だいたい殴れば解決する 作:三回転半ドリル土下座
日本各地の火山一斉噴火からいきなり決戦とならなかったのには、いくつかの理由があった。
まず一番大きな要因は、呪術師の手が空かなかった事だ。火山災害の方はまだしも、それに連動して起きた呪霊災害。そして、まだ残っていた死滅回游。この二つにより、本来は前線に出さないはずの四級術師や、果てに補助監督まで動員する羽目になった。のみならず、場所によっては“窓”(つまりほぼ一般人)にすら呪具を持たせていたのだ。比喩抜きで本当に総戦力だった。
二つ目に、場所がなかったという点。
政府に上げた、予想される戦闘規模。これが中々信用されず、説得に難航したのだ。特級術師ともなれば、どれだけ弱くとも核兵器の直撃(非常に頭の悪い表現だが、他に言いようがなかった)にも耐える。つまり半径20~30キロは無人の戦場を欲したのだが。理解を貰うのに夜蛾正道が粘り強く説得し、さらにそこから急ピッチで行動を開始し、人を退避させる。これに、どれだけ短くとも二週間以上か必要だった。
当然、羂索に二週間も時間を与えてしまうのは恐怖がある。それでも、どうしたって決戦は挑めなかったため、苦肉の策を取った。つまりは、五条悟による常時監視だ。幸いにして、呪霊災害に関しては、絶対に悟が必要という訳ではなかった。
相手がこちらの都合を無視して動かなかったのを、幸運と呼べるかは微妙だ。
呪術師側の鈍足な動きを無視して行動を起こせば、大地と悟が人命を無視して対処しなければならないと分かっていただろう。雑音が多い分、相手に有利な状況だ。それを捨ててまで待ちの姿勢を取ったという事は。羂索らにとって、間を置く方が利益になると踏んだからだ。
こうして二週間、お互いが不気味な沈黙を保った後。最終決戦の場として山梨県が選ばれた。
山梨県甲府市中部より、東に30キロ地点。そこに、天童大地と五条悟だけが佇んでいた。
近隣どころか、山梨県に人の気配はほぼない。全域を避難区域として指定されたためだ。とりわけ中央近くにいるのは四人だけ。彼ら二人と、反対側の遙か遠くに、羂索と宿儺。
羂索らが山梨で納得した理由は分からない。ただ、政府の意向は極めて単純だった。県そのものを空にしやすい。
ただでさえ富士山が噴火して、避難がかなり済んでいた。それに加え、すぐ南には海沿いの静岡県。富士山を迂回して入県し、海から逃げるにはもってこいの立地だった。
案としては、静岡で決戦をというものも多かったし、むしろこちらの方が意に沿っていたと言える。戦場を南へ移してくれれば、陸地への被害を最小限に抑えられるためだ。しかし、こちらは東海道線が生きていた為に廃案された。未だこれを使って多くの人が移動している。
(ま、最強だなんだなんて言われても、所詮この程度の話なんだよな)
誰にともなく、大地は肩をすくめた。
最強だからと言って何でもできるわけではない。誰でも救えるわけでも。逃げ惑う人達を動かすのだって、現代インフラの方が遙かに便利かつ効率的だ。
世界最強などと言っても、ちょっと殴り合いが強いというだけ。さんざんもてはやされておきながらこの無様とは、いっそ笑えるものだった。
「ねえ、大地さ」
いつもとは違い、五条家当主然とした姿の悟が言葉を発する。
「キミ、死者蘇生できるでしょ」
「――――」
言葉は、質問ではなくただの確認だった。本来なら問うまでの事ではないが、大地の口から聞きたい。その程度の感覚。
「……そうだな。試したことはない」
「じゃ、できるんだ」
小さく頷いた。もっとも、悟は見ていなかったようだが。
「なんでやんないの?」
「それ聞く事か?」
大地も同じように悟を見なかったが。彼が小さく肩をすくめたのは分かった。
そして。二人して小さく笑った。
「だよねえ」
「だろ」
どれだけ大きな力を持っていても。所詮は喧嘩が強いだけ。強さのランクが違うだけで、そこを抜いてしまえばチンピラと大差ないのだ。
俺達は神にはなれない――
神
つまらないものである。そこらの宗教団体と違いが分からない程度には。
かつて宿儺がそうであったように、神もどきとして崇められるつもりなど毛頭無い。善悪以前に、それは全く楽しくないだろう。彼のように、全てを無視できるならばともかく。意味のない徒労と苦難。まさしく無価値だ。
「俺達は人間だ。どこまで行ってもな。失敗も後悔もする。んでもって、無くしたものは取り返しがつかない。それでいいじゃないか」
「ははっ! 違いない」
“真実の上書き”などという力は、悔いを削ぐ為に使っていいものではない。人間なのだから。
卑賤な悩みを一生抱えていけばいいのだ。多分、そういうものだろう。
「僕達、つくづく向いてないねえ」
けたけたと悟が笑う。
彼にしたって似たようなものだ。生きた人間に利益を与えることはできずとも、破壊神のようにならば振る舞える。人らしく生きるにしても、大地や宿儺より遙かに窮屈な選択をしてはいるが……どちらであれ、全てを些事と捨てられやしないのだ。
神になるには、抱えるものと守れないものが多すぎる。
力などあったところで、何もかも思い通りになれると傲慢にならないこと、なれないこと。そんなことが、人のスタートラインなのではないか。と、大地は思う。
「そうだな。結局、どこまで行っても俺達は人って事なんだろ。多分な」
大地も呼応するように、くくっと肩をふるわせた。
誇る訳でも自嘲するわけでもなく。ただそういうものと受け止めて。
ただ人間の中では一番喧嘩が強いという理由で、ここにいる。
だから今はひとまず。取り返しのつく未来のために戦おう。
ひらすらにしょうもない、当然すぎるやりとりをしている内に、背後から気配がやってくる。この大して量のない呪力に、雑な制御能力は、庵歌姫のものだ。
「あんたたち、随分早いわね」
「遅れるよりはな」
「歌姫が遅いんだよ」
彼女は準一級術師である。が、はっきり言って、階級に見合った戦闘能力はない。それでも歌姫が準一級という、上位の呪術師として認定されているのには、術式の特殊性故だった。
通常、呪術師はあらゆる手順を省略することから始める。そうしなければ、現代の高速戦闘にはついて行けない為だ。一秒かかる性能100%と0.1秒で発動する性能60%ならば、ほぼ全員が後者を選んだ。それくらい、即応性は重要なファクターとなっている。
そしてもう一つ。呪術師に求められるのは戦闘力、もっと言えば呪霊を祓える能力だ。これは上だろうが下だろうが変わらない。だから、どんな術式を持っていようと、自分が戦闘で生きる方に術式を伸ばす。
庵歌姫。大地が知る限り、現代で唯一、それらを全て放棄した術師。
呪術師は力が全て。これはどう足掻いても否定のしようが無いし、大地だって全面的に認めている。
だからこそ大地は、己の可能性を全て捨てて、誰に後ろ指を指されようとも、仲間を活かすことを選んだ彼女を尊敬していた。自分には絶対にできない選択だったのだから。同時に、概ね京都校生徒の総意でもある。彼女が慕われているのは、人柄だけではない。
初めて術式を知った時、人の良さとは色々な所に現れるのだな、と妙に感心したのを憶えている。
「それじゃ始めるわよ」
「もったい付けないで早く始めなよ」
悟の茶々に、歌姫がいらっとしたのが分かった。こういうところが二人は噛み合わないんだろうな、と思った。術師としてはともかく、私人だと喧嘩ばかりしている人達だ。
今は歌姫の身長も大分縮んでいる(というか若返っている)ので、ことさら虐めているように見える。
「五条には先に言ったけど、私の術式は多分、一定時間効果が継続すると思う。でも、さすがに百キロ近く離れた状態で維持させた経験はないの。私もできる限り頑張るけど、いつ切れてもおかしくないとは頭に入れておいて」
「大丈夫だって。そこまで頼りにしてないから」
またも悟が言うと、歌姫は無言で彼の尻を蹴った。攻撃というほどの威力とは判定されなかったようで無限に反応されず、ぺしりと音が鳴る。
庵歌姫の術式、
呪術師において必要な、本来要求される無数の儀式を省略する能力。歌姫はこれを一切放棄した。手順を丁寧になぞれば、当然発動まで時間がかかるし、使い手も無防備だ。
それを理解した上で。
歌姫は、さらに儀式を洗練させ、術式の効果を最大以上にまで引き出すことに成功した。本人が無能になる代わりに、他者を活かすという選択。まるで、彼女の生き様をそのまま映したかのような術式構成だった。
儀式が終わる頃には。通常時の130%もの力を持つ超人が二人、生まれていた。
好調を鼻で笑うような状態に、大地は軽く拳を握った。力が溢れる、ではない。どこからか流れ込んでくるような感覚。
歌姫は正しく、現代最高の能力向上術式の使い手だった。
「よし。んじゃ歌姫は、とっとと三次線まで下がって」
「三次線って……ここでも想定戦地まで十キロ以上あるんでしょ?」
「それでは足りないから、悟が言っているんだ。大人しく下がってくれ。巻き込まれて死ぬのも馬鹿馬鹿しい」
一次線は予想上での決戦範囲。二次線はそのギリギリ外側、一級術師達が万が一羂索が逃走を図った場合、決死で時間稼ぎをするために作られた包囲線。三次線はさらにその外側、後方支援に位置する。はっきり言うと、ほとんど山梨県の外だ。
羂索と言うよりも、宿儺がそれだけ危険だと判断されていた。
どこか納得いかない様子ながらも離れていく歌姫の気配を感じながら、最後の軽口を叩く。
「で、悟は結局あれやるのか」
「やんないよ。伊地知呼んでないでしょ」
あれというのは、ざっくり言えば宿儺への奇襲だ。
結界術を厳重に展開し、その中で最大出力の術式を発動、宿儺へ向けてぶっ放すという非常に乱暴なもの。
まあ、これが却下された理由は大体分かる。
まず根本的に、命中させられるかどうかが分からない。いくら高度に隠蔽を施すと言っても、さすがに戦闘態勢の宿儺に当てられる可能性は低かった。結界術に秀でた羂索が近くで待機しているならばなおさら。
それに、戦闘前から呪力を大量消費するのも馬鹿馬鹿しい。五条悟に呪力切れはないと言っても、これから起こるのはかつてない激戦だ。戦闘終了までに呪力切れが起こらなかったとしても、呪力の大量消費による一時的な出力の低下は十分あり得る。ましてや、その一撃でどちらかを始末できる算段があるわけでもなし。
最後に、戦う前から手札を明かす程の効果は無いという点だ。
「行こうか」
「おう」
短い言葉に、短く返す。
この状況で、しかし二人は胸が高鳴っていた。
強者故の憂鬱――強すぎる為に、彼らは本気の殺し
現代最強。歴代最強。呪術師の歴史を変えた者。幾年の時を渡り歩いた化生。
超人だけの宴を始めるため、今、四人が顔を合わせた。
「やあ悟。……なんていう台詞も、別人の姿じゃ様にならないかな」
「こっちは気色悪い顔で気色悪い事言われずに済んでほっとしてるよ」
「良いぞ天童大地。前よりずっと高まっているではないか」
「そっちこそ。ほぼフルパワーのお前、悪くない」
大地はちらりと悟を見る。彼も、こちらに一瞬だけ視線を飛ばしていた。
短いやりとりだが、無意味なものではない。実のところ、これも探り合いだった。
尋常ならざる使い手が四人と言っても、その中に序列はある。分かりやすいのは呪力量だ。一概にそれだけで格付けはできないが、指標にはなる。飛び抜けた存在が宿儺で、次に悟。さらに大地で、大分離れて羂索だ。特に羂索は前者と比べて大分格が落ちる。結界術、もとい領域展開を除けば憂太の半分もないのではないだろうか。恐らく、肉体が持つ呪力量に大分依存している。
つまり、平均的な実力は呪術師側に分があるものの、大駒の性能は羂索側の勝ちという形だ。
重要なのは組み合わせ。最強同士を戦わせるか、それとも強者が弱者を狙うか。そして、先に弱者を落とした方が、もう一人を袋たたきにする。
今の会話で、相手側も先に弱い側を落とす気でいると知れた。勿論、呪術師側にはまだ乙骨憂太と九十九由基という大駒が残っている。伏せ札にはならないが、姿が見えないだけでもプレッシャーにはなるはずだ。といっても、実際に戦ってみるまでは、目の前の相手が羂索であるという確証が持てない。そのため、由基は未だ薨星宮に控えており、呼び出してからここに到着するまで時間がかかるのだが。
両者が勝てれば最上。ただし、それを期待するのは下策。ならば悟が早々に羂索を倒し、二対一、もしくは憂太を含めた三対一に持ち込む。
相手は相手で真逆の展開を期待しているわけだ。
(まあ……)
手首をほぐして気合いを入れながら、小さく呟く。
天童大地は、最初から助けが来るのを期待して、時間稼ぎだけに終始するほど大人しい性格ではない。
羂索と悟が離れていくのと同時に、大地と宿儺も少しずつ距離を開けていった。
ある程度離れ、姿も見えなくなった所で。大地は掛け衿の中に手を入れた。
悟もだが、今日の彼らは普段の制服ではない。実家の正装というか、礼服というか、とにかくそういった着物だ。質はいいものだし、動きの邪魔になるわけではないので着てきた。着るもの一つで実家の顔を立てられるなら安いのもだ。
何かを取り出す仕草をしても、宿儺は微動だにしなかった。
そこらの呪具でどうにかなるものではない、という自信が一番なのだろうが。お前がせこい小細工を弄してくる訳がない、という意思が伝わってくる。嬉しいんだかこそばゆいんだか。
取り出したそれから、慎重に包みを取る。それを見て、宿儺が小さく眉をひそめた。
「俺の指など持ってきて、脅迫でもするつもりか?」
「まさか」
言いながら取り出した指を投げ渡す。
彼は咄嗟に受け取って、なおさら分からないという表情をした。
「本当に、どういうつもりだ」
「これでお前は完全な状態に戻る。代わりに、次はない」
呪術師が最も恐れているのは、宿儺の指の相互作用。つまり、指一本でも残っていれば、宿儺はいずれ完全な状態で復活できるのではという事だ。
この仮説が本当だったとして、受肉後に再度呪物化、また20本に逆戻りというのが一番笑えない。
かなり高い確率でそれは正解だと目されていたし、過去にも同じ事は繰り返されてきただろう。
正直に言って、指一本分の宿儺はさしたる脅威ではない。さすがに悟ほどの実力者がぽんぽんいるとは思わないが、かといって、一つの時代にたった一人すら特級術師がいないという事もあるまい。中には不完全な復活で、歴代の特級術師に祓われた例だってあるはずだ。平均的な特級だとしても、心中を覚悟すれば、指一本の宿儺すら祓えないという事はあり得ないのだ。
しかし、事実として指は減っていない。
理論的に、半端な状態で復活した宿儺が受肉を諦め、指の補充だけして再度眠りについた例が何度かなければおかしいのだ。
さらにそうであれば。1000年も猶予がありながら、呪術師が収集できた宿儺の指がたった数本であった理由にもなる。何度も秘密裏に、宿儺の討伐、および宿儺の指の完全消滅を目論んだのだろう。当然上手く行かない。密かに宿儺が、20本まで戻していたのであれば。
「未来に負債は残さない」
多分だが。一つの時代に、五条悟と天童大地が揃うことは二度と無い。
宿儺と羂索。呪術師の歴史から、決して切り離せない暗黒。一時忘れ去られたとしても、何れまた歴史の表側に顔を出すだろう。
彼らを完全に切除するのに、今以上の機会はない。少なくとも大地と悟はそう考えた。
「ここでお前を完全に消滅させる」
「貴様……その割には、随分楽しそうに笑っているではないか」
「くふっ! 指摘してくれるなよ。建前は必要なんだ」
にぃ、と笑みを浮かべながら、上着を脱ぎ捨てる。袴一丁の姿になって、大きく構えを取った。
「せっかく最強と戦えるのに、力が制限されてれば興ざめだよ。せっかくなら、一番強いところと戦いたい。当然の欲求だろう? 呪術師と俺の利害が一致した、それだけだよ」
「……ケヒヒ! 戦馬鹿め!」
言って、宿儺は指を飲み込んだ。
変化は、ただ呪力が増えただけではない。むしろ呪力が増えた事など些細と言って良かった。最大の変化は呪力操作。恐らくだが、一番慣れ親しんだ状態に戻ったため、相対的に制御能力が底上げされた。
「
何らかの方法で、呪力
完全体宿儺。五条悟を超えると言われて、十分納得できる化け物が誕生した。
しかし、大地もまた化け物。特に身体能力に限って言えば、この状態の宿儺ですら及ばない。
お互いに100%を超えた状態。
静かに二人が対峙する中。一歩目を踏み出した両者の間を、初冬の風が僅かに横切った。