だいたい殴れば解決する   作:三回転半ドリル土下座

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東京第一結界04 髙羽VS天童! 空飛ぶ者達

 結界(コロニー)の中は、不気味な静けさを保っていた。良くも悪くも均衡が作られている。ある意味、極端に不安定ながら自然な状態だった。

 街の中はひたすらに穏やかだ。どれだけ耳を澄ませても戦闘らしき音は聞こえてこないし、それは呪力を探知しても同じ。少なくとも半径一キロ以内で、戦っていると言えるレベルの呪力出力は感知できなかった。点々と、恐らく呪力を絞ることも知らない者が身を震わせている気配があるだけだ。

 戦う意思がある者の中で、明確な弱者が淘汰された。そんな所か。

 これからどういった流れになるか、さすがに想像がつかない。呪術師以外は怯え隠れているだろうが。術師、とりわけ受肉体の意図は、生きていた年代によっても分かれそうではあった。闇に潜んで力を貯めているだけかもしれないし、奇襲の準備期間かもしれない。あるいは、これを機に拠点の防備を固めているかも。さすがにどれだけ呪力感知に優れていようとも、その内側に隠された意図まで暴くのは不可能だ。

 動きが鈍いのは、初期の騒乱が終わったからだけでもなかった。

 死滅回游のルールは、不可解、というか解釈が分かれる部分が多い。

 十九日以内にポイントの変動がない游者(プレイヤー)は術式を剥奪される、とある。強制的な術式の剥奪は死を意味するのだが、これは一般游者(プレイヤー)がどうなるか分からない。なにしろ術式を持っていないのだから。それに、術式はないが呪力を持っている游者(プレイヤー)はどうか。呪力を持っていても簒奪の対象だったとして、今度はどの程度の呪力が線引きになるのか。

 実態は十九日を過ぎなければ分からない。が、最大の問題はそこではなく、游者(プレイヤー)個々人がどう理解するかだった。本人が()()だと思えば、人を殺してでもポイントを得るしかない。半端者は事の重大さも分からず術式持ちに襲いかかり、返り討ちに遭う例はすでにあるだろう。

 今はまだいい。恐怖が無形のものなのだから。しかしタイムリミットが迫れば、無力な人間を狂気に駆り立てる。刺激すれば容易く破裂する爆弾だ。

 猶予はさほどない。人が移動する時間も含めれば、三日は欲しかった。これだって、潜在的な危険因子を野放しにするという前提での数字だ。ここを過ぎれば、各結界(コロニー)で一般人同士の見境無い殺し合いが起きる。

 幸いなのは、強い游者(プレイヤー)が積極的な狩りをする理由がほぼないという点だろう。

 死滅回游の勝者になったところで、特にメリットはない。少なくとも提示されてはいない。となれば、大抵の人間は生き残る事に注力する。つまり、ポイントを長期的に安定して得る方法だ。

 一番簡単なのは、非呪術師を飼う事だろう。だから游者(プレイヤー)は邪魔者を排除し、一般人にはなるべく手を付けない。自殺願望でもあるので無い限り、当然の備えと言えた。

 誰にとっても、無意味に数が減るのは望ましくない。その一点で、利益は共有できる。

 気がかりなのは羂索の()()()であり。発動前に結界(コロニー)を解体できるのが第一、着火剤を見つけて破壊するのが第二だ。突入班は、主に第一を実行するために動いている。

 そのために必要なのは、目立った術師の排除ないしは屈服だ。

 

「……で、お前は何者だ?」

 

 目の前に居る、何故だかやたらいい笑顔を浮かべた男に話しかける。

 

「見て分からないか!」

「センターマンだな」

「おっ、若いのによく知ってるな」

「お笑いはそれなりに好きだから。あとキンタマはみ出てんぞ」

「失敬」

 

 と、男は左半身しか覆っていない衣装(つまり右側は素っ裸だった)の股間付近の布を引っ張り、粗末なものを隠した。

 全身ならぬ半身タイツであるため、指を離すとタイツが肌に触れてパチンと音がする。見る人が見れば殴りかかりそうな光景だ。

 

「名前を聞いても?」

「髙羽史彦! 芸人だ!」

「うむ。どの角度から見ても芸人だ」

 

 むしろこの格好で芸人じゃないと言われたら恐怖しかない。

 会話をしながら、予想も含めて分かったことを纏める。

 平気で街中を出歩いているあたり、何らかの術式を持っている(游者(プレイヤー)に襲われなかったとしても、呪霊はそこら中にいるのだ)。恐らく覚醒タイプ。血の臭いも呪力の乱れもない事から、誰も殺してない、ないしは殺していても少人数(ポイント移動と表示が可能になった時点で、表面上の情報は精度が低くなった)。こちらは精査するまでは確定ではないが。最後に、極めつけの阿呆であり、同時に根っからのお笑い馬鹿。

 瞬時に理解して、大地は大きく頷いた。

 

「髙羽よ。俺は呪術師であり戦士だ」

「見たままだな!」

 

 お前ほどではない、という言葉はなんとなく発さなかった。

 史彦はなぜかポーズを取っている。

 

「そしてお前は芸人だ」

「俺が言ったぞ!」

 

 またポーズを変える。もうどことは言わないが、見えてはいけない所が見えていた。

 

「だが」

 

 大地は力強く言葉を紡ぐ。

 呪力を体に充実させ、力を増大。筋肉を膨らませた。筋繊維の一つ一つ、細胞の一個一個が支配下に収まったのを感じる。全身をミリ単位で制御できる、彼の基礎にして奥義と言える技法だった。

 完璧に場を整え、宣言する。

 

「つまり今の俺は観客! 腹がよじれるほど笑わせてくれる、そうだろう?」

GOOD(グゥゥゥゥッド)!」

 

 バチコーン! と史彦がウインクする。

 その言葉を合図にしたように、空間が歪んだ。という表現は、正しいのかそうでないのか。

 あえて言うならば、空間を包み込む視覚効果のない領域展開。空間的な区切りを作らないのだから、術式の効果は実寸大のままだ。

 作られた場は劇場。舞台にスポットライトが照らされ、多いとは言えない観客席もある。観客席にはいくらかの人も座っており、呪力を感じることから、こちらも術式の一部なのだろう。

 ただし。空間的な制約さえ抜かせば、これが極めて領域展開に近い効果を発揮するだろう、という事は分かる。相当な性能の術式だ。それこそ、覚醒タイプが普通に過ごしていては、どう足掻いても届かないほどに。

 術式とは、それと向き合った時間だけがものを言う。こればかりは、才能だけでどうにかできるものではない。術式に対する理解、意味の拡張、想像の現実化と、踏むべき段階が多く、またそれぞれに非常な努力を要求されるのだ。

 ということは、史彦の術式は、いくつかの縛りで運用しているのだろう。その一つに間違いなく、お笑いに絡める――つまり、少なくとも髙羽史彦視点では、笑って済ませられる範囲でしか実現しないというのがある。

 高度な術式だ。ただし、優秀とは言いがたい。まさしく天稟に任せた力押し。

 だがそれだけに。彼が生粋の芸人であり、心の底からお笑いを愛している事の証左でもあった。

 史彦が構える。プレッシャーが爆発的に向上した。

 

「さっき考えた渾身のギャグだ。著作権フリーだぞ、宴会席で使うといい」

「一発芸に著作権とかあるのか? あと俺はまだ酒が飲めない年齢だ」

「マジで!? その見た目で!?」

「よく言われる」

 

 大地は何年か前、制服を畳んで腕に乗せながら店員に話しかけたら「お勤めご苦労様です」と言われたことがある。まあこれは全くの余談だが。

 

「とくと見よ!」

 

 と史彦が、やはり何故が呪力を爆発させながら、解き放つ。

 

「余計なお世Wi-Fi(ワイファーイ)!」

 

 そして、何秒かの沈黙。史彦が気まずそうに冷や汗を流した。

 大地は不意にはっと気がつき、成る程と頷いて。

 そして、唐突に史彦へビンタをかました。

 

「バッカモーン!」

「へぶぅ!」

 

 殴られた彼が、どう考えても威力以上にきりもみしながら宙を舞う。だいたい五回転くらいした後、床に叩き付けられ、頬を抑えながらこちらを見ながら声を上げた。

 

「演者にお触りは厳禁でしょお!」

「甲高い声を出すな。いいか、お前のそれは一発ギャグではない! いいや、正確に言えば一発ギャグとして成立はしているのだろう。しかし、それ以上に問題点が多すぎる!」

 

 ずびし、と指を突きつける。

 

「まず“何が”“何を”という段階がないせいで、理解を阻む! そして『低速wi-fiが勝手に繋がるのが邪魔』なのを余計なお世話とかけた着眼点はいいが、出てくる感想はお笑いではなく『成る程』という納得が先だ! ギャグを練りすぎた、故に失着している!」

「うぐぅッッッ!」

 

 史彦が強く胸を押さえて、崩れ落ちる。

 自覚があったわけではないだろう。しかし、どこかに疑念はあった。果たしてこのギャグは本当に面白いのだろうか、と。

 

「誰にでも、分かりやすく、簡潔に。これぞギャグの神髄だ。俺が今から見せてやろう……天童大地十六歳、渾身の一撃を」

「十六歳!?」

「そこは突っ込むな」

 

 早生まれなのだから仕方ない。十七歳でも大差ない気はする。

 大地は集中する。呪力が高まったのはただの癖だが、とにかくそれだけで、衣装が変化した。やはりだ。髙羽史彦の術式は、誰にも等しく作用する。笑いを取るという制約の下、全ての存在を平等(イーブン)に。恐らくは無意識の縛りだ。

 驚くべきは、呪術師としての才能()()()ではない。お笑い以外は何も要らない、という強い覚悟だ。

 ならば。こちらも全力で応える。

 

「俺はバイクが好きだ。エンジンの鼓動と風を切って走る感覚が堪らない。憧れの場所はマザーロード・ルート66。ライダーの聖地をいつか思うさま走ってみたい。愛車は勿論……」

 

 必要なのは呪力ではなく想像力(イメージ)。何よりためらわないこと。腰が引けていれば、ただそれだけでギャグは滑る。おっかなびっくりウケなかった時の事を考えて言い訳を用意するようなギャグなど、どれだけ面白くとも笑いは取れないのだ。

 自信満々に胸を張って、大地はそれにまたがった。

 

「ホンダのGORILLA(ゴリラ)

「ブフー!」

 

 渾身のキメ顔に、史彦は思い切り吹き出していた。

 

「チクショー! ハーレーを乗り回してそうな格好と体格で、ミニバイクに体縮めて乗ってるとか笑うだろ! しかもゴリラって、自分の姿をよく分かってるじゃないか!」

「ウケを取れるなら身体的特徴だろうがネタにする。そうだろう?」

「そうだけども!」

 

 史彦が、四つん這いになって床をどんどんと叩いている。よっぽど悔しいのだろう。ただの一度とは言え、プロが素人に一杯食わされて悔しくない訳がないか。

 とりあえず。もう一回、今度は掬い上げるような形でビンタをくれてやった。

 彼は再び大回転しながら飛び、ぐしゃっと音を立てて墜落する。そして、どう考えても今の一撃でついたのではないボロボロの出で立ちで、こちらに問いかけた。

 

「い、今のはなんで殴られたの?」

「ノリと勢いだ」

「ノリと勢いか……じゃあしょうがないか……」

 

 なんだか納得してくれた。

 正直、大地自身、意味不明な行動だった。恐らく術式、というか雰囲気に当てられたのだろう。

 気を取り直して――いや、取り直せているのだろうか。それすらよく分からない――史彦を見下ろしながら、きっぱりと告げた。

 

「と、ここまではお前の()()()な失敗だ」

「表面的?」

「そう。根本の問題は別にある」

 

 言いながら、ぐっと握った拳を見せる。

 

「今のネタ、迷いがあったとはいえ、ある程度の自信はあったのだろう。しかし結果は失敗。それは何故だ? 情報を理解させる何かがなかったからだよ。ネタを厳選しきれていないことなど、小さい問題だ。方向性としては間違っていないのだから。つまり、お前が抱える最大の問題は相方! 自分と同じだけの熱量をお笑いに向ける存在がいない事だ!」

「ぐううぅぅぅっ!」

 

 史彦が、大きくうなりながら心臓を強く掴んだ。

 彼は何かを言おうと口を大きくあけ、しかし躊躇った。口を引き締め、まるで迷子の子供みたいな表情を見せた後、うなだれる。

 

「いな……かったんだ。ずっと……お笑いを志してから何人も相方がいたさ。そのたびに「ああ、こいつは俺と同じくらいお笑いに賭けてくれないんだな」って……。だからこの年までピン芸人してたけど……全然駄目で……」

「それでビビったか?」

 

 悔しさと、情けなさと、何より自分自身への不甲斐なさで。史彦は頭を上げられずに居た。

 そんな彼に。強く、言葉をぶつける。

 

「“じゃあ逃げるのか?”って話だよ」

 

 はっとして、彼は顔を上げた。涙と鼻水でぐちゃぐちゃの、情けない顔を。

 大地は彼の言葉を待った。

 何度もつばを飲む音が聞こえる。喉がつっかえても、通るまで繰り返し。歯を食いしばりながら、彼は獣のように叫んだ。

 

「逃げられ、ねえよ! アラフォーになってまで鳴かず飛ばずの芸人してるのは、惰性だからじゃない! 決してそんなことはない! 好きなんだ……。心の底から……人を笑わせたい! それも、どこかの誰かが勝手に笑ってるんじゃ嫌だ! 俺が笑わせたいんだ! 世界中に、俺で笑って欲しいんだ!」

「だよな。()()で死んでもいい側なんだ、俺もお前も」

 

 ふ、と大地は小さく笑った。

 背中を向けて、暗幕の内側へと歩き出す。

 史彦はまだ立ち上がれていなかった。ただ追いすがろうとして、小さく蠢く。完全敗北、ここで大地に去られてしまえば、恐らくはもう二度と立ち上がれない。嫌だ、まだ笑わせていない。ネタなんて星の数ほどあるんだ。ただ上手く形にできないだけで、俺は笑わせられるんだ……

 しかし。彼は背中越しにぐっと親指を立てて、言葉を残した。

 

「お前が相方を見つけて。腹がよじれるまで笑わせてくれる日を楽しみにしている」

 

 史彦ははっと、去りゆく男の背中をまっすぐ見た。

 天童大地。彼は去るのではない。ただ待つために、今は離れるだけ。そう気付いたのだ。

 期待してくれている。それもお世辞でもなんでもなく、本心から。それが、今までとは別の涙が溢れて止まらないほど嬉しかった。涙でぐしゃぐしゃになった顔に無理矢理笑みを作って、背中に声を上げる。

 

「へ、へへ……その時は酸欠で救急車が呼ばれるほど笑わせてやるぜ!」

 

 男、髙羽史彦35歳。舞台の中央で、ただひたすら男泣きを続ける。

 彼を中心にした舞台が終わった。ライトは少しずつ暗くなっていき、暗幕も閉じられていく。

 満足したけではない。ただ、これからも前に進み続ける。その覚悟を新たにして、術式は完結しようとしていた……

 

 

 

 ――という一連の流れを、観客席に殆ど拘束される形で見せ続けられた者達がいた。

 ある者は仲間と合流する為。ある者は敗北し軍門に下った為に。

 誰もが立場も思想も、生まれた時代すらもが違う。ただこの場にあって、同じものを見続けて、この時ばかりは全員の気持ちが一つになっていた。半開きの口。憮然とした表情。どこか冷めた視線。なんとも言えない、言葉を発することが出来ぬ空気。つまりは、

 なんだこれ。

 




髙羽回はパロ入れなきゃいけない気がした
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