だいたい殴れば解決する   作:三回転半ドリル土下座

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愛知結界

 瓦礫の上に座りながら、幸吉は小さく目をつぶる。強大な呪術師の気配が、高速で迫っていた。

 落胆はない。ただ、悪い予感の通りに動く現実に、諦めに似た境地はあった。

 距離と結界に妨害されていた呪力通信は、なんとか大地に対してSOSを発信だけはできたものの。応答はない。あちらもそれなりに忙しいらしい。もしくは、予期せぬ事態が起こってしまったか。

 さすがに大地がどうにかなるとは考えていない。ただ、連絡を受け取れないという状況は十分に考えられた。現代の無線通信みたく、基地やサーバーなど存在しないのだ。一度連絡が途絶えれば、送った情報は虚空へと消える。そのために複数の通信用小型メカ丸を作っておいたのだが、どのみち即応性に信頼が置けるものではなかった。たった数日で作った急造品なのだから所詮こんなものだ。

 さて、と体を持ち上げる。

 自動操縦(オート)タイプメカ丸の残りは200前後。究極メカ丸は3体。当然、万全な機体などほとんどない。大型呪池(バッテリー)だって大半を消費している。

 

(囲んでどうにかなる相手であればいいのだが。理想は、一対一(タイマン)専用の術式だという事だが……まあ、ないか)

 

 限定したシチュエーションでのみ最大の力を発揮できる存在というのは、強いが脆い。誰も彼もが天童大地になれるわけではないのだ。

 せめて自分でもなんとかなる相手であればいいと思うのだが。

 遠方からざっくり力量を測る。呪力に関しては、量、制御ともに同等。という事は大型呪池(バッテリー)の分だけ呪力総量に分があり――まともに戦えばまず勝てないという意味でもある。なにせ幸吉には、事前準備なしで短期間に結界(コロニー)制圧をするほどの実力はさすがにないのだから。

 

(さて、俺がどこまで対抗できるかな)

 

 立ち上がりながら、独りごちる。すでに対象は、視認が出来るまでに近づいていた。

 定時連絡がなければ、誰かしらがこちらへ直接接触を図るだろう。それが特級で、かつ自分が死ぬ前であることを祈るしかない。

 

「よう、別結界(コロニー)のナンバーワン。会いに来てやったぜ」

「帰ってくれるとありがたいんだがな。俺はただ自分の役割を果たしているだけだ」

「じゃあ俺も排除しなきゃなあ。邪魔になる可能性が高いと思ったから、こんなところでわざわざ待ち構えていた。だろ?」

 

 息を吸いながら肩を回す。どうやら鹿紫雲一は腕だけではなく頭も回るタイプのようだった。まあ、優れた呪術師でただの馬鹿というのも見たことがない。単細胞でやっていけるほど甘い業界ではない、という事なのだろう。

 滞在している結界(コロニー)を参照できるようになった以上、逃げるのは現実的ではない。仮に追いかけっこをしても、幸吉の武器どころか手足たる傀儡が置き去りだ。そもそも、仲間が攻略中の結界(コロニー)に突っ込まれては目も当てられない。非常に嫌々だったが、準備を整えた幸吉が待ち構えるのは、ベターな選択だった。

 

「まずは……」

 

 軽く右腕を上げ、鹿紫雲に向ける。

 

「小手調べ」

 

 瓦礫に偽装していた半壊状態のメカ丸が、鹿紫雲の足を掴む。といっても、腕は簡単に払われ、追撃の何か(雷だろうか)で破壊された。まあ、これはどうでもいい。元より攻撃性など期待していないし、重要なのは掴んだという事実。

 鹿紫雲の呪力パターン登録は終わった。結界(コロニー)という限られた戦場の中では大きな価値にならないが、それでも近づけばメカ丸で識別できる。それに、こういった環境ながらの使い方も。

 敵性パターンの登録により、周囲に配置した自動操縦(オート)タイプメカ丸が一斉に起動した。

 自動操縦(オート)タイプメカ丸の見た目は、はっきり言って玩具だ。人間の半分もない全長に、逆関節の足。股関節から上についているのは、いびつな長方形をした箱だった。そこから正面に向けて短い円柱が飛び出ているが、これは砲門である。

 二足歩行小型戦車。それが自動操縦(オート)タイプメカ丸の正体だった。

 一斉に鹿紫雲へ照準を定めた自動操縦(オート)タイプメカ丸の砲撃が火を吹く。これも通常のメカ丸みたく呪力砲ではなく、呪力を込めたただの弾丸を発射していた。徹底したコスト削減の為だ。実弾も、公務を司る呪術師にとっては、ほぼ経費で落ちるし。

 

「おぉ!?」

 

 全方位から数千、もしかしたら数万というライフル弾。さすがの東京第二結界(コロニー)最強も面食らったが。

 小手先であればあるほど、相性というものは堆い壁となって立ち塞がる。

 鹿紫雲の棍が、自分を中心に一周だけ振るわれる。弾丸はそこから一定範囲を避けるように、次々と軌道をねじ曲げられていった。

 磁力を利用したのか、それとももっと別の何かか。正体は分からないが、とにかく金属での遠距離攻撃は無効だと頭に叩き込んだ。時間を掛ければ突破可能かもしれないが、肝心の暇がないし、そもそも傀儡操術はそこまで便利ではない。

 

「二の段」

 

 所詮ライフル攻撃は、決定力を期待したものではなかった。あくまで雑魚狩りと目隠し。

 一定まで近づいた自動操縦(オート)タイプメカ丸が、後部を破裂させて鹿紫雲に特攻した。十分に接近した(というよりは跳ねてから一定時間経過した)所で、内部の爆薬を破裂させる。約二百発の花火が轟きながら咲く。

 

「三の段」

 

 呪力探知を頼りに、メカ丸が大祓砲(ウルトラキャノン)を発砲。十字砲火で射線上を焼き尽くした。最後に右腕の刀源解放(ソードオプション)を解放した近接戦闘を仕掛ける。

 爆煙と多重振動で全身を揺さぶり、感覚を狂わせた状態からの火砲。ダメ押しの接近制圧。

 そこらの一級呪術師であればこれで大抵倒せるし、実際、上位游者(プレイヤー)はこれで始末してきた。

 呪力の事前供給により、幸吉のカタログスペック以上の戦力を発揮するやり方でもある。分かっていても対処は難しいだろう。実際、彼の知る中で、これを切り抜けられる準一級以下は存在しない。

 晴れていく煙の向こう側、まるで蛮族のように棍へと突き刺したメカ丸二体の頭部を見ながら、幸吉はうめいた。

 

「最初から削り目的ではあったが、まさか無傷とはな」

「悪いやり方じゃなかったと思うぜ。相手が悪かったがな」

 

 街の一角が消し飛ぶほどの破壊後から出てきた鹿紫雲は、血の一滴も流していない。服に焦げ跡くらいはあるが、その程度だ。

 幸吉が苦々しく眉をひそめる。まるで特級術師を相手にしているような感覚だ。何もかもがどうしようもなく、ひたすらに高くそびえ立つ山。天童大地ほどとは言わないが、それを前にしたのと近い徒労がある。幸吉とて、界隈では一級の上澄みという事になっているのだが。

 猛烈な速度で迫ってくる鹿紫雲。体術、身体強化共に、接近戦を得意とする者のそれ。まともに戦えば万に一つも勝ち目は無い。まともに戦えば。

 まっすぐ突っ込んできた彼を、壁が遮った。

 鹿紫雲は警戒して、という風でもなく。新しい玩具を楽しむような表情で、速度を緩める。

 

「殴り合いで勝てる気がしないんでな。悪いが、こちらは装備で上回らせてもらう」

「あれで終わりなら、悪くはないが良くもないって程度だったが。お前がどんだけ出来るのか見せて貰おうか」

 

 風格を滲ませる彼は、特に妨害をしてこなかった。まあ、そこも含めた対策があるとは思っているだろう。

 切り札として製造するメカ丸には、いくつかの草案があった。まず真っ先に思いついたのが、25メートル超級の巨大ロボット型である装甲傀儡究極メカ丸試作0号だ。しかし、これは企画倒れとなった。理由は簡単で、大きすぎるためである。

 そもそもとして、試作0号は幸吉が『動けない』前提での運用だ。圧倒的な質量が生み出すパワーは強力無比ではあるが、ただ動かすだけでも呪力を馬鹿食いするし強度も下がる――体積あたりの含有呪力が減るためだ。当然要求する素材は多く、満足するだけの稀少金属(レアメタル)を集められなかったのも、断念した理由の一つ。

 自由を得た。この時点で、幸吉が試作0号に執着する理由は失われていた。すぐに破棄していた案へと移る。

 幸いにして、幸吉は自由と同時に大きなコネを手にしていた。禪院家の協力は、かつての理想を大幅に上回る希望を与えてくれる。

 稀少金属(レアメタル)をふんだんに使い、高位とは言えなくとも呪具を複数仕込む。単純な火力では劣るものの、それ以外のほぼ全てが試作0号と同等、ないしは上回る作品ができあがった。

 ()()は、鎧と言うよりもパワードスーツだった。幸吉の全身をぴったり包み、紫色の装甲が覆っている。肩は上に飛び出るような形をしており、そこに複数の呪具が仕込んであった。

 装甲傀儡究極メカ丸初号機・全環境形態(モード・オールマイティ)。それがこの機体の名だ。

 

「待たせたな」

「随分と奇妙な姿になったなオイ。そんなんで本当に戦えんのかよ」

「問題ない。術式と噛み合っているし……なにより俺の知る最強に及第点を貰えたからな」

「――へえ。そいつは面白い話を二つも聞いた」

 

 ひゅん、と軽く棍を回す鹿紫雲。

 対応するように、幸吉も肩からナイフを取り出した。呪力をこれでもかと叩き込んで刃を加圧し、高密度呪力と高温で威力を底上げする。

 ナイフと棍がぶつかり合う。幸吉は片手だったのに競り合いは発生せず、一方的に鹿紫雲を吹き飛ばした。

 

「ははっ、すげえパワーだ! まさか俺が力でも速度でも負けるとはな!」

 

 あっさりと姿勢を戻し、構えを戻される。

 簡単に対処された事に思うところがない訳ではなかったが、ひとまずは棚上げした。基本的なスペックで優位に立てるならば、力尽くで押し潰す事もできるはずだ。

 そう考えてさらに距離を詰めたのだが。いきなり横合いから、側頭部を叩かれた。

 見えなかったわけではない。何をされたかだって分かっている。ただ、来ると分かっていて反応できなかった。

 

(これは……!)

 

 大地や葵がたまに見せる技。大きな攻撃をするときに、必ずと言っていいほど行う。予想する動きを極端に裏切り、来ると認識できていても、まるで不意打ちのように貰ってしまう、らしい。正直に言って幸吉には全く理解できない領域の話だった。

 どちらの方が上の技量かなど、幸吉には分からない。どうであれ認識できない世界の話であるのは間違いないのだから。ただ一つ、これはどうしようもないという事だけは分かった。優越した身体能力はしかし、根本的な技量差は覆せない。幾度も訓練を積んで悟らざるをえなかった事だ。

 

「オラオラァ! ぬりぃぞ!」

 

 葵の攻撃でも耐える装甲の上から、僅かだがダメージが入る。呪力を籠めない状態でも戦車砲を弾く強度であるにも関わらず。

 技量で及ばないだろう事は、戦う前から予想していた。だからこそ手数と性能差で勝負できる状況を整えたのに。まさかその上で全く相手にならないとは思ってもいなかった。

 肩部から、六本のダガーを射出する。完全な不意打ちの形だし、これだって初速がライフル弾を超えている。にもかかわらずダガーは地面に突き刺さり、視界からは鹿紫雲が消えていた。

 

「だから……」

 

 いつの間にか頭が掴まれている。それで、鹿紫雲が宙に避けたのだと知った。

 

「小技じゃ話になんねえんだよ!」

 

 首がねじ切られたような感触。感覚に遅れてやってくる視界の移り変わりに、頭を持って力任せに投げられたのだと気付いた。

 幸吉自身が立て直そうとするより早く傀儡装甲が反応、ブースターをふかして姿勢制御を行った。勢いの割に、飛ばされた距離は大したことがない。それは、鹿紫雲の予想とて覆すものだった筈だ。

 だが。

 

「ギ……づぁっ!」

 

 投げ技直後に飛んできた雷槍が体を貫く。本体に大きなダメージはなかった。少なくとも戦闘不能なほどは。ただし、装甲前面の大半が弾け飛ぶ。視界のスマートプロジェクターが、無数のエラーを吐いていた。

 

(洒落にならないぞ!)

 

 ダメージそのものはほとんどないからこそ、鹿紫雲の脅威と恐怖をよく理解してしまった。気分だけは、多少痛みで頭が鈍っていた方が楽だっただろう。

 幸吉が知る、近接戦闘の強者二人。彼らは無二とも言える長所を持ち、同時に両者とも術式を直接攻撃に用いていなかった。強いは強いが(驚くべき事に)、理論上は他者にも再現可能な類いの力である。

 対して鹿紫雲は真逆。極端に攻撃的な能力を持ち、それを最大限に生かす戦い方をしている。超人的な近接戦闘能力が不可避の雷撃を生かし、雷もまた近接戦闘能力の価値を底上げしていた。

 攻撃力に限れば、鹿紫雲は幸吉が知る者の中でも五指に入る。それこそ特級術師まで含めてだ。

 初号機でも勝てない。確信した瞬間、幸吉は傀儡装甲を放棄した。

 鹿紫雲は面食らったが、それも一瞬だけ。速度を緩めもせずに、さらに接近してきた。

 

初号機(これ)で勝てないなら、それでもいい……)

 

 傀儡操術最大の長所は、物量でも一撃必殺でもなく、膨大な選択肢なのだから。

 鹿紫雲の動きより速く、次の装甲を装着。初号機と比べれば大分物々しい、深紅の鎧に身を包んだ。そして、勢いを付けてブースターをふかし、鹿紫雲から離れる。総合的な速度では敵わずとも、瞬間的、直線距離ならば十分勝負になる。

 一定の距離を保ちながら、幸吉は掌印を組んだ。

 

「領域展開」

 

 幸吉の取った手段に、鹿紫雲は急ブレーキをしつつも眉をひそめていた。当然だろう。この距離は、領域に巻き込むには遠すぎる。彼の様子は正しく、領域の縁が鹿紫雲に触れる事はなかった。

 領域展開『傀混双樹(くこんそうじゅ)』は、非常に珍しいタイプの領域だと言える。なにせ、生得領域の具現化によるイメージの顕現がないのだ。視界に移る光景は、今までと同じ荒れ果てた街のもの。唯一違う点は、 空間を隔てる結界が存在するという事だ。

 幸吉が恐れていた最悪のシナリオ、それは鹿紫雲も領域展開で対抗し、領域が拮抗ないしは圧し負けるというパターン。術式の扱いこそ幸吉が勝っているが、総合的な術師としては相手の方が格上。しかも、領域同士の競り合いというのは込めた呪力よりも術式の精度によって決まる。呪力量で制圧できるのは、あくまで構築した領域の精度がほぼ互角だった場合のみだ。

 圧縮空気が解放される音と共に、スーツが展開する。体の各所から、短い円柱が飛び出た。ファンも回転し、冷却を始める。

 領域を展開していた時間は、ほんの十数秒だっただろう。未だ怪訝そうな顔をしていた鹿紫雲の顔が覗き、やがて挑戦的な笑みになる。

 

「成る程ね。そういうタイプだったか」

 

 開けた視界、幸吉の周囲には、無数の人形。メカ丸や、簡易0号とでも言うべき軍勢の数々。

 領域展開は必中必殺と一口で言っても、効果は多彩だ。術式と、術者の発想力、さらに実力で多種多様になるのだから当然だ。そういう意味において、幸吉は現代で最も優れた領域展開の使い手に数えられた。自分より領域の性能が上だと断言できるのは、それこそ葵くらいである。

 傀混双樹(くこんそうじゅ)の基本効果は、対象の傀儡化。これはただ単に相手を操るという意味ではなく、本当に戦闘人形に存在を構成し直してしまうのだ。必殺であると同時に、戦力増強も可能としている。もっとも、今回の狙いはこちらではないが。

 

「初めて見る類いの領域展開だ。ますます面白ェ」

 

 傀混双樹(くこんそうじゅ)のもっとも特異な点は、術式の影響対象が呪力や生物()()()()という事。

 結界内のあらゆる物質を変換、支配下に置く。つまり、領域内に存在する質量に比例した人形を製造できるのだ。

 当然、こんな数の傀儡を手動で操作できるわけがない。

 弐号機・強襲形態(モード・アサルト)。これをざっくり一言で言うならば、巨大なCPUだ。呪的プログラムをあらかじめ待機させておき、人形とリンクすると同時に疑似AIを起動。これによって、手動ほどではないにしても、かなり精密かつ効率的な挙動を可能とした。

 短期決戦でとにかく大出力を望んだ試作0号。総合力を高めつつも、試作0号のコンセプトを一部引き継いで高い能力を持つ決定版の初号機。そして弐号機は、言うなれば領域展開特化型だ。あらゆる面において領域展開と、その後の戦いを優位に進めるよう補助してくれる。

 術式が焼き切れている事に意味はない。領域に触れた時点で、呪力供給の上限値は最大になっている。さらに大型呪池(バッテリー)が持つ限り呪力を補充してくれた。

 

「先に言っておく。これが最後の攻勢だ」

「呪術師の言葉なんて信じるもんじゃねえが……お前のそれがはったりじゃねえってのは分かるぜ」

 

 お互い呪力を今日一番充実させて。嵐と軍勢がぶつかり合う。

 複数の、それも呪力を馬鹿食いする傀儡を扱うことで、幸吉の呪力がゴリゴリと減っていく。いくら外付けの呪力貯蔵装置があると言っても、呪力は本体を経由するのだ。全身の力を無理矢理引っ張られていく喪失感は消しようがない。

 正攻法で殴りかかっても届かないのは分かっている。だからこそメカ丸に搭載されているあらゆる特殊機能で、間断なく攻撃をしかけていた。それこそ、これを捌ききれる者などいないだろうという種類と数を。にもかかわらず、鹿紫雲はギリギリで対処している。

 

(術式を使っていない前提とはいえ、対天童シフトだぞ! それがこうも対応されるものなのか!?)

 

 恐らくは、単に攻撃の密度だけが問題ではない。磁力によって絶妙にメカ丸の動きをずらされている為だ。多数であるが故の大雑把さを突かれている。本当ならば、その程度で対処できるようなものでもないのに。

 

(……生きている世界が違う、か)

 

 幸吉が抱いたその感想は、比喩でもなんでもない。

 シンプルに現代とそれ以前では、求められているスキルが違うのだ。今の時代は、対人など呪詛師相手の場合だけ、つまりはあまり多用されないスキルだ。当然、人との一対多など経験している者の方が少数(その代わり、呪霊には頻繁に囲まれるが)。呪詛師との戦いにおいても、基礎とされるのは一対多の戦法ではなく、一対一を連続して行うための立ち回りを重視される。

 対して近代以前は、当たり前のように呪術師同士が戦っていた。とりわけ廃藩置県が行われる以前は、各地お抱えの呪術師同士が上からの指示で争っていたと伝わっている。国に属する者ではなく藩に属する者が好き勝手呪術師という立場を享受できた訳だ。当然、戦いの形は今のような『討伐』ではなく『戦争』である。この流れは、本格的に陰陽寮が衰退し、現代の呪術師組織が再構築するまで続いた。

 重ねてきた経験の種類が違う。ただそれだけで、こんなに持っている技術に差ができるものなのか。

 だからといって、簡単に負けられるわけがない。

 

「メカ丸! 過剰供給(オーバースペック)!」

 

 弐号機の円柱が回転し、機体そのものも冷却では追いつかない発熱を始める。メカ丸達が人型とは思えない動きを始め、同時に過剰な運動量で自壊を始めていた。

 

(一瞬でいい、動きを止めろ……!)

 

 幸吉が何かに備えている事など、鹿紫雲も承知だろう。その上でどうにかすると、互いに思っている。ただただ強力な一撃というのは、そういうものなのだから。

 大きな攻撃は当たらない。小さな攻撃は呪力なり術式なりで弾かれる。

 それでもなおメカ丸は、同士討ちすら気にすることなく攻撃を続けた。どうせ領域展開で作った急造品だ、壊れたところで何ら惜しくない。

 鉄塊が舞い散り、視線も殆ど通らない中。簡易0号の腕を無理矢理ねじって、別の簡易0号へと叩き付けられた。漏洩した呪力が発する火花すら問題にしていない。全身にかすり傷は無数にあれど、決定的と言えそうなものはなかった。

 だが。磁力でメカ丸の隙間を縫っているのであれば、こちら側も同じ理屈で干渉できる。

 二体の簡易0号が、鹿紫雲の上下に腕を空振ったと見せかけて――その実、前腕部に仕込まれた放電装置が露出した。上下から挟み込む形で電気が迸る。

 雷を操る以上、雷撃に耐性があるだろう鹿紫雲に電気は効かないか、極端に効果が薄い。ただし、0.1秒だけ空中に縫い付けるつもりなだけならば話は別だ。磁力に対し、磁力で反発させ、挟み込む。

 弐号機の腹部に隠されていた砲門が露出し、同時に全呪力を一点集中する。

 

究極祓砲(アルティメットキャノン)

 

 メカ丸の標準武装たる大祓砲(ウルトラキャノン)の改良版。幸吉ではどうしても散漫になってしまった呪力操作だが、呪具と機械の補助で、擬似的に天童大地の呪力砲を再現した。攻撃力と射程距離が大幅に向上した利点は、余波による攻撃範囲の減少というデメリットを補って有り余る。

 渾身の一撃を前にした鹿紫雲の選択は。真正面からの迎撃だった。

 空中で固定されたのをむしろ利点として、幸吉に向かって正面から構える。両手を突き出し、中心には愛用の棍。

 

射刺腔(しゃしこう)

 

 そんなことを、鹿紫雲が口にしたのだと思う。

 呪力砲と棍の接触は、実際の所は、ほんの一瞬だっただろう。しかし、幸吉にはやけにはっきりと見えた。現在望みうる最高威力の攻撃が弾かれ、超高圧呪力の中を掻き分けて棍が迫り来る様が。

 

(力勝負を挑んだ……いや、相手にそう誘導された。これが間違いだったか)

 

 棍は寸分違わず発射口に命中し、次の瞬間、幸吉の意識は頭から吹き飛んだ。

 

 

 

「殺さなかったのか」

 

 気絶から復帰してすぐ、近くに座る鹿紫雲を確認して真っ先に出た言葉がそれだった。

 立て膝に体で棍を支えながら、彼は答えてくる。

 

「俺は勝った。お前が死ななかったのは、単にお前が強かったからだ。なんで殺さなきゃならねえ」

「……そういう奴か」

 

 体を起こそうとするが、しかし上手くいかなかった。呪力が空になった上、キャパシティを超える呪力供給までしてしまった。しばらく動けないだろうな、とひっそり呻く。

 まだ大型呪池(バッテリー)には僅かながら呪力が残っているが、この場合は全くの無意味だ。恐らく幸吉以外の誰も知らないだろうが、一度放出した呪力は、純エネルギーとしてしか活用できない。つまり、後から術式に変換したり、ましてや反転術式とするなどできないのだ。当然、肉体に再供給するのも。電気を資源に戻す方法はないのと同じだ、と幸吉は考えている。

 便利なだけのものはない、という事なのだろう。

 

「ま、中々強かったぜ。今まで戦った中でも五指に入れてやれる」

「それはどうも」

 

 喜んでいいのか悪いのか。とりあえず慰めの言葉ではないだろうというのは、まあ、救いだろう。

 

「けどな、体術はしっかり修めとけよ。そこがしっかりしてれば俺を倒せたかもしれねえんだから」

 

 説教するように言われれば、ぐうの音も出ない。正論も正論だ。

 まともに体が動くようになったのはここ一年の事であり、鍛錬に費やせた時間も同程度。そんな言い訳をしたところで、所詮は恥の上塗りだ。

 

「で、こっからが本題だよ。お前が最強だと思ってる奴って言うのは誰だ? そのためにわざわざ起きるのを待ってたんだ」

 

 棍の先端をこちらに向けて宣言する。幸吉が言わないとは欠片も思っていない顔だ。

 そうだろうとは思う。最強だと信じているという事は、誰に明かした所で結局はそいつに倒されると信じているのと同義だ。そうでなければおかしいし、実際に幸吉も、それを全く疑っていない。

 

「多くの術師は、五条悟が最強だと思っている」

「ちらほら聞く名だな。だが、お前はそう考えてねえ」

「ああ。天童大地、もしくは禪院大地。それが俺の知る最強の名だ。今は制圧と游者(プレイヤー)の確保を目的として東京第一結界(コロニー)にいる。まあ、何も問題が起こっていなければだが」

 

 例外だらけの死滅回游で何も起こらないわけがないので、実際に大地がいるかは半々といった所か。

 うし、と鹿紫雲は体を持ち上げて。しかしふと、こちらを見る。

 

「お前、やけにあっさり白状するな。何か企んでるのか?」

「別に何も。俺()()に時間をかけるようじゃあ、天地がひっくり返っても天童に勝てないと思ってるだけだ」

「言うねえ」

「万が一お前が勝ったとして、どうせ強い奴に挑むんだろう? どのみち俺達の敵はお前の敵にもなるという事だ」

「それに関しちゃ相手の腕前次第だな。宿儺がいればそっちを優先するし」

 

 なぜそこで宿儺の名前が出てくるのか、と疑問が浮かぶ。が、すぐにどうでもいいと割り切った。鹿紫雲の行動原理は至って単純。相手が強いか否か、それだけだ。

 

「じゃあな。しっかり休めよ。強くなったらまた()ってやる」

「二度とご免だ」

 

 そこだけはきっぱりと言い切る。

 戦いの影響で雲すらも吹き飛ばされた空は、嫌味なほどに青かった。

 

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