だいたい殴れば解決する   作:三回転半ドリル土下座

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羂索追跡隊

 じっとりと肌に張り付くような、嫌な汗を拭った。

 山歩きは慣れてないと言っても、汗を流すような事ではない。呪術師であれば、例え冬の富士山だろうと平気で進むことができる(あくまで歩けるというだけで、足を踏み外さないとか迷わないという意味ではない)。

 それなのに労力を要されているのは、土地に澱んだ呪力せいだ。恐ろしく高密度で、外側から圧迫されているような感覚。身一つで深海に放り出されているような感覚というのが近いかも知れない。少なくとも低級の呪術師では、この圧迫感を無視するのは不可能だ。

 

(とんでもない所まで来ちゃったなあ)

 

 と、ひっそり霞は思う。

 天然の霊地をさらに改造した土地。呪力の質がどうとかではなく、悪酔いするような濃度で、油断すると呼吸すらつまりそうになる。ましてやそこが敵の拠点であり、何が仕掛けられているか分からないとなればなおさらだ。

 とはいえ、自分より明らかに実力が低く、かつ疲弊しているだろう二人が黙々と歩いているのだ。弱音を吐くのも、何というか、恥ずかしい。

 

「美々子ちゃん、こっちで合ってる?」

「名前呼ぶなちゃん付けするな話しかけるな」

(……ひぃーん)

 

 なるべく友好的に話しかけてみたが、結果はすげない。正直に言って、この場の呪力と同じくらい、空気に耐えかねていた。

 そもそも霞は暗い空気が苦手だった。陽気でフレンドリーな虎杖悠仁君をおくれ。そんな事を念じる。

 文句はいくらでもあったが、かといって二人を置いてけぼりにできない理由もあった。

 例えば縛りを結んだ事。呪詛師として拘束された彼女らは、当然取り調べを受けた。しかし口は堅く、頑として情報を漏らさない。というか、尋問官によれば本当にただの一言も喋らなかったらしい。

 時間がなかったため、やむなく取引という形で縛りを結んだ。その中の一つに、夏油傑の肉体捜索というものがある。少なくとも彼の遺体を見つけるまでは、彼女らを無視できない。それは逆に、彼女らもこちらを無視できないという意味でもあるのだが。

 まあ、いくら人手が足りないといっても、なぜたかだか三級術師でしかない霞が監視などしなければいけないのか、とは思った。どう考えたって反逆されたら止めようがない。

 呪詛師は縛りに長けている。正確に言えば、他者と一見公平な縛りを結んで、その実裏を掻くのがすこぶる上手い。彼女らの嘘に気づけない以上、せめて実力で制圧できる者が監視すべきだ。

 まともに相手したくない手合い。そんな者でも動員しなければならない程の人手不足というのもあるが。

 最大の理由は、美々子の術式だ。

 詳細は知らない。それは、霞にだけ秘されているのか、それとも上層部すら口を割らせられなかったのか。どうちらかは、霞に判断がつかない。とにかく重要なのは、彼女の術式が『処刑』に関連するものだという事だ。

 大雑把に、術式対象へ死刑を執行できる。とはいえそれほど万能ではなく、術式はあくまで刑の執行まででしかない。つまり、肉体的強度の高い術師は死なない可能性が高いとのこと(つまり霞なら死んでしまうというのに……)。

 ここらの効果について、今はどうでもいい。問題は、死刑を確定してから執行までの間は、常に対象を美々子が観測できるというもの。

 精度の高いものではなく、あくまで方向が分かるという程度。それでも情報が全く無かった呪術師側としてはありがたい。これで、霞達は地道に羂索を追跡していた。そして最終的に、あからさまな危険地帯である恐山へ入山したわけだが。

 

(助けが必要になるような事態になんてなりませんよーに)

 

 足は緩めずに、霞は内心だけで祈る。

 正直な所、美々子と菜々子の反逆より、待ち伏せの方がよっぽど怖い。彼女らの敵対なら、勝てる可能性は三割か四割程度の可能性である。が、特級呪術師二名から逃げおおせるほどの使い手は天地がひっくり返ったって無理だ。

 逐一連絡を入れているため、現在地は把握されているし、定時連絡がなければすぐに人が派遣される手はずになっているものの。どう考えても、それが必要になる時は全滅している。

 保身を抜きにしても、何事もなく痕跡だけを見つけるというのが最良だ。前提として、監督役が霞だという時点でこの姉妹は信用されていない(するわけがないと言われればぐうの音も出ないが)。忘れてはいけないのは、あくまで彼女達は呪詛師であり、一時的に利害が一致しただけという点。霞がここにいるのも、死滅回游に回せるほどの戦力ではなかったからというだけでしかない。

 草木もまばらな、ほとんど荒野を蹴る。拠点が参拝道近くにあるわけもなく、ずっとこの調子だった。

 進むごとに臭いもきつくないっていく。温泉か何かが原因だろうが、呪力的なプレッシャーもあって、随分気を滅入らされる。

 

(っていうか……)

 

 この臭いは、さすがに硫黄だけでは説明がつかないような……

 

「ねえ、アンタ」

「三輪霞です」

 

 どちらともなく声を掛けられて、もう何度したか分からない答え方をする。

 彼女らの問いかけは大体どうでもよかったり(多分本当に重要な話は二人だけでしている)、後は呪術師界隈への不理解だったりから来ている。

 

「私達さ、さっきからずっと同じ場所歩いてない?」

「え?」

 

 いきなりそんな事言われても、景色の見分けなどつかない。今までだって、言われるがままに歩いていただけだし。

 一応周囲を確認してみたが、やはり霞には違和感の欠片も感じ取れなかった。ここら辺は呪術師としてのセンスがものを言うため、分からない人には一生分からないだろう。

 小さく悩む。否定するのは簡単だが、才能に乏しい霞にとっては、二人の術式的感覚を頼りにするしかなかった。

 

「ちょっと離れてもらっていい? 大体あと二、三歩分」

 

 ちょいちょいと手で払って、距離を置いてもらった後、霞は構えた。簡易領域に構えなど必要ないのだが、未熟な霞では精神的なトリガーなしだと手間がかかる。

 簡易領域を使った理由は、さしたるものではない。それなりに便利な技術で、特に結界の中だと相互干渉が生じるため、何か手がかりでもあるのではと思ったのだ。一番の理由は、他に手段がなかったからだが。

 

「ひゃ!」

「ちょっと、何よ?」

「ごりって言った! 簡易領域がごりって言った!」

 

 領域の縁を外側から削られる感覚。条件を付けた結界を内側から無力化する時特有の現象だ。この手の人を寄せ付けない結界は、一度解除すれば出るまで効力のあるものが多い。これもその類いだったようだ。気付かないうちに曖昧にされていた方向感覚が、若干晴れた。

 今まで通った場所にはない反応に面食らう。その反応は、美々子と菜々子に確信をさせるには十分だった。

 

「あ、ちょっと!」

 

 いきなり走り出す二人。それを追いかけようとして、一瞬躊躇した。

 先に連絡を取るべきだとスマホを取り出したが、当然圏外。結界の影響云々がなくとも、人里離れた山奥。電波が届いている筈もない場所だ。ここで一報入れたかったが、諦めることにして、スマホをポケットにしまい直した。遅れた分を取り返すように走り出す。

 ここで最悪なのは、敵の首魁と会ってしまう事。何も出来ず全滅というのが一番不味い。相手にとっても、こちらのメンバーにわざわざ生かす価値がある者もいないだろう。あったらあったで、何かしらの意図があるのだからより悪い。

 いくらか遅れて二人に追いつく。たどり着いたのは、洞窟……というほど大層なものでもない、削れた岩盤に湯気が立っている場所だった。

 そこは、異様なほどに腐臭が充満している。結界のせいで、臭気が逃げられなかったのだろうか。

 霞が見たのは、体の大半を無くし、割られた頭から脳をえぐり取られたような死体。元々損傷が激しかった上、冬間近と言えど高湿度の環境に放置されていたからか、所々腐り落ち始めている。そして、無惨な遺体に、汚れるのも無視して泣きすがる少女達の姿。

 しばらくすすり泣きだけが響く。

 さすがに霞まで呆けている訳にはいかず、周囲の警戒をした。が、特に何かあるわけでもない。とりあえずこれが罠という訳ではなく、本当に放棄された拠点らしいという事は察しがついた。ここにあるのは、ただの残骸。ゴミとして捨てられたもの。

 

(考えてみれば、天童君が来ていた可能性もなくはないんだ)

 

 現在の呪術師界をどの程度相手が把握しているかは分からない。少なくとも新上層部は、天童大地への東京結界(コロニー)攻略の要請に、ある程度の仕込みがあると思っているようだが。彼が命令を無視してでも羂索抹殺に動くというのは、絶対にないと言い切れるものではない。遭遇できれば見返りも絶大なのだし。敵はその万が一を避けたのだろう。

 周囲に気を配りつつも、簡易領域は解く。元より霞の腕では、あまり長時間張り続けられるものではない。

 それからさらに五分、六分と待っても、鬱々とした雰囲気は変らなかった。たまらなくなって声を掛ける。

 

「あの……全部ここから出てからにしない? 外に連絡取りたいし、ここも確実に安全という訳じゃないから」

 

 ここから何か仕掛けられる事はまずない。ということは、絶対でもない。まずあり得ない事を連続して起こされたからこその渋谷事変である以上、油断はできなかった。

 そう、あくまで実用面からの提案であって、決していたたまれないからなどという理由ではない。本当にこのメンバーだと一瞬で全滅するから仕方ないのだ、うん。

 二人は時間をおいて、目元を擦りながら言った。

 

「そう……よね……」

「今度こそ夏油様を……ちゃんと弔わないと……」

 

 霞はほっと一息……する事はできなかった。

 彼女らの夏油傑に対する忠誠心だか親愛だかは、はっきり言ってこちらの予想以上。これから言わなければならない事は非常に気が重かったし、何よりすぐさま殺し合いに発展しかねない。

 

「あのあの、出来れば夏油さん? の遺体はいったん乙骨、ええと、乙骨特級術師に見せて欲しいんです、けど……」

 

 ひたすら申し訳なさそうに言う。と、殺気やら敵意やら害意やら、とにかくそういった負の感情が膨れ上がった。怒りを通り越した二対の目が霞を射貫き、小さく悲鳴を上げる。

 

「この上で、夏油様の遺体を弄ぼうって言うの?」

「随分と笑えない事言うじゃん。丁度縛りも解けたしね」

 

 顔面蒼白になりながらも、なんとか柄に手を置く愚だけは避けた。戦闘の意思を見せてしまうのは非常に不味い。

 実力に差がない相手と二対一、どう足掻いてもよーいどんで勝てる筈がなかった。謎の術式持ちに先手を打たれる状況というのは、それこそ上級者が格下に負ける典型だ。

 そもそもこの状況で戦闘に発展した時点で敗北である。それは元々、霞の任務に含まれていない。いや、本当は含まれているかもしれないが、期待されてもただひたすらに困る。

 

「待って! 本当に待って! 夏油さんの遺体はあくまで触媒であって、それ自体をなんとかしようと思ってるわけじゃないから! ちゃんと今の状態で返すって言ってたし!」

「それを弄ぶと言うんだろうが……!」

「菜々子、やっぱあいつ殺そうよ」

「決断が早い!」

 

 ええと、と霞は必死に頭を回した。なんとか二人を説得できそうな言葉を探す。そんな都合がいいものあるわけないと分かっていながらも。

 

「本当に辱める意図はないから、ね? 乙骨君が言うには、羂索を倒すのに必要な事だって話だから! それに上層部には絶対渡さないし! ……あ、そうだ! 天童君に頼もう! あの人は夏油さんに対して特に興味もないだろうから、一般的なお葬式くらいはあげられるよ! 貴方たちはお尋ね者なうえに表向きの立場もないし、そういうの難しいでしょ!? 私から頼むから、ね!」

 

 結局言葉にできたのは、思いついた言葉をとにかく端から全部口に出す事だった。

 二人の目は未だ険しい。だが、とりあえず術式の媒介らしきものを霞に向けるのは止めてくれた。二人の動きが止まり、視線を合わせて。

 

「本当でしょうね?」

「墓もちゃんと作んのよ」

「えっ!? う、うん、もちろん!」

 

 私が何かするわけじゃないけど、と心の中でひっそり付け加えつつ。

 

「縛りを結びなさい。夏油様の遺体は私達監視下の元のみ乙骨クソ野郎憂太に貸すわ。ひたすら業腹だけど」

「クソ野郎って……」

「夏油様殺しの犯人なのよ。これでもまだ言い足りないわ」

 

 頭の中小学生かな、なんてひっそり考えた。

 

「あと天童とやらの説得はあんたがしなさい」

「なんで!?」

「言い出しっぺでしょ。はい縛り」

 

 言質を引っかけて縛りを結ばれてしまう。明確な双方の同意がない縛りが本当に成立するかは怪しいところだが、少なくとも果たすために努力する必要はあった。

 約束を破るつもりなど、最初からないものの。それとこれとは別。霞はみるみる顔をしょぼくれさせた。

 

「何よ、アンタ破る気だったの?」

「そういうつもりはないけど……天童君との交渉ってとても大変で」

「あのクソ真面目っぽそうな筋肉男が?」

「あ、そう見えるんだ。仕事だとちゃんとしてる人なんだけどね、プライベートはどうも」

 

 手をうにょうにょさせながら口ごもった。なんと言っていいか、的確な単語が思い浮かばない。破天荒と言うべきか自由人と言うべきか。とにもかくにも、なるべくお近づきになりたくない人手ある。

 と、ふと。後がないのは霞より、むしろ美々子と菜々子の方である事に思い至った。なにせ彼女らは、後ろ盾のない低級呪詛師なのだ。元は本物の夏油傑という後ろ盾があったが、当然今はそれも使えない。

 ハメられたと気付いたときには後の祭、引っ込みがつかなくなっている。

 霞はしょんぼりと顔を俯かせた。いくら彼女が交渉に不慣れだと言っても、この状況で駆け引きをしかけてくるのは、さすがに逞しすぎではないだろうか。

 やるせない敗北感を感じながら、とりあえず霞は、近くのホームセンターへブルーシートを買いに向かった。腐乱しかけた死体をそのまま持って運ぶのは、どう足掻いたところで言い訳のしようがないのだから。

 

 

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