だいたい殴れば解決する   作:三回転半ドリル土下座

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東京第一結界06 雷神と怨念の後継

 浅く息を吐く。

 戦いは嫌いだった。子供の頃――それこそ折本里香が死ぬよりずっと前から、乙骨憂太は平々凡々とした人間性だった。

 諍いは苦手だ。誰かと憎しみ合うというのは、とても気疲れする。対立するくらいなら折れて道を空ける、そういう性格だ。

 無事是貴人、というほど大層なものではないが。平和が一番、平凡が何より。のほほんと日々を過ごせる事こそ、この世で最も尊ぶべきもの。未だにその考えは変らない。

 ただ。呪術高専に来てから、それだけではやっていけないというのも学ぶ。

 会話だけでは妥協しあえない人が居るのだと知った。誰かを守るためには時に力がいるのだと知った。だから、生まれ持った力を振るうのに、躊躇はない。激情に任せてそれを振るおうとするのは、久方ぶりだと言うだけ。

 人格を切り替えるような気持ちで、意識を戦闘用のそれへと置き換える。憂太には必要な事だった。こうでもしないと、とても人を殴る気にはなれない。

 それに。なあなあで戦っていては、多分、この鹿紫雲一という男には勝てないと感じた。

 

(秤先輩系の人だな)

 

 ぼんやり考えながら、刀を握る手を確かめる。感覚が間違いでなければ、触れた瞬間、確かに体が痺れた。呪力特性が極端に尖っている証拠だ。自分の長所を良く理解していて、それを前面に出して戦うタイプ。

 憂太はこれがただ痺れただけではなく、電気が原因だと当たりを付けた。刀と棍が接触した瞬間、僅かに稲光が見えた為だ。

 

(呪力に電気質を付与できる体質だとして、なら与君を倒したのも納得できる、のかな?)

 

 メカ丸シリーズは、全て機械で出来ている。電子制御がどうのというのは知らないが(そもそも公開されない。弱点になり得るから)、有効であるならば、幸吉の天敵たりうるだろう。

 もっとも、ただ相性だけで勝てるほど、彼は甘くない。憂太が知らない切り札も、間違いなく存在する。あのレベルであれば、領域展開はまず間違いなく使えるだろうし。基礎能力も高いと思った方がいいだろう。

 

「へえ、あっさりと俺の呪力を洗い流すな。普通は感覚が違うそれに戸惑うもんだが」

「慣れてるんですよね、こういうの」

 

 なにせ、大地に散々実験台にされた。呪力を排除する手間という意味では、彼の方が数段上だ。なにせ普通に体内の呪力出力を上げるだけでは洗い流せない。

 

「いいね。俄然お前に興味が湧いてきた。おいコガネ、あいつを参照しろ」

 

 鹿紫雲は現れたコガネをチラリと見やり、そして眉を小さくひそめた。

 

「ゼロポイントだと?」

「僕は新人(ニュービー)なんです」

「現代術師の精鋭って訳か。ちなみにお前、どれくらいの腕前だ?」

「皆が階級通りの実力ならだけど、三番手か四番手ですかね」

「で、お前の上に天童大地と五条悟ね。ハッ、現代も悪くねえ。羂索の悪巧みに乗っかった甲斐があるってもんだ」

 

 言葉を意気込みにして飛びかかってこようとした鹿紫雲。しかし踏み込む前に、足場が沈んだ。

 

「!?」

 

 一瞬にして伸びた憂太の影(少なくとも鹿紫雲にはそう見えただろう)は、一帯を飲み込まんとしている。

 鹿紫雲が棍で近くの車を叩き、上に飛び上がった。しかし、憂太はすかさず影から車を勢いよく射出し、追撃を放つ。彼は自分に向けて撃ち出された車の上に悠々と乗り、近くのビルへと飛び移った。

 模倣(コピー)の術式により写し取られた十種影法術。模倣はあくまで模倣でしかなく、全てにおいて完璧とはいかない。十種影法術における本体はあくまで影であり、式神までは含まれていなかった。これは術式の発展により、式神が後付けされたものだから、らしい。五条悟談なのであまり信用できないが。

 とはいえ、十種影法術の影だけとっても、有用性は高い。少なくとも憂太は、これを普段から大いに活用していた。扱えるのが影だけという制限と、莫大な呪力もあって、それ単体の運用は本家である恵より上である自信があった。

 鹿紫雲が姿勢を整えようとしたところで、線のような影を近くまで伸ばす。そして、剣を伸ばした。影から刀身だけ出したのと、影そのものが動いているのとで。擬似的な斬撃となっていた。

 不意を打たれたにも関わらず、上半身を傾けるという最低限の動きだけで躱される。

 棍で刃を弾き、剣が影からはみ出て転がされた。それも影で回収する。

 

「攻撃能力のねえ補助型の術式か? それだけって訳でもねえんだろうが」

 

 どこか、ややつまらなさそうに呟く。

 言葉など無視して、憂太が飛びかかる。彼に対して、刀で切りつけた。というか、力任せに叩き付けた。

 攻撃は受け止められるが、代わりに余波でビルが半壊する。崩れきる前に別の足場へと飛んだ鹿紫雲を見ながら、憂太は確信した。やはり、攻撃力そのものは自分の方が大分高い。

 呪力出力は、実の所、ほぼ互角だった。総量はさすがに憂太の方が上回っているが。出力が同じなのに両者がぶつかり合って片方が競り勝つのは、偏に効率が違うからだ。

 呪力性質の盲点であり欠点とでも言えばいいのか。性質が偏ってしまう分、直接的な影響力が下がる。憂太はこれを、呪力を変換に奪われていると解釈している。

 秤金次のように、呪力が砂鉄状になるだけでも僅かに差が感じられるのだ。電気質ともなれば、目に見えて影響があった。呪力効率の裏に隠された、もう一つの特性だ。これが問題にならないのは、大抵の場合、メリットの方が大きいからだった。

 

(多分この人もそうなんだろうな)

 

 電気でできる事に何ができるか、という思考にあまり意味はない。呪力特性は術式とは違うし、物理現象とも必ずしも同一ではない。拡張による解釈の拡大ができない代わりに、物理と呪的、双方の影響を獲得できた。派生したものを自在に操るという意味においては、術式よりも遙かに優れている。

 呪力そのものがこれだけ強力で尖っているのだ。扱いに習熟しているのも頷ける。

 むしろ気になるのは呪力や基礎能力ではなく、未だに使う気配もない術式の方だった。これだけ戦いに拘りのある人間が、いくら戦闘に向いてない術式だろうと、解釈を拡張して戦闘利用しないわけがない。それだけ扱いが難しいのか、それとも別の事情があるのか。

 

(可能性は織り込みながら、気にしすぎない)

 

 それだけを胸に止める。なぜなら、

 

(手札の多さで僕に敵う人間はいない。それこそ五条先生や天童君だって、僕には劣る)

 

 自分の術式は、条件さえ満たせれば世界最悪のものだ。そういう自負があった。

 鹿紫雲を追いかけるようにして、影の中を渡ってビルの上へと移る。体を半分出した所で足を掴もうとしたが、これは避けられた。並の相手なら完全につかめていたタイミングだ。学習能力が高い。

 だが、自分と近いレベルだと考えた場合、むしろ予定調和とも言える。故に、逃げる先にリカを配置していた。

 鹿紫雲の頭が思い切り弾ける。リカの拳に打ち抜かれたのだ。

 唇の端から血を散らしながらも、攻撃を耐える。親指で血を払い、呟いた。

 

「式神……! むしろそっちが本体ってか。いいね、ますますそそられる」

 

 瞬間、ぱり、と小さな破裂音がした。何かが空気中を疾駆し、リカの腕が弾ける。

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!」

「リカちゃん!?」

 

 苦痛のためか、それとも怒りか。リカが腕の断面を押さえて絶叫した。よく見ると、傷口が焦げている。

 

(電気の砲撃?)

 

 違う、と即座に否定した。あれは外的な砲撃の跡ではない。

 

(外から焼いたんじゃなくて、内側から破裂させたような傷跡。視認できないような速度に、残像をちらっと見た限り、誘導もされてた。マーキング……かな。ということは、接触がトリガーの可能性が高い。リカちゃんの耐久力でこのダメージ、僕が貰ってたら死んでたかも知れない)

 

 分かりやすく近接戦闘に向いた呪力特性。であれば、距離を開けて戦うのが上策。

 

(と考えさせられるのはブラフかな?)

 

 雷……正確に言えば電気でできそうな遠距離攻撃などいくらでもある。むしろ自分に反動が来ない分、より威力と自由度を上げてくる可能性が高かった。

 なら執るべき手段は一つ。シンプルに、正面からねじ伏せる。

 

「ハッ! 現代の術師ってのはつくづく……楽しませてくれるじゃねえか!」

 

 得物同士がぶつかり合う。電気抵抗で腕から焼けた臭いが漂うのは、この際どうでもいい。厄介なのは、電気で筋肉が微細な振動を起こすことだ。思っていたほどに攻撃力を乗せられない。反転術式はあくまで傷の治癒に使えるのであって、常に十全の力を出せるほど便利なものではなかった。そこまで高度な反転術式を使えるのは、少なくとも憂太は『大当たり』時の金次くらいしか知らなかった。

 だが、そんな理屈、知った事か。

 乙骨憂太は怒っている。

 

「あああああ!」

 

 雄叫びを上げて、無理矢理出力を上げる。腕力と呪力で、無理矢理上から押し潰さんとした。

 両者の武器がぎちぎちと悲鳴を上げる。先に根を上げたのは、憂太の方だった。

 ばぎん、と音がして、刀が半ばから折れる。切っ先が飛んでいくよりも早く、憂太の目に向かって突きが放たれた。

 

「『止まれ』」

 

 しかし、乙骨憂太もまた特級術師であり。ただ膨大な呪力に明かせているだけの存在ではない。彼の真骨頂は状況判断力であり、適切な選択を選べる事。

 呪言によって動きを止めた鹿紫雲の腹に、膝蹴りを叩き込んだ。受ける術などない彼は、ビルを貫いて後方に吹き飛ばされる。

 憂太は不要になった刀を投げながら、リカに向かって手を向けた。彼女の体から、呪具がせり出してくる。これも十種影法術の応用であり、これによってリカは主戦力でありながら武器庫としての役割もこなしていた。

 取り出した槍、それを槍投げの要領で放つ。まっすぐ、鹿紫雲が飛んだのと同じ軌跡を走った。

 槍の着弾。遙か遠方で地盤沈下が起き、数棟の建物が倒壊する。つまり、

 

(避けられた)

 

 どこから攻撃が来てもいいように構えながら、立ち位置を変える。何かを想定するより早く、反撃は迫ってきた。

 鹿紫雲が飛んでいき、まだ崩れきっていない穴を通るようにして、彼が使っていた棍が飛来してくる。位置を微妙に変えたにも関わらず、正確にこちらを捕捉していた。

 

(呪力探知……? いや、違う。僕の中の電気を手繰ったんだ!)

 

 咄嗟に出した呪具で、棍を受け止める。棍の射出に磁力でも利用したのか、腕がへし折れかねない威力だった。呪具はただの一撃で破壊され、体も大きく押し飛ばされる。

 屋上から落とされそうになるのを、リカに受け止めて貰った。そのまま体を振り回し投げて貰い、別の棟へと降りる。とにかく、相手の探知を少しでも乱さなければ。大雑把に位置さえ分かれば周囲もろとも吹き飛ばせるような相手だ、ただの的になってしまう。

 走り出そうとした寸前、咄嗟に床を踏みしめて、体を固めた。肩に衝撃が走り、ビルに亀裂が入る。弾いた筈の棍が追いかけてきた。

 

「電気だけじゃなくて、武器まで追跡できるの!?」

 

 攻撃は食らってしまったが、威力は大したことない。少なくとも憂太基準では。問題は、これを受け止めるために足を止めてしまったこと。

 顔を引きつらせながら、とにかくめちゃくちゃに飛ぶ。一瞬後、憂太が居た場所は跡形もなく消し飛んでいた。

 金属の超高速射出。レールガンだかコイルガンだか、とにかくそういった類いの弾丸が乱れ飛んでくる。それも飛ばしてくるのは小さな弾丸ではなく、ビルに埋め込まれていた鉄骨なり道路標識なり。ただでさえ大質量の物体が超音速で飛んでくるのに、呪力で強化までされているのだ。さすがの憂太でも、まともに受ければひとたまりもない。

 走って弾丸を避けている内、いきなり横から脇腹を殴り倒された。揺れる視界の端に、棍を振り切った鹿紫雲が見える。体がぎしぎし鳴った。反転術式が追いつかない。

 

「散漫なんだよ! 呪力量にかまけて基礎を疎かにしたか!?」

 

 高度な体術と呪力特性による、雷神もかくやと思わせる移動速度。それを十全に生かした追撃の右拳。

 憂太は痛む体を無理矢理運用し、相手の拳に合わせて腕を振った。両者の攻撃が交差し、通過していく。片方が床を抜いて下層に落とされ、もう片方は空高く打ち上げられる。鹿紫雲の攻撃は回避が極端に困難だと知ったが故の、身を削った反撃だった。

 傷の痛みも引かぬまま、両者はまたもインファイトを再開する。

 拮抗したのはほんの短時間だった。すぐに鹿紫雲が圧し始め、さらにそこから逆転する。決め手となったのは、呪力総量と術式の性能差。憂太とリカが挟み込んで殴りつけるという、大地の得意とする戦術だ。いや、戦術というよりは、囲んで袋たたきというのが極端に理にかなっているだけか。

 憂太とリカの間で、鹿紫雲がピンボールのように行き来する。最初は反撃も試みていたが、次第に手数が減っていき、やがて防御に専念した。

 圧倒的敗勢でありながら、鹿紫雲の目は爛々と輝いている。

 

(まだ期を伺ってる)

 

 しかし、それを発揮させるつもりはない。これで決めるつもりで呪力を込めた。

 鹿紫雲が急激に体をひねる。何のつもりか、など考えるより早く追いかけた。

 彼が手を伸ばした先にあったのは、愛用の棍。その端を握って思い切り振るう。

 世界が割れた――そう感じさせたのは、物理的圧力によるものだった。とてつもない熱気の後、荒れ狂う大気が憂太を撫でる。全てが過ぎ去った後、空に浮かぶ雲は割られ、リカが上下で真っ二つになっていた。彼女は肉体を維持できなくなり、徐々に消えていく。

 汗が噴き出ているのは、熱に煽られた為だけではない。一歩間違えれば死んでいたのは自分だったという、生物的恐怖によるものだ。

 

「プラズマジェット……っつうんだったか?」

 

 鹿紫雲は血まみれの顔で、赤黒い痰を吐き捨てながら呟いた。

 

「対宿儺の切り札だったんだがな。まさか使わされるとは思わなかったぜ」

 

 多大なダメージに膨大な呪力消費。今や反転術式の使用すら制限するほど呪力が減っているだろう。それなのになお、彼はひたすら楽しそうに笑っていた。血に濡れてなお構える姿は、阿修羅を思わせる。

 憂太は小さく長く、息を吐いた。リカの脱落により、制限解除ができなくなる。呪力総量はともかく、出力向上の恩恵まで受けられない。与えたダメージと強いた呪力消費があるため、まだ憂太が有利ではあったが、切り札の使用が制限されたのは痛かった。

 

(なら)

 

 ここから先は根比べだ。

 影から手甲型の呪具を取り出し、装備する。呪力制御を補助するタイプの道具だ。手に限り、本来の呪力操作技能以上に呪力を圧縮できる。膨大な呪力を持つが故に呪力制御の拙い憂太が、重宝している呪具の一つだった。

 さしてない体術の心得を、全て拳に込め、鹿紫雲の顔面に叩き付ける。男の顔は大きく後方に弾けたが、勢いを無理矢理ねじ伏せ反転、同じように顔を殴り返してくる。

 呪術師同士の戦いとは思えない、ひたすらに泥臭く血と汗に塗れた戦いだった。

 お互いに出せるものがない、というよりは、これ以上に有効な手段がない。ただただ呪力を込めた打撃で殴りつける。呪術がまだ“呪い”という正体を暴かれる前の、極めて原始的な戦い方だった。

 鹿紫雲は電気を纏った打撃だけではなく、時折、必中の雷霆も放っていた。

 しかし呪力を纏った憂太の肉体強度は、呪術師の中でも屈指。それこそ術式なしの耐久力であれば、五条悟をも超える。並の術者を一撃で殺害せしめる雷神の一撃も、出力が大幅に減じている今では、怨念の後継に対し必殺たり得なかった。

 荒れ狂う雷と呪い。余波だけで周囲が細かく分解されていく。直接叩き付けているわけでもないのに、一撃ごと、地面がめり込んでいった。

 終わりは、唐突だと言えばそうだし、分かっていたと言えばそれもまた正解だった。

 燃料切れ。

 幕引きの理由を説明するならば、それだけ。ただでさえ呪力量に差がある上、鹿紫雲は幾度も大規模な術式を発動した。呪力量だけで特級術師になれるような憂太と、消耗戦で戦い勝てるはずもない。

 大の字になって倒れる鹿紫雲を見下ろしながら、憂太は手の甲で顎を拭う。

 強かった。特級術師に返り咲いてから向こう、激戦というものを経験していなかった彼が経験する初めて命に指がかかる戦い。

 手甲をつけたまま、鹿紫雲に近づいていった。頭のすぐ近くに立つ。両者共に、これが終わりの瞬間だと感じた。

 人を殺すことに戸惑いはある。争いは嫌いだ。それ以上に、命を絶つ事はもっと嫌いだ。それでも、しなければいけない時がある。今も、手甲の上から持つ刃の感触が、ひたすら生々しいものに感じられた。

 

「最後に聞きます。与君は最後に、何か言ってましたか?」

「あァ? ……特に何も」

 

 まるで散り際を汚されたとでも言いたげな、大きなため息。目の中に入ってくる血を鬱陶しそうにしながら、それでも視線を憂太に向けた。

 

「聞きたきゃ本人から直接聞けよ。死んでねえんだから」

「……へ?」

 

 と、ここで精神制御が途切れる。間の抜けた声が出て、目つきも暢気なものに戻った。

 

「だから殺してねえっつってんだよ。殺す気で戦ったのは否定しねえけどな。()り合った上であいつは生き延びた。生かす事前提で戦ったりはしねえが、倒した相手のとどめをわざわざ刺そうとは思わねえ」

「まるで殺したみたいな言い方してましたよね?」

 

 半眼になって呟く憂太に、鹿紫雲は悪戯っぽく笑う。

 

「そりゃあ――そっちの方が、お前は気合い入るだろ? 言っとくが、俺は最初から明言してねえぞ。勝手に勘違いしたのはそっちだ」

「…………。はあぁー」

 

 今度は憂太がため息をついて、座り込んだ。肉体的な疲労に加え、張り詰めていた緊張の糸が切れたのだ。立っている気にもなれない。

 理屈の上で言えば、鹿紫雲は殺してしかるべき人間だろう。幸吉を殺していないと言っても、これで最低でも20人は殺しているのだ。呪術師の定義で言えば、彼は間違いなく死刑だ。

 ただ、彼の言葉を借りれば、わざわざ殺すほどではないと思いたかったし――そもそも殺すべき命などこの世にないと思いたい。死滅回游という特殊な空間のため、情状酌量の余地があるという言い訳も出来る。自覚のない所で、殺さない理由が出来てほっとしていた。

 

「なんでそういうことするんですか」

「たまにいるんだよ、オマエみたいなタイプ。自分の為じゃ本気になれねえ奴がな。だから少し煽ってやった」

「自己中心的すぎるでしょ……」

「そりゃそうだろ。俺の人生なんて所詮、頭からつま先まで全部俺なんだ。おかげで楽しかったぜ」

 

 それだけ言って、遊び疲れた子供のように寝入った鹿紫雲の隣で。憂太はもう一度、嘆息した。

 

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