だいたい殴れば解決する 作:三回転半ドリル土下座
何が起きたのか。悟は相手を睨みながら考える。
羂索から確かに、光の帯、もしくは光の隙間とも言うべきものが産まれた。強い光を放っていたのは一瞬で、今は消えている。いや、しっかりと目をこらせば、薄ら存在しているのが分かった。これは六眼を持っているが故か、それとも誰にでも見えるのかは分からない。ともかく、普通の呪術で作り出す光とはまた別物だった。
悟は油断なく羂索を観察する。彼は、異様なほど隙だらけだ。攻撃してこいという意図を隠しもしない。厄介なことに、悟の勘も攻撃してはいけないと言っていた。せっかくの好機だというのに。
羂索は攻撃が来ないと分かると、肩をすくめる。
「慎重だね。そりゃそうか」
はは、と小さく、どこか嘲笑を籠めた笑みを浮かべてから。
「せっかくだからおしゃべりに付き合ってくれよ」
言葉に、悟は無言だった。
羂索は特に答えを期待していた訳ではないらしい。勝手に話を続けた。
「私が夏油傑の体を捨てたときに、真っ先に気にしなければいけなかったのは呪霊操術をどうするか、だったんだ。今だから言ってしまうけどね、術式のストックと聞けば強力に聞こえるけど、割と制限が多くて面倒くさいんだよ。残せる術式は二つだけ、それも先に序列を付けておかないと、古い方から勝手に消えてしまう。今後、君なり天童大地なりと戦わなきゃいけないのに、呪霊の残弾がない呪霊操術なんて、はっきりとゴミだろう? でも実際は活用しないとどうにもならない。まあまあ悩んださ」
こいつ、ハイになっている。悟はそう判断した。
彼にも経験がある。伏黒甚爾に殺されかけて、呪力の深淵を覗いた時。あの力の広がりと、とてつもない万能、それに近いものを感じているのだろう。
「天童大地は間違いなく天才だ。戦闘技能者としてではなく研究者としても、間違いなく私が知る中で一番だよ。恥ずかしながら、新しいものを作るという意味では足下にも及ばないね。特に大呪縛、あれは素晴らしい」
「パクったのか」
「伝手が全部消滅したのに、禪院家の忌庫に忍び込むのは、多分君が思っているよりも大変だったさ。気付かれないようにすれば特にね」
禪院扇のクソ無能が、と心の中で罵る。態度だけはでかいくせに、自分の領域もろくに管理できないクソをブン殴ってやる、と決めた。
「周囲を見てみるといい。何か違和感に気付かないかい?」
この男から目を離すのは恐怖がある。だが、彼は何もしないとジェスチャーを取ってきた。
鬱陶しく思いながら、視線だけを周囲に飛ばす。特に何もおかしいところは見当たらない。当たり前に街中があって、遠くには山やら何やらがあって。いや。
山が近すぎるのではないだろうか。縮尺がおかしくなっている、という訳ではなさそうだ。不自然に自然。空間ではない。まるで、世界そのものがかき集められているような。
「運命の収束点、もしくは終着点とでも表現するのかな。私が考える、呪霊操術最大の利点、ダメージの押しつけを拡張したんじゃないかと思っている。これがある限り、全ての運命は私を中心に巡るのさ」
「吐き気がするほど傲慢な考え方だ」
「困った事に、事実なんだよなあ。使ってみて分かったんだけどね、大呪縛で改変した術式は、通常のそれとは接触しない独自の法則で動いている。私はこれを、生得領域の中に独自の世界を作り出している、と解釈してるよ」
「なおさら傲慢じゃねえか」
「ははは、そう言われてしまえば返す言葉もない。別の表現をするなら、そうだな。違うOSの上で機能するプログラムってのはどうだい? 見た目は同じような機能でも、全く別のプロセスで動いてる。当然だよね、
「さらに分かりづらくなってんだろ」
「そっかぁ。言葉って難しいなあ」
困ったように、額へ指を当てる羂索。
感覚的には、悟も理解できた。問題は規模が大逸れている事だろう。さすがに時間停止や現実の上書きとまでは言わないが。
「君のその傷」
「あん?」
「そんな位置にあったかい?」
「何を言って……」
言いかけて、気付く。
大地の攻撃を止めたために、掌に出来た傷。反転術式で治すほどでもないかすり傷のため、放置していた。その疼きが、いつの間にかなくなっていた。わざわざ意識しなければ気付かない程度だったため、指摘されて分かる。
疼きがせり上がってきていた。頭の……というか、恐らくはより致命的な部位へ。
「っ!」
急いで反転術式を回す。放置しても大したことにはならないだろうが、反射的にそうしていた。
「正直に言って、それが本作用なのか副作用なのかも、私には分からない。生憎と、
あくまで穏やかに、羂索は続ける。
「私が運命の中心となることで、一番大きな影響は『運』だ。私からはこの世のあらゆる『厄災』が弾かれていき、どこかの誰かへ押しつける。反対に私の敵対者には、些細な不運が『凶兆』となるのさ」
高度な反転術式の使い手には意味がないけど、と言って肩をすくめているが。とても楽観できるものではない。全ての攻撃を絶対に治癒しなければいけないのだから。
いや、それよりも羂索に集まる幸運の方が問題だろうか。大地のトンデモ具合を考えるに、単に威力を上げれば攻撃が通るというものでもあるまい。試すにしたって、奴の言葉をそのまま信じるならば(厄介な事に否定材料がない)、その度に犠牲が出る。
土地が集まるというのは、運命の収束の視覚作用という解釈に止めておく。物理的に影響がある時点で、その程度で収まる話ではないものの。ひとまず棚上げしなければならない問題ではあった。
(ただでさえクソ厄介なのに、余計な情報が術式の分解を阻んでくる。唯一の救いは、アイツも持て余してるって点かな)
六眼を持っていても振り回されるのだから、単に呪力制御が高ければ扱えるものではないのだろう。こういった情報が出てくると、つくづく大地が天才的な化け物だ。
ふと、嫌な考えが過ぎった。そもそも羂索は、これを制御するつもりがあるのだろうか。むしろ手を離して思い切りアクセルを踏むことこそ、この術式を最大限に活かす方法なのでは――
「およそ無敵と言えるほどの防御力を得た訳だけど……正直に言って、それはどうでもいいんだ。本当にどうでもいい」
楽しそうにではなく、
気色の悪い笑みは何度も見てきたが。その上で、初めて見る表情だった。
「さっきも言ったとおり、私の新しい
言われて、さっと悟の顔が青ざめた。
結界術は、その強度によって名称が変わることがある。通常の結界術よりワンランク上のものを浄界と呼称し、これは天元の日本全土を覆い、呪術師の結界術性能を底上げしているものや、呪術師と一対一のスタンドアロンで機能する領域展開が当てはまる。恐らく人間にとっての限界点がここだ。
そして梵界とは、基本的に自然発生するものではない。長い歴史の中でもほとんど例はなく、名だけが伝わっている技術……というか現象と言える。不可領域という意味では黒閃と大差ない。
現在確認できているのは、浄界をベースに領域展開のニュアンスを加え、それを
「お察しの通りだ。これがあれば、もう天元は要らない。光の間隙が世界の反対側まで届けばいいんだ。そうすれば、もう日本に住まう人間だけなどというちんけな規模ではなくなるよ。世界中の人という人を、こねて纏めて一つの呪いにできる。あぁ……それはどれだけ面白いんだろう!」
感極まって恍惚とする羂索に、悟は引きつった表情で告げた。
「オマエ、本格的にイカれてんぞ」
今までは、日本滅亡の危機だった。これだって大事だし、世界的な影響は計り知れない。それでも、いつか立ち直る程度の話でしかなかった。終わった後に、日本人とその周辺国がまるまる消えて無くなるというだけで。
しかし彼は、人の世界を終わらせようとしている。それも、ただ「面白そう」というだけで。どれだけの狂気があればそんな事を真面目に実行しようと思うのか。
「どんな
「はじめの一歩で何もかもを終わらせようとしてる奴が言う台詞じゃないね」
「あはは! ごもっとも! 私だって私以外の人間がそうしようとしてたらキレるよ!」
何が面白いのか、手を叩きながら笑う羂索。その姿に、思わず吐きそうになった。
「私はこの力をラブトレインと名付けたんだ。全人類を人つなぎにする“愛の列車”ってね。我ながら中々上手いことを言ったと思うよ」
「最低最悪の皮肉だろ」
「まあとにかく、そういうわけなんだ」
と言って、羂索は手を伸ばした。
どういった意図か全く分からなかったため、術式の発動を思わず見逃してしまった。手には、掌大の機械的な昆虫が掴まれている。幸吉がそこら中に放っていた、監視用の傀儡だ。
「そういうわけさ、全世界の諸君。もう日本だけの問題じゃあない。彼らの負けは人類の終わりを意味する。残りの時間を惜しむか……でなければ、精々彼らの勝利を祈るがいいさ」
カメラに向かって宣言した後、傀儡を放り投げる。満足げな男に、悟はため息をついた。
「何のつもりだよ。まさかそれで、僕にプレッシャーを与えたつもりじゃないだろうね」
「焦ってくれるほど繊細でもない癖に。君は興味ないだろうけど、この映像は世界中に配信されてるんだ。そんな奴らが遠い世界を見て物見遊山っていうのは、いろんな意味でフェアじゃないだろ? 今のはただ、全員が同じ土台だ、って教えてあげただけ」
「オマエってホント、何から何までクソなのな」
うえ、と舌を出す。
今の告白で世界中が、さぞや混乱しているだろう。とりわけ今回の一件を、経済やら物流の問題としてしか見ていなかった国々は、どれほど慌てている事か。今更になって、軍の派遣を考えるかも知れない。どう見繕っても間に合わないと知りながら。
もしくは、核兵器でも撃ち込んでくるのか。それこそ絶望を味わうようなものだ。
この場にいる四人の内、誰一人として核兵器が直撃した
そこまで考えて、ああ、と気がつく。もしかしたら、核ミサイルが通用しなかったという絶望をまき散らしたいのかも知れない。なんであれ、趣味が悪い。
(余計なことをされる前に、とっとと殺したいんだけど……)
実は、悟は話を聞きながら手を変え品を変え、ラブトレインの突破方を試していた。結果から言うならば、芳しくない。
(無限自体は素通りするけど、無限が物理的な作用を始めた瞬間、どこかに流される。これは“蒼”でも“赫”でも同じ。光帯の中へ、僕が侵入するのも、多分だけど普通にできそうだ。ただし攻撃が攻撃として成立しない。変な言い方だけど……物理エネルギーだけが光の帯を伝って流れていくようなイメージかな。やっぱり確実なのは、接触して体内に直接術式をぶち込む事)
さすがに、体の中で発生したエネルギーまでは流せないだろうし、練度の問題で無力化も難しいだろう。というか、正直そこまでできるのならばお手上げだ。後はもう、数百万数千万人を犠牲にする覚悟で、泥仕合を挑むしかない。
或いは大地のように、パワーで概念をも突破する威力を出せれば話は別なのかも知れないが。そんな手段、悟には一つしか無い。何を相手にするとしてもオーバースペックな力を求めるのが間違いだ。
(いっそ今からでも、大地と相手を交換しようかな)
などという阿呆な事を思いついてしまう。当然、無意味だ。
羂索が大呪縛をひっさげてきたならば、宿儺とて最低限、知識だけは仕入れている。もっと言えば、あちらも大呪縛を施していない理由などどこにもない。それこそ、宿儺の大呪縛が無下限呪術に致命的でないとも限らないのだ。
宿儺がこちらにやってこない今の状況はまだマシ、と考えるしかない。
(いや)
何も思いつかない訳ではなかった。
つまり、今のままでは無限の出力がラブトレインに負けているならば、凌駕するレベルにまで持って行ってしまえばいい。
(はは、大地の馬鹿が移ったかな)
無下限呪術への対処法。大地ほどの頭脳があれば、いくらでも思い浮かんだろうに。彼はあくまで、真正面から力でに拘った。その結果が呪術師の限界を超えたパワーとスピードであるし、過去に類を見ないレベル……というかほとんど別物の領域展延。
前例があるならば。真似てみるのも、悪くない。
とはいえ、色即是空は一度見せている。使用したら、素直に戦ってはくれまい。無下限を利用して逃げ回られるのがどれだけ面倒かは、彼が一番よく分かっている。
(憂太の到着を待つか)
彼の
小さく苦笑した悟に、羂索がぽかんとした。
「いきなりどうしたんだい?」
「いや、割となんでもかんでも生徒頼みなのが情けなくてね」
「よく分からない感覚だなあ」
どうでもいいというように、肩をすくめた後。
「ついでだから言ってしまおうかな。わざわざ決戦を選んだ理由」
「ラブトレインとやらは、どうしたって隠しようがないからだろ」
「それもあるんだけど」
体から光、運命の糸を束ねたものを出す関係上、どこかで必ず観測される。これは呪術師に限らず、一般人にもだ。しかも土地の収束などという異常事態も同時に起こるのだから、誰が見たって謎の光と空間圧縮が無関係だと思うまい。発動から程なく観測される。
ラブトレインが世界を包むまでどれくらいか。ペースを考えれば、短く見積もっても何時間といった所だろう。数秒か、長くても数分の優位は誤差にしかならないと考えれば、姿を現す理由もなくはないと言えた。
ただし、わざわざ出てくる理由にもならない。
「どう転んでもこれで終わりだからね。最後くらい派手にやろうと思ったんだ。少しの悔いも、残したくない」
そんなことを、どこか自分に唱えるように、羂索は呟いた。