だいたい殴れば解決する   作:三回転半ドリル土下座

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頂上決戦山梨04 剛力

 夢を見たことがある。

 最強になること、ではない。どれだけ強くなっても、どれだけ強敵を倒しても、次から次へとさらに強い敵が湧いてくる。そういった類いの夢だ。永遠に戦い続け、いつか自分も、同じような志を持った人間に殺される。

 当然、現実はそんなに甘くない。色々なしがらみがあり、どれだけ無視しようとも放置できないものはある。それに、強者というのは、思っていたほど次から次へと現れるものではなかった。

 だから、と言ってしまうのは少々問題あるが。これは夢だ。現代最強と謂われる五条悟を超えた、歴代最強が現れるのは。

 宿儺。もしくは鬼神・両面宿儺。

 およそ人とはかけ離れた姿をしているが、一応人間らしい。大地はこれを、呪力量と呪力の精密操作技能の合わせ技のせいではないかと睨んでいる。高い呪力制御の副作用で魂を知覚し、膨大な呪力でそれを自在に操作できる。逆説的に、肉体が呪力に隷属していくわけだ。呪力の量、質、技能。全てそろって初めて出来る事。呪力量が宿儺の三割程度でしかない大地には、恐らく一生真似できまい。

 同時に、この肉体形状が、宿儺の一番強い状態という意味でもあった。

 やはり心が躍る。自分より強い者と戦うというのは。

 

「楽しそうだな」

「楽しくない理由があるか?」

 

 御所湖で遭遇した時には、しっかり見る余裕もなかった。

 肩の当たりで分かれた、四本の腕。腹にある口からは、常に呪詞が紡がれている。四つの目も伊達ではあるまい。一体どこまで見通せるのか。呪力で肉体を変質させられる以上、視力も人間並みだと思わない方がいい。目の一つ一つ、見えているものが違う可能性だってある。

 

「思い描いた最強以上が、目の前に居る。これに勝る喜びはない」

「これから殺されるというのに?」

「思ってもいないつまらん事を聞くなよ。お前にとっても、これこそが最大の娯楽だ。違うか?」

「……ククク」

 

 そう。自分達のような存在にとって。結局最後に行き着くのは戦いだ。

 これだけが人生に賭けられるもの。宿儺との戦いを、大地は生涯忘れる事はないだろう。

 いつまでも舐めていたい食前酒だったが、呆けている訳にもいかない。まずは小手調べ。

 悠然と、しかし確実に構えは取っている宿儺に、右拳をまっすぐ突き出した。攻撃と防御が接触、両者の極限にまで集中した力の流れが激突し、破裂する。一級術師が発動した黒閃が弾けてもこうはならないという規模の衝撃波が、周囲を蹂躙した。

 二人を中心に半径一キロ強。それが、余波が何もかもを食い尽くした範囲だった。建物は綺麗さっぱり消し飛び、余波の外側で数百棟もの建物が倒壊する。隕石が落ちたかのようなクレーターの中心には大地。そして、銃数メートル離れた先には、四本の腕で未だ防御態勢を取っている宿儺。

 

「ぐは」

「クヒ」

 

 互いに含み笑いを漏らす。

 現代に置いて、――いや、呪術師の歴史を振り返っても、大地は怪力無双である。その体から放たれる合理の極みたる打撃は、五条悟すらまともに接触するのを徹底的に避けたほど。事実上、彼の攻撃を受けて無事で済む人間はいない。いや、いなかった。

 最強たる宿儺。彼にとって、経験してきた戦いの大半が遊戯の範疇を出なかった。戯れであり暇つぶし。それこそ、呪術の使用なしに脅威を感じた記憶など無い。それが、ただ呪力を集中しただけの打撃に、全力の防御を余儀なくされた。

 互いに無傷。手札は一枚も切っていない。

 それ故に、二人の心には、ただただ嘉悦が満ちていた。

 

「はははははは!」

「ひひひひひひ!」

 

 口の中で転がしていた笑いはやがて漏れ、抑えきれぬ哄笑となる。

 

「素晴らしいなあ宿儺ァ!」

「久しい感覚だぞ天童大地ィ!」

 

 言葉と同時に飛んできた斬撃を、拳で殴り飛ばす。当たり前というか何というか、渋谷の時とは比べものにならないほど重かった。一発相殺するごとに、体が軋むのを感じる。

 一瞬の邂逅で気付いたのは。宿儺は間違いなく指二十本プラスアルファの状態で、しかしなおも、近距離ならば大地が遙か格上という点だ。

 呪力量こそ宿儺が圧倒しているが、呪力効率は大地が遙か上。ましてや運用能力まで勝っているのだから、多少身体能力が上なだけで覆せる筈もない。

 加えて、近接戦闘において必要な素養の全てで大地が上回っている。戦闘センスから勘という漠然としたものまで、本当に至るところまで。どれか一つでも勝るところがあれば、そこから勝因を無理矢理作ることができるのが宿儺だ。しかし、何一つとして及ばなければ、可能性はゼロ。

 

(徹底して殴り合いは避けてくるな)

 

 どのみち、宿儺の長所はそこではないのだ。肉体構造すらをも術式に最適化した、圧倒的火力。腕が四本ある所を見るに、本来は呪具の一つか二つ持っていた可能性もあるが。まあそれは、宿儺本体に比べればカスみたいなものだからどうでもいい。

 とりあえず、小便みたいな威力しか出ない呪力砲は封印する。元々、苦し紛れの遠距離攻撃手段と行ってしまえばそれまでだ。直撃したとしても、宿儺にダメージを与えるビジョンが思い浮かばなかった。

 乱れ飛ぶ刃を、時に避け、時に砕く。

 “(カイ)”の射程距離は、実のところあまり長くない。これは元からそうだという訳ではなく、恐らくこちらに当てて、最も威力の出る調整をしたらこうなっただけだ。実際、割れた刃は制御を失い、本来の射程距離を超えて刃が飛び散っている。千々になって星屑みたくなったそれらが、目算で十数キロ離れている山を貫通した。

 かなり無理しただろう刃は、しかし効果絶大だった。さすがに一発二発でどうにかなる程ではないが、纏めて貰えば大地の肉体強度を以てしても殺しうる。

 術式の効果がシンプルであるが故に、ひたすら強力。単純な威力という意味では、悟を歯牙にも掛けない。同時に、単純であるが故の調整しやすさがある。極めて高度な呪力制御を要求される無下限呪術では、即席の縛りを結んで威力向上など不可能だっただろう。

 元より相性がいいとは言いがたい。自分の打撃に匹敵する攻撃が山と飛んでくる経験も初めてだ。分かりやすく絶体絶命――

 なのに。

 

(すげえな。後から後から力が湧いてくる)

 

 どうにも不思議な感覚だった。一瞬、これが単独禁区(ソロソロキンク)の効果かと思ったが。多分、違う。

 これは()()()()()のだ。

 かつて一度も、実践で本気を出せた事はなかった。いや、この言い方は語弊があるか。本気は出したことがある。ただ、実戦で本気を叩き付けるに相応しい相手は、ただ一人として存在しなかった。指十五本の宿儺ですら。

 全力を出していい相手は悟のみ。しかし彼とて、殴り合いという一点に置いては格下と言わざるを得ない。つまり、殺さないよう最大限の手加減をしながら戦っていた。

 無自覚に、自らへ課していたしがらみ。無数の絡みつく鎖。それらが一つ一つ千切られていき。

 本来の天童大地が解放されようとしている。

 

「貴様……スロースターターだったか!」

 

 拮抗していたかに思われた、刃の嵐と拳の颶風。やがて拳が、斬撃の海を泳ぎ始める。

 

「近接戦闘特化、馬鹿にしたものではないな」

「やめとけやめとけ」

 

 小さく笑いながら、大地が呟く。

 御廚子の波動は依然鋭く、また扱いも巧みだ。雨霰と術式を放ちながら、攻撃の濃淡を操作する。これ自体は特に珍しい事ではないが、匙加減が絶妙だった。

 大地が近接戦闘を主軸に添えるならば必須と思っている技能、分かっていながら予想を大きく裏切る攻撃。これを術式で、さも当然のように実行していた。それは呪力濃度という意味でも、タイミングという意味でも。

 術式の操作は、肉弾戦のそれより遙かに選択肢が多い。にもかかわらず、的確に取捨選択していた。もしこれが何も考えず斬撃を放っているだけならば、とっくに宿儺を仕留めていただろう。

 術式の運用センス――いや、これはセンスなどという言葉で片付けていいものではない。飽くなき研鑽と向き合ってきた時間は、大地の想像を超えている。

 

「剣が強いだ、拳が強いだ、銃が強いだ。近距離が強いだの、遠距離が強いだの。支配握術と御廚子、どっちが優れているかなんてなあ、所詮結果の後付けだよ!」

「その通り。全く以て本質から目を逸らせている」

「そう、結局の所……」

 

 くは、と漏らして。両者が同時に吠える。

 

「「誰が強いかだ!」」

 

 一手。

 優越した理由はあったのかもしれないし、ただの偶然かも知れない。ただ結果として、大地が宿儺へ追いついた。

 伸ばした左手の薬指が、宿儺の服へ、僅かに引っかかる。それが切り離されるよりも破れるよりも早く、思い切り引っ張った。

 大地の右手が、宿儺の腕を一本掴む。これにはさすがの宿儺も動揺し、咄嗟に防御態勢を取った。

 しかし。

 

「殴るしか能が無いと思われているのは遺憾だな」

 

 宿儺の体が宙に浮く、というかほとんど滑るようにひっくり返る。地面に叩き付けた事のダメージはほとんど無いだろうが、代わりに上を取られ、逃げ道を防いでやった。

 腕だけを掴んだ状態での、変則空気投げ。

 勘違いする者も多いが。大地は純ストライカーではない。あくまで打撃能力が最も高いというだけであって、彼は()()()()のスペシャリストなのだ。あらゆるジャンルの戦闘技能を、世界最高レベルで有している。

 

「呪術に傾倒しすぎ……いや、お前の生きていた頃にはない技術か」

 

 下段突きを顔面に向けて打ち落とす。腕三本が軌道を阻むものの、衝撃は防御を貫いて顔を打ち据えた。しかし、砕くには至らない。

 宿儺の腕を掴みながら、関節と筋肉を制限し、離脱を阻んでいる。このせいで、腰の回転が十分ではなかった。ほとんどの手打ちの状態である。並の相手でれば全身を硬直させて頭を潰すくらい訳なかったし、それは逆も然り。宿儺とて相手が希代の戦闘技能を持っていなければ、術式を使わずともあっさり離脱できていただろう。

 二発目を放つ事は出来なかった。宿儺を掴んでいたはずの右手の指が、輪切りになっている。

 

(ハチ)……)

 

 すでに攻略した術式だ。しかも、発動の瞬間だってはっきりと捕らえている。にも関わらず、指を持って行かれた。

 大地の対(ハチ)技術は、(ハチ)が発動する瞬間だけ、対象部位の呪力をゼロにする。そして、刃が実際に発生した瞬間、強度を上げるというものだ。物体強度と呪力の総和に比例する威力を出す(ハチ)にとっては、致命的な技と言っていい。

 宿儺が本来の力を取り戻したと言っても、依然呪力制御能力は大地が遙か上。呪力の流動速度が術式を超えているのだから、突破しようがない筈だった。

 解決方法が力業なら、突破方法もまた力業。

 シンプルに、(ハチ)を二重に発動していた。初撃は普通に、二発目を呪力が満ちた瞬間に。それこそ実現するには、黒閃を意図的に発生させるのと似たような時間感覚が必要だっただろう。

 

「情けない限りだが」

 

 すぐに跳ねて、体制を戻す。傷は一瞬で癒えたものの、まだ首に違和感があるのか、手を添えていた。

 つられて大地も、再生した指をこきりと鳴らす。

 

「今度は俺がお前の想像を超えたぞ」

「情けないものか。見事の一言に尽きる」

 

 今の状態は、悟ですら逆転を諦める戦況だった。にも関わらず、あっさりと抜けられる。

 惜しい。大地は素直にそう思った。宿儺に数年の時間があれば、自分に匹敵する接近戦技能を習得していたかも知れない。

 御廚子をどうやって至近距離用にカスタマイズするのだろう。絶対に見られない可能性を、ひたすら残念に思う。ここで二人のうち、どちらかが必ず死ぬのだから。

 

(体が暖まってきた)

 

 事前に準備はしてきたが、しかしやはり、実践で回すのとは大分差がある。体がやっと、これが殺し合いである事を自覚してきた。

 訓練しているだけあって、誤差は1%未満ではある。それでもこのレベルになると、かなり大きな違いだ。

 ただしそれは宿儺も同じ。スイッチが入ったのはほぼ同時。

 

(危なかったな)

 

 小さくぼやく。

 

(一瞬でもこっちの入りが遅かったら、高確率で殺られてた)

 

 それに気付いたのは、反転術式だった。正確に言えば、反転術式の効果。

 ダメージは宿儺の方が圧倒的に多い。反転術式に入ったのは、ほぼ同時。にも関わらず、治療を終えるのは大地の方が遅かった。

 反転術式の精度で負けたという事はあり得ない。そもそもとして、反転術式の精度は、呪力制御の二乗に正比例するのだ。この時点で、大地が圧倒的優位を持つ。

 にも関わらず、宿儺に先制された。

 宿儺が本来の呪力制御を隠している、という事はないだろう。もし隙を見て本来の力を発揮するなら、ここで見せるのは半端に過ぎた。そもそも反転術式の精度が、彼の呪力制御能力から算出する値に正確すぎる。つまり、おかしいのはこちらの方だ。

 理由に、大地には一つだけ心当たりがあった。

 魂。漠然とした表現が気に入らないならば、存在情報とでも言うべきもの。

 術式によって捉え方は違うが、そういう性質のものは確かに存在する。これをこねくり回していたのが真人であり、無為転変なのだ。

 そして、大地も。無為転変とは比べものにならないほど低レベルではあるが、行使した事がある。魂を参照し、いくらか前の情報を引っ張り出して反転術式の行使。直近で言えば吉野順平に使ったのがそうだし、渋谷事変で体を欠損した者にも行った。

 魂の輪郭は知覚()()()()()。ならば後は、それを宿儺のレベルにまで引き上げればいいだけ。

 漠然と捉えていた形状を、より精密に。魂を変形させるビジョンを、より正確に。宿儺へと放ち、打ち抜く。

 

「…………!」

 

 振るった拳は、当然のように防御された。

 しかし、先ほどのように無傷ではない。罅程度だろうが、確かに骨を折った感触があった。

 

「なるほど、魂をきっちり捕らえると、攻撃力そのものも上がるのか。呪力の精密操作と同じ理屈だな」

「貴様……!」

「今度は俺がお前から学ばせて貰った。これまでも物理的に触れられないものを壊すため、似たようなことをしてきたがな……自分がどれだけ漠然とやってきたかを痛感させられたよ。これが概念の()()を捉えるという事か」

「キヒ……! ハハハハハハ! つくづく貴様は、俺の予想を超えてくる! 実にいい! 俺の前に立ち()()()のであれば、そうでなければつまらぬ!」

 

 恐らく自分は、宿儺と同じものを抱えているだろう。そう大地は感じた。

 未知の力。想像も及ばぬ技量。互いに命を賭け、だからこそ死に物狂いで学習する。弾ける命は、それが尽きるまで悪あがきを辞めない。全身全霊を以て相手を殺しにかかり、そうする必要があるからこそ相手に敬意を払う。

 これが()()だ。いつもの紛い物ではない。ただの()()ではない。真に戦闘と呼び称されるべきもの。

 ああ、なんと命が削られていく音の尊い事か。心地よい事か。

 

「あっははは!」

 

 大地が子供のように笑いながら、拳を引き締めた。

 

「俺は今、生きているぞ! 全力で生きてるぞ!」

「気付くのが遅いのだ戯け。命の噛み締め方を今更知るなど。まるっきり童だな」

「そう言うな! お前もたっぷり()()()()やるから!」

「吐いた唾は飲めぬぞ」

 

 

 

 宿儺は今まで、数えきれぬ暴虐を働いた。それは望んで行った事なのか。これは応とも言えるし、否とも言える。

 あえて言うならば、暇つぶし。お手軽な趣向がそういったものを好んだというだけ。阿呆が嘆くのも、才能を摘まんでみるのも等しい。ただ、無限とも言えるほどある時間が、ほんの僅か紛れるだけ。

 天童大地は違う。宿儺の目の前には、()()()()を感じられる相手がいた。

 1000年前ですら知らない。1000年間のも間しらなかった。本当の戦いというものの、甘美な事といったら。

 

「何なのだこれは」

 

 大地を突き放すように斬撃を放ちながら、宿儺は胸を掴んだ。

 

「次々と溢れて止まらぬ。湧き上がり続けるこれは……情動?」

 

 今まで、精強と言える相手とは山ほど戦ってきた。それこそ平安は、術師の平均的な質で言えば今より上ですらある。少なくとも現代のように、腑抜けた無能が我が物顔で頂点に立っている事はなかった。

 天童大地と過去の強者。何が違うと言うのか。ここがそうだと断言できるようなものはない。

 ただ、腹の底から溢れんばかりの感情が膨れ上がってくる。それに全く不快感はなく、ひたすらに心地よい。

 

(いや……)

 

 今はこの感情に、意味などいらない。無理して名前をつける必要もない。

 在るがまま心のままに、『我欲』をさらけ出すのだ。

 

「“龍鱗”“反発”“番いの流星”」

 

 赴くままに腹の口を開き、呪詞を唱える。今までの宿儺であれば、絶対にしなかった事だ。

 天童大地は強い。だが、個々の能力で見れば、実のところ宿儺と戦える程ではないのだ。

 呪力量は言わずもがな。仮に身体能力は互するとしても、肉体を最適に変化させた優位が宿儺にはある。ましてや呪力出力も圧倒しているのだ。普段であれば、味わうだけ味わった後に興味を無くし、捨てていた程度。

 この差を、天童大地は技術で補っていた。それも、小手先のものではない。人類史上最高とも言える極まった技術を用いた、正面からの突破。

 これに比べれば、時間停止など些末なものだ。いや、あれほど極まった基礎を持っているからこそ、初めて扱える術式なのかもしれない。

 素直に負けを認める。認めたが故に、習いたくなってしまった。自分も凝りたくなってしまった。

 

(カイ)

 

 大地の体を袈裟切りにするように貫き、鮮血の華が咲く。

 そんなものは、高度化した反転術式によって一瞬で治ってしまったが。しかし、大地が驚愕に見開いた目に、宿儺は会心を感じた。

 

「堅いな。殺すつもりの一撃だったのだが」

「斬られるまで気づけず、防御が遅れた……。触れるまで存在しない刃、限定的な領域展開、もしくは領域展開の必中効果を状況に限って具現した? いや、これはそんなに高度なものではない。もっと単純で、同時に難易度の高いものだ」

「流石だな。貴様なら一発で気づくと思ったぞ」

「元々は牽制程度の威力だった(カイ)に対し、触れる直前で呪力を足し、俺を斬れるレベルまで引き上げた。聞くのすら初めてだぞ、放出型術式を放った後に再接続など!」

 

 当然だろう。宿儺とて、やろうと思った事すらなかった。そもそも必要に迫られた覚えがない。

 大地に対しても、絶対にそうしなければならなかった訳ではない。今まで通り、極力近づけず御廚子を放つので十分だった。

 それでも対抗心を燃やしてしまったのは。彼のやってみせた技を、もっと高度にして返したいと思ったのは。

 きっと楽しいからだ。

 

「まだまだこれからだ。そうだろう? ()()()だ、天童大地! 現代の素戔嗚(スサノヲ)よ!」

「当然。根果てるまで、命果てるまで!」

「クヒヒヒヒ!」

「あはははは!」

 

 すでに宿儺には、羂索の野望や“契約”などどうでもよく。恐らくは、天童大地にとっても同じだろう。

 ――二人は知る由もないが。彼らは、お互いが初めて経験する、不純物の全く存在しない戦いを経験していた。純然たる闘争、相手に一切の悪意を抱かず、ただ頭にあるのは「どちらが勝つか」のみ。ひたすらに純粋な戦いは、超越者じみた彼らの質を爆発的に高めていた。

 魔神と超人。双方の(けだもの)じみた雄叫びは、しかし戦場が上げる悲鳴にかき消される。

 

 

 

「もう人間の戦いじゃないな……」

「恵、それは呪術師の台詞じゃない。もっと言うと、お前もすでにあっち側だからな」

 

 戦闘の中心から30キロ以上離れた地点。それほど離れていても、脅威は画面越しの他人事という訳ではなかった。戦いの激しさが遠目からでも分かる、というのもあるが。そもそも激震がひっきりなしに響いていた。呪術師でなければ、とっくに巻き添えで死んでいた程度には激しいものが。

 震源地からこれだけ離れていてもこの世の終わりを思わせる空気の中、パンダがあたふたしていた。どうにも落ち着かないといった様子である。

 それと。

 

『不味いな』

「何が?」

『堕天が思っていたより遙かに強い。恐らく……私の力では祓いきれない』

「ふーん。でもあっちの厳つい人が勝てば問題ないんでしょ? ならどのみちだって。ね、恵」

「オマエ誰だよ」

 

 恵が女に対し、呻くように吐き捨てる。

 いやまあ名前は分かっているのだ。来栖華。

 なんでだか――本当になんでだかとしか言い様がないが、とにかく決戦が始まる頃には隣に居座っていた正体不明の変人である。

 当たり前に呪術師であり、そして游者(プレイヤー)。受肉タイプでありながら変質せず、本来の魂と矛盾無く同居するという、唯一無二の個性を持っている。術師の方は『天使』という名前らしいが……すでにこれについては、ひたすらどうでもいい。こう言ってはなんだが、とっくに終わった、今更どうこうできる類いの話ではないのだ。

 とにかく彼女は、自衛隊管轄の避難キャンプを抜けだし、何故かこんなところにいる。追い返すにも危険があるため、渋々居座りを認める形となっていた。しかもやたら気安いし。

 堕天というのは宿儺の事だと判断し、『天使』の方へ問いかけてみた。

 

「宿儺を知っているのか?」

『少しばかりな。あれを滅ぼす為に生き恥を晒していたが……私ではどうしようもない域にいたのは計算外だ』

 

 羂索と契約した術師にも、いろんな奴がいるという解釈でいいのだろうか。彼の利益になる者ばかりが契約したわけではない、というのは事前に分かっていたが。

 

「つまり?」

『全ての運命は天童大地という男に託された。それだけだ』

「なんとも寒い話だ」

 

 

 

 篤也は軽く歯を噛み締めて、刀を振るう。

 最初は振動や些細な爆風だけしか届かなかったここも、戦闘の激化で、御廚子の破片が山のように飛び散ってきた。こんなものが直撃すれば並の一級術師では軽く死ねるし、肉体強度に自信がある篤也でもただでは済まない。

 洒落にならない、と呻く。破片のそのまた一部でこれなのだから、本来の斬撃は一体どれほどの威力なのか。

 

「下手したら包囲を広げるべきかもしれんね。というか今すぐ逃げてえ」

 

 正直な所、宿儺の実力が想定をぶっちぎっているせいで、もはや一級術師程度には足止めすらできないと思っていた。

 まあ足止めできようができなかろうが、篤也は近づくのなんてお断りだったが。

 

「駄目だ。宿儺と羂索、どちらも逃がすわけにはいかない」

「言ったってなあ……」

 

 鋭い目で脹相に睨まれ、言い訳がましく口を尖らせる。

 宿儺が化け物なら、それと互角に戦っている大地もまた同じ。当然、大地も知っているより遙かに強くなっている。

 はっきり言って、ここに割って入るのなど無謀だ。一級術師に限った話ではない。それこそ乙骨憂太すら無理だと思える。天童大地と五条悟を二人だけで特攻させたのは、本当に英断だった。

 とにもかくにも連絡だ。篤也はスマホを取り出し、素早く電話を掛けた。

 

「何をしている?」

「本部にもうちょっと距離をおかせてくれって言うんだよ。このままだと、何かをする前に死人が出る」

 

 こんな備えなど必要ない事を願いながら。篤也は嘆息した。

 

 

 

 ぎりり、と鹿紫雲は親指の爪を噛んだ。頭の中で、無数の憤りが渦巻いている。

 天童大地に宿儺の相手を取られた事が気に入らなければ、術式を発動した所で宿儺の足下にも及ばない自分の力量にも腹が立つ。

 蚊帳の外。かつて最強を求めながらも行き詰まり、歴代最強に焦がれたあの頃の、なんと幼い事か。

 

「あまり心を乱すな。いざというときに動けなくなるぞ」

「……ちっ。そうだな」

 

 深呼吸で心を落ち着け、なんだかよく分からない作業をしている幸吉を見る。

 ただでさえ生まれ育った時代が違うのだから仕方ないが、彼の行動は理解不能だった。戦いを注意しながらも、奇妙な絡繰りを弄っている。

 対宿儺羂索包囲の組を作るとき、鹿紫雲が幸吉とを希望したのは当然だった。数少ない、現代で彼が認めた相手だというのもあるが、一番の理由は違う。偏に、幸吉の役割と特殊性が故だった。

 幸吉は戦場のみではなく、山梨県全体に目を張り巡らせている。呪術師の生命線は間違いなく彼だ。敵が真っ先に落とそうとするならここだろう。鹿紫雲が幸吉の護衛を志願するのは当然の選択だったと言える。

 

「宿儺は知らねえが……天童ってあんなに強かったか?」

 

 少し前を思い出しながら、幸吉に聞いてみる。

 今日まで、ただ呪霊討伐に明け暮れていた訳ではない。さほど長いわけではないものの、訓練時間を確保できた。その中で、大地と悟の戦いを見たのだが。

 天童大地の力はここまでの強度は持っていなかった。

 

「いや、俺もここまでとは知らなかった。考えられるとすれば……」

 

 

 

「本気を出す機会がなかった?」

「うむ」

 

 悠仁の問いに、葵が大きく頷く。

 

「俺の見立てでは、大地(ブラザー)の力は五条悟に限りなく近い。殺し合いになれば恐らく、三割から四割ほどは勝てるだろう。しかし、実際は全敗だ。これは、能力と適性が噛み合っていないせいだと俺は考えている」

「どゆこと?」

「つまり『高度な反転術式の使い手同士が相手を殺さず勝つ』という意味に置いて、大地(ブラザー)の能力は、足を引っ張る要素しかないという事だ」

 

 釈然としない相手の悠仁に、葵が続ける。

 

悠仁(ブラザー)は、反転術式の使い手を殺さず無力化するのに、どうすればいいと思う?」

「ブラザーブラザー言われると誰のことだか分からないから、普通に名前で呼んで欲しいんだけど……うーん、そうだな。絞め落とすとか。ダメージを積み重ねるとかあんま意味ないから、とにかく気絶させるのが分かりやすいと思う」

「そうだな。一番簡単なやり方だ。しかし五条悟を相手にそうするのは難しい。逆に、五条悟は大地(ブラザー)を術式ではめ殺しができる」

 

 一拍置いて、視線を悠仁から戦場へもどしながら。

 

「正面の打撃力に特化した大地(ブラザー)は、だからこそ取れる手段が少ない。まさか本気で殺すつもりで殴るわけにもいかんだろうしな」

 

 思い返すまでもなく、大地は環境に恵まれなかった。もしくは、強くなりすぎた。

 最高位の呪霊ですら、鼻歌交じりに鏖殺する。唯一まともに戦える相手は悟で、そちらと戦うときも殺し合いとはほど遠い。ましてや大地の打撃力を考えれば、かなり気を遣って殴らなければならなかっただろう。

 つまりは。大地は強くなったという以上に、気兼ねをする必要がなくなったのだ。

 

「ここからだ。俺達は初めて、大地(ブラザー)の本当の強さを知る」

 

 それがどれほどのものかは、もう葵にだって予想ができなかった。

 

 

 

 はっきり言って、建人が担当する地域は貧乏くじだった。

 荒れ散って飛んでくる宿儺の術式。これに文句はない。他の担当部署でも相当な数が迫っているだろう。威力は恐らく、本来の数千数万分の一。それなり程度の苦労で弾くことが出来る。今はまだ、という注釈がつくが。

 問題は、山の側面で半ば隠れるように配置されていた点だった。このせいで、飛来する斬撃をひたすら認識しづらい。元より視認が困難で、呪力探知に頼るしかないというのに。

 何らかの指示がなければ、最悪、現場の判断で勝手に場所を変えることも、とすら考えている。

 

「思っていたより大分地獄ですね」

 

 一息つく間もない事に、建人が愚痴るように言う。

 

「俺としては、あれに対する三の矢として俺が考えられていた事に、見込みの甘さを強く感じる」

 

 ガベルを振り回しながら、日車寛見がどこかげんなりした様子を見せた。

 

「自信がありませんか?」

「ああ、全くない。はっきり言って力の差がありすぎる。これだけ実力に違いがあった場合の領域記録はないのか?」

「ありません。そもそも領域展開が使える時点で呪術師の頂点ですし、領域には領域で対抗するのがセオリーなので」

 

 根本的に領域を使えるレベルの術者が、能力で大敗しているという想定がない。

 そもそも通常の術式からして、実力差に効果がどれほど影響するか、曖昧な部分が多いのだ。対象に直接危害を加えない術式が素通りなのは分かっているが、逆に言うとそれだけ。それ以外の術式は、かなり状況に左右される。それこそ時によっては実力よりも。

 理屈の上では、領域内にいれば術式がすでに命中している状態なので、通らない理由はないのだが。そういったものを全部踏み潰すのが、ああいったレベルの存在だ。

 

「そうでなくとも、問題があるしな」

「まだ何かあるんですか」

「法律の矛盾だ。誅伏賜死は法律に沿って機能するのは離したと思うが。呪術師は、私の知らない隠された法の下、運営されている。正直、まだ把握し切れていない」

 

 なるほど、と建人は頷く。

 呪術師は表だってはいないものの、公式の組織ではあるため、適応される法律は当然ある。ただしこれは、呪術師が秘された存在であるのと同じ理由で、六法全書には載っていなかった。呪術師は定義として処刑人の役もあるというのもこれが由来で、「呪術を用いて殺人を犯した場合、裁判を経ず死刑を執行できるものとする」というのがある。

 ちなみに呪術規定は法律ではなく、あくまで自治だ。とはいえ馬鹿に出来たものでもなく、時には法律以上の拘束力を生む。これは恐らく、『縛り』という技術が身近にある呪術師にしか分からない感覚だ。これらの要因が絡み合ってかなりややこしく、呪術師専門の弁護士がいないのも双方の面倒な絡み合いが理由だったりする。

 

(宿儺は虎杖君や伏黒君の体内にいた。ということは、選ばれる罪状や状況によっては『合法』と見なされる恐れがある、という所か)

 

 建人は疲れを滲ませながら、戦場という名の地獄へ目を向けた。

 何をどう言おうと、敵として存在する以上、対処はするしかない。宿儺への対処は間違いなく呪術師の仕事だし、義務から逃げることは出来ない。個人的には賛同したくないが、警察や自衛隊と同じで、殉職も義務に含まれている。

 死ぬのはいい。いや、いい訳がないが。仕方ないとは思える。問題は、その後に続けられるものが何もないと思える事だ。宿儺が稚気を捨てた場合、呪術師は何も出来ず敗北する。

 建人は初めて、自分の力が足りないことに不甲斐なさを感じた。

 

 

 

「で、結局呪術師(私ら)は勝ってんの?」

 

 などとため口で一年生に言われて、金次は若干苦い顔をした。舐められている、のとはちょっと違う。敬意を払うべき相手として見られていない。

 自称するのもなんだが、金次はかなりろくでもない学生だった。それこそ停学を貰う程度には。自分が尊敬されるような人間でない事も分かっている。それでも、体育会系特有の下手くそな丁寧語くらい使ってくれてもいいんじゃないかと思った。このどう見てもやたらに気が強い女は、ちょっとやそっと言った程度で意見を変えないと一目で分かったために、あえて指摘はしない。

 

「そうだな。ある意味で予想以上だし、ある意味で予想外って所だな」

「よくわかんないんだけど」

 

 まあ、対象までおよそ30キロという距離を、肉体強化に優れている訳ではない者が認識するのは難しいだろう。

 映像も実のところ、見やすいとは言いがたい。ただでさえ衝撃で画面が揺れるのに、しょっちゅう高速移動で画面外に消えるのだ。画面だけでは「何か凄いことが起きている」以上の事は分からなかった。元々が羂索の逃亡事前察知の措置なので、仕方なくはある。

 

「五条さんの方は羂索が予想外に粘ってる。逆に天童の方は、予想に反して善戦してる。予想外の均衡だな」

「それってまずいのよね?」

「まずい。乙骨の投入所が難しくなった。悲観するほどでもないけどな」

 

 天童大地、五条悟、宿儺、羂索。この中で誰が一番弱いかと言われれば、ぶっちぎりで羂索だ。

 一般的な尺度で言えば、羂索も十分に化け物である。一級術師がダース単位で挑んでも勝ち目がない。他の三人がおかしいだけで……つまり、真っ先に落ちるのは羂索であるという算段だった。

 無論、あの陰謀の化身とも言うべき者が無策であるなど期待してない。どういう戦況になるとしても、それなりの準備はしてくるだろうと思っていた。

 予想外だったのは二つ。羂索が無下限六眼などという無法なものを持ち出してきた事と、大地が想定を遙かに超えて強かったこと。

 特に大地はいい意味で予想外であり。同時に、金次は体を震わせた。

 

「どしたの」

「いや、五条さんと訓練した時、あいつとも戦う機会があったんだがな。全然本気じゃなかったんだな、ってよ。あんな勢いで殴られたら跡形も残んねえわ」

「まあ先輩のミンチが転がってたらちょっと笑えそうな気はするけど」

「人の死を面白がってんじゃねえよ!」

 

 恐ろしい事を言う野薔薇に、声を荒らげていた時に。

 冥冥が支配するカラスが、指示を下した。

 

 

 

 戦場からさらにもう一段離れた場所で、歌姫は所在なく佇んでいた。控えめに言って気まずい。

 唯一気安く話せる冥冥は、術式で伝達するために少し離れ、こめかみのあたりを押さえている。残りの、歌姫の護衛と言うには豪華すぎる特別一級術師二人。はっきり言ってこちらとは、そもそも今回がほぼ初対面だ(遠目で見たくらいはあるが、逆に言うとその程度の接点しかない)。結果、話し相手もおらず、隅っこで術式が途切れぬよう注意するのが精々だった。

 

「いけーっ大地! さすがは俺の孫!」

 

 まあ、ビール片手に推しのの球団を応援するようなお爺ちゃんなら、気軽に話しかけても問題ない気はするが。

 

「だから孫ちゃうって。相変わらずボケとんなあ」

 

 逆にこちら――禪院直哉には、ほいほい話しかけてはいけない妙な雰囲気がある。忌避している、というのではない。なんと言えばいいのか、ひたすらにこちらを侮っている。準一級の底辺と特別一級術師では、それくらいの温度差があっても何も言えるものではないため、黙っているが。

 

「終わりましたよ。これで伏黒君と猪野君とドルゥヴ氏は動いてくれるでしょう」

 

 生徒まで精力的に働いている中、漠然としている事のもどかしさは強い。しかしこればかりはどうしようもない事だし、自分が作戦の要という事も理解していた。悟の方は知らないが、大地は間違いなく歌姫の支援ありきだ。

 緊張しっぱなしの歌姫と比べて、一級三人は暢気なものだ。これが経験の差なんだろうか、とひっそり思う。

 

「んー、天童君は予想以上。比べて五条君はどこか振るわないね。何か攻め込めない理由でも作られたかな?」

「大呪縛がどうの言っとったよな。あーあ、全く。これだから阿呆は嫌いやねん。扇のオジさんは失脚確定やね」

「不甲斐ないな、五条悟。もう最強を返上して大地に譲れ」

「不甲斐ないと言うほどかな」

「この爺さんは五条家が嫌いなだけや。ほっといてええで」

 

 そして、またも野球観戦をするような気軽さで、映像を見ている。冥冥と直毘人は、そのままあーでもないこうでもないと話し込み始めた。

 恐らくここは、黙っているのが正着なのだろうが。気になることがあったため、おずおずと話しかけた。

 

「あの……禪院特別一級」

「なんや?」

 

 じろりと見下ろされる。半分は被害妄想だっただろうが、それを抜いても、自分が思ったより軽んじられているのではと思った。

 元の身長であれば、少し見上げるといった程度だっただろう。しかし年齢が半分ほどになってしまった今では、かなりはっきり見上げなければならない。

 

「天童……特級術師の状況はどうなってるんでしょうか。恥ずかしながら、私ではもう理解が及ばない領域でして」

 

 問いかける。どうしても生徒の状況は知っておきたかった。

 直哉は完全に値踏みをする目で歌姫を上から下まで見る。一通り観察した後、どこか軽薄な笑みを浮かべて言った。

 

「ええよ、教えたげる。身の程を知っとるみたいやしね。そういう子は嫌いやない」

「はあ……?」

 

 正直、意味がよく分からず、ぼやけた返事を返すしかない。

 

「今のとこは互角やね。と言っても、どっちもまだ本腰入れとらん。大地君はあからさまに術式使っとらんし、宿儺もこっちが知ってる攻撃手段しか見せてへん。本番がこっからなのは変わらんけど、期待はあるわ」

「期待、ですか? 何の?」

 

 彼は、肩をすくめて呟いた。

 

「もしかしたら、大地君が単独で宿儺を祓うんやないかって期待や」

 

 

 

 口の中に入り込んだ大量の土を吐き出し、真希は体にのしかかってくる土砂を退けた。体中が土まみれだし、下着の中まで潜り込んできている。可能であれば、今すぐシャワーを浴びたい気分だった。

 何が悪かったかと問われれば、もう位置と運としか言い様がない。

 司令部の指示に従って、5キロほど後退する途中。たまたま大きめの刃片が山肌を抉り、たまたま土砂崩れが起き、逃げる間もなく飲み込まれた。それだけの話である。

 

「おい、真依! 生きてるか! こんな死に方したらみっともねえなんて程度じゃすまねえぞ!」

「きゃんきゃんわめかないでくれる? ああもう、ハンマー口に土が詰まってるじゃない……最悪……」

 

 真希にいくらか遅れて這い出てきた真依は、真っ先に銃を確認する。付着した土を忌々しそうに払いながら、不具合に悪態をついていた。

 真依の声が妙に遠い――のは気のせいではなく、耳の中に異物が詰まっていたからだ。無理矢理指を突っ込んでほじくる。泥のような何かがどばっとこぼれ落ちた。耳に針を突っ込まれたような痛みがある。鼓膜を傷つけたかもしれない。

 

(ちくしょう)

 

 内心で吐き捨てながら、攻撃がやってきた方を睨んだ。

 相変わらずの状況……に見えて、少しずつ被害規模が拡大している。大地と宿儺が激しく動いているのもあるだろうが、それ以上に、攻撃の強度が上がっているのだろう。

 真希は一級術師の中でも最高峰のインファイターだ。天与呪縛の肉体。呪力による強化。呪具の補助。全てが合わされば、呪術師の中でも随一の身体能力になる。

 多分、余波程度ならものともせずに接近できた。全力で走れば音速前後は出るし、宿儺の斬撃本体も、多少なら耐えられる。ただし、確実にその先が続かない。真希では、大地が有効に働けるようになる前に、なます斬りにされるだろう。

 

「私は置物かよ。クソの役にも立たねえ」

「アンタ何言ってんの?」

 

 真依から、呆れたという風な視線が飛んでくる。

 

「元々私達なんて、予備の予備の、そのまた予備じゃない。何を夢みたいな事言ってんの」

「分かってるよ」

「分かってないからそんな言葉がでてくるんでしょ。あのね、お馬鹿なアナタに教えてあげるけど、五条悟が本気になるような状況で、他の誰かが役に立つわけないの。おわかり? 一緒に戦えるどこぞの筋肉ダルマは例外中の例外なのよ」

 

 嫌味たっぷりに、真依が吐き捨てる。言葉には嘲笑を超えて、どこか得体の知れないものに対する侮蔑が含まれていた。

 真依の言は正しい。大地以外に、悟に並び立って戦える者はいない。それは、魔虚羅を調伏した恵や、宿儺と戦う為だけに呪物となった鹿紫雲ですらそうだ。最新の超人や歴代の英傑らですら、戦場に立つ資格すら与えられなかった。

 

「下らない妄言吐いてる暇があったら、とっとと包囲網の再構築しなさい。この辺も、そのうち()()わ。私は無意味に死ぬなんてご免だわ。ついでに、アンタと一緒になんてもっとイヤ」

 

 言うだけ言ったとばかりに、真依は背を向ける。ついでに一言余計だ。

 後ろ指を引かれながらも、真希はそれに続いた。途中、ちらりと後ろを確認する。

 悟と羂索の戦いは、さほど派手なものではない。小康状態だというのもあるだろうが。対して大地と宿儺は、何もかもを破壊する勢いだった。

 弾け飛ぶ、もはや術式の体を成していない刃。呪力など全く籠もっていない、衝撃波だか風圧だかの拳。そんな、本来物理的な作用すらささやかだろうものが、ことごとく暴威となって平らげている。

 つまり、信じがたい話だが。

 たった二人の戦いから零れ出るものだけで、山梨県がまるごと綺麗さっぱり消滅しようとしていた――

 

 

 

 今すぐゲロ吐いて寝たい。それが猪野琢真の、偽らざる本音だった。

 日本中に解き放たれた呪霊の討伐戦で獅子奮迅の働きをし、ようやく七海建人から推薦を貰え、晴れて一級術師となった琢真。これでやっと、同じ一級術師としてスタートラインに立てたと喜んだのも束の間――遊ばせておく戦力はないと、宿儺攻略作戦に引っ張り出される。

 はっきりと場違いだ。新米一級術師に務まるような内容ではない。

 弱音ならばいくらでも出てくるが。残念ながら、そんなことをいちいち気にしていられる状況ではなかった。ましてや一級になったばかりどころか、査定中でありながら渋谷事変に引っ張り出された後輩達に申し訳がない。

 

(でもコエーものはコエーって)

 

 まあ、だからといって簡単に覚悟が決まる訳ではなかった。

 数十キロと距離を開けているのに、人間が発するものとは思えないおぞましい呪力が感じられる。こんなものを真正面から受けたら、それだけで足がすくみ動けなくなってしまうのではないか、と思わせる威圧だ。

 琢真は呪術師としてそれなりの経験を持つ。が、所詮はそれなりでしかなかった。それこそ御三家所属の術師などと比べれば、あらゆる面で数段劣る。

 

「あのさあ、そんなにビビるならやらなきゃいいんじゃないの?」

 

 と、暢気な声が掛けられる。

 レジィ・スター。死滅回游に参加した過去の術師であり、第一東京結界(コロニー)攻略部隊に負けて軍門に降った者。

 実力は游者(プレイヤー)の中でも図抜けていると言って良く、最低でも一級術師相当の力を持っている。

 彼に限らず、同じように判断された者は、本人の同意を前提にして配備されていた。当然、相応の取引はあり、人によって社会的な地位だったり金銭だったり、それ以外だったりと様々だが。

 つまり、ここにいる游者(プレイヤー)という時点で最近一級になったばかりの琢真より格上なのだ。

 

「そういうわけにもいかんでしょ」

「よくわかんないなあ」

 

 ふぅ、と小さく息を吐きながら、特徴的な蓑虫衣装を揺らす。

 態度に思うところはあっても、何も言えなかった。根本的に、彼らは外様。自分達みたく必死になる理由がないと言われれば、全く以てその通りなのだから。対価を払うのだから命を賭けろというのは、傲慢な物言いだ。少なくとも今の呪術師に、それを強制できるほど強い権力は無い。

 もっとも、レジィの問題はやる気が無い事だろうが。

 

「まあ、言い分もわかんないではないよ」

 

 目出し帽を深く被りながら、独り言のように呟く。

 

「これまでは、海外にでもバックれれば生き残れる目はあった。でも、羂索が訳の分からない術式を持ち出してきて話は変わっちまったさ。なんだっけ、ええと……愛の列車(ラブトレイン)だったか。あの能力は、全てにおいて規格外で、それ以上に致命的だ」

「そうねえ」

 

 レジィが困ったように相づちを打つ。

 機能に関しては、理解できない部分も多々あったが。つまりラブトレインとは、他者に自分のダメージを押しつけつつ、梵界以上の強度を持ち、全人類を巻き込む術式の起点にできる。これだけでも洒落にならないほど厄介なのだが、短期的にはもっと大きな問題があった。

 土地の収束。これが最悪で、司令部が動かざるを得ない状況に追い込んだ元凶である。

 正直、宿儺と大地の戦いだけなら、山梨県を犠牲にするだけで(それだって当初の予想を遙か上回るのに)済んだ。しかしこのペースで土地が近づき続けると、あとどれほどもせずに関東・中部地方が沈む。決着がつく頃には、日本が丸々消滅しているのではという恐怖を与えた。

 呪い呪われ……

 

「結局、死にたくなけりゃ戦うしかないってね」

 

 そう自分を叱咤するようにしてから、琢真は『龍』を発動した。

 

 

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