だいたい殴れば解決する 作:三回転半ドリル土下座
「うひいいいいいいい!」
背後からどっごんどっごん破砕音が響く。が、振り向く気にはなれなかった。
破壊力という意味では、多分大したことがない部類なのだろう。ただ、とにかくひたすら攻撃が鋭かった。なにより、機動力が桁違いに高く、常に高所を取られておりこちらは丸見え。知識として高い位置が有利だというのは承知していたが、いざやられるとこれほど厄介だとは思わなかった。
どうにかして弱点を見つけないと、と全力で走りながら考える。酸素がガリガリと消費されていき、肉体、精神共に消耗されていった。
(まずは、相手の力を明かさないと……)
真人――自分に良くしてくれた人であり、同時に酷く裏切った相手。今になっても憎みきれない、微妙な相手。
人間性はさておき、彼の言葉は参考になる点が多くあった。それは、順平に対してついた嘘が最小限だったという事も意味する。
桃の放つ攻撃は、込められた呪力に対して小さかった。先ほどから風を放って来ているが、それは彼女の本質ではないのだろう。間接的に風を操っている、とすれば、術式は箒に作用しているのか。
(物体を操る呪術、もしくは愛用品に術式を移すタイプなのかな。風を操っているのは拡張術式? ああ駄目だ、考えが纏まらない……)
全力疾走しながら頭を回し続けるというのは、簡単な事ではなかった。ましてや順平はインドア派、運動能力は平均以下だ。呪力で底上げしていると言っても、地力がないのでは効果が薄い。
呪力にはまだまだ余裕があるものの、体力に限界が来かけていた。呼吸が安定しない。体がふらつく。
「もうひょろひょろじゃん。体力なさ過ぎでしょ。
背後から、地表ごとめくり上げるような突風が走った。体を守るように縮めるが、その程度で人間を軽く吹き飛ばす風圧に抵抗できるはずもなく。順平が目を開けた時には、木が指程度の大きさに見えるほど吹き飛ばされていた。
そして、飛ばされた順平を狙い澄まして迫る桃。
「澱月!」
叫んだのは咄嗟だった。瞬時に澱月が現れて、順平を乗せる。そのすぐ下、澱月を叩くように鎌鼬が走って行った。
式神が斬られていないのは、感覚から分かっていた。即座に触手を伸ばし、先端の針を飛ばすが。これは簡単に避けられてしまう。
「ふぅん。防御力が結構あって、上に乗れば擬似的な飛行もできる。おまけに手数もあり。いい式神じゃない。でも……」
再度の突風。今度は真横から殴りかかるようなものだった。受ける姿勢すら取れず、澱月からはじき落とされてしまった。
「あんたのせいで動きがバレバレ。どんなにいい術式を持ってても、使い手がヘボじゃ宝の持ち腐れよ」
体が折れるんじゃないかという錯覚に襲われながらも、必死になって澱月の収納と再展開を行った。
この程度の高度であれば、落ちても死にはしないだろう。呪力で強化している今ならば、無傷ですらあるかもしれない。だからといって、墜落の恐怖が消えるわけではなかった。頭の構造を呪術師として適合させるには、まだまだ時間がかかる。
今度こそ振り落とされないよう、必死になって澱月にしがみついた。触手を自分に絡めれば安定感は増すが、それは下策だと薄ら思う。彼女を相手に自ら手数という優位を手放すのは、絶対に不味い。ただでさえ距離と位置の利を奪われている。元々澱月の飛行には、速度がないのだし。
「ええと、西宮先輩……で合ってる?」
「何よ。そうは見えないとでも言いたいわけ?」
「なんでそんなに攻撃的なの……」
一気に視線が鋭くなった彼女に、思わず呻く。
確かに年齢の割には小柄だと思うが、他意など一切ない。そもそも言われるまで気がつかなかった。
なんか呪術師って被害妄想激しかったり根暗だったりする人多くないだろうか、とぼんやり考えた。いや、根暗という点に関しては全く人のことを言えた義理ではないのだが。
澱月の上で膝立ちになって、片手を添える。大雑把に姿勢を安定させて、探るように言った。
「僕はつい先日、呪術師になったばかりの四級呪術師で……」
「手心を加えてくれって話ならノーよ」
「いや。ご指導ご鞭撻の程、よろしくお願いしますって事」
高所にも慣れてきて、いくらか余裕ができた。ただ感覚が麻痺しているだけかもしれないが、さっきよりマシならば何でもいい。
桃がいきなり動きを緩めた。躊躇、というよりは困惑だろうか。やや眉をひそめて、聞いてくる。
「あんた、なんでそんなにやる気なわけ? 言っとくけど、そこまで交流会にやる気がある奴なんていないわよ」
「僕もそこまで交流会に熱意があるわけじゃないけど」
そもそも、昨日今日来た学校でしかないのだし。
改めて言語化しろと言われると悩む。……いや、違うか。これは覚悟の問題だ。まだ心のどこかに甘えがあった。これはそういう問題なのだろう。
「強くなりたいんだ」
自分を助けてくれた悠仁の力になりたい。足手まといになりたくない。
そして。
真人は最悪のクズだった。人を利用するだけ利用して、ただ享楽のために殺そうとしてきた。でも――それでも――一番辛い時に、唯一の理解者になってくれた。それだって事実だ。彼がどう言おうと、他人に何と言われようと、嘘ではない。嘘にはできない。
だから、多分あっと言わせてやりたいんだろう。下らないと見下されようと、また馬鹿にされようと、“勝った”と思える。つまりは折り合いだ。そこまで行けば、自分は次へと進めるのだろう。後は、母の死の真相だって直接聞きたい。例え真実がどうであったとしても、結果は噛み締められる。これもまた折り合いだ。
「やりたいことが多くてね。自分がこんなに強欲だなんて知らなかった。強くなるためなら何だってする……とまでは言えないけど、それでもできる限りの事はするつもりなんだ」
「…………」
沈黙。は、とりあえず呆れられた訳ではないようだった。ぶしつけに値踏みされているような居心地の悪さを感じる。
「呪術の扱いには光るものがあるけど、体術はてんで駄目。そんなんじゃ準二級にはなれないわよ。ましてや一般家庭出身じゃ、それだけで昇進が遅れるんだから。そこんとこわかってんの?」
「いや……ごめん。全然分かってない」
「馬鹿な奴。でもまあ、なりふり構わない所は嫌いじゃないわ」
言いながら、彼女は左人差し指で、小さく「来い」とでも言うような仕草をした。
「え?」
「二級の力を教えてやるって言ってんの。あーもう、私ってなんでこんなにお人好しなのかしら!」
ため息をつく彼女に、順平は小さく笑った。
「お願いします」
「やめてよ。背中が痒くなるじゃない」
言うだけ言って、彼女は再び飛び去った。目で追いつかないほど早くはないが、澱月で追跡できるほど遅くもない。仮に追従できたとしても、先に燃料切れを起こすのはこちらだろう。全くの感覚だが、彼女の箒は最高速度より航続距離に優れている。
(僕がすべきことは……)
澱月を操作しながら、考える。
いくら桃の人がいいと言っても、全くの見当違いや、不甲斐ない姿を見せれば即座に落とされるだろう。できもしない体術の披露など望まれていない。ましてや呪術の方にセンスがあると言われたのだから、伸ばすならこちらだ。
(澱月の操作と解釈の拡大! 僕から澱月の動きを察知されないようにしつつ、澱月の力を底上げする!)
澱月に意識を集中し、同時に呪力を流し込む。
悠仁と戦った時、澱月はこんなに不自由ではなかった。大きさは変幻自在、触手の長さだっていくらでも変えられた。
あの時と今で違うのは、頭が冷静な事。つまり、固定概念にとらわれている。
澱月はクラゲの形をしている。故に、クラゲ程度にしか動かせないと“思い込んで”しまっているのだ。もっと呪力を解放し、もっと術式の解釈を自由に。澱月はあくまでクラゲがモデルというだけであって、既存生物の枠にとらわれない。
できるという確信。それこそが、術式を支えている。
澱月。式神を触媒にしているが、その本質はあくまで呪毒。とりわけ呪力に作用して浸食するため、攻撃能力は注入した毒と対象の呪力に比例する。
「なら、こういう使い方だって!」
触手の先端が膨れ上がり、ばしゅっと音を立てて縮んだ。その中に、飛んでいた桃が丁度飛び込む。
変化は一瞬で起こった。彼女の動きが目に見えて鈍り、呪力の操作も緩慢になる。
「!? 何これ!」
「僕の澱月は『毒』の呪術。とりわけ呪力に反応する呪毒だ。調合によっていろんな毒を作れ、澱月はあくまで毒の調合装置兼貯蔵庫。毒を直にたたき込むのが一番効果が大きいけど、空中に散布してもある程度の意味はある」
「っ、術式の開示!」
開示によって毒の効果が上昇し、彼女の動きがさらに緩くなった。今では飛ぶ姿も微妙にふらついているように見える。
無論、必要でない部分まで明かしはしない。毒はあくまで毒であり、呪力を伝って巡っているだけ。呪力そのものをどうこうするようなものではない。悠仁のような強い耐性を持つ者にはほぼ無意味だが、調合する毒によっては、呪力そのものが浸食されていると誤認してくれる。こういった詐術も、真人から伝授されたものだ。
そしてもう一つ、西宮桃の術式も、なんとなく正体が見えてきた。
元々、呪力を込めた物体を操るだけの術式にしては、自由度が高いと思っていたのだ。呪毒で呪力操作が阻害されている割には、箒そのものの機動力に影響がない。つまりは『愛用品の支配』もしくは『呪物の操作』が彼女の術式だ。
術式そのものが縛りとして成立しているなら拡張術式の簡易さも頷ける。呪物を扱っているなら、そもそも呪物の特性を生かしているだけ。どちらの場合でも、本体の呪力操作が邪魔されていようが関係ない。
ということは、毒による間接的な戦力低下はあまり期待できない。今ふらついているのも、あくまで術者の感覚が狂っているだけ。
「舐めんなっつうの!」
ならば、この程度すぐに立て直してくるとも思っていた。
アウトレンジからの鎌鼬攻撃。こちらを殺してはいけないという制限があるため、触手だけでも余裕を持って止められる。これは桃もまだ知らない事実だろうが、毒を抜いた澱月の攻撃力はお寒い限りだ。現状では、せいぜいトタン板を貫くのが精一杯という所。
が、彼女は澱月の呪毒と攻撃力を過剰に警戒して、近寄ろうとはしなかった。
(なるほど、こういう戦い方もあるんだ)
術式の開示を戦力増加だけではなく、戦いの布石にする。同時に、開示する必要があるのはあくまで術式の方であり、式神に関しては言う必要がない。相手の感覚としては、この時点で速攻か泥仕合の二択を迫られるわけだ。
もっとも、現段階の順平には、それを生かせるだけの力はないのだが。
「ぐあっ!」
唐突に、背中を強打される。思わず息が止まる程に鋭い。完全に不意を突かれて、何をされたかすら分からない。
なすすべなく墜落しそうになったところで、手を捕まれた。さすがに無防備な状態で落ちるのは危ないからと、桃が受け止めてくれたらしい。
「二つ、教えてあげる。呪術師同士の戦いは欺し合い、上手く嘘をついた方が勝つ。あと、遅効性の術式なら攻め一択。待ちの姿勢は一撃必殺の力を持つ術式、もしくは格上の呪術師には簡単に覆される」
「……参りました」
事ここに至り、完全に掌の上で転がされていたと気づく。もしかしたら、毒を受けてふらついたのすらブラフだったのかもしれない。かもしれない、と思わされている時点で完敗だ。
術式を解除する。調子がよくなったのか、彼女は体をこきりと鳴らした。そのまま、ゆっくりと地面へ向かっていく。
「あんた、吉野順平でいいのよね?」
「え? うん、そうだけど」
「どこの派閥に入るかはもう決めてるの?」
いきなり派閥と言われても、答えに窮するしかない。人間、三人集まれば派閥ができると言うし、指摘されればそういったものもあるんだろう、という程度のものだ。
困っている様子が伝わったのだろう、彼女は補足してきた。
「今、呪術師には大雑把に四つの派閥があるわ。上層部と加茂家を中心とした、ルールまで含めて呪術全盛期の平安時代まで戻そうとしてる回帰派――正確には保守回帰派だけど――。楽巌寺学長と禪院家を中心とした、現状維持を掲げた保守派。五条先生を中心に五条家と東京校が集まって、昇進の方式から情報網から、全部見直そうっていう改革派。最後に中道派だけど、正直ここは勢力って言えるほどの規模はないわ。ただし、特級の九十九由基がいるから、一応無視できない勢力とはされてる」
「へえ」
と気のない風に返すが、実際はそれほど気軽に構えられるものではない。利害が絡めば、子供の好悪とは次元が違ってくる。つまり、クソ真面目に争わざるを得ない。
体を撫でる風が、どうにも生温く不快に思えた。
「あんたは東京校だから、自動的に改革派だと思われてる。所属を宣言するのは早ければ早いほどいいわ。個人的には保守派がおすすめ」
「理由を聞いても?」
「保守派が最大勢力だから。一番権限を持ってる回帰派と仲がいいしね。最終的な目標は違えど、共有できる部分は多い」
呟きながら、桃は嘆息した。いい加減うんざりだ、とでも言いたげに。
「呪術師なんて狭い界隈で上に睨まれるとしんどいよ。弱ければ特に、ね。改革派なんて露骨に情報提供が雑で、下手すると謀殺される」
そう、まるで前例を知っているかのように、彼女は断言した。
「後はまあ、保守派は昇進が早いわよ。呪術師の昇進って上の階級二名からの推薦が必要なんだけど、それを貰いやすいわ。特に今は与君がいるから、実力があるとさえ解れば絶対に推薦が貰える。縦の繋がりがないと、こういうとこが地味にしんどいのよ。階級によって露骨にお給料違うし」
聞いた限り、とんでもなく頭の悪い……もとい非効率的なシステムに思える。まあ、だから改革派が上層部に睨まれるのを覚悟で一大勢力を築いているのだろうが。
思えば、教師同士学生同士といった、特に利益の絡まない中でもマウントの奪い合いはあった。彼自身、それで下に扱われていた訳だし。ましてや暴力的な組織内での主導権争いなど。想像するだけでぞっとする。何より恐ろしいのは、すでに自分が巻き込まれている事だ。
「西宮さんは、どうしてそんなことを教えてくれるの?」
「あんた見るからに暢気なお人好しだから。ほっといて死なれるのも目覚め悪いでしょ」
言いながら肩をすくめて。
地面に着地する。彼女の真正面に立つと、思ったより背丈が小さい。それでも矮小という印象がないのは、やけに男らしく、箒を肩に担いでいるからだろう。実際、女性的な弱々しさとは無縁だ。
「どうしたいのかは知らないし、詮索する気もないけど。どうであれ昇進しないと始まらないよ。四級は補助要員、三級だって大抵は後方支援。戦力に数えられるのは、準二級になってからだし」
「そのためには……まあ、体力をつける所からだよね」
「そうね。あんたへなちょこだし」
そうきっぱり言われると、少々胸に刺さるものがあった。
さて、と呟いた少女に、疑問が浮かぶ。彼女はなぜか、肩に担いでいた箒を振り上げていた。まるでバットのように。片足を軽く上げて、思い切り踏み込み。
「じゃ、脱落してね」
いい笑顔と、情け容赦ないスイングで。順平は顔面を痛打され、そのまま昏倒した。
ざっくり派閥設定
3年
東堂葵 保守天童派(無所属)
退屈
加茂憲紀 回帰派
実家の問題
西宮桃 保守派(心情的には改革派)
今の呪術界には思うところがあるものの、なかなか実家から抜け出せない
2年
天童大地 保守天童派筆頭(無所属)
どうでもいい。お爺ちゃん涙目
禪院真依 保守派(心情的には改革派)
腐れ実家死ね。あと真希は痛い目見ろ
与幸吉 保守天童派(保守派)
こいつが保守天童派だと思われてるのはだいたい保守派のせい
三輪霞 保守派
昇進したーい
1年
新田新 改革派
改革とか革命とかそういう強い言葉に憧れるお年頃なだけであって、別に改革派筆頭である悟の主張を理解しているわけではない