だいたい殴れば解決する 作:三回転半ドリル土下座
東京第一
そんな事するかと、大抵の人間は思うだろう。しかし信じられないほどの阿呆というのは、世の中にいるものである。
馬鹿は一定数存在し、総数が変っても割合は変らない。どれだけ利口な人間を集めても、何故かその中から馬鹿が生まれるという人間の妙だ。ましてや東京は単体でも大都市だが、周辺にも人口が多い土地が揃っている。近距離に二つ置いても採算はプラス、という勘定は十分に理解できた。
正直、死にに行くなら放っておけばいいと思うのだが。申し訳程度な政府の要請があるのを抜いても、結界内呪力の足しになってしまう。ちりも積もればなんとやら。
「――だから、そういう奴らも、一応保護の対象となるわけだ」
と、巨大な黒い円柱――これが
「そんな連中、放っておけばよくないか?」
「またそういう事言う……」
ばっさり切り捨てた恵に、悠仁はうめいた。
大地は小さく(小馬鹿にするように)笑った後、小さく肩をすくめる。
「勿論名目上だよ。火事の中に突っ込むような奴は、生きる気があろうがなかろうが救いようがない。あくまで余力があれば、の話だ」
言葉に。恵と野薔薇は理解を示したが、反面、悠仁と順平は眉をひそめる。どうしたって気に入らない理論だった。
「言っておくが」
と、大地の顔が少しだけ真剣になる。
「命をかけて誰かを守るのは許さん。命がけで誰かを守る行為は、確かに美しく尊いだろう。だが、お前達が生きていれば、その後に1000人を助けられるんだ。ここで死ねば、未来の1000人を見殺しにするのと等価である。楽な方に逃げようとするのは許さんからな」
そう、真面目に釘を刺されてしまえば。さすがに反論しようもなかった。
今まで助けられなかった人達は、何が悪かっただろうか。運か、危機感の欠如か、因果応報か。全てに要因があっただろうし、しかしどれも主因ではない。結局、助ける側の実力不足が最大の原因。つまりこれは、その延長だ。
それは納得する。受け入れるしかない。ないが……
「なあ、これどうにかなんねーの?」
と、悠仁は制服をまくり上げた。
下のシャツには、でかでかと文字がプリントされている。『寝ている間に呪物を近づけないでください。大変危険です』と。
悠仁としては今すぐにでも脱ぎ捨てたかったが、周囲からは非難囂々だ。とりわけ野薔薇などは、頭をひっぱたきすらする。
「着ときなさいよ」
「お前、それで渋谷でも宿儺復活させちまったじゃないか」
「うーん、正直僕も……。虎杖君、芸人の寝起きドッキリじゃないんだから、寝てる間になんでもかんでも食べるのはどうかと思うよ」
「風評被害が凄い……」
悠仁はとてつもなくしょんぼりした。仲間の視線が痛くて辛い。
さすがに近づけられたものを何でもかんでも食べたりしない。そう言いたかったが、特に恵の目は冷たかった。他の者は伝聞でしか知らないが、彼だけは直接、食べ物ですらない宿儺の指を平気で飲み込んだ姿を見ている。
大地が小さく悩みながら呟いた。
「いや、俺もこんな小学生のいじめみたいな事はしたくないんだがなぁ。お前、幼稚園児みたいな事するんだもん」
「さすがにないから! 本当だって! 信じてよ!」
「じゃあ渋谷のは何だったんだよ」
「くそお……何も言い返せねえ……!」
これが前科持ちのつらさか、と悠仁はほぞを噛んだ。誰一人としてほんの僅かも信じちゃくれない。いや、悠仁とて自分自身を信じ切れるかと問われれば、ちょっと躊躇するが。
ちなみに真希には(からかい混じりに)、道ばたの
ただし、宿儺の再出現についてだけは、心配している者は殆ど居ない。硝子の診断で、もう悠仁のキャパシティを超えられるほど宿儺の指が残っていないと分かったからだ。
それでもからかわれているが、これはただのおふざけではない。他の呪物を飲んだ時、宿儺とどう干渉し合うか分からなかった。それこそ可能性と言うのであれば、宿儺のパワーアップから術式の増加まで、いくらでも考えられる。その果てに悠仁の体が無事だとは、誰も保証できない。
なにより、皆が悠仁の事を気遣っているのが分かるからこそ、強くどうこう言えなかった。やり方だけは、ほんっとうにどうかと思うが。
結界の縁に近づいていくと、コガネが現れる。
「よう! 俺はコガネ! この結界の中では殺し合いのゲームが開催中だ! 一度踏み込めば離脱は不可能! 入る覚悟はあるのかい!?」
「当然」
代表して大地が呟く。
結界をすぐ鼻先にしながら、大地が確認してきた。
「お前ら、目的は覚えてるな?」
「おう! 取り残された人を保護する!」
「可能な限り、呪霊を排除すんでしょ」
「100点
「えっと、反抗的な
できれば全
まあ、人を集めたら即解放とはいかない。無数の補助監督と“窓”を呼んで、やってきた人の精査をしなければいけないのだから時間がかかる。呪詛師を恐れているというより、むしろ一般人を監視監督するためだ。異常事態で、快楽殺人者として目覚める人間の可能性を否定できない。さすがにこれを野放しにするのは政府が難色を示したし、悠仁達にとっても看過できる事ではなかった。
「十分だ。始めるぞ」
大地が
彼の術式反転を利用した結界の破壊は、触れられるかどうかでかなり難易度が変わる。今後直接接触ができないとしても、現在一度触れられたというのは、後々大きな影響が出るだろう。
「入場だ」
そうコガネに宣言して、五人同時に足を踏み入れ――
大地が叫んだ。
「誰かに掴まれ!」
悠仁は咄嗟に野薔薇を引き寄せる。反対側では、恵が順平と腕を組んでいた。
一瞬視界が反転し。気がつけば、悠仁達は見知らぬ場所にいた。
(空――投げ出された――近くに釘崎以外はいない――)
これはルール外の法則なのか。それとも、元々結界に備わっていた機能なのか。
幸吉からの情報では特にそういった問題が上がっていなかったため、面くらう。ただ、あちらは一気に500以上も投入したのだ。同じように転移されたとして、多数が故のバグなのか、それとも正常に動作しているのか判断がつかなくとも仕方ない。
視界の端、遙か下方で、誘導灯が振られているのが見えた。新規
「釘崎!」
「おうよ!」
彼女の腕を持って、大きく上に振り上げる。どちらが狙われても対処できるよう、的を分散した。
神経を周囲に張り巡らせる。ちらり、と視界の端で閃くものを感じた。
「左!」
「『簪』ィ!」
超高速で飛んできた何か――ジェットのような術式だ――の進路上に釘がばらまかれ、合図で呪力が爆発。接近してくる何かの、術式の要となっているであろう髪の毛を抉った。
そいつはあっさりと制御を失い、きりもみしながらその辺のビルに突っ込んでいく。死んではいないと思うが、さすがにこれだけの距離を呪力探知はできなかった。
「っぶねーわね」
「天童と
たしかにジェット術式は早い。それこそ瞬間的には、大地の移動速度をも超えるかもしれなかった。
だが総合的には比べものにならないし、何より直線的で、術者本人すら速度に対応し切れていなかったのだ。今の悠仁達ならば、カウンターを合わせる程度、難しいことではなかった。
「ところでさ」
現在の高さ、恐らく100メートルと半ば。普通の人間ならばミンチを通り越して地面のシミになる距離だが、悠仁ならば全く問題ない。
ただしそれは、呪力による身体強化が得意であるという前提あってのものだ。
「釘崎はこの距離落ちて平気?」
「死にゃーしないと思うけど、全くの無事でいられるかっていうと、ちょっと怪しいわね。任せていい?」
「分かった」
野薔薇を正面から抱え、腕に尻を乗せさせる。いざというときのクッションにするためだ。
足を軽く曲げた状態で地面へ向け、着地と同時に思い切り踏ん張る。アスファルトを貫通して、足首までめり込んだ。
着地と同時に、ヘリコプターのような頭をした術師に狙われる。
「貰ったァ!」
「予想してないわけないでしょアホ」
二度目の簪。落下途中だった釘が、四方からローター頭を縫い止める。実はジェット術式の時に使用した釘は半分だけ。残りはこうして、着地の隙に備えていた。
速度という面ではジェット術式より数段劣っているローター頭。タイミングを合わせるのは簡単だっただろう。
勢いは収まらず、もんどりうって突撃してくるローター頭。野薔薇を手放して距離を置かせ、拳骨で地面に叩き付けてやった。どんな術式を持っていようと、先手を打てていれば怖くない。
こうしてあっさりと新人狩りは返り討ちにした。まあ、所詮は新人を好んで狩ろうとする程度の術者だ。予想はしていたし、恐れてもいなかった。
ただ、順調なことばかりでもない。攻撃が勢い余りすぎて、ローター頭は思っていたより深く昏倒してしまった。水をぶっかけても起きない程深く気絶させてしまったため、悠仁は野薔薇に尻を蹴り飛ばされた。
困っているところを
ともかく彼に、この辺で注目されているプレイヤーを聞いてみた。100点ホルダーである『日車寛見』は、劇場を拠点にしているらしい。
彼を味方に付けるのは、もう絶対ではない。寄せ集めれば100点くらいなんとでもなるよう、幸吉がしてくれたからだ。とはいえ、虐殺を好んでいるのでもない限り、味方に引き入れたい。駄目でも、できればルール追加の権利を譲って欲しかった。
もっとも、100点も取っている以上、ある程度好戦的なのには変わりないだろう。一度戦う覚悟くらいはしておいたほうがいい。
実際にあってみた日車寛見は、何というか、厭世的なインテリだった。言葉がどれもこれも皮肉で、そして投げやりだ。悠仁としては変なおっさんという程度の認識だったが、どうやら野薔薇とは相性が悪いらしい。いかにもビキビキしてる彼女が、いつか突っ込むのではないかとひやひやした。
最終的に日車寛見とは交渉が決裂し、戦うことになる。
日車寛見は強かった。それこそ、弁護士とは何なのかと言いたくなる程に。総合的な戦闘力こそ悠仁に大敗していたが、体術の基礎は悠仁よりよっぽどしっかりしていた。あれはスポーツ武道を長年続けてきた人間の動きだ。半端な知識でかじっていた悠仁とは根本的に違う。
それに追加して、領域展開である『誅伏賜死』。裁判の結果によって、被告人からあらゆる呪的な要素を奪い去るというもの。
必殺の能力こそないものであったが。法律に沿う裁判はひたすらに強制力が強い。命中すれば悟ですらどうにもならないのではないか、と思えるほどに。大地は……あちらはちょっと分からない。彼はいろいろな意味で壊れているから。何されようがフィジカルだけで覆してしまう、という信頼がある。
領域展開は(当然だが)寛見にひたすら有利な形である。とはいえ、他の領域みたく『絶対』ではなかった。縛りなのか、それとも『裁判』という形を取る上で避け得ぬものだったのか。常に術者本人が領域内で負ける可能性を残していた。実際に勝てるのは、同じく司法試験を突破した人間くらいだとしても。
野薔薇は早々に戦線離脱した。というのも、悠仁は呪力が、野薔薇は術式が剥奪されたのだが、何故だか野薔薇は呪力すらまともに練れなくなったからだ。寛見曰く、術式を剥奪されると呪力操作も曖昧になる、らしい。
最終的に、戦いは悠仁が勝った。とはいっても、戦力で勝ったのではない。なんと言えばいいのか。寛見の心が勝手に折れた、とでも表現するしかない。
彼の心など覗くことはできないが。ただ、寛見は今でも、最初に殺してしまった一般人の二人を悔いている。それだけは分かった。
彼からポイントを譲渡されて、悠仁は101点となる。これで、
すべきことは終えたと、寛見は立ち去ろうとしていた。
引き留めようとした悠仁だったが。悠仁と一緒に居ると、自分の愚かさが痛すぎる。そんなことを言って、哀愁を漂わせながら背を向ける寛見に、かけられる言葉などなく……
「ごちゃごちゃうるせェーーー!」
「オ゛ぅ!」
「釘崎さーん!?」
野薔薇が、寛見の尻に向かって、思い切りつま先を叩き込んだ。
「テメェさっきからうじうじうじうじうじうじうじうじ! 女々しいんだよボケ!」
「釘崎! 手加減を、ね?」
「お前も何黙りこくってんだ!」
「りふじゴフゥ!」
すごくいいパンチを頬にもらった。とても痛い。いや、術式はまだ回復していないので、威力は大したことない。ダメージを受けたのは心だ。謂われ無き罵倒とセットはとても響く。
野薔薇は寛見に向き直って、声を張り上げた。
「いつまで過去ばっか見てるつもりなのよ! 意味あるならいいわよ! でもアンタのそれは全然意味ないっつーの!」
「う゛ぅ゛」
何かを言い返そうとしているのは分かるのだが、尻が痛くて言葉にならないようだった。というか抑えている手の位置からして、ケツの穴にクリーンヒットしてしまったのではないだろうか。悠仁は想像してしまって、ちょっとお尻をキュッとしめた。
「殺した人に報いろとか、そんなご大層な説教たれるつもりはないわよ! でもそれとこれとは別でしょ! いつまですねてんだ! 子供じゃねーんだから可愛くないんだよ! お前今年で何歳だボケッ!」
「しかしな……」
「しかしもかかしもあるか! そもそも死滅回游の可能性だかも、どうせ逃げ口上なんでしょ! 自分向けの言い訳をごちゃごちゃ並べんのは勝手だけどね、それを理論武装して他人にまでおしつけんじゃねー!」
「…………、あとこれは暴行罪だ」
「じゃあ訴えてみろバアアアァァァァカ! こちとら田舎モンなんだよ! 法律なんざ通じると思うな!」
「それはかなりどうなの」
まるで田舎に住む全員が法律なんざ知ったことかと生きてるような物言いはやめてほしい。いろんな人に喧嘩を売りすぎる。いや、悠仁は以前、その程度で田舎者を名乗るなと怒られたが。
未だ前屈みになって震えている寛見の襟首を掴み、野薔薇が引きずり始める。悠仁はそれを見て、ぎょっとした。
「ちょ、何する気だ?」
「天童の所にもってくのよ。それで何が変わるわけでもないでしょうけど、少なくとも、こんなところで一人着衣水泳してるよりはマシでしょ」
「かもしれないけど……」
悠仁が言いよどんでいる事など無視して、野薔薇は続けた。
「こいつに足りなかったのは、立ち止まった時、無理矢理引きずってでも進めさせようとしてくれるような奴……仲間よ。いちいち立ち止まれるから余計なことばっか考える。それが悪いとは言わないけどね、必要でしょ、そういう人」
「……そうだな」
悠仁にとっての恵であったり、野薔薇であったり。それだけではない。立ち止まりそうになったとき、いろんな人に背中を押されてきた。当時は意識せず享受しつづけてきたが、後になって思えば、感謝しかない環境だ。
されるがままになっていた寛見は、小さく息を吐きながら、呟いた。
「君達は、何というか……随分と達観しているな」
「ガキの頃から呪術師なんてヤクザな仕事やってれば、多かれ少なかれ誰でもこうなるわよ。アンタのそういう後ろ向きな所、呪術師らしいとは思うけど。それはそれとして、割り切れるっていうのは大事でしょ。じゃなきゃ私達みたいなのは――いつか自分を呪うことになるわ」
「……俺は所詮、新米呪術師でしかなかったという事か」
「まー、気持ちは分かるぜ。俺も最初の頃、なんか急にへこんで楽しいこと考えられなくなったし」
「呪術師あるあるよ。ここまで重症になる奴は少ないけど、下手に
だから呪術師はアホなのかしら、と呟く野薔薇に。さすがに中学生レベルの英語も読めないのはまずいんじゃないかな、と悠仁は思った。怒るだろうから口には出さないが。
劇場を出る頃になると、寛見も諦めたようで、自分の足で歩き始めていた。まだ腰は若干引けていたが。
野薔薇は先頭を歩きながら、後ろを見もせずに言う。
「とりあえず天童のアホに会ってみなさい。クソムカつくしウザいし気持ち悪い奴だけど、細かいことだけはどうでもよくなるわ。ほんと、嫌味なくらいにね」