だいたい殴れば解決する   作:三回転半ドリル土下座

52 / 68
仙台結界

 仙台結界(コロニー)は、10ある結界(コロニー)の中でも特に珍しい場所だった。

 大抵の結界(コロニー)では一級術師上位相当の者が頂点に立ち、それに触れないよう、幾人かの実力者が周囲を囲むように活動している。これは羂索が、ある程度バランスを取って振り分けたからだと考えられた。

 しかし仙台結界(コロニー)は、さながら三国志の様相を呈している。

 拮抗する実力。相性の噛み合わない術式。それぞれが違う主義主張。あらゆる要素が、均衡を危ういバランスで保っていた。

 そんな状態も。たった二人の闖入者によって崩壊する。

 

 

 

 実のところ、死の驚異はずっと感じていた。恐らく背後を走る男には、何一つとして勝てる所がない。

 一瞬だけ視線をやると、そこには人の形をした呪力の塊。呪力ロスなど欠片もないと言わんばかりの制御能力は、呪力総量以上の差を感じさせた。まともにぶつかり合えば、さらに大きな格の違いを刻みつけられるだろう。

 こんな相手に追いかけられてなお(よろず)が生き残っているのは、一言で言って相手に殺す気が皆無だからだ。それこそ術式も使ってこない。逆に言えば、何かを目論んでいるという事でもあった。

 

(という事は、私をどうにかする術があるって意味だけど……)

 

 そんな方法あるのだろうか、という疑問はある。

 受肉とはつまり生命の塗り替え。存在の連続性を断つという事である。ここからどうにかする手段など存在するのか。少なくとも(よろず)には、全く心当たりがなかった。そもそも伏黒津美紀という人間は事実上死んでいるのだし。

 もしかしたら、今後どうにかできる術式を持った人間が生まれるまで、(よろず)を封印する気かもしれない。可能性という意味ではそちらの方が遙かに高かった。何かの弾みで魂にのみ影響する術式を持つ者が現れれば、不可能とまでは言い切れない。

 どちらにしろ、追いかけてくる男――天童大地だったか――が、この体を傷つけないようにしているのは感じていた。伏黒津美紀の体を傷つけたくないというのとはちょっと違う。受肉体の肉体変換を嫌っているのだろう。ということは、反転術式の他者適用が可能な術者がいる。これはまあ、どうでもいいが。

 大地が何かを狙っているとすれば、一撃で決めてくるだろうと予想される。ということは、肉体変換をしない理由が増えたわけだ。下手にダメージを重ねてしまうと、(よろず)としても肉体変換の治癒に頼らざるを得ない。実行してしまえば、同時に相手が躊躇する理由もなくなるわけだ。という事は、伏黒津美紀のままでいるのは明確なアドバンテージになる。ただ、どこまでが天童大地の許容範囲か分からないため、駆け引きが必要だが。

 しかし、と、(よろず)は小さく笑った。

 

「アナタ、中々やるじゃない。ま、宿儺には及ばないけど」

「そりゃどうも」

 

 会話をしながら、構築術式により精製した武器を飛ばす。あっさり防がれた、どころかハエを払うような気軽さで破壊された。

 改めて、この男は接近戦が異様に強い。近づいたら問答無用で負けだと思った方が良さそうだ。

 (よろず)は自分の編み出した構築術式の極みに多大な自信を持っていたが、この時ばかりは恨めしい。切り札と言えそうなものは、殆ど近接戦闘に偏っているのだ。あれを相手に挑むのは、控えめに言って正気ではない。かといってタメの大きな極ノ番や領域展開では、恐らく間に合わないだろう。

 本能と経験が同じように警告を出している。片方だけなら、無視して試す方策もあったが。両方では賭ける気にもならない。

 

「おいおい、派手にやってるじゃねーか」

「ドゥルヴが瞬殺……! 随分滑稽な姿で!」

 

 異常を察知したのか、二名ほどこちらへ様子見に来た。この状況で近寄るのだから、少なくとも腕に覚えはあるのだろう。

 (よろず)は即座にコガネを呼び出し、彼らを確認する。石流龍に烏鷺亨子。共に70点超えの大物だ。成る程、仙台結界(コロニー)は彼らとドゥルヴによって制圧されたのだと分かる。

 ちなみに揶揄されたドゥルヴとやらは、大地に投げ技(バックドロップとかいうやつだろうか)を食らい、上半身を地面にめり込ませている。確かに滑稽だ。

 機動力の低い巨大式神が主力だったために対応しきれなかったのだ。いや、普通の基準で言えば十分早い。ドゥルヴの接近戦闘能力は(よろず)から見ても低いものではなかったが、まあ、相手が悪かったとしか言えない。彼女とて、いくら不意打ちじみていると言っても、あのレベルの呪術師が瞬殺されるとは思わなかったし。

 

(とはいえ、これは幸運)

 

 元々結界(コロニー)を移動したのは、現代呪術師が手を入れていない場所で遊んでやろうと思ったからだ。大地に追いかけられた事で、逃走のためにと意味合いは変ってしまったが。

 (よろず)単独ではどう足掻いても勝ち目はない。どころか、逃げられる可能性すら殆ど無かった。故に他結界(コロニー)の強者を利用しようと思ったのだ。手間によっては他のプランを実行しなければならないかと思ったが、向こうから来てくれるとは都合がいい。

 龍が大地に呪力砲を放ち、亨子は(よろず)に向かって術式を使用する。

 視界の一部が歪んだ。というより、引っ張られたか。咄嗟に跳ねると、一瞬前まで(よろず)が存在した近辺を、まんべんなく衝撃波が撫で回していった。

 衝撃波よりも空間を歪めた方が術式の正体だろうな、となんとなく察した。衝撃波が術式にしては、攻撃のテンポが一歩遅い。恐らく射程距離は長くないだろう。代わりに応用性が高いと言ったところか。術式の相性は悪そうだが、本気の自分とどちらが強いかな、と(よろず)は考えた。すぐに思考を訂正する。あれと競り合った所で意味はない。

 そんなことよりも。大地の方が遙かに問題ではある。

 龍の呪力砲(グラニテブラストとか言ったか)は非常に強力だ。彼女が知る平安の強者と比べても屈指の威力である。

 (よろず)が切り札である、液体金属を昆虫型に身に纏う形態を取っても、まともに受ければ一撃で剥ぎ取られかねない。それすらもあっさり弾いていたのだ。龍は思わずぎょっとして、距離を開けている。

 その場にいる強者が一斉に悟った。化け物の存在を。

 それぞれは間違っても味方ではない。死滅回游という特殊な場であることを度外視しても、何もかもが噛み合わない人間達なのだ。ただ、()()は片手間で相手できるものではないと意見が一致した。本能が警告を発したと言ってもいい。

 結果的に三対一の構図になる。

 

「おい嬢ちゃん、あのデカい奴知り合いかい? 甘すぎて胸焼けしそうなんだが」

「甘すぎて……? 知り合いっていうのは間違いじゃないわよ。現代呪術師のリーダー的存在ね」

「そりゃいい」

 

 先ほどよりも一回り強力なグラニテブラストを、しかし大地は片手で受け止めつつ前に出てすらいる。後退するそぶりすら見せない。多少減速する程度のかわいげがあってもいいではないか。

 ぼんやりと、この光景には伏黒津美紀の記憶に覚えがあった。確か怪獣映画とかいうものの中の一幕だ。つまりこれは、創作物として楽しめるほど現実離れした光景だという意味でもある。弾け飛んだ一筋の呪力だけで建物を粉砕しているのに、その本体を平気で抉り潜るあいつは一体何なのか。脳が半ば奴が人間である事を否定していた。

 その光景を引きつった目で見ていた亨子が、(よろず)に向かって絶叫する。

 

「お前どういう類いの化け物引き連れて来てんだよクソ女! 頭ん中に能なし乙女(スイーツ)しか詰まってねえのか!」

「はぁ!? テメエの事なんざ知るか淫売! 何人分咥えたか知らねえ精液くせえマンコ洗って出直せ!」

「やめろよ汚え連中だな」

 

 見るに堪えない罵り合いで、龍に若干呆れられた。

 ともかく天童大地は理不尽の権化と言ってもいい。シンプルに全てを高めた宿儺とは、また別ジャンルの頂点だ。人間と言うより、生きた理不尽と思った方がいいかもしれない。悪夢というほど短絡的でもないが。

 龍と(よろず)が牽制をして、亨子に接近させる。ほとんどが粉砕されて足止めにもならなかったが、彼女のレベルならば、懐に潜り込むくらいはできた。

 ただし、それは相手が無抵抗という事を意味せず。当然カウンターの打撃が放たれた。

 

「ふ……ンっっ!」

 

 思い切り空間をへし曲げて、大地の腕が異様に歪み、亨子の顔面すぐ横を通る。この現象に、彼は一瞬目を見開いていた。

 

宇守羅彈(うすらび)!」

 

 手を脇腹に添えた瞬間、広域にひび割れが発生する。それは黒閃、つまり膨大な威力により発生する空間のひずみに似ていた。

 だが。天童大地という化け物にとっては。

 地面を強く踏みしめる。呪力を流して強度を向上させ、アスファルトを踏み抜いて。空間がひび割れるほどの威力と、それが戻る際の反動、二重の衝撃をただの力業で耐えきって見せた。

 男は表情一つ変えず視線を向ける。

 

「は……?」

 

 攻撃的な術式の直撃をものともしない、どころかほぼ無傷で受け止めた男は、なんてことのない顔をしながら拳を振り下ろした。

 顔を引きつらせながら、亨子は腕を振るう。間一髪、空間湾曲が間に合った。ただし、先ほどのように何事もなくとはいかない。どういった理屈か、捻れた空間ががりごりと異音を立てている。

 

「そこはせめて吹き飛んでおけよ人として……!」

 

 (よろず)が大地の体に鎖を巻き付け、龍も呪力砲を放つ。支援はするが、ある種の確信があった。時間稼ぎにもならない。

 思考を証明するように、鎖は引きちぎられ、グラニテブラストも一顧だにされなかった。二人は即座に見切りを付ける。これ以上は時間を浪費せず烏鷺亨子を諦め、次の手に集中すべきだと。

 亨子はさらに空間湾曲の防御膜を張った。理屈の上で言えば、対物理最高の守りである。根本的に触れる事が出来ない。

 今度発生した音は先ほどの比ではなかった。ねじ曲がった空間を、さらにねじ曲げ返す。天童大地の取った方法は至ってシンプルであり、同時に異質。ただただパワーで概念をも突破するというもの。

 

「そういうタイプの術式には慣れてるんだ。残念だったな」

 

 もう身を守る方法など無く、亨子はあっさりと吹き飛ばされる。

 たった二度で攻略が極端に困難な、概念を司るタイプの術式を攻略した。それも威力を上げるという馬鹿げた方法で。これにはさすがに、(よろず)も顔を引きつらせる。

 一人を戦闘不能にした大地が睨むのは、相変わらず(よろず)。彼にとって石流龍の撃破は条件に含まれないのだから当然だが――今は不味い。まだ準備ができていなかった。

 だからという訳でもないだろうが、龍が先に動く。

 

「グラニテブラスト最大出力」

 

 今までよりひときわ太い呪力砲。恐らくはこれ一撃で、現代基準における街一つを消し飛ばせるだろう破壊力だ。

 そんな一撃を、しかし天童大地は防御すらしない。自らの周囲を粉砕されながらも、強靱な肉体と圧倒的な呪力に飽かせて走り寄る。

 

「空腹でも食い切れねえデザート。こいつはスウィートだぜ……」

「意味は分からんが。俺はデザートじゃなくて山盛りの主菜(メインディッシュ)だよ」

 

 グラニテブラストを平然と体で受けた状態で、石流龍の首に向けてラリアットを叩き込む。龍は空中で十回転以上した後、地面に墜落した。

 自分と同格の術師二人が為す術もなくやられる姿を見て、しかし(よろず)は笑う。彼らが作った隙に、術式を完成させることができた。

 

「極ノ番『狂々回天(くるくるかいてん)』」

 

 構築術式で生み出したのは、完全なる真球。接地面を存在させない事で無限の圧力を生み出す――つまりは、対物理完全攻撃。烏鷺亨子のそれと対をなしながらも、さらに洗練させた力だ。

 本来は領域展開で必中させるタイプの攻撃だが、彼を領域展開に巻き込める範疇に入れるほど驕ってはいない。それに、勝算もあった。人間大サイズの球体が高速で迫れば、回避より迎撃を選ぶ可能性が高いと踏んでいる。

 大地の右拳が狂々回天と接触し、そして肘までを消し飛ばした。一瞬、術式の制御が揺らいだのが気になるものの、大勢に変化はない。そのまま男を飲み込むべく、狂々回天を押し込んだ。

 違和感――

 確かに天童大地には、強者故の傲慢がある。強い者はそれでいいと思うし、いくら強力な攻撃だと分かっていたとはいえ、無為に逃げるだけなど言語道断だ。それでは真の強者ではない。

 しかし果たして。(よろず)から見てすら強者と言えるような者が、本当に為す術もなくやられるものなのか。打ち勝つ自信なく迎撃するものなのか。

 例えば宿儺であれば。こんなもの、鼻歌交じりにねじ伏せるだろう。実際にどうかは知らないが、そういった期待がある。

 狂々回天がひび割れ、粉々に粉砕された。物理と概念による二重の頂点。それを一瞬で覚えられ、しかも超えて見せたのだ。振り抜かれる左拳と、すでに手首ほどまで再生を終えている右腕。

 彼が何を持ち得ているのかは知らない。だが、何を最も頼りにしているかは明白だった。鍛え上げた己自身。ただただ基本的な暴力。極めた素地以外は余分だと断じるような自負。

 (よろず)はなんだかおかしくなって、自然と笑った。

 

「アナタ、いい男じゃない。宿儺の次くらいにはね」

我が拳は“世界”を超える(ザ・ワールド・オーバーヘブン)

 

 その言葉を最後に、(よろず)という存在はこの世から消失した。

 

 

 

 伏黒津美紀は、現状を全く理解できていなかった。

 まず真っ先に頭へ流れ込んできたのは、悪夢である。そこで彼女は、他者を嬲りいたぶり殺し続けている。何より嫌だったのが、それを自分ではない自分が心底楽しんでいたという点だった。

 ひとしきり衝撃的な記録が頭に叩き込まれた後、他の細々とした情報を認識した。自分が二年近く昏睡状態だったこと、日本がまるで別世界のように様変わりしてしまったこと、そして自分の体を知らない誰かが使っていたこと。

 頭痛と言うよりも吐き気を覚えて目を覚ませば、そこは何故だか荒廃した宮城県仙台市。三人の男女が座る前で厳つい男が腕組みして立っており、その脇で転がされていた。津美紀の頭をさらに混乱させる。

 ただ滅んだ街に一人取り残されるよりはずっとましだが、だからといってこの絵面はシュールすぎやしないだろうか。

 

「今の状況と、いきなり現代に放り出された環境を加味して、情状酌量の余地はある。が、それもこれまでだ。進退は自分で決めろよ。俺に従うもよし、縛りを結んで野に下るもよし。ああ、俺に挑んでもいいが、今度は容赦しない。死を覚悟しろ」

 

 大男が言うと、三人はなんとも言えない表情で視線を絡め合っていた。津美紀の断片的な記憶が確かなら、彼らは敵対関係にあった筈だが。

 ぼんやりしていると、大男(大地という名前だった気がする)がこちらに気がついた。

 

「起きたか」

「えっと、あの、はい」

「調子は?」

「多分普通だと思います。ちょっと頭がくらくらしますけど」

 

 妙に気弱な敬語なのは、普通にビビっていたからだ。身長190センチを優に超えるラグビー選手みたいな体格の男、しかも顔つきだって厳つい。こんなのを前にしたら津美紀でなくとも怯えると自己弁護をした。

 

「一応聞いておくが、伏黒恵の姉で合ってるな?」

「え? なんでそれを……」

「全部後にしてくれ。まあ問題がないならそれでいい」

 

 男はただ目を細めただけなのだろうが。それが睨んでいるように見えて、津美紀は体をすくませた。この恐怖には、多分にまだ状況を理解できていないというのもある。

 

「俺ぁ構わないぜ。アンタについていけば面白そうだ」

「……条件がある。暗殺はしないし支配もされない。私は私として生きる」

「構わない。こっちとしては客将って形で呪霊討伐だけしてくれるんでも十分だしな。仕事さえしてくれれば給料を払う。それ以上は求めないし、そもそも他の仕事もほとんどないんでな。過去の呪術師にとっちゃ退屈かもしれないが」

 

 言うと、女はどこか曖昧ながらも頷いた。どうでもいいが、なぜ彼女は裸なのだろう。無理矢理剥がされたにしては、本人がきわどい部分を隠すそぶりもないし。というか津美紀以外誰も気にしていないのだが、これは自分がおかしいのだろうか。

 

「爺さんは?」

「敗者は勝者に従う。それだけよ」

 

 老人(こっちも何故か半裸だ)は、戦国武将みたいな事を言っていた。

 本当に、これは一体どういう集まりなのだろう。自分はなぜここにいるのだろう。訳の分からない夢などではなく、もっと合理的な理由があるはずだ。

 半ば放置されているのをいいことに、津美紀は少しずつ自分の記憶を整理していった。

 当たり前に意識がない間は思い出しようがないため、昏睡する直前と直後に絞る。一つ一つ情報を整理し、解きほぐし。ある程度の整合性がとれた時、猛烈な吐き気を覚えた。夢は、ただの夢ではない。

 口元を抑えていると、体を覆うように影が差す。大地がのぞき込んでいた。

 

「大丈夫か?」

 

 視線だけを上に持ち上げる。相変わらず、仏頂面の強面がそこにいた。

 

「私が……たくさんの人を殺したのね」

「うーん、どうだろうな。同じ体を共有してるって意味なら、お前が殺したって解釈も間違いとは言い切れないが。個人的には精神を共有してないんだから無関係じゃないかと思うんだがなあ。これはもう本人の捉え方に依るとしか。そこんとこ法律じゃどうなってるんだろ。精神鑑定にでもひっかかるのか?」

 

 慰めるでも突き放すでもなく、あくまで客観的な意見という風に、大地。回答はひたすら軽い。多分、本気で興味がないのだ。

 

「強く拒絶できていれば、こうはならなかったのかしら……」

「一応言っておくと、未だかつて呪物の干渉を根性論で耐え抜いた奴はいないからな」

 

 今度は若干呆れるように。

 自分の言い方が、少なからず傲慢だと津美紀も気がついていた。全てが終わってからのたらればなど、慰めの言い訳でしかない。

 幾ばくか痛痒に堪えるようにしていたが、津美紀ははっとした。

 

「恵に謝らなきゃ!」

「ちょっとすぐは無理だな」

「あ……はい。それは分かってます。恵は今、東京にいるんですよね?」

 

 未だ判然としたとは言い切れないが、自分がただのお荷物であり、このまま連れて歩くのはただのデメリットでしかないとは分かる。まさか我が儘を通すために、世話をしてくれとも言える訳もなく。

 死滅回游というシステムを利用したワープ(という表現で合っているだろうか)は、游者(プレイヤー)にしか適用されない。游者(プレイヤー)だったのはあくまで(よろず)であり、津美紀はそのおまけなのだ。彼女が津美紀の体から消失した以上、游者(プレイヤー)としての数少ない恩恵にあずかれない。

 呪物を覚醒させたという事で、一応津美紀も呪力に目覚めている。游者(プレイヤー)になるだけならすぐだが、(よろず)の記憶によれば、結界発生時点で内部にいないと結界(コロニー)内のどこかへ飛ばされる。何百万という人間の命がかかっている状況で、自分を探し連れて行ってくれと言うほど厚かましくはなれなかった。

 

「順調にいけば、数日中には東京第一結界(コロニー)を破壊できる。その時までにゆっくり来てもいいし、逆に伏黒をここにやってもいい。気を抜ける状況じゃないが、まあ、今のところ順調だよ。少なくともあんたが気にしなきゃならない事はない。伏黒の心も含めてな」

「そうですか」

 

 ほっと吐息を漏らした。

 

「というわけで、お前ら三人には仙台(ここ)の治安維持を依頼する」

 

 彼はさらに三人へと向いてそう告げた。

 そこで、ドルゥヴ・ラクダワラがどこか試すように問いかけた。

 

「状況を受け入れぬ術師は排除すれば良い。しかし一般人ならばどうだ?」

「馬鹿に呪術師と一般人の違いなんざあるか」

 

 言葉に、津美紀は一瞬、意味が分からなかったが。やがて理解すると、批難するように大地を見た。

 

「それはあまりにも……!」

「悪いが」

 

 台詞を遮って、視線を強くしながら言う。

 

「俺は罪人百人と無辜の民一人なら、後者を選ぶ。人は多ければいいってもんじゃないんだ。生かすべき人間を優先する」

「それでも殺すなんて」

「じゃあ質問を変えよう。誰が馬鹿の管理をする?」

 

 試すような視線に、津美紀は言葉をつまらせた。代案などあるわけがない。

 付き合いと言えるような時間はないが、それでも誰一人として博愛主義者ではないことくらい分かった。少なくとも、顔も知らぬ他人の為に命を賭けるようは者ではない。

 今も昔も、命のやりとりが当たり前の世界で生きている。故に、命は大事という価値観そのものが薄かった。呪術師にとって、人命とはとても軽くて安いものだ。

 大地は特に気分を害した様子もなく進める。

 

「俺は東京に戻る。まだやることはいくらでもあるからな。伏黒にはあんたが無事だったと伝えとくから安心しろ」

 

 それだけ言って、彼は姿を消した。

 一瞬ぎょっとしたが、遠くで豆粒みたいになっている姿を確認し、ただ走って離れただけだと気付く。あまりにも早すぎるため、目で追いつかなかっただけのようだ。

 取り残された気分で、ちらりと三人の方を見る。ドルゥヴは顔色を変えなかったが、龍と亨子はひたすら微妙な表情でこちらを見ていた。

 先ほどはあれだけ汚い言葉で言い合っていたのだ。どんな顔をすればいいのか分からない気持ちはとてもよく理解できる。津美紀だって分からない。

 

「ええと、よろしくお願いします」

「うん、その、おう」

「まあ……よろしく」

 

 打ち解けるまでの一時間、非常に気まずかった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。