だいたい殴れば解決する   作:三回転半ドリル土下座

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頂上決戦山梨07 最強に曰く

『実際、ただ頭数が増えただけじゃ意味ないんだよねえ』

 

 傑が、羂索の周囲を旋回しながら呟く。口調は非常に気が抜けていた。

 彼が暢気なのは、羂索を強敵と定めていない為だ。奴の厄介なところは、第一に世界中の人間と言える規模の人質と、第二に高い守備力である。その二つさえなければ、悟と傑で楽々倒せる。

 だからまあ。傑が非常に面倒くさがっている気持ちは、悟にも十分理解できた。

 

『手はあるんでしょ。早くならない?』

「もうちょっと待てよ」

『ちゃきちゃき頼むよ、ちゃきちゃき。テンポ悪いよー』

「……なんかお前さ、生きてた頃より大分軽くなってない?」

『今の私は、義務やら責務やら、そういった一切のしがらみから解放された状態だからねえ。いやあ、責任がないってほんと気楽。君と違って』

「うっわ殴りてえ」

 

 会話しながらも、悟は必死に羂索を観測した。正確には、彼の周囲に存在する薄らとした光膜を六眼で。

 大呪縛によってぐちゃぐちゃに改変された術式を解析・分解するのは、悟にとっても初めての試みだ。これが簡単でないのは言うまでも無い。

 根本的に六眼とは、ざっくりと表現すれば本質を見抜く目だ。大呪縛で変質した術式を詳らかにするというのは、術者の経験一切合切を暴くに等しい。そもそも六眼とは、司る権能が違うのだ。

 

(大地の超人っぷりは理解してるつもりだったけど、まだ全然足りなかったとはね)

 

 不可侵領域たる生得術式の解析、これを大地は、視覚を封じられ触覚だけを頼りにするような状態で行っている。さらに感覚での理解を理論で説き明かし、普遍的な技術を彼以外には不可能だろうという練度で実行し、こちらも成功しているのだ。

 今までは後半部分にばかり目が行っていたが、よくよく思い返せば前提条件の時点で大分意味不明だ。六眼も無しに対象の術式を本質まで理解するとか、一体どうなっているのか。自力で六眼がなければたどり着けない呪力制御を可能とした人間ともなれば、見えている世界が違うのかも知れない。

 だがまあ。最強としても教師としても、まだ負けていられない。

 

「解析完了」

 

 瞬間。悟の体がかき消えた。そして、光帯を()()し、羂索の顔をしたたかに殴りつける。

 

「チッ。失敗か」

 

 勢いよく吹き飛んでいく羂索の体を確認しながら、舌打ちする。悟の予定では、首から上が消し飛んでいる筈だった。分かっていたが、術式の制御が桁違いに難しくなっている。

 追撃は、顔から血を吹き出しながらも、なんとか姿勢を戻した羂索に受け止められる。

 

「何故……! ラブトレインを抜けて……いや、そもそも接触していない、存在の相違をズラしたか!」

「正っ解!」

 

 肘を落とす。受け止められる。そこから腕を伸ばして、指が頭に掠めるよう動いたが、羂索は大げさすぎる挙動で逃げた。触れられたら不味いとは分かっているらしい。

 

「無茶苦茶を……。いや、これが六眼と無下限を真に使いこなしている者の力というものかい」

「どうかな。僕としては、もっと簡単な答えはある」

 

 攻守交代、悟が攻めに回る。

 確かに羂索は1000年生きている。体術に関する知識は、それこそ悟では足下にも及ばないだろう。しかし技とは、どれだけ体にしみこませたかがものを言う。知っているだけでは、積み上げてきた者には絶対に届かない。それが格闘技能だ。

 そう、知っているだけのにわか仕込みを完膚なきまでに叩き潰され、悟は教えられた。

 

「大地に出来る事は僕にも出来るんだよ。最強ですから」

 

 体を縮めて、喉につま先を放つ。なりふり構わない回避で避けられたが、問題はない。元より、一発で仕留めようとは思っていないのだから。

 踵を首筋に引っかけ、引き寄せる。今度こそとタイミングを完璧に合わせた打撃を放つ。が、いきなり外側に体を引っ張られた。

 慌てずににすぐ姿勢を戻す。同時に、後ろへ手を伸ばして、()()を相殺した。

 

「成る程ね。相違の変更はラブトレイン対策。無下限なら普通に通る訳だ」

「バレたか」

「対ラブトレインの無下限制御は、五条悟をしても高難易度なんだろう? だから私を殺し損ねた。加えて、あくまで波長はラブトレイン専用で、無下限は無力化できない。後は……そうだね、空間相違の維持が難しすぎて、直接接触以外だと術式を発動できない、というあたりかな」

「ま、六眼があるんだから、それくらい分かって当然だね」

 

 だから最初の一発で仕留めたかったのだが、失敗した事をとやかく言っても詮無い。

 それに。勝ち筋が出来た以上、その程度は些事である。

 

「領域展開」

 

 色即是空。発動した瞬間、羂索の顔が盛大に引きつるのを見た。

 以前は制御が不安定で、発動時間も短かったそれ。仕方の無い事だ。領域を体内で完結させるというのは、五条悟をして未知の領域。ましてや完成形すら想像できないとあれば、不完全なのも当然だと言えよう。

 しかし、獄門疆に閉じ込められた経験が全てを変えた。

 既成概念に囚われていた。そう認めざるを得ないほど、獄門疆というシステムは革新的だった。技術の粋を凝らした一重の結界を張るのではない。無数の結界を網目状に交差させて、結果的に一つの結界にする。その中に生得領域を満たせばいい。そうすれば、術式は後から勝手についてくる。堅固な一枚の結界術を運用する領域展開とは、発想の時点で異にした。

 効果時間こそ、普通の領域展開に毛が生えた程度だが。代わりに安定性は、それこそ領域の比ではない。

 あらゆる効果を望む通常の領域展開と違って、こちらは能力向上全振り。その上で、近接戦闘においてぶっちぎりの最強である大地と殴り合えるレベルにまで身体能力まで上がるのだ。

 希代の天才、五条悟。再び単独最強へ返り咲いた瞬間であった。

 誰の視界にも移らないほどの速度で、悟が動き回る。動く度に、黒い歪みが宙を割る。黒閃に限りなく似た現象を、ただ走るだけで生み出していた。

 羂索も経験と勘で防御を行っていたが、今の悟から身を守り切るには至っていなかった。

 蹴りを腕で受ければへし折れる。頭部に攻撃すると見せかけて脇に拳を突き出せば、骨ごと内臓を潰した。手こずっている、打撃に合わせた『蒼』の発動も徐々に精度を増していき、次第に体をえぐり取る頻度が増していく。即死の状態でも命を繋ぐレベルの反転術式ですら間に合っていない。頭部へ手が届くのも、時間の問題であった。

 

「化けっ、物め!」

「自分が弱すぎるのを他人のせいにするのはよくないなあ。それに、人の体を奪って1000年以上も生きてきた化け物に言われたくない」

 

 戦いの中で初めて見せる、羂索の苦痛にあえぐ顔。すでに取り繕うのも難しいといった様子だ。

 

「苦し紛れって嫌いなんだけどな、仕方ない。領域展開」

 

 言葉で、世界が()()()()入れ替わる。まるで宇宙の底にいるような、滅び欠けた恒星と星屑だけの光景。

 無量空処だ、と悟は判断した。羂索が術式と向き合った結果、たどり着いたものではない。単に悟のそれをなぞっただけだろう。だから、ほとんど同じ領域展開になっている。

 一つ違うのは、これが非閉鎖型という点だ。いっそ超常的とでも言うような結界術の技量により、枠を区切る事無く、所定空間を生得領域で満たしている。色即是空とは対極に位置する絶技と言って良かった。とはいえ、色即是空により別の頂点へ至ったと言っていい悟にとっては、すでに再現可能な技術だった。

 まあどうであれ、今の悟には無意味だが。

 羂索の無防備な腹を蹴り飛ばす。彼は悶絶しながらも、数十メートルも後退させられた。

 

「なぁ……ぜ……!」

「大方、無下限の使い手に無限を叩き付けても効果は薄いけど、それでも足を引っ張る役にくらいは立つって所か。ハイざんねーん、完全に無意味でしたー」

 

 小馬鹿にするようにせせら笑う。当然、答えまでは教えてやらない。

 呪術には歴史があり、それは当然領域展開にも言える事だ。現代の領域展開認定要件に、必中必殺があるのはそれなりに合理的な理由がある。

 記録に残っている限り最古の領域は、単に世界との隔絶のみであった。ようは敵を逃がさない、分断する。それだけに特化した機能だったわけだ。これは現代になるとより簡略化、普遍化し、“帳”という名称でよく使われている。

 対結界術が広がると、次第に古式領域の優位性も失われていく。即効性が求められるようになってきた訳だ。領域内を完全に閉じ込め、その内側を生得領域で満たし環境効果で自身の能力向上と相手の能力低下を同時に実行。現代式の「閉じた領域」はここで誕生した。

 ただしこれは、絶対的な実力差を覆すに至らない。

 どこかの天才が、領域展開に格上殺しとしての可能性を見いだした。生得領域に直接術式を流し込み、領域展開に「必中」という要素を付与したのだ。現代にまで続く、領域展開を使える術師こそ呪術師の頂点である、という風潮はここらで誕生したと思われる。実際、これによって有力な術師は数多く討ち取られた。ドルゥヴ・ラクダワラの話では、一度目の復活時に、これを知らなかったために敗北したのだとか。

 しかし時代が進むにつれて、領域展開を可能とする術師が殺される事件が発生する。彌虚葛籠なる秘伝技法の噂が、まことしやかに囁かれるようになった。これに目を付けたのが、蘆屋貞綱という人物である。彼については、現代のまともな呪術師であれば授業で絶対に習っているため、知らぬ者はいない。彌虚葛籠を改良し、訓練すれば誰でも使える簡易領域を考案した。技術を伝授されるのはシン・陰流の者に限ったが、そもそもが呪術師最大の流派である。瞬く間に広がり、シン・陰流は領域展開使いに対する最大対抗派閥となった。

 ここでやっと、必中の上に必殺を望まれるようになる。確実に当てられはせずとも、必殺の火力で二の矢を放て、という考えだ。時の流れによって必中と必殺は混同され、現代式領域展開たる「侵入即殺」型が完成する。

 五条悟の領域は、侵入即殺型の完成形だ。入った瞬間に情報攻撃が始まり、ほんの数秒後には精神を粉々に粉砕する。

 ただし、これは当たればの話。

 

「大地に対抗するための技だって言ってるのにさあ、そんな脆い技を用意すると思ってるの? 君、ちょっと舐めすぎ」

 

 悟は色即是空の維持にあたり、多重の結界を体内に展開している。これは数十枚の簡易領域を張り巡らせているに等しい。相性がどうという以前に、必中効果が絶対に術者へ届かない構造だ。

 そもそも、領域展開の驚異を一番理解しているのは領域使い。いついかなる時だろうと対抗手段を忘れる訳がない。

 つまり五条悟は史上二人目、完全に領域展開を無力化する術者となっていた。

 状況は最早、悟の勝利を決定的にしている。羂索はもうほとんど反撃らしい反撃ができていない。それでもなんとか命を繋いでいる点だけは、驚嘆に値するが。

 

(ガン逃げか)

 

 羂索が肉体になれてきたため、無下限呪術の扱い的には以前ほどの差はない。まあそれでも、やっと同じラインに立ったという程度の話だ。

 領域展開の必中必殺効果は機能していない。とはいえ、全くの無意味でもなかった。領域展開には「自分に有利な環境を作る」という効果がある。例えばいつぞやの火山頭であれば、適した環境による肉体の活性化。

 具現化する環境効果は人それぞれであり、総合力の向上、火力の上昇、術式の強化など様々だ。もしくはそれらの複数か。領域に必殺の力を持たせるようになってからは、あまり注目されなくなった……というか事実上意味のなくなった効果ではある。領域の押し合いが発生してすら、効果を実感できるのは希なのだから仕方ない。

 無量空処の場合は「思考力の向上と加速、および獲得情報量の増大」だ。脳が耐えられるギリギリまで細かい相手の特徴を得て、性能の上がった頭脳でそれを処理する。六眼を持っている事前提の能力であった。

 羂索はこのうち、得られる情報を最低限にし、脳の加速を最大値に設定している。確かにこれなら、理論上は今の悟を認識することができるだろう。

 まあこれはどうでもいい。無量空処のおまけなど、全てにおいて色即是空に遙か劣る。それこそ下位互換というにも烏滸がましいほどに。

 問題はそこではなく。

 

(こいつは逃げ切れば勝てるって思ってる。ラブトレインが世界を包むのが近いんだ。それこそ僕に殺されるのとどっちが早いか、賭けにできる程に)

 

 本当に鬱陶しいったらありゃしない。ラブトレインの性質上、一戦もせずに逃げ続けるというのは不可能ではあると言っても。戦うと決めたなら意地くらい通して欲しいものだ。

 いかに悟と言えど、流石にここまで戦う気のない相手を仕留めるのは苦労する。

 負ける可能性のない相手ではあった。しかし、片手間に倒せるほど安くもない。しぶといというのは、ある意味戦いにおいて一番厄介な要素だ。

 仕留めきれない可能性が過ぎる――のは羂索にだけであり、悟は楽観的すぎる彼の目算を、半ば嘲笑した。

 

「びっくりするほど()()を舐めてるね。愚かしすぎて笑っちゃうよ」

 

 羂索は、最初から傑を戦力外にしている。

 確かに彼には、無下限を突破する術がない。頼みの呪霊とて、そこらに溢れていた調伏の必要ない木っ端ばかり。この戦場に二級以下を引っ張り出した所で、無意味だと判断するのは正しい。傑の長所は全て削がれている。

 その上で、悟は断言した。だから何だと言うのか。

 たかだか()()()()で為す術も無くなるような者が、果たして最強の片割れと称されるか。断じて否だ。特級過呪怨霊・夏油傑は、必ず何かしらの手段を持ってきている。

 

「ただの敗者でしかない私を、未だ信頼してくれているのは……まあ、嬉しいよ」

 

 傑が肩をすくめた……ような気がした。苦笑をした……ような気がした。異形となった今では、判断が難しい。

 

「羂索、君は大呪縛をどこから盗んできたか忘れているね。私が手にするのは、君がこそこそ隠れながら暴くよりも遙かに簡単な事なんだよ」

 

 かつて、希代の天才が最強に届かせるため編み出した、超絶技法。それを、かつて最強と呼ばれた者が運用する。

 それは最強に曰く――

 

「これは最悪に牙を突き立てるための技だ」

 

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