だいたい殴れば解決する   作:三回転半ドリル土下座

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頂上決戦山梨11 また戦ろう

 宿儺が領域展開を発動したのを見て、大地の頭に浮かんだのは疑問だった。

 領域展開という技術は、構造的に何ら大地の脅威たり得ない。

 確かに宿儺の閉じない領域は、強度という意味で強力無比だ。攻略する術がない。が、それは本当に攻略方法がないという程度の意味であって、通用するかどうかはまた別の話なのだ。大地はすでに一度、領域展開を無力化している。

 そもそも宿儺の領域は、攻撃能力という点で考えると、取り立てて優秀と言えるものではない。葵の領域の方が解体困難だし、幸吉のそれほどどうしようもなさは感じない。殺戮能力という意味では悟のものがぶっちぎりだ。そういった飛び抜けた領域の使い手と比べれば、宿儺のものは素直に過ぎる。まあ必中のみが当たり前の時代に、必殺まで追求したのは驚くべきではあるが。

 

(だがここで発動したという事は、これで勝てると判断してのことだ)

 

 逆に、耐えてしまえば大地の勝ち。いかな宿儺とて、領域展開後に術式が焼き切れるのまでは防げないだろう。短縮する術は持っているかもしれないが、どのみち時を止めれば関係ない。

 普通に考えれば、ここは凌ぐ事に集中すべきなのだろうが。それが好みのやり方ではないというのを抜いても、恐らく、弱気な姿勢では勝てない。

 宿儺と式神、二カ所から視覚効果が現れた。修羅か悪鬼でも奉っているのではないかという社だ。そこから無限の斬撃が溢れる。

 違いはすぐに分かった。というか、一目で分かった。飛んでくる刃が不可視のものから、薄ら赤く燃えているものに変わっていたからだ。

 御廚子。台所の術式。刃と炎を司り、家の守護まで行うというもの。包丁で攻撃をし、環境効果で術式性能を爆発的に向上させる。では炎の役割は……?

 斬撃を殴ると、拳を削られるのが分かった。そして、削られた部位が回復しない。

 

「反転術式の阻害……ではない! 情報――魂の破壊か!」

「正解。これならば貴様を殺しきれる」

 

 ブラックホール情報パラドックスというものがある。

 物理的に存在するには情報が不可欠であるが、ブラックホールはこの法則から逸脱してる。この世のあらゆる存在は情報的に可逆性が保証されているにも関わらず、ブラックホールはこれを否定している。飲み込んだものを、決定的に不可逆にするわけだ。

 失った情報はどうなるかという点について、説は多い。が、この場合はどうでも良かった。問題は、宿儺がこれに近い現象を実現しているという一点。

 宿儺が生み出す炎の本質は、魂の破壊だ――それこそ生物に限らず、物質の魂と言うべきものまで破壊している。対魂の専門家である真人ですら、魂を変化させる以上の事はできなかった(これが逆に、魂までも情報的可逆性を保証している事の証左になった)。可逆性までは否定できなかった訳だ。しかし宿儺は、致命的な不可逆を可能としている。

 恐らくこれは、悟すらをも殺す術式。どれだけ無限を広げようと、無限という存在を情報から無かったことにしてしまうのだ。

 戦うのが自分で正解だった、と大地は思わずにいられなかった。炎で無限を攻略してしまえば、悟は無防備だ。はっきり言って、術式を考慮しない彼の耐久力は低い。恐らくそれなりの威力を持った斬撃一発で死んでいたであろう。

 宿儺が戦ってきた者の中には、物理攻撃を遮断する類いの術式持ちもいただろう。それでもなお、彼が悠々と最強を名乗るのは。あらゆる術式を貫通し、術者すらも塵一つなく燃やし尽くす炎があったからだったのだ。

 

「貴様には、炎単体では通用しない。かといって、通常状態で斬撃に炎を付与するなど不可能。度重なる黒閃と、()()()()()()()()()()()事によって実現した」

 

 領域展延まで焼けるかは知らない。しかし、大地なら殴って無力化しかねないと考えたのだろう。だから斬撃に炎を付与した。(カイ)の強度と合わせて、情報破壊を無理矢理内側にまでねじ込んだ。

 

「洒落にならんな!」

 

 今までとは比べものにならないペースで、腕が削られていく。しかも炎を纏った斬撃の中には、情報破壊を付与せず単なる炎、つまり威力だけを爆発的に上げたものも混ざっていた。このせいで、魂の情報に歯抜けが作られていく。この術式相手には式神の強度も意味を成さず、それが余計にダメージを加速させる。

 大地は反転術式を走らせた。肉体に対してもそうだが、それ以上に()へ向けて。これで失われた情報を補填――というよりは再生産か――していく。が、これははっきりと泥縄だった。

 魂の復元には、肉体を戻すのに必要な呪力の数倍から十数倍必要だ。当然だろう、無から有を生み出しているのだから。しかも遅い。どうしったて消失するペースの方が早かった。

 

(ならば)

 

 目を覆いたくなるほどの敗勢。しかし大地の精神は、この上なく澄んでいた。

 

(今この瞬間、それ以上に強くなる!)

 

 対処すべきは、情報破壊と向上した破壊力。つまり情報強度を上げつつ、身体能力もさらに向上させなければならない。これはもう、進歩ではなく進化だ。

 だが。

 宿儺はこの戦いの中で、できるようになったと言った。奴ができる事を、自分ができないわけがない。才能と積み重ねという意味で、負けていないという自負があるのだから。

 悩むような事はなかった。手本は目の前に存在する。

 即興ででっちあげる事など考えない。半端な力は、容易く砕かれるだろう。形にならず死んだとしたら、所詮自分はそれまでの男だったというだけ。何より優先すべきは完成度。無双を誇る近接戦闘をさらに高める事。

 

「……む?」

 

 宿儺の小さな呟きと困惑。

 ほとんど達磨みたくなっていた大地の体。再生能力より破壊力が勝っていたそれが、いきなり逆転した。

 大地は一つの仮説を立てた。宿儺の炎は、本質に情報破壊はない。あれは拡張術式による効果、つまり大部分を本人の資質によって成立させている力だと。何でも切る斬撃に、あらゆる要素を虚無にまで戻す炎。片方でも成立できる術式がないだろうに、両方となればいよいよあり得ない。術式とは、そこまで便利ではないのだ。あくまで人間に宿る一要素でしかない。

 ならどうやって成立させたか。

 世界を断つ斬撃は、宿儺が静止した世界を学習することによって会得した。ならば炎の情報破壊も、そうしたのではないだろうか。

 宿儺は魂を知覚し、その精度たるや、悟や以前の大地以上だった。魂という情報を理論的に理解できるならば、それと反発する術式も編み出せるはず。

 苦笑した。自分は重要な事を何も分かっていなかったと突きつけられたからだ。魂を観測する能力は、宿儺に追いついた。しかし、それだけ。向上した魂の観測技能を全く生かし切れていなかった。

 高度な魂の知覚というベースを()()向ける。そして、御三家秘伝である落花の情。最後に、領域展延。

 領域展延は、領域を肌一枚レベルに張り、なおかつそこに空白を作って術式を流す技術だ。大地が持つ基礎技能の一つである。これは正確に言うと領域展延に似た技術である。通常は展延と術式を同時に行使できない。

 何が言いたいかと言うと、展延には術式というプログラムを流す余地があるのだ。

 魂が破壊されても、元の形は大地自身が憶えている。展延は術式を流しつつ、より堅固に。そして領域展延に、元の肉体というプログラムを流し込む。

 これにより、大地は全体的な能力を向上させつつも()()()()()()()()()()()()()()()()()()事が可能となった。魂の知覚を活かす方法を学んだ事により得た、呪術師のネクストステージ。

 

「もう領域展延とは呼べないな。かといっていい呼び名も思いつかないが」

 

 斬撃も、炎も、情報破壊も……何もかもを粉砕しながら、大地が呟く。

 これは一つの究極だ。

 もう「過去に誰一人も」ではない。過去未来、永劫誰にも追いつくことの出来ない近接戦闘最強の鬼神。

 今までずっと、実力では宿儺に後塵を拝していた。偏った能力を最大限活かす立ち回りをする事で、なんとか食らい付いていたが。しかしここで天童大地は、ついに宿儺へと並ぶ――

 

「宿儺ァァァ!」

「天童大地ィィィ!」

 

 存在しない手足で、ひたすらに斬撃を殴る。今までにない速度と威力のラッシュが、刃の津波を掻い潜った。

 ただでさえ無茶をしている二重領域展開。その上でさらに、宿儺は放つ斬撃を増やした。処理能力はとっくに限界を超え、顔のあらゆる場所から血を流している。

 両者の距離が近づくにつれて、戦場そのものがコンパクトになっていく。同時に、少しずつ差が出始めた。

 どちらも自分の得意を思い切り伸ばしたのには変わりない。しかし、大地はあくまで己の体、および式神だけを起点とした進化。大して宿儺は、領域展開に依っている。近づく度に領域の要件を変更し、範囲を狭めて密度を増しているのだ。その分、負担が大きい。

 

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄アアアァァァァァァ!」

 

 勝つにしても負けるにしても、これが最後――

 ならばと。大地はこの瞬間、せこい生存策を捨てた。つまりは、反転術式の停止。自滅を覚悟で、全ての力を突破に回した。

 それを見た宿儺もまた、決断をする。最早距離を開けながら戦うなどと言うことは考えない。その場に止まって、呪詞、掌印、舞い、楽、呪術に必要な全ての要素を注ぎ込み、死力を賭した迎撃を開始。

 宿儺の式神も狙われる事を恐れず、位置は違えど、ほとんど宿儺から平行する位置にいた。対象までの距離差を無くし、着弾時間に寸分のずれも許さない。闇雲に乱射しているように見えて、その実、斬撃全てに意味が込められている。ただの乱れ打ちなら、とっくに勝負はついていただろう。

 刃が砕ける甲高い音。肉が潰され、悲鳴を上げる。領域展延で作った部位からは、攻撃が当たる度に何かがたわむような異音が響いた。目に見えた破壊と破滅の連鎖、にも関わらず、二人は一瞬たりとも集中力を途切れさせない。

 元々目をつぶりたくなるほどに多かった黒閃。あまりに増えたため、黒閃同士のぶつかり合いが頻発する。余波が先ほどより小さいのは、二人の呪力が遙かに高度化したからか。

 もしくは、洗練された呪力のぶつかり合いに、現象が負け始めた。過黒閃衝突現象は先ほどの、ほぼ円形に広がるものではなく、衝突面から直角方向へ楕円に歪んだ形状となっている。

 呪力学の常識に当てはめれば、あり得ない状況だ。しかし学者がどれだけあり得ないと叫ぼうが、現実がそれを超越している。どんな分野でもままあることだ。

 後はもっとシンプルに。本来は人が実現可能である領域ではないのかもしれない。

 

URRRRRYYYYYYY(ウリリリリリィィィィィィィ)!!」

 

 尚も。天童大地は止まらない。

 黒閃が発生しすぎ、空間は歪んだまま固定される。幾度も黒閃同士のぶつかり合いが発生しており、二人の体は穴だらけになっていた。それでも反転術式の再起動という弱気は起こさない。己が歩んできた全てをここに集結させる。

 すでにそこは、現世とは言えないどこかだ。光景がどうとかいう以上に、法則が歪んでいる。さんざん化け物二人の暴力に晒されて、この世にある普遍的な法則を保てなくなっていた。言うなればそこは、現世を塗り替えた呪いの世界。

 破滅の嵐同士が近づいていき、いよいよ接触するのではという一歩手前。

 大地は必殺を考えていた。宿儺もそれを予測し、必殺を覆す一撃を蓄える。

 

「無駄無駄無駄無駄! 無駄ァァ!!」

「“龍鱗”“反発”“番いの流星”――“明星の終焉”」

 

 時間停止を行いながらの突撃。それに合わせて、宿儺が呪詞をさらに追加した世界を断つ斬撃を放った。

 静止する世界は砕かれ、大地の体が上下半分に両断される。反転術式を切っているというのを抜いても、情報破壊の一撃だ。即死して然るべき損傷である。

 しかし。大地もまた、宿儺ならばやってみせると思っていたが故に。

 ()()()()()での瞬間移動。背中を呪力で吹き飛ばす事による、不安定な推進をして。

 彼我の距離、10メートル弱。式神の射程距離に潜り込んで、腕を引き絞った。不安定な姿勢の為、頭には触れられそうになかったが、問題ない。そういった場合の事も考えている。

 魂の知覚を応用した情報破壊攻撃が、あくまで術式に内包されているのではなく、拡張術式というのならば。大地にも同じ事が出来ない道理などないのだ。

 彼の拳もまた情報破壊を纏い、宿儺の心臓を貫いていた。

 

 

 

 その場所はひたすらに静かだった。

 辺り一面には何もない。本当に、文字通り何もなかった。地中深く抉れたクレーターがあるだけ。それこそ風のせせらぎ、枝葉がすれる音一つしない。景色がぐちゃぐちゃにかき回され、そこにいるだけで気分が悪くなるが、その程度。

 一体何をしたらこうなるのか、と男は嘆息した。黒閃同士のぶつかり合いというのは、世界すらも歪めるらしい。本当に、こんな所へ割って入る羽目にならくて良かった、と心底安堵した。化け物は化け物とだけ戦っていればいいのだ。人間が嘴を突っ込んでいい問題ではない。

 一人ならば奇跡と言えた。しかし二人、天与呪縛やら六眼やらといったものがない、ただ才能があるだけの人間がここまで至った。ある意味これは、世界のバグであり恐怖そのものだ。追究すれば誰でもたどり着いて()()()可能性がある。

 どうも世界の恐怖というのは、結構その辺に転がっているらしい。

 

「こん中入って本当に大丈夫だろうな……」

 

 ぼやきながら、おっかなびっくり足を進める。ここは最早異界と言っていいのだ。入っただけで即死しても驚かない。

 いくらか進んだ所に、死体が二つ転がっていた。いや、正確に言えば、本当ならば死んでいなければいけないにも関わらず、何故かまだ命を保っている肉の塊が二つだ。

 片や体が上下に分かれていて、片や胸の中心を背中まで貫通する大穴が空いている。正直に言って、それらの致命的な損傷を抜きにしても、死んでいなければおかしいほどの大怪我を負っている。これでまだ生命活動を停止していないのだから、なんと言うべきか。彼でなくとも、ゴキブリの親戚か何かかと思おうというものだ。いや、ゴキブリでもこんな状態なら死んでいるか。

 

「近づきたくねぇー」

 

 ぼやくが、大見得を切った以上、このままとんずらという訳にもいかない。非常に嫌々近づく。

 二人まであと十歩ほどという所まで近づいて、化け物の片割れ――宿儺――が目を開いた。苦しげな様子はない。が、弱々しくはあった。とてもではないが、つい先ほどまで、日本を消滅させる勢いで戦っていた男の片割れとは思えない。

 宿儺は近づいてくる男をちらりと見ると、嘆息するでもなく淡々と告げた。

 

「俺を殺しに来たか」

「まあな。そういう依頼……まあ依頼って訳でもねえが、とにかく注文でね。悪ぃな。どうも俺は昔から、こういうおいしいとこ取りが上手いみたいでよ」

 

 皮肉と自虐を半々にして、男――伏黒甚爾は釈魂刀を抜く。

 

「魂を斬る剣か」

「知ってんのかよ。博識だねえ」

「昔、手に取ったことがある。俺には無用だから捨てたがな」

 

 釈魂刀は観測した存在の切断が可能という特性を持っている。魂を認識できれば魂を、空間を認識できれば空間を斬ると言った具合に。

 特性を知りつつ無用という事は、魂の知覚ができる上で、それを斬る能力すら持っているという事だ。

 うへぇ、と甚爾は息を吐いた。なんでこう悟といい、最強と呼べるレベルの存在は、当たり前のように物理法則すら無視するのか。人間だろうが化け物だろうが、とにかく出来ないことは出来ず、生物なんだから致命傷を負ったら死んどけ、と内心で毒づく。

 

「ま、遺言くらいなら聞いてやるけど、何かあるか?」

「要らん」

 

 つまらなさそうに、宿儺。言葉は、本当に心底からだと思えた。

 

「俺は燃え尽きる事ができた。残りは全て蛇足だ」

「いい生き方だな。俺もそう言って死にたかったよ」

 

 皮肉ではない。彼にしては珍しい、嘘偽りのない本音だった。伏黒甚爾は、死ぬには悔いを残しすぎている。そんなことに死んでから気がついた間抜けな男だ。

 そう言えば……と、宿儺は落とし物を拾うような気軽さで続ける。

 

「いや、天童大地に言付けを頼もうとするか」

「天童……?」

 

 誰だか分からないという訳ではない。直毘人から名前は聞いていたのだし。そもそも、流れからして該当者は一人しか居ない。

 問題は……

 

「いや、死ぬだろ」

 

 半分どころか九割死んでいる、まだ死体ではないだけの男をちらりと見た。下半身が泣き別れ、うつ伏せの状態で血だまりに沈む姿を見て、まだ生きているという判断をする者はいないだろう。

 

「死なん」

 

 しかし、宿儺は即答した。

 

「俺に勝った男だ。この程度では死なぬ」

「いいとこ相打ちじゃねえか?」

「……くくっ。まあ勝利だろうと相打ちだろうと、どちらでもいい。奴は生き残るぞ。理解できぬのなら、貴様はその程度というだけだ」

 

 甚爾は少しだけ、頬を掻いた。

 どうやら確信があるらしい。これを言っているのが宿儺以外ならば、鼻で笑ってやるのだが。多分、化け物にしか分からないレベルの話なのだろう。そうなってしまうと、化け物よりというだけの凡人である甚爾には、何も言えない。

 

「聞くだけは聞いとく。伝えられるかはわかんねえけど」

 

 言葉は、それまで自分の存在を保っていられるか分からないという意味だったのだが。伝わったかどうかは不明だ。大地は死ぬと当て込んでいると思われているかもしれないし、案外、伏黒甚爾という存在の全てを理解しているかも知れない。

 

「生まれ変わってまた()ろう、と」

「輪廻転生ねえ。仏教的だな。仏も殺しそうな奴から、まさかロマンが聞けるとは思わなかったよ」

 

 どう言ったものかと悩んで、とりあえず思いついた事を口にした。

 

「お前はどう控えめに見ても地獄行きじゃねーかな」

「関係ない。神を殺す()()は掴んだ。俺の前に立ち塞がるなら、閻魔だろうと殺すまで」

「マジで出来そうな事言うんじゃねーよ。怖えぞ」

 

 閻魔大王を殺した勢いで魂のまま現世に復活し、再び狂乱を起こす。それくらいやってみせそうな男ではあった。

 

「これで全てだな。悔いは無い。()るがいい」

 

 しようと思えば、悪あがきくらいできるだろうに。そぶりすら見せない宿儺の様子が、少しうらやましかった。

 どこかで何かが違っていれば――あるいは何も間違っていなければ、自分もそうやって死ねたかも知れない。禪院家を出たことに後悔はない。だが、禪院家ごと呪術師に昏い感情を持って生きてきた事までは、肯定できなかった。

 考えを、甚爾は小さくかぶりを振って振り払う。

 強者には共通する憂鬱が存在する。結局の所、伏黒甚爾はそれに負けて、宿儺は勝った。それだけの話。ただただ自分の弱さに直面するだけ。

 

「……じゃあな」

 

 魂を捉えながら、釈魂刀を連続で振るう。宿儺の頭部をみじん切りにした。

 観測に狂いなく、付随する魂を刻んだという感触があった。これで宿儺が魂魄をも超越する存在でない限り、復活がなければ呪霊に転ずる事もない。

 上から人が降ってきたのは、釈魂刀を納刀するのとほとんど同時だった。彼は眉をひそめて、こちらを見てくる。

 

「あんた、伏黒甚爾か? なんでここにいる?」

「あ? 誰だよオマエ」

 

 言ってから気付いた。これは五条悟だ。どうやら10年という月日は、まだケツの青かった少年を見分けがつかないほど成長させるのに十分な時間だったらしい。

 

「いや、お前はどうでもいい。宿儺は、大地は!」

「宿儺は今、俺が斬った。天童大地はそこで、ほとんど死人やってる。見えてるとは思うが一応な」

 

 全身が石化して、ぼろぼろと崩れ始めた遺体と、近くに転がっている何故か死んでいない奴を順番に指さす。

 後から示された方を見て、五条悟は青ざめた。人間を主張するならば素直に死んでおけ、というような惨状なのだから仕方ない。

 

「大地!」

「まだ死んでねえぞ。一応だが」

 

 本当に何故か、と余計な一言を足しそうになって、口をつぐんだ。あらゆる意味で出すべきではない言葉だったから。

 別に皮肉ってやるほど、五条悟が憎い訳でもなし。

 

「先生!」

 

 と、今度やってきたのは見知らぬ優男。年齢は、自分を殺した頃の悟と同じくらいだな、と甚爾は大雑把に当たりを付けた。本人から感じる幼さや青臭さもどっこいである。

 

「憂太、丁度いい所に! 大地に反転術式! 早く!」

「…………! 天童君!」

(うへぇ……)

 

 体に手を当てて、あっさりと他者に反転術式を出力する憂太とやら。その姿を見て、甚爾は思わず呻いた。

 反転術式を出力できる才能がある者は少ない。これは才能だけの話で、そもそも反転術式を会得できる程呪術を極めた者からして少ないのだ。実際、無数の呪術師を殺してきた甚爾ですら、始めている異能だ。

 

「治……らない!」

「なんで? 何か足りないのか?」

「分かりません。何か、肉体の復元に()()()が生じます。特に下半身は止血が精一杯で」

「おい」

 

 声をかけると、悟が強く睨みやってきた。

 

「なんだよ。今お前の相手をしてる暇ないんだよね。後でいくらでも遊んでやるから、そこで大人しくしてろ」

「誰がオマエなんぞと遊びたがるんだよアホ。そうじゃなくて、宿儺はどうも魂を攻撃する方法があったみたいだぞ。歯抜けって、それで魂が欠けてるから治んねえんじゃねえか?」

「ハァ!?」

 

 全く意味が分からない、といった様子の悟に、こればかりはと甚爾も同意した。

 

「じゃあどうしろってんだ!」

「俺に当たるなよ」

 

 まるっきりのとばっちりに、呟くしかない甚爾。

 絶叫している二人を、彼は冷めた目で見ていた。人間死ぬときは死ぬんだから諦めればいいのに。

 

「あ」

 

 と。そこで宿儺の言葉を思い出す。

 

「今度は何だ!」

「いや。んー……」

「何でもいいから言えよ!」

 

 怒鳴られながら、疑問に思う。五条悟はこんなに面倒くさい奴だっただろうか。少なくとも甚爾の知る彼は、もっと生死にドライだったと思うのだが。

 

「宿儺が、ソイツは生き残るっつってたな。自力でなんとかする術があるんじゃねえ?」

「それだ! 憂太、大地をひっくり返して!」

「はい!」

「おいおい……」

 

 真に受けるなよ、と言いたかったが。聞く耳を持つ状態ではない。

 仰向けになった大地を、悟がかなり容赦なくビンタしていた。

 

「起きろ大地! 寝たら死ぬぞ!」

「大地君! 頼むから起きて!」

 

 大分無茶を言っている二人を尻目に、甚爾は佇んで。

 そろそろ無視できないほど、体が軽くなっていた。重量の話ではない。仮初めの肉体から、それを維持するためのエネルギーとも言うべきものが足りなくなっている。

 どうやら術式の発信源は宿儺だったらしい。彼が死んだことで供給がなくなり、残滓も今、尽きかけている。

 

「五条悟」

 

 何かを言われる前に、釈魂刀を投げた。咄嗟に悟が受け止める。

 

「ジジイからの借り物だ。返しとけ」

「はぁ? 何言ってんの。僕が受け取ったんだから五条家(ウチ)のもんに決まってるじゃん」

「お前、つくづくクソ野郎だな」

 

 まあ、それがらしいと言えばらしい。ある意味、変に大人ぶらなくて安心した。人間にそうそう変わられては、死ぬまでクズだった甚爾の立つ瀬が無い。

 必死になって大地の蘇生を試みる二人を見ながら、体が消えゆくのを感じる。

 そう言えば、宿儺の遺言を伝え忘れていた。だがまあ、言う必要もないだろう。多分だがこれは、言付けを預かった自分と天童大地以外に、聞かれていい話ではない。

 完全に意識が消える寸前、大地のまぶたが動いた気がしたが。まあ、それ以降は甚爾は知らないし、知る由もない事だった。

 

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