だいたい殴れば解決する   作:三回転半ドリル土下座

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伏黒恵奪還作戦 上

 東京第一結界(コロニー)へ戻ってきてすぐ感じたのは、まずあり得ないと思っていた異常事態が起こったのだろうという事だった。それも一つ二つではなく立て続けに。

 いや。間が悪かったのではなく、自分が居なくなる隙を虎視眈々と狙っていたのだろう、と大地は考えた。あらゆる面で、彼という存在は目障りなのだろうから。

 諦めも含めて、吐息を吐く。

 こういうパターンを想定して、よくないやり方だとは分かっていつつも、一番汎用性のある恵の強化を急いだのだが。まさかその恵が真っ先に落とされるとは思っていなかった。挙げ句に今は行方不明である。他に適任がいなかったとはいえ、ここまで「信用するんじゃなかった」と思わされるとは。

 

「あー、君らさ、何があったの?」

 

 ぼんやり言うと、真っ先に顔を向けてきたのは悠仁だった。

 

「天童! 津美紀の姉ちゃんは……いや伏黒が! ああ、ええと、クソッ!」

「誰か冷静に話せる人いる?」

 

 周囲を見る。

 いつの間にか知らない顔まで増えているし、それこそ誰かが全てを把握しているとは言えなさそうな状態ではあった。

 

「僕が」

 

 と手を上げたのは、大地が居ないうちにやってきたのだろう憂太だ。一戦交えた後なのだろう、彼も相応に焦りと疲れが見えていた。

 

「まず端的に言うと、伏黒君が宿儺になった」

「どういう事だよ」

 

 どういった状況で、という問いかけではない。言葉は、どちらかと言えば独り言だ。やるせなさに思わず漏れてしまった。

 特級呪物“宿儺の指”は、呪物の中でもぶっちぎりで最高の危険度を誇る。存在そのものが呪術師にとってある種の毒と言っていい。だからこそ1000年も、器たり得る存在がいなかったのだし。

 人が呪物に転化した物の処理法は決まっている。捕らえた呪詛師に無理矢理飲み込ませた後、殺すのだ。こうやって呪術師は転化呪物を処理してきた。逆に言えば、この方法が通じなかったからこそ宿儺の指は恐れられてきたとも言える。歴史がせいぜい100年とそこらしかない受胎九相図とは、根本的に存在規模が違った。悠仁の処遇で揉めたのはこういった事情があったし、だからこそ大地も悠仁の生存に賛成していた。

 1000年もの間、現れなかった宿儺の器が同時に二人。それも極めて近しい位置にいた。どういった確率だと頭が痛くなる。

 大地個人としては、己の器たる存在を見抜いた能力こそ気になったが。

 

「詳しく話すと……」

「いやその前に」

 

 と、憂太の言葉を制する。このまま話を続けるには、彼が手に持っているものの存在感は大きすぎた。

 

「それ、獄門疆だよな。ちょっと色が違う気がするけど」

「ああ、うん。これは獄門疆「裏」っていう呪具なんだ」

「裏? 羂索を封印でもするのか?」

 

 実のところ、対として存在する呪具というのは色々ある。そして、一番多いパターンが双方同じ効果を持つというものだ。いや、多いというか、別種の効果を持つ一対の呪具というのはまずあり得ないのだが。

 正直に言って、今の状況で魅力を感じられる呪具ではない。発動に条件が多すぎて、使用できるシチュエーションが限られすぎている。第一、羂索を生かす理由というのも今のところないのだし。

 

「ううん、そうじゃなくて。天元様が言うには、獄門疆と獄門疆「裏」って繋がってるんだって。だからこっちも出口になり得るんだ」

「成る程」

 

 要は獄門疆「裏」から悟を引っ張り出せという事だ。

 と言いながら、手を差し出した。掌の上に獄門疆を乗せられる。

 

「少し離れ……いや、やっぱいい。俺が離れた方が早いな」

 

 言って、返事を効く前に大地は飛んだ。

 ざっくりと周囲に人の気配がない場所まで移動する。狭い空間に大量の人が囚われているのだから、完璧とはいかないものの。ちょっとやそっと暴れても平気だろうと思える程度には人気の無い場所に当たりを付ける。

 獄門疆「裏」を地面に置き、拳に力を込める。正確には、二重の呪力を寸分の狂い無く重ね合わせたものを。

 

「術式反転「解放」」

 

 対結界特攻攻撃。獄門疆がどれだけ堅固な封印だろうと、所詮は結界の一種でしかない。例え太陽にぶつけようが無傷で済むほど堅牢な殻だとしても、実なら剥ぐことができた。そこにあるのはちょっとした手間の違いでしかない。

 破裂音と、少しばかり流れる風。恐らく世界一強固な結界を壊したにしては、軽い衝撃だった。あくまで獄門疆だけは。

 内側から人が現れる。ほとんどの呪術師には感じ取る事も出来ないだろうが、それこそ大地すらをも超える濃密で精緻な呪力。或いは、人の形をした呪いそのもの。

 情けや容赦といったものが一つとしてない打拳が、大地の顔面へ向かってきた。横から叩いて拳を受け流す。腹に向かってきた拳は肘で落とし、一発目に打ち終わったはずの右で、即席の肘打ち、これは首を倒して回避する。

 そこで、悟ははっと気がついたようだった。

 

「あれ、体動くじゃん」

「おはよう悟。ご機嫌なお目覚めだな」

 

 きょろきょろと落ち着きなく周囲を見回している悟。その様子は、封印される前と何ら変らない。

 しかし。

 

(体も呪力も、とんでもなくキレている)

 

 大地は気付いていた。

 身体能力が上がったわけではない。呪力の出力や総量が増えたわけでもない。だがそれでも、悟は明確に強くなっていた。

 何と言えばいいのだろう、イメージ力という表現が一番近い気がする。

 彼は元々、思いつきをその場ででっち上げる能力は高かった。反面、二つのものが欠けている。インスピレーションと積み重ね。

 五条悟は、技術を積み上げるという事をしない。やろうと思えば何でも即興で表現できていたから。インスピレーションというものが育ってなかった。自由な発想を求められるほど追い詰められた事がないから。

 だがここに来て。悟は欠点を解消し、一回り強くなっている。ここに来て成長期が到来していた。

 

(いかんいかん、この状況で不謹慎だ)

 

 口の端がつり上がるのを止められない。今の悟に挑めば、どれだけ楽しい戦いができるだろう……

 口元を手で覆い、無理矢理戻す。

 

「で、今どんな感じ?」

「随分とややこしい事になっているよ。俺が全部把握してればここで説明できたんだろうけど、生憎とこっちも来たばかりでな。近くに乙骨が居る、事情を聞きに行こう」

 

 口調で、それなりに急いでいる事は知ってもらえたのだろう。二人して憂太の元に戻ると、すぐ声を掛けられた。

 

「先生!」

「復活したんですね!」

「や。皆元気なようで安心したよ」

 

 いつも通り、軽い調子で手を振る悟。しかしすぐ手を引っ込めて、

 

「暢気に雑談したいのはやまやまなんだけどね、どうもそんな様子じゃないみたいだ。じゃ、説明してくれるかな?」

 

 悠仁と憂太が中心になって、悟が封印されてからの事を説明しだした。羂索によって日本全土を覆う無為転変が発動されたこと。日本の状態と死滅回游のこと。対死滅回游の全権を大地が持ち、現在攻略中であること。そして、恵の体が宿儺に乗っ取られたこと。

 一通り聞いて、悟と大地は同じような様子で小さく頷いた。

 宿儺が悠仁に対して何らかの爆弾を仕込んでいる事は察していた。というか、仕込んでいない筈がないと思っていた。恵までもが宿儺の器たりえた事も予想外ではあるが。それ以上に、なんで今まで動かなかったのかが分からない。

 

「宿儺が恵に対して、妙に目を掛けているのは知ってたけど……」

 

 うーん、と悟は体を反らす。

 

「それって十種影法術、というか魔虚羅に対してだと思ってたんだよねえ。ほら、あれって割と最近生まれた術式じゃない? 微妙な所だけど、宿儺が生まれた時代にはまだなかったと思うんだよ。自分の死後に生まれた最強の術式だから、興味を持つのは当然みたいに考えてたんだけど……まさか恵の体の方が主目的だったとはね」

 

 さすがの悟も、苦々しく眉をひそめる。

 そのままチラリと大地を見て(まあ目隠しのせいで視線は分からないのだが)小さく問いかけてきた。

 

「大地がなんとかしなかったの?」

 

 そんな問いかけをする当たり、悟は大地の能力について、ある程度考察はしているのだろう。

 といっても確証まではないし、ましてやどこまでが適用の範囲なのかは分かっていないようだが。まあ、いかに六眼とはいえ、極ノ番まで暴かれてたまるかという話ではある。

 

「宿儺をなんとかするだけなら、できなくもないとは思ってるが……」

 

 やや歯切れ悪く、大地が呟く。

 

「その場合、悠仁の安全を保障できなかった。だから死滅回游を利用して、精度を高めるつもりだった。そうじゃなくても万が一を考えて、俺と悟が一緒の時でなければ安心できなかったしな」

 

 大地の極ノ番である我が拳は“世界”を超える(ザ・ワールド・オーバーヘブン)。真実を『上書き』する、恐らく最高の現実改編能力をもつ術式だ。しかしそもそもの話、彼はこの能力をあまり信用していなかった。

 物理的な影響という意味では無類を誇るという自信はある。ただ、魂という知覚が極めて難しい存在に干渉したことがない。今まで下らない事にしか使用してこなかったというのもある。

 そもそもとして、我が拳は“世界”を超える(ザ・ワールド・オーバーヘブン)を作ったのは「極ノ番も作っておくか」という半ば勢いなのだ。彼としては、術式は時間停止の時点で完成していると考えていた。こう言ってはなんだが、ただのおまけだ。

 一つの肉体に二つ目の魂を後付けされるという特殊な環境。ここから一つの魂を消して、どういった後遺症が残るか。全く予想が出来ない。

 故に、殺しても問題ない受肉タイプを何人か捕らえ、魂を消した後に経過観察。何も問題なければ、改めて悠仁の中の宿儺を消そうと思っていた。そうでなければ悠仁を即時抹殺するのと何ら変らない。津美紀に実行したのは、あくまで他に手がなかったからだ。

 

「それに、宿儺側の問題もあったしな」

 

 これは前にも考えた事だが。

 宿儺の指破壊に成功したとして、そのまま5%の力が消滅するとは考えづらい。順当に考えるならば、残った指に等分で分配されるといった所だろう。どのみち悠仁一人をどうこうして終わる問題ではない訳だ。そういった意味では、状況にあまり変化がないと言えた。

 とっとと宿儺を消しはしたものの、残りの指は所在不明。そんな状態であらかじめ、より器に相応しい伏黒恵を拉致され、こちらのあずかり知らない所で復活される。このパターンが最悪だっただろう。

 

「実のところ、状況は悪くない。今なら伏黒もとい宿儺の位置はつかめるし、悟もいる。俺の術式があれば、肉体の解放までは保障しよう。それに、上手く行けば羂索ごと始末できる」

「なんで?」

「死滅回游に参加済みである以上、離脱には羂索の支援が必須だ。現時点での決戦を望んでいるのでなければ、必ず介入がある」

「…………! あっちはまだ五条先生の復活を知らない!」

「逆に俺を殺す機会だとでも考えるかもな。どうであれ好都合」

 

 ここで一網打尽にできるというほど楽観はしてないし、相変わらず伏黒恵救出が第一目的だが。上手くすれば、かなり状況を好転させられるのではという期待は持てた。

 当然、欲を掻くことはしない。戦略で羂索を出し抜けるとは全く思っていないのだから。

 相手にしたって、この状況が全くの想定外である筈がない。

 

「指揮権は一時的に乙骨へ譲渡する。俺は悟と伏黒の救出だ」

「僕は行かなくていいの?」

「戦力的には十分だというのが一つ。今、東京第一結界(コロニー)には指揮を執れるのは乙骨のみ。下手に動かして混乱を起こす方が怖い」

 

 さすがに日車寛見には、全ての権限を渡せるほど信頼していなかった。人格がどうのとかいう以前の問題だ。

 それに、羂索が横やりを入れてくる可能性がないではない。特に裏梅という術師は、憂太以外では対処不能だろうし。

 

『それなんだけどね』

 

 と、いきなり近くに居たカラスが話しかけてきた。どこにでもいそうなごく普通の鳥から冥冥の声が聞こえてくるのは、それなりに不気味だ。

 

『どうもお隣さんからの軍事介入があるらしい』

「どっちの」

『西だね』

 

 という事は中国韓国北朝鮮あたりか。ロシアという線もないではない。

 

「政府はなんて言ってる?」

『声明は何もないってさ』

「そりゃそうか」

 

 もしまともな交渉が発生しているなら、可能な限り引き延ばしただろう。動きが速すぎる。確実に日本の意思を無視していた。それこそあちら側が、一部の暴走を押さえ切れていない可能性だってある。

 速度を考えれば、大義名分すら投げ捨てているだろう。或いは日本にはもうそうする価値もないと舐めきっているのか。

 目的は人間か、それとも報復か。どうであれ、好きにさせればこちらの被害が甚大になる。成功させてしまえば、今度は北や東からの干渉も予想されるため、無視も出来ない。目障りな限りだ。

 

「予定変更だ。東京結界(コロニー)は日車にレジィ一味をつけて任せ、乙骨には日本海側に飛んで貰おう。艦隊を沈めてくれ」

 

 思い切り苦肉の策だが……悠仁や野薔薇に任せるよりはマシだと思うしかない。五十歩百歩だというのは分かっている。

 

「いや、人を殺すのは……なんとかならない?」

「殺す必要ないだろ。艦の数隻も船底を引っぺがしてやれば勝手にビビって逃げ出す」

「あ、そうか」

「悟」

「行けるよ」

 

 ならよし、と頷く。

 

「乙骨、手を上げろ」

「うん」

「術式反転」

 

 上げられた手に拳を当てて、死滅回游との契約を破壊。これで彼は游者(プレイヤー)ではなくなった。

 続いて、悟に游者(プレイヤー)宣言をさせる。結界(コロニー)から出るのは問題ないだろうが、入る際に別の場所へ転移されては面倒だ。仮に宿儺が結界(コロニー)の外へ逃げても、大地が同道すればすぐさま游者(プレイヤー)でなくなる事ができる。

 

「冥さんは引き続き折衷と、乙骨の支援を頼む。何かあったら歌姫学長代理へ相談してくれ。多分、他の人は手が空いてない。東京の結界(コロニー)は俺が帰ってき次第破壊する」

 

 宿儺が動き始めた以上、羂索も連動すると見るべきだ。悠長に人の精査などしている時間は無くなった。

 

「他も順次壊していくが、仙台は残す予定だ」

「なんで?」

 

 今まで会話について行けなかった悠仁が問うてくる。

 

「仙台に悟の無限を設置するんだ。そうすれば、誰がどの結界(コロニー)に居ようが、すぐに呪術師を結集解放して戦力を日本中どこにでも投入できる装置に変わる」

「おお。頭いい」

 

 割とただの勢いなのだが。まあ、あえて言うことでもあるまい。

 

「という訳で悠仁は、残った人員と誰がどこの結界(コロニー)に攻め入るか相談しておいてくれ。大阪と京都を最優先、その後は外側の結界(コロニー)からだ。まあどうせ本決まりじゃないんだから、ざっくり組むだけでいい」

「分かった」

「あと時間を作って家入さんに診て貰えよ。宿儺がいた影響がどうなってるか分からないんだ」

「大丈夫だと思うんだけどなあ」

 

 分からないから様子見していたというのに、気楽なものである。

 そういう奴からぽっくり死んでいくのだ。頑張れる奴の大丈夫は一番信用してはいけない言葉である。

 

「おい、待てよ」

 

 一段落ついたのを察したからか、ずっと黙って隅の方で座っていた男が声を掛けてきた。

 

「宿儺と()るなら俺も連れてけ」

「お前が弱くないっていうのは見ただけで分かるが、さすがに底を突いた呪力じゃ無理だろ。はっきり言う、足手まといだ」

 

 ぐ、と男は歯噛みした。自覚はあるらしい。それでも言わなければならなかったのか。

 さすがに無意味な駄々には付き合ってられない。これ以上うるさく言うつもりなら、気絶させようと思っていたが。そこまでする必要はなさそうだ。ただし、めちゃくちゃ不機嫌そうにふてくされてはいる。

 

「じゃあ行くか」

 

 先に、コガネを使って宿儺の位置を確かめておく。まだ結界(コロニー)内にいることを確認した。仮に結界(コロニー)脱出を済ませていたとしても、恵の体を使っている以上、六眼からは逃れられない。

 結界の縁に向かう道すがら、なんとなしに悟へ話しかけた。

 

「そういえば、お前と共闘するのは初めてだ」

「そりゃあねえ。僕らが一緒に戦わなきゃいけない相手なんて、今までいなかったし」

 

 何が楽しいのか、悟は笑って呟いた。

 

「初めての共闘なんだ。生徒にみっともない姿は見せられないね」

 

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