば解決する 作:三回転半ドリル土下座
呪術高専東京校にある、一番大きな会議室。数台の長机とパイプ椅子が並べられ、そこに東西呪術高専に在籍するほぼ全ての生徒が揃っていた。
普段は生徒が立ち入るような場所ではない。が、設備という意味で、他に適した場所もなかった。
東京内のあらゆる学校は避難所と化しており、それは呪術高専東京校も例外ではない。
表向き、呪術高専は宗教系の国立高専という事になっている。当たり前に地図には記されてあるため、避難民を受け入れないのは不自然だ。となると校舎と寮は完全に埋まってしまい、空いているのは教師達が使う職員棟のみ。まさか会議をするだけで、薨星宮の一部を使わせろなどと言うわけにもいかないし。
防諜の面である程度不安はあるが、まあ、聞かれたからどうこうというものではないと言われればそれまでだ。
大地はパイプ椅子を軋ませながら、小さくうなった。
「さて、全員揃ったな。では話を始めよう」
大地から見て右側に東京校の一年、左側に二年が座っている。正面やや右には80インチディスプレイが壁に掛けられており、京都校の代表として加茂憲紀が映っていた。画面からでは分からないが、彼の周囲には京都校の面々がいる。
「まず確認だが、我々学生が主力となって
どこからも異論は出てこないのを確認して、続ける。
「一応、手が空いた大人は
職員棟は静かなものだった。
正確に言えば、扉なり窓なりを開ければ、無数の生活音が聞こえるだろう。数十メートル先では、丁度、避難民へ食料品の配布が行われている頃だ。
今のところ小康状態を保っているが、不満は着実に溜まっていた。これの解消も、教師陣(というか“窓”。補助監督すらここに回せる人手がない)の役割と言えば役割だ。気分としては不発弾処理だろうな、などとまるっきり他人事で思う。
「まずは、メンバーを四つの班に分ける。それぞれ東京の二つ、それと大阪と京都の
「それは近いからか?」
「いいや」
悠仁の声を、まっすぐ否定する。
「政府の希望だ。主要都市ないしは人口密集地帯に近い部分からの攻略を
実のところ、要請という名の命令だ。呪術師が、呪的に危険な
この通信も、軍の秘匿回線を間借りしている。そちらにも羂索のシンパがいないとは言い切れないが……民間回線を利用するよりはいくらか安全だろう。
「東京第一
『待て
急に、画面へと葵が割り込んできた。憲紀は横っ面に頭突きを食らって悶絶している。
『俺と
「気色悪い言い方やめてくんない!?」
「すまんな
「なんで愛のとか余計なもん足すの!?」
なぜかきゃんきゃん横やりを入れられるがスルーする。
それは他の者も同じようで(或いはただ単に触れたくなかっただけか)、悠仁を無視して話を進めた。
「そっちの人数が多いな」
「必要だと思うなら一人か二人持っていっていいが……逆に聞くが、必要か?」
真希の言葉には、肩をすくめた。返答はない。それが答えだった。
「正直な所、実力はさておいて、呪術師の常識が足りない奴らを目が届かない位置に置くのは怖くてな。かといってこの状況で浮いてる駒も作れん。俺の目が届く範囲で経験を積んで貰いたいというのが本音だ」
「まるっきり保護者じゃない」
「教師がいないなら誰かがそういう役割をする必要がある」
さすがに歌姫先生ほど優秀じゃないが、と肩をすくめてパンダを見た。
呪術師としての経験不足とは、イコール術式への不理解だ。大地や憲紀みたく、術式が補助や物理に偏った者ならばいい。しかし、例えば野薔薇のような、物理現象では説明のつかないプロセスを踏むタイプが居れば、あっさり殺されかねなかった。全くの無警戒と、頭の片隅に「そういう事があるかもしれない」と入れておくのとでは全く違う。
絶対に生かして帰す、とまで保障はできないが。可能な限り守ってやるつもりだ。
と、パンダに話しかけられた事で思い出す。
「パンダは少し寄り道してくれ」
「え? どこに?」
「秤と星に接触して欲しい。可能ならお前が引き連れて東京第二
「えぇー……。あいつら素直に人の言うこと聞くタチじゃないんだよなあ」
「だからこれを渡しておく」
と、巻物をほいと投げる。パンダはそれを受け取って、まじまじと見た。
「何これ?」
「俺と乙骨と加茂……つまり御三家当主連盟の、そうだな、嘆願書みたいなもんだ。そちらが要請に応えてくれれば、こっちも可能な限り報いるって書いてある」
「いや……これならまず間違いなく釣れるだろうけど。すっごいな」
つまりこれは、呪術規定すら書き換える効力を持っている。呪術界に思うところがあれば、誰であっても喉から手が出るほど欲しいものだ。
報酬としては過分かもしれない。が、秤金次は、瞬間的にとはいえ与幸吉すら超える使い手だ。多少の無茶をしてでも戻したかった。さすがに葵を超える程ではないが。領域展開に特化した金次では、絶対に葵の領域展開を突破できない。
今回の騒動で、どのみち呪術規定は作り替えられる。最早呪霊の存在は周知となっているし、であれば呪術師だって裏方ではいられない。そこに乗じて一文加えさせるくらいは、総監部も許容範囲だろう。
「秤は乙骨のサブプランでもある。あいつは未だ薨星宮から戻ってくる気配がない。乙骨が間に合えば、そのまま東京第二
「となると、それまで私と棘の二人だけか」
「悪いとは思ってる。だから、増援がくるまではのらりくらりとやっててくれ」
「しゃけ」
東京第二
大地としては些か戦力を集中しすぎていると思うのだが。さすがに命令の中に泣きが入っていると、はね除け切れなかった。大概の譲歩ぎりぎりがここだった、それだけの話である。
「それで、京都校側は葵と西宮ペア、加茂と真依ペアで振り分け……」
『ちょっと待ったああぁぁー! 意義あーり! なんで私が東堂君と組まなきゃならないのよ!』
と、今度は西宮桃が割り込んできた。
憲紀を押しのけ、ついでに椅子ごと蹴り飛ばす。ずでん、と鈍い音がした。うめき声は上がらない。多分、先ほどのヘッドバットで気絶したままなのだろう。誰にも顧みられないのは、哀れと言えば哀れだった。
「戦力を均等に分配した結果だ。一級と二級をセットにするのは当然だろ」
『なら真依ちゃんでもいいじゃない!』
「同じ一級でも、実力に天と地ほどの差がある。分からない訳でもないだろう。葵は一級の中でも上澄みだよ。新米一級術師とは格が違う」
『うぐ……』
「聞き分けろ。それともお前は、真依を道連れにして死ぬか?」
顔を引きつらせて、悔しげにうなる。
彼女も分かってはいるのだ。一番の原因は、自分の実力不足だと。
『まあまあ、仕方ないじゃないの。そう怒らないの』
『満面の笑みで……! 自分が組まなくてもいいからって卑怯じゃない!?』
画面の外で、ぎゃいぎゃい言い合っている。仲がいいので、取っ組み合いにまでは発展しないだろう。
なんだか微妙に話が進まないな、とぼんやり思う。
『あのー……』
と、代わりに(という訳でもないだろうが)霞が出てくる。何故だかおっかなびっくり、頭の半分だけ出して。
『私の名前がないんですけど。もしかして戦力外?』
喜べばいいのか嘆けばいいのか、どっちつかずの表情だ。
「いいや。お前には別の役割がある。らしい」
『らしい?』
「言ったのは俺じゃないからなあ。詳しくは歌姫先生から説明がある」
『はあ……』
煮え切らない返事をして、霞。
任務の内容は、大地も知らない。後から知らされはするようだが。彼に与えられている権限は死滅回游に関する事だけなので、直接関与しないならば当然だった。
総監部の浄化は一応済んでいるし、第一、霞は弱く術式も無い。悪巧みではないだろう。
『あと与君は?』
なんで知らないんだよ、と言いかけて。はたと気付く。
そういえば、幸吉はとっとと出て行ってしまったし、大地も急いで東京へ向かった。そのため、憲紀にしか伝えていない。あえて伝える機会がなければ、知らないのも仕方ないかもしれない。
「あいつには愛知の
『えっ。まさか一人で?』
「一人と言えばそうだし、最大人数と言えば、そちらも正解ではある」
よく分からないといった風に、霞は首をかしげた。
「端的に言えば威力偵察を頼んだ。傀儡操術は、恐らく死滅回游に最も適した術式だ。それに、唯一
望まぬ
逆に、幸吉が為す術もなく殺されるようならば、各
と、ドアがノックされる。
「どうぞ」
やや声を大きくして返答すると、引き戸が開けられた。
入ってきたのは伊地知潔高。ひたすら疲れた様子で、スーツは皺だらけ、目の下にも濃い隈ができている。術師より負担が少ないはずの補助監督ですらこれだ。最前線の呪術師達は如何ほどのものか。
「与一級から連絡がありました」
「なんて言っていました?」
「
通信用の子機――情報伝達に特化したスマホ大の小型メカ丸――から呪力を切り、幸吉は手を下げた。体を大きく伸ばして、布団の上に寝転ぶ。
とある旅館の一室――といっても、さほど豪華なものではない。どこにでもある、素泊まり数千円といった程度のものだ。電気や水道も通っておらず、日差しの加減で昼間でもやや薄暗い。
寝心地がいいとはお世辞にも言えなかったが。体力、呪力共に消耗しきった体には、こんなものでもありがたい。
とはいえ、転がってはみたものの。頭は冴えて、どうにも眠れそうになかった。戦闘の余韻がまだ抜けきらないというのもあるが、一番の理由は、頭がここを安全とは認識していないからだろう。
気を張る努力というのは、生まれて十五年間、ずっとしてきた。まさか今になって、気を抜く努力を要求されるとは。
「……人生、分からんものだな」
首に合わない枕を弾いて転がし、腕を差し込む。
思い出すのはかつての自分。とても懐かしむ気にはなれない、長く苦しかった人生。
天与呪縛などという糞みたいな生まれつきのせいで、彼の人生は散々だった。片腕は無く、下半身は麻痺。肌は僅かな光すらも毒になる程脆い。何もせずとも肌が崩れ落ちるので、常に包帯で固定しなければいけないほどだった。鼻を突く異臭のする薬湯に浸かり、常に全身ひび割れたような痛みが走る。ろくに食事すらできなかったため、栄養は点滴で摂取していた。車椅子で出歩くことすらできず、傀儡操術をある程度修めるまでは、屈辱的な介護をされる日々だった。もっとも、傀儡に世話をさせられるようになったところで、情けなさがなくなった訳でもない。
酷く惨めで――辛かった。
そんな毎日を変えたのは、天童大地という、当時はまだ無名だった男。それこそ同じ特級の、新参である乙骨憂太より知られていなかった。
あいつは、初めて会った時から無茶苦茶だった。
知っている者が限られている筈の住居に乗り込んできた。げたげた無遠慮な笑いを上げながら、意味不明な言葉をまくし立てる(あれは断じて会話ではなかった)。挙げ句には唐突な腹パン。怒りより先に、こいつイカれてやがる、という感想が出てきたのは、今でも忘れられない。
そしてもう一つ、忘れようにも忘れられない事。自分が全ての呪いから解放されたあの瞬間。
恐らく大地に自覚など無いだろう。一生することはないと断言もできる。彼がどれほど凄いことをしたか――与幸吉がどれほど感謝しているか。
自由を手にした幸吉は、人生を取り戻すように学生生活を楽しんだ。普通の子供がそうするように遊んで、騒いで、時に呪術師として働いて。二名ほど気が触れてるとしか思えない奴らに振り回されもしたが、それもいい思い出だと断言できる。後は、まあ、なんだ。普通の人がそうするような恋もした。
普段は山ほど悪態をつくし、保護者兼苦労人のように振る舞っている。
だが……いや、だからこそ、だろうか。天童大地が本気で頼んだときは、絶対に断らない。例え命に関わる事だとしても。
単独での
これにより、労力は最小限で済んだ。が、
「疲れた……」
究極メカ丸の操縦は元より、呪力の出し入れも幸吉本人が行う必要があった。さすがにこれだけ細かく分配するのは、脳に響く。
「俺も一室借りておくべきだったか」
今になって、僅かに後悔した。
ライフラインの生きているホテルは、全て
覚醒、受肉に関係なく、好戦的な者は別の場所に纏めていた。そちらも水道くらいは通っている。大半が半殺しにして縛った者であり、残りの心折れた連中はそいつらの監視に回していた。事実上の治外法権を言い訳に好き勝手したのだから、それくらいは甘んじて受け入れて欲しい。
数十分ほど、寝苦しい空間でゴロゴロし。どうにも眠れないと悟って水を飲もうとして、そういえばここは蛇口をひねっても水が出ないと思い出した。
「ああ、くそっ」
もしかしたら自分には、暇というものが向いていないのかもしれない。そんな事を思い、体を起こした。
「コガネ」
「あいよ!」
呼びかけると、虚空から式神が現れる。
これは死滅回游の
ただまあ、ガイドとしてはそれなりである。
どうでもいいが、コガネは仕事(死滅回游関係)の時は丁寧語で、それ以外だと砕けて話す。いや本当にどうでもいいが。
「俺の今の得点は?」
「215点です」
「ふむ……」
これは、溜まっている方なのかそうでないのか。
死滅回游開始と共に目覚めた呪術師は1000人。であれば、
初動こそ遅れたものの、危険因子の即時殲滅を敢行しておよそ40人の抹殺。約半分が人殺しを厭わない好戦的な術者だと考えれば、おおよその計算は合っていた。
一番の要因は、せこい術者ばかりで幸吉を上回る者がいなかったからだろうが。
「100点消費して、誰でも死滅回游を離脱できるようにする事は可能か?」
「不可能です。100点所持者のみが、ポイントを消費して代わりを引き込み、本人だけが脱出するなら可能です」
「だよな」
これは分かっていた。死滅回游の原則である、永続に反しているのだから。
「これは質問なんだが、ルール追加で得点を移動できるようにした場合、ルール8の『十九日間ポイント変動がない者』の定義から外れるのか?」
「外れるぜ」
「よし。じゃあポイントの受け渡しを可能にしてくれ」
「了解。ルール9を追加、公布します」
これで当初の予定にあった、
「それともう一つ、
「……ちょっと待てよ」
呟くと、コガネの目にノイズが走った。情報を参照しているのだろうか。
そのまま数分待っていると、目が底のない穴みたいな黒に戻る。
「回答が出たぜ。可能だ。
「ああ。では――」
実行を命じようとした時。
リンゴンリンゴンリンゴンリンゴン!
唐突にコガネから、鐘の音みたいな音が響きだした。驚いて、体を跳ねさせてしまう。
続いて彼は、機械的、あるいは事務的に告げる。
「ルール10を追加しました。
ぎょっとする。
傀儡操術は『事前準備ができて、限られた空間内での殲滅戦』が飛び抜けて向いた術式だ。いくら何日かの出遅れがあると言っても、追いつくのはかなり難しい。そう幸吉は考えていたし、大地すら概ね同意見である。
大規模殲滅――もしくは大量虐殺――に向いた術式でないのなら、それこそ特級呪術師と言ってさしつかえない実力だろう。
「ルール追加の前に、
「あいよ」
言いながら、コガネの胴体が伸びた。見た目は完全に趣味の悪いスマホだ。いや、大きさから言ってタブレットか。
「ソートは?」
「できるぜ。どうする?」
「ルール追加回数も含めた得点順にしてくれ」
一番上には合計215点の幸吉が来た。次にルール追加を1回した、累計ポイント105の鹿紫雲一。
「こいつか」
この短期間で200点超え。恐らく、東京第二
ただの快楽殺人者という可能性もないではない。が、ポイントを見るに、襲っているのは術師ばかりの可能性が高かった。頭の中に思い浮かぶのは天童大地、幾度となく最強に挑む戦闘狂。
「
まともに戦って勝てる気がしない。し、そもそもまともに戦う気もない。
追加予定のルールが適応されれば一瞬でこちらに来るだろう。その場合、大地には予定を曲げて貰ってでも、助けを呼ばなければならなかった。
「いっその事、第三のルールを先に実行するか?」
大地の立てた計画には、二つのルール追加が必要だった。
「いや……」
助ける目処も立たない内に管理者のいない掲示板など作ったところで、逆に混乱が増すばかり。むしろ流言飛語が飛び交って、必要な時、本命の話に耳を傾けなくなるだろう。
いっそのことルール追加を保留するか。しかしこの場合、ポイント獲得という面で詰む可能性がある。
最悪なのは、ポイントを温存したまま自分が殺される事だ。またポイントを集め直しになる。譲渡で得られればいいが、それができなかった場合、最低20人を殺す必要があった。
しかし、メカ丸通信は携帯電話ほど手軽ではないし、無制限でもない。メールのような便利機能はないのだ。
「ちっ」
結局出た答えは、出来ることを出来る時に。
「さっき言ったルールを追加してくれ」
「りょーかい。ルール11を追加しました」
そんな、酷くありきたりでつまらないものだった。
体調崩してたりなんやかんやあって更新遅れました