だいたい殴れば解決する 作:三回転半ドリル土下座
呪術師とは基本的に、二つの要素を両立して成り立っている。呪力と術式だ。呪力だけで活動する者も少なくはないが、しかし定義として、術式のない者は不完全と見なされる。
呪力だけでも一応は呪術師と見なされる。しかし、逆は存在しない。これは呪力と術式の上下関係に由来する。
呪力というエネルギー源がなければ、術式は機能しない。当たり前の事だが、興味深い事象ではあった。同質の存在、機能でありながら、術式は明確に呪力へと依存している。電気と家電のような、片方がありきでデザインされた設計という訳ではないにも関わらず。
これは誰かが意図したものなのか、それとも呪術師という人種を神が設計ミスで作ってしまったのか。答えを知る者はいない。
ともあれ。
呪力しか無い者と同程度に術式しか持たない者がいるというのは、極めて常識的な判断である。ただし、呪力と違ってそれを判別する術は、羂索以外に持っていない。鍵のかかった倉庫に放置された家電が、何かを判別するようなものなのだから当然だ。むしろ分かるわけがないというよりは、明かす必要が無いと言った方がいいかもしれない。使う手立てのない
ただ現実として、半端な才能は誰にも見いだされず、草臥れ錆びるだけだった筈のそれは、羂索によって掘り起こされた。
例えば日車寛見。例えば髙羽史彦。そういった存在が、死滅回游の
例外はただ一人。
彼女も本来ならば、一般人としての生涯を全うする筈だった。
幼くして死に、たまたま膨大な呪力を持った者が身近にいた為に呪われる。
彼女に術式があったことを知っているのは、呪った少年ただ一人だった。それこそ恩師にすら明かされていない。羂索の狂乱がなければ、恐らく墓の下まで秘密は保たれていただろう。
呪力のない術式持ち。少女単体であれば、もしくは少年が凡庸な呪術師であったなら無価値である筈のそれが、呪いによって価値を作り出された。
少女の名は、折本里香という。
東京に夏油傑の遺体が、三人によって持ち込まれる。
彼女らの疲労は相当なものだった。活動時間という意味では、呪霊討伐に動いていた呪術師をも上回るのだから。ほとんど強行軍で日本中を移動し続け、その上恐山にたどり着いた後は休みなしという有様。
三輪霞は遺体の引き渡しを終わってすぐ、倒れるように眠った。美々子と菜々子も似たような状態で、頭はふらついているし、放っておけば立ったまま眠りそうな状態である。それでも意識を保っていたのは、憂太に対する監視の為だろう。いざとなったら特級術師と戦ってでも遺体を回収して逃走する。そんな意気込みを強く感じられた。
(別に辱めるつもりはないんだけどなあ)
などと憂太は、ひっそりぼやくものの。それが理解されないだろう事も分かっていた。まあ、どうしたって殺し合った関係なので仕方ない。相手からしてみれば、憂太は敵の一人だろうし。
そもそも今だって、かなり胡乱げな視線を向けられている。寝不足も手伝って、やたらと目つきが悪い。正直、苦手なタイプの人だった。
「憂太、できれば早めにね。正直僕も、余裕がない中、時間を作って来てるんだし」
と、すぐ横で待機していた悟に急かされる。
何かがあった時の対処として、悟が同伴していた。彼女らの機嫌を損ねている一因だろう。
とはいえ、悟は憂太が今から何をするのか知らない。知らないからこそ居ると言えるのだが。
(……ふぅ)
術式を発動する前に、精神を落ち着かせる。
今から行おうとしているのは危険な行為だ。物理的にではなく、誰に対しても危機感を憶えさせるという意味で。無知で暢気な憂太ですら、そう判断せざるをえなかった。一生使うつもりがなかったし、使わずに済むなら今からでもそうしたい。それこそ悟にすら、この存在を明かす事はないだろうと思っていた。使わざるを得ない状況になってしまったのは痛恨である。
「リカちゃん、おいで。力を貸して」
呼びかけで、憂太のすぐ近くに式神が現れる。かつて折本里香と呼ばれていた存在であり、その残滓。
折本里香とリカ。彼女らは憂太の飛び抜けた呪力により呪われて、現世に縛り付けられる事となった。これは正しいし、ある意味、不正解である。
呪力に対する研究は、実のところさほど進んでいない。というよりも、呪力という力が極めて精神に影響されやすく、強い念に晒された場合の法則性というものがないためだ。だから、当時の精神を鑑みて、折本里香をリカとして現世に縛り付けたのは何らおかしくないと判断された。
違うと知ったのは、折本里香が成仏した後だ。
「リカちゃん。
『繋げるよおぉ』
リカが両手を持ち上げて、腐敗した夏油傑に向ける。
瞬間、美々子と菜々子が飛びかかってきそうになった。実行しなかったのは、呪力だけで悟に制された為である。もしそれがなかったら、術式を中断する羽目になっていただろう。いや、それだけならいい。全く使い慣れていない術式が暴走していた可能性だってあり得る。未知の術式が矛先を変えたらどうなるかなど全く分からない。悟が監視してくれていた事に感謝した。
折本里香には術式が存在した。彼女は呪力を持たなかったため、本来なら一生日の目を見ることがなかったであろう力だ。
夏油傑の体から、影が抽出される。
這い出した影は次第に形作っていき、やがて人のような形になる。が、決して人のままではない。あらゆる部位が人間とはかけ離れており、同時に強烈な呪いを放っている。
その術式の名を、憂太は仮に『
「おはようございます、夏油傑さん」
『まさか私を殺した者に呼び出されるとはね、乙骨憂太』
『
合意を取れなければ無駄撃ちだ。つまり前提としてかなり仲のいい相手か、さもなくば強く利害が一致できる何かが必要だった。交渉に失敗すれば手痛い反撃を食らう。生きている存在は勿論、死者だって一度は呼び覚ますのだから、そのまま呪霊として襲いかかる危険があった。当然、生きている人間が相手ならば、死者より遙かにこじれる。
これだけ聞けば、リスクばかりの術式だと思える。正直なところ、ここまでなら誰に明かしても問題なかった。問題はその先。
契約した対象との、呪力および術式の共有。これこそが『
彼が親しい者全員と『
悟と大地が同じ時代に存在しなければ、どんな状況であろうとも明かせない能力だ。
リカを外部呪力タンクとして扱えながら、幸吉のように呪力用途の制限がないのもこれが理由だ。
相手がリカでは呪力は折半、つまり事実上半分になる。さらに下手に表立って術式を公表できないとあって、縛りを結んだ上での時間制限呪力出力向上くらいにしか使いようがなかったというのが真実だ。
しかし相手が元特級術師であれば、事情は一変する。
憂太ほどとは言えないまでも高い呪力に、リカとは比べものにならないほど高い戦闘力。そして、非常に使い勝手がいい術式。『
こうして。本来の能力のみならず、憂太とリカからあらゆるバックアップを受けて、特級過呪怨霊・夏油傑が産まれた。
「お前……傑なのか……?」
『違う』
呆然としてる悟に、しかし傑は即座に否定した。
『私は謂わば、夏油傑という魂の欠片を寄せ集めて作られた偽物……というか影法師だよ。本人ではない。断じて違う』
そこだけは肯定できないと言うように、傑は強く首を振った。
「夏油……様?」
「本当に夏油様なの?」
ただ。姿形が変わったところで、どれだけ本人に拒絶されたところで、親しい人間にとって存在を否定する理由になるわけもなく。
でも、と傑は続けた。
『私には大義があって、そのために活動した。そこに後悔はない。でもね……それで君達に呪いは残したくなかった』
言いながら、少女達の頭を優しく撫でる手に。二人は耐えきれなくなって、涙を流し始めた。
『できれば私の事など早々に割り切って……死体なんて無視して……自分の人生を生きて欲しかった』
「ああぁ……夏油様! げとう、さま!」
「違う! 夏油様は偽物なんかじゃない! この手を温かさを憶えてる……あの時、差し伸べてくれた手を……私達はまだ憶えてます……!」
感傷を邪魔せぬよう、憂太は部屋の隅に寄った。流石に退室まではできないが、彼女達の邪魔をしたくない。
それは、悟に対しても同じだ。
彼は呆然としながら、傑に近寄った。
「傑、僕は……俺は」
『ふんッ!』
「へぶっ!」
親友二人の再開。にも関わらず、傑の初手はビンタだった。なんで無下限に防がれなかったのかは知らないが、悟が体ごと捻れる。
へたり込み、頬を押さえて呆然と見上げる悟。その様子を、美々子と菜々子はざまァと言いたげな目で見ていた。悟は青筋を立てた。
『昔からどうしようもない人間だとは思ってたけど、ここ最近の君は流石に酷すぎだろ』
「第一声で! なんかもっと、ほら、こう……あるでしょ!? いやそもそもなんで最近の事とか知ってるんだよ!」
『うるさいなあ。羂索は私の体を使ってて、私は私の体から抽出されてるのをもう忘れたかい? 羂索が見た事は、概ね私も見ているんだ。だいたい私達は、感動的な再会ってガラでもないでしょ』
「そうだけど……」
ぶつくさぼやきながら、悟はのたくさと立ち上がった。まだ納得がいっていない様子だ。
ついでとばかりに、美々子と菜々子は悟に向けて、やたら揃った動作で中指を立てた。悟の青筋が増えた。短気が悟が怒らないかな、と憂太はちょっと気を揉む。
『正直、今でも君の考えには同意できない。私は呪術師だけが平和を享受できればいいと思っているよ。乙骨憂太に説明された上でね』
「でも、お前は現れた」
『羂索は呪術師すらどうでもいいと考えている。承服しかねるよ。どのみち、呪術師の安全を確保した後でなければね』
分かっていたことだ。すでに二人の道は違えている。
それでも、互いに妥協できる点までは……
かつての親友であり、同時に大敵であった二人は、静かに手を取り合った。
『バッカじゃないの、ほんとバッカじゃないの。なんでいちいち騙されるかな』
「うるさいな! あんなの見せられたら誰だって驚くだろ!」
『初見ならね。私の存在を抜いても二度目じゃないか。もしかして悟って、頭に鶏の脳みそがつまってたりする? こっちが情けなくなるから勘弁してくれよ』
「お前、後で憶えとけよ」
『後があればね』
生前よりも大きな呪力を持った傑が、あっという間に偽物二人を始末する。その後のなんでもない軽口で、悟は嬉しいような切ないような、微妙な気持ちになった。これは、運命が少しばかり悪戯をしただけ。
つくづく情けない自分に見切りを付けて、というほど思い切りが良くもなれないが。気を取り直して、羂索を確認した。これで隙でもあれば、そのうちに勝負を決めてしまおうと考えて。
まあそうそう上手く行くわけもなく、ほとんど同時に羂索の方も
本当に処理という言い方が相応しく、彼は現れた人間を機械的に破壊し尽くす。その数は、悟の前に現れた者の比ではない。ざっくり百人近くいたのではないだろうか。
(やっぱり頭おかしい奴だな)
悟の考察が正しければ、現れた存在はそう簡単に処理できるものではない。戦闘力もあるが、それ以上に心情的な意味で。
この術式は他者の意識に100パーセント依存し、『捨てた』という認識と『罪悪感』に強く反応する。現れたのが一人二人ならば、殺した所で胸が痛まない相手だけという場合もあるだろう。しかし、何十人と居れば、必ず心を抉ってくる誰かがいる。
ましてやその誰かは、記憶からの抽出――つまり対象にとっては、どう足掻いても『本人』以外の意識を持てない。記憶から情報を作っている以上、少なくとも対象にとっては、本人以上に本人だ。
なのに、そういうものだと割り切ってあっさり皆殺しとは、頭おかしいとしか言い様がなかった。まあ1000年以上も生きた精神構造を考えれば、理解を示せる方がおかしいのだろう。
「夏油傑が呪霊……いや、怨霊か。ともかく復活って、一体何をしたらそうなるんだか」
「お前には教えてやんねー」
「あはは! だろうね」
何が面白いのか、けたけたと笑う羂索。余裕があればせせら笑ってやってもいいのだが。あらゆる意味で、そうしていられる相手ではない。
「傑」
『何だい?』
「お前、何ができる?」
この場合の問いは、生前に追加して何が出来るかという意味だ。呪霊操術は詳細まで知っているが、さすがに切り札までは把握していないし、単純に呪力も増えている。術師という機能としては大分上だろう。
そうでなくとも折本里香の前例を見る限り、怨霊に転じる事で、シンプルに
敵を目の前にしてい話すような事でもないが、それこそ二人の間でしか通じない会話方法などいくらでもあった。
『何も出来ないよ』
「そうか、何もでき……ん?」
そんな符丁があっただろうか、と記憶を探る。如何せん10年も昔の事なので忘れているのかと思ったが、やはり思い当たるものはない。
「なんだっけか、それ」
『いや、暗号とかじゃなくて。ガチのマジに、ほとんど何もできないんだよね。精々殴る蹴るくらい?』
「…………は?」
『仕方ないじゃない、呪霊のストックがせいぜい準二級程度までしかないんだから。乙骨憂太はあっちでかかりっきりだしねえ。かといって、ほら、他の術式はそもそも使ったことがないし』
「じゃあなんで出てきたんだよ!」
『君のせいだろ。あんなものでいいようにさせられてるの見たら、流石に干渉せざるを得ないって』
「ぐっ……!」
そこに関しては一理あると言わざるをえないため、口ごもる。してやられた悟が悪いのは明白だ。
嘆息する悟に、傑は肩をすくめた。
『別に怒るような事ではないでしょ。私と君がいるんだ。普通に戦って、普通に勝てばいい』
あっさりと言われて。考えるのも馬鹿馬鹿しくなり、肩から力を抜いた。
そう、自分達は最強のふたりだ。曲がりなりにもとはいえ傑が復活している以上、過去形ではない。
「言っとくけど、やたらに攻撃して犠牲者を量産するのはナシだからな」
『えー。私としては、
「オマエほんっと、そういうとこだぞ」
結局、実りなど欠片もなかった会話を終えて、構え直す。
羂索は全てを待ってから、小さく笑った。
「話は終わりかい? もっと昔を懐かしんでいいんだよ」
「馬鹿言え」
『せっかくだけど、君の存在は私の仲間達に悪影響でね』
ここまで待っていた、ということは、術式の完成はそう遠くないのだろう。
悟達はずっと、警戒を怠っていなかった――というか、わざと隙を演出して干渉を誘った。にも関わらず、彼が立ち止まっていたと言うことは。これだけ僅かな時間であろうと、待っていた方が利益になると考えたからだ。
いよいよまずい状況ではある。が、悟に僅かばかりの焦燥もない。