だいたい殴れば解決する 作:三回転半ドリル土下座
術式をいつ解禁するかについては、悩むところがあった。
そもそも、少なくとも術式という面で、大地が持ちうる手段はすでに知られている。それでも今まで使用しなかったのは、術式の呼吸とも言うべきものを理解させないようにしたためだ。どんな術式を持っているかが重要なのではない、いつ使うかが重要なのだ。同時に、仮に世界最強かつ万能の術式が存在したとして、使う寸前に察知できれば怖いものではない。
これが何のしがらみもない大地と宿儺の決闘なら、もっと早い段階で使う決断もできたのだが。大地は前提として、最低限の時間稼ぎをしなくてはならない。その間に悟が羂索を倒し、二対一に持ち込むという算段だ。
ただし皮算用でしかなく。計画は早々に破綻した。悟がへまをしたのか、羂索が予想よりしぶといのかまでは分からないが。
一つ、言えることは。
このまま時間稼ぎを意識していればワンサイドゲームだ。攻撃だけで見ても、純粋に倍加している。攻撃端末たる式神は動きが拙いながらも、撃破が異様に困難。少なくとも、これの破壊を考えるよりは宿儺を殴った方がいい、と思える程度には。
つまりは。全ての制限をかなぐり捨てて、全力戦闘をしていい。
“
そもそも一対一に置ける戦いで、10秒という時間は長すぎる。大地が走る事だけに集中すれば、地平線の向こう側まで移動できる時間だ。あくまでこれは、時間停止に対抗手段のない特級複数を相手する時に最大の力を発揮する。
ましてや宿儺を相手に呪詞など唱えるというのは。確実に何かしらの対抗手段を編み出しているであろう相手に、わざわざタイミングを教える愚行でしかない。
(と言っても、すでに手遅れな気はするが)
宿儺の戦闘センスは天才の域すら超える。少なくとも、こちらの予想を軽く上回ってくるのは確実だ。大地が「絶対に敵わない、そもそも比べるべきですらない」と考えている部分の一つだ。
だが、術式を温存すべき時はすでに終えているし、直近で術式を見せてもいる。限界まで温存しても、いざというときに破られる危険は考えなくてはいけない。
砕けきれない刃に体を削られながら、彼は決断した。どうせ危険ならば、事前に察知して踏み潰す。
それに――時間停止が破られただけで負けるほど、天童大地は柔でも浅くもない。断言できるだけのものを積み重ねてきた。
隙を測ってザ・ワールドを発動し、強引に接近しようとして。
瞬間、左腕が弾け飛んだ。
「外したか」
術式は間違いなく発動していた。発動した上で斬られたのだ。それは彼自身もだし、術式に関しても。
「ははは! つくづく驚かされる!」
宿儺の選んだ方法は、対処と言えるほど真っ当なやり方ではなかった。ひたすらに単純明快、そして強引。大地すらもが驚く力業。
「
それを実現するのに、術式の調整やら何やらと、細かく言おうとすればいくらでも言えるだろう。
しかし小賢しい物言いを抜きにするならば。彼のやったことは、単純に
救いは、制御が完璧でない事だ。下手をすれば、今の一撃で死んでいた可能性だってある。
「見せたほど簡単でもないがな。黒閃を意図的に使おうとする程度には嶮しいぞ」
「お前ならもっと簡単な対処法もあったろうに」
例えば、滞留する斬撃を無数に浮かべておくなど。こちらの方策であれば、危険を冒してまでタイミングを計る必要は無い。時間停止に対処しきれるとは言いがたいが、防御手段としては上出来だ。ほんの数秒稼ぐだけなら、それで十分。
「そうだな。だが、それは俺の『負け』だ。弱い選択など選ばん」
「気持ちは分かるよ」
思わず強く頷いた。その思いは、大地もかつて通ってきたのだから。
大地の能力があれば、もっと簡単に悟へ刺さる戦法は選べただろう。しかし、自分を曲げてまで追求した勝利に、一体どれほどの意味があるのか。
自信と本当の力は、自分を貫いた者にしか宿らない。仮に力を選んで悟に勝てたとしても、今ほどの実力はなかった……そんな風に思う。勝てる自分になる事は、勝てる力を生み出すより遙かに難しく、そして重要だ。
我、即ち欲。追求した者にしか理解できない心理。
だからだろう。大地も、発想の始発点は似たようなものだった。
大地の体が消える一瞬前、宿儺は『世界を断つ斬撃』を放つ。しかしそれは効果を発揮することがなく、顔面を強烈に打ち据えた。
「…………!?」
訳が分からないと混乱する宿儺に、大地は舌打ちした。即座に繋げようとするが、その前に、網目状の斬撃が放たれる。一重であれば殴って貫けるが、幾重にともなれば強引な突破はできなかった。
やはりと言うか、連打はさせてくれない。
殴った感触もおかしかった。手を軽く握る。殴った感触がありすぎだ。
攻撃を何れも単発で終わらせるために、わざと抵抗していなかったのだろう。一発ごとの受けるダメージは増える代わりに、致命傷には至らせないという諸刃の剣。さすがに大地でも、宿儺ほどの強度なら一撃で頭を粉砕はできないだろうという想定ありきだ。その考えは正しい。
(宿儺を相手にしているのだから、これくらい仕方ない)
ならばダメージが回復しきらないうちに再び追いつき、結果的に連打にすればいいだけ。次は防御の術式も突破する。
またも大地が世界から姿を消す。再び合わせるようにして、世界断裂が発生するが。またも不発に終わった。
アッパーぎみの拳が、下がった宿儺の頭を狙う。ギリギリで首を回し、威力を消された。直撃はしない代わりに、頬の右側をごっそり抉る。
ここで時間停止――が、発動した瞬間に、大地は体を大きくひねりながら距離を開けた。世界をまるごと支配する術式が断たれたのだ。
「まさか……」
宿儺は、ぐらつく頭を腕の一本で押さえながら、呆れと賞賛の混ざった吐息を吐く。
「いくら特化したと言っても、お前のような存在が実在しえるとは思わなかった。
言い終えた頃には、内部に至るまで復元を終えていた。
飛び退いて状況を戻す程度の隙で成してしまうのだから、相変わらず笑うしかない精度と速度の反転術式だ。ダメージ直後の反転術式は、機能が下がりがちだと言うのに。
「お前が今、見せていたもの……時間停止ではなく技術だな。それも術式と言えるまでに練り上げられた、ひたすらに高度なもの」
「なかなかのものだろ? ここまで仕上げるのには苦労したよ」
なんのことはない。これまでの動きは、時間停止でなければ支配握術の応用でもなく。単に素早く動いた、それだけなのだ。
ただし、運動量ゼロから100まで刹那であり、それこそ相手にとっては時間停止と見分けがつかない。足捌きと呪力操作による超高速瞬間移動。基礎を高めに高め続け、たどり着いた答えがこれだった。
時間停止への対応が思いつかない程度の相手には、意味のない技術。正確に言えば、あってもなくても変わらない、か。しかし、いずれ現れるであろう対応策を持つ相手には、この上ない効果があるだろうと思った。
術式という定義に合致するものは二つある。一つは生得術式から漏れ出した機能。もう一つは、呪力にプログラムを封入して呪力以上の性能発揮を可能としたもの、である。
代表的なものは結界術で、実は落花の情や簡易領域も術式扱いなのだ。実は領域展延も広義には術式というジャンルになる。
他にも、例えば鹿紫雲一。彼が普通に電気を放出しただけならば、それは呪力という扱いになる。しかし帰還電気や電気の変質・操作を行えば、それは術式だ。
超速移動が定義として術式に合致するかは微妙な所だ。しかし少なくとも、術式と同等の効力を持つ、そう断言できた。
この技術は悟でさえ認識していない。見せたことがないのではない。単に、彼ですら時間停止と超速移動の見分けがつかなかったのだ。六眼と悟の才能が合わさってなお察知できないならば、この世の誰にも判別がつかない。
「
「抜かせ。貴様とあの青二才では言葉に籠められた重さの次元が違う」
これは事実上、時間停止の待機時間が無くなっただけに止まらない。むしろ二択ではなく、併用してこそ最大の力を発揮する。
先ほどのように、超速移動から時間停止に移行してもいい。時間停止の中で超速移動を行ってもいい。大仰な言い方をしたところで、単に素早く動いているだけなのだから、機動とてある程度自在。たった一つの武器だけで、選択肢というのは無限に広がるものである。
扱う側でそうなのだから、宿儺にしてみればもっと厄介だろう。
超速移動は、時間停止という術式がなくとも、天童大地を五条悟に匹敵せしめる技術である。
術式を求めるのもいいだろう。結界術に手を出したっていい。しかし、何より必要なのは下地。膨大な呪力と、それを十全以上に扱う操作技能。大地の主義は、この世の誰にも見抜けない絶技として姿を現した。
「無いものをねだるより、余計なことをするよりも、まずは誰でも出来ることを人一倍磨くべし。俺のこれは、誰しもが届く可能性のある技だ」
「馬鹿言え。貴様以外の誰にもできんわ」
「お前に言われると嬉しくなるな。これは、誰にでも出来る事を、誰もやらない程に高めた結果だ」
――真の天才とは、突如生まれるものではない。自分と向き合い続け、血の滲むような努力を続けて。少しずつ己が望むままに構築する者である。
大地は高速で動き回る。腕を振り切らない、クイックハンドの打撃で斬撃を弾きながらだ。直線的には動かず、滑るような機動で少しずつ距離を詰めた。
状況は、大きな手札を手に入れていた宿儺に有利かと言えば、そうでもない。実のところ、あちらは過剰に大地の動きを気にしなければいけなかった。
宿儺の最大斬撃は連発が出来ず、また単発でしか使用する事が出来ない。つまり、扱うタイミングを誤れば、即座に殺しの間合いへと入られるという事だ。駆け引きである。大地が時間停止を欺瞞する以上に、宿儺は世界を断つ斬撃の使いどころをを慎重に測らなければならない。
故に、イニシアチブは大地の方にある。
これはどちらが選択肢を強制させられるかという問題だ。
手札は大きければいいという訳ではない。いや、大きいに越したことはない事には変わりないが。最重要なのは既存の手札とのかみ合わせ。
術式を最大以上に活かす選択をした宿儺と、術式との相乗効果を狙いつつ全てに効果があるようにと臨んだ大地。どちらが正解という訳ではない。ただ今回は相性も手伝い、後者に軍配が上がったというだけ。
始まりは些細でしかなかった違いは、対面する段になって、致命的な差へと変化していた。
(きっついな。気を抜くと軽く死ねる)
といっても、元々能力に差がある。地力ではどうしたって宿儺に及ばないのだ。これはあくまで五分にまで戻せたという意味でしかない。
相変わらず倍になった斬撃は、対応しきる事はできない。一つ一つ迎撃する者からしてみれば、斬撃の角度がほんの少し違うだけで、恐らく余人が思うよりもずっと厄介だ。おかげで呪力出力を自然体の時より上げていなければいけない。これは筋肉で言えば常に力んでいるような状態であり、攻撃に転じた時、即応性と威力に影響が出る。宿儺を一撃で仕留められなかった理由の一つだ。
無論、超速移動の方も簡単ではない。こちらは極端に初動を消す事が重要であるため、どうしたって普通に動くよりは応用力が下がった。
今更苦境を隠した所で悟られない訳もないので、取り立てて隠したりはしない。それは宿儺も同じで、倍になった斬撃を常時放つのは負担が大きいようだ。こちらは呪力の消費量よりも、一度に絞り出す必要があるエネルギー量が問題なのだろう。
どちらも苦しいという事は、均衡が長く続かないという意味でもある。それに、どちらも自分がすり切れるまで堪えるというほど殊勝な性質ではない。
必要なものは勝ち取る。運に任せるなどと考えるくらいならば、潔く死んだ方がマシだ。人事を尽くした果てに運があるならばまだしも。運に
だから、それが起きたのは偶然ではなく必然だったのだろう。
宿儺が世界を断つ斬撃を、初めて能動的に放った。時間停止に対応するのではなく、姿勢を若干崩した大地に対して。大地はこれを完璧な回避は不可能と見るや、全身全霊、渾身の一撃で迎え撃つ。
黒い閃光が
恐らくは、有史以来初めて起きた事象。黒閃同士のぶつかり合い。時空の亀裂をさらに時空断裂が割る。
瞬時に、大地の視界が暗転した。訳も分からず全身がかき回され、自分がどんな体制だったのかも分からなくなる。とにかく全身を呪力で固め、嵐が過ぎ去るのを待った。その間にも、どんどん体は、文字通りに削られていく。
時間は瞬き程度であっただろうが、体感だと数時間も耐えていた心地だった。
やっと収まって、すぐに自分の体を確認する。右腕全損、顔も右半分がなくなっており、足は両方とも太ももとふくらはぎがごっそり消えていた。左半身も無事とは言いがたく、特に頭を守っていた腕は、肘から先がほとんど骨しか残っていない。
すぐさま反転術式を全力で回す。中でも左目に集中して即座に治し(右に比べて損傷が少なかったというだけで、左も普通に失明していたのだ)、当たりを見回した。
被害範囲は爆心地からおよそ半径120メートル。黒閃同士のぶつかり合いがあったにしては狭い。と言っていのか。代わりに、その内側は悲惨そのものだった。
ただでさえ、巨人二人の戦いによって消し飛んでいた街だが。黒閃の被害は桁が違う。なにせ、空間がひび割れ歪んでいるのだ。
通常、空間の崩壊は即座に復元効果が発動し、修復される。しかしそこでは、壊れた空間が復元しきれず、そのまま残っていた。莫大な呪力の発散が問題なのか、それとも空間とは一定以上のダメージが入ると回復が鈍るのか。この状況では判断が難しい。考え得る例外的な要因が多すぎる。
空間断裂は、効果範囲が狭かった代わりに、範囲内は徹底的にかき回したらしい。数十メートル離れた地点で、宿儺が大地と似たような状態で転がっている。これは明確な救いだ。手足の一本でも残っていれば、今頃とどめを刺されていただろうから。
(即死しなかったのは奇跡だな)
きっかり一秒半後、二人が同時に復帰する。
そして。互いに
今までの大地は、はっきり言って力を持て余していた。
ただでさえ調子がよかったのに、その上で
ただし、それは宿儺も同じ。
彼も何らかの方法で、能力の底上げを行っていたのだろう。ただでさえ莫大な呪力が、より洗練して自然な形に収まっている。
幾ばくか、お互いをにらみ合って。同時に、試すようにして攻撃を放った。
宿儺の繰り出す斬撃は、目に見えて性能が向上している。隠匿能力は据え置きで、威力、速度……果ては縛りで性能向上している筈の射程距離まで上回っていた。
対する大地の方も負けては居ない。身体能力こそ据え置きではあるが、代わりに呪力操作は進化としか言いようのない上昇を果たす。黒閃の効果がある時間限定だが、悟と同等の脳域まで突入、
「素晴らしいな。寒気がするほどの強さだ」
「ケヒ! それを軽々と払っておいてよく言う」
互いに値踏みしながらも、理解している。こうして言い合えるのは、両者が理解しているし持っているからだと。
どれだけ黒閃を決めようと、元の力がなければまるで無意味。前提は大本たる力を持ってこそ。純粋な力を持っているからこそ、他のあらゆる能力が活きる。
戦いを経てここに至り、両者の能力は全てが最大値以上へ突き抜ける。この瞬間、この時だけは、五条悟すらも介入の許されない戦場へと変更された。
だからこそ二人は感じる。もうすぐどちらかが死ぬ。最高の全力疾走が可能という事は、息切れもすぐという事だ。いかに莫大な呪力を持つ宿儺、人類最高の呪力制御を持つ大地とて、長くは持たない。
「なあ宿儺」
大地は穏やかに声を掛けた。
「今更だけど、俺は必ずお前をぶち殺すよ」
「ククク、本当に今更だな。安心しろ、俺も必ずお前を括り殺してやる」
他者が聞けば恐怖しかないだろう宣言。しかし、大地にはこの上ない感謝があった。ああ、彼はどこまでも、自分を殺す気でいてくれる。
欲望が義務を塗りつぶす。もう、この後どうなるかなど考えられなかった。ここで後先を思い悩むなど失礼極まる、とすら思う。盲目的なまでの全力闘争は、想像していたよりも遙かに気持ちよい。
全くの無自覚であったが。この時を境に、両者は共に『呪いの申し子』でありながら、力の根底が呪いである事すら忘れていた。