だいたい殴れば解決する   作:三回転半ドリル土下座

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エピローグ

 ――七ヶ月後――

 

 

 

「ははは! 強ぇ! クッソ強ぇぞ! 悪くねえじゃねえか!」

「お前も中々いいぞ、鹿紫雲。俺が今まで戦った中でも五指に数えてやれる」

 

 獣が如き形相となった鹿紫雲が、尋常でない速度で走り回る。しかし、それ以上の速度で、大地は追い詰めていた。

 半径二キロは呪術師以外存在しない修練場に、雷光が所狭しと走り回る。が、逆に言えば目の前の一人に集中できていないという意味であった。やはり鹿紫雲はまだ、術式の扱いに慣れていない。

 自分の方へやってくる雷撃だけを的確に打ち落とす。宿儺との戦いで憶えた、情報破壊の攻撃は使用しない。あれは冗談抜きで、この世を滅ぼしかねない技術なのだ。だから、雷を殴り飛ばしているのはただのパワーである。端から見ると大分意味不明な物言いなのだが、本当なのだから仕方ない。

 ただ、黒閃だけはやたらと出るようになってしまった。出すつもりがなくとも、大体攻撃の二割弱が黒閃となってしまう。強くなったと言えば聞こえはいいが、実情は上昇した力を制御できていないのであり。かなり危なっかしい状態であった。また修行のし直しである。

 現状大地は、不意の黒閃が当たっても死なない相手(つまり一定以上の耐久力があり、かつ反転術式の使い手)としか組み手をできなかった。

 鹿紫雲は確かに強い。が、宿儺と死闘を繰り広げた後では、流石に物足りなさを感じた。誤解を恐れずはっきり言えば、時間を掛けるほど価値のある相手ではない。

 隙を見て雷撃を時に弾き、時に掻い潜り接近。棍による接近戦を企んできたが、それも脅威ではない。技術だけで言えば、悟や憂太よりは上だろうが。前者に比べて呪力制御も出力も劣る上、呪力特性にも力を取られているため、根本的に力が足りなかった。

 棍を絡める……と見せかけて外側へ弾き、後ろへと抜ける。体ごと棍をひねって対処しようとしてくるが、その前に手刀が首へ落ちた。気絶はしないまでも、思い切り頭を揺らされて倒れ込む。

 それでもなんとか立ち上がろうとしたが、何をするより早く頭の横に踵を落とした。そこで降参という様に、鹿紫雲は体から力を抜く。

 

「くそっ。あっさり負けちまった」

「正直、お前じゃまだまだ物足りん」

 

 鹿紫雲はどこか拗ねたように座り直し、異形と化していた体が戻っていく。

 彼の術式は、生涯に一度しか使えないものだった。術式ではなく肉体側の問題で、術式は変形(メタモルフォーゼ)に類するタイプなのだが、体は変化に耐えられても復元には耐えられないという、いかにも中途半端なもの。おまけに反転術式でも戻しきれない。自然と、術式を解除すれば待っているのは死だった。

 大地はこれを惜しいと思い、復元にも耐えられる肉体に“書き換え”る。結果、鹿紫雲一はいくらでも術式を使用できるようになった。

 ただし、それで万事解決かと言えばそうでもなく。

 端的に言って、鹿紫雲一の“呪術師”としての精度は低かった。当然の話で、呪力の扱いは最高峰でも、術式の運用能力は最底辺。それこそ吉野順平にも劣る。

 という事で鹿紫雲は、術式習熟の最中だったのだが。我慢できずに戦い始めたのが、今試合のいきさつだ。

 

「おい、もっぺん戦れよ! 次は勝つ!」

「無理だよ。それに俺も用事がある」

「あ? なんだよ。日本の修復は終わったろ」

 

 山梨決戦以降、日本は滅亡の淵に立たされていた。というか事実上滅亡していた。

 ただでさえ死滅回游で滅亡一歩手前まで追い詰められていたのに、ダメ押しの火山連鎖噴火だ。宜なるかな。

 政治経済共にボロボロで、あとは如何にして穏当に国を倒すか、とういレベルにまで達してしまう。立て直しは最早不可能。ここで働いたのが、やはり呪術師だった。

 一番あてにできそうだったアメリカも、核ミサイルを撃ち込んだ時点で明確に『敵』であり。ましてや、曲がりなりにも日本が存続してしまったことで、やらかしを追究せざるをえなかった。

 これにはアメリカも混乱しており、核ミサイル発射の責任をどの程度まで追及するかが大きな問題になってしまう。時間を稼ぎながら、是非とも日本には滅んで貰わなければならなかった。そうでなくとも、周辺国からの追究が厳しい。これも当然で、核ミサイルを撃ちつつも迎撃され、さらに関係のない所で事件が収束した。明確に失敗をした上、回りには『故在ればミサイルを撃ち込む』というという恐怖をすり込んだのだ。少しでも矛先をそらしたい。

 そんな苦境の中で呪術師に求められたのは、示威と暗殺である。

 ただでさえ今の日本には、単独で核ミサイルを無力化する化け物が四人もいる(実態は違っても、外側からはそう見えるのだ)。その上、世界各地に一級術師を派遣し、対日本戦略過激派の高官を暗殺して回って貰った。これで各国の上層部は別の意味で恐怖を味わい、足並みが鈍る上、ずれにずれた。

 結局の所、どれだけ権力を持とうと人は人なのだ。振える力が大きくなったところで、本人が強くなったわけではない。ましてや隠れた上で防備を万全にした高官をピンポイントで殺し、しかも痕跡を残さないとなれば。誰も自分から『対日本戦略を』と声を上げたがらないのは当然だった。

 ほぼ全ての国が様子見を始め、やっと日本だった国を軟着陸させられる……と思った所で。総監部の依頼で、天童大地が動く。

 大地の極ノ番、“真実の上書き”という力は、すでに呪術師の中では公然の事実である。最早隠す理由もないとあって、総監部は日本再興計画を政府に打診した。無論、諸々の詳細は伏せてだが。

 彼の力により、少なくとも物質的には渋谷事変以前まで戻す事が可能だと分かった。散々人外魔境を見せられた内閣府も驚いたし、絶句するしかない。これにより日本滅亡計画は復興計画へと舵を変更し始めた。

 ――それから七ヶ月。やっと日本全土の復元が終わったところである。

 問題はまだ多い。日本の人口は二割近く減っているし、経済力もお話にならないレベル。現在の呪術師を利用した砲艦外交じみた真似がいつまで続くかも分からない。ただ一つ、前向きな話があるとすれば。もう落ちる所まで落ちたので、これからは上り調子という点だけだ。

 実際、日本の修復、もとい“書き換え”が終わってからは、国外に逃げていた者が徐々に戻り始めている。まあそれはそれで、日本に残らざるをえなかった者との軋轢が問題になっているのだが……

 つまるところ。

 未だ民間レベルの話でしかないが。最悪と最強の呪術師が手を組み、人類を滅ぼそうとした話は。徐々に過去のものへとなりつつあった。

 大地が去り始めた後も、鹿紫雲は動く様子がない。このまま術式の訓練をするつもりだろう。

 

「天童」

 

 歩いていると、今まで訓練の観察をしていた一人――与幸吉が近づいてきて、タオルとバインダーを投げてきた。バインダーの方はやたらに分厚く、大地を辟易とさせる。

 お飾りの当主と言っても、やるべき事は多い。

 あまり熱心ではない事を理解されているからか、周囲からは相変わらず天童と認識されていた。彼としてもその方が楽なので、とやかく言うつもりはない。たまに禪院家の者がちくちく苦言を呈していたりはするが。

 幸吉は、大地の秘書みたいな事をしていた。これは禪院家が、かなり本気で東堂葵と与幸吉の取り込みを始めた為だ。

 まだ人の不安は大きく、呪霊の発生件数は高いままだ。その上、対外戦略に自衛隊や警察との連携にと、一級を遊ばせておく暇はない。そんな状態でも彼がここにいるという事が、どれだけ禪院家が本気かを示している。まあこれは、死滅回游で一番働いていた男への休暇という意味もあった。

 ちなみに葵は普通に働いている。彼は基本、禪院家(というか呪術界の旧家全般)を嫌っているが、直毘人とは話が合う様子。彼の指示だけは(比較的)よく聞くようだ。

 

「いつも悪いな」

「これくらい構わん」

 

 軽く挨拶をして、バインダーに目を通す。最初に入ってきたのは、主要游者(プレイヤー)の処遇だった。

 彼らについて、つい最近まで棚上げしてきた――もといせざるを得なかった大きな問題がある。概ね殺人についてだ。

 厄介な問題ではある。日本としては間違いなく危険因子だが、全員を精査するのは現実的ではない。ましてや逮捕に呪術師の力を借りねばならないとあっては、捕らえるのも難しいような状態だ。死滅回游という非日常空間、過去の人間が復活したというのも相まって、はっきり言うと誰も触れたくない問題だったのである。その中には多分に、決定した者が恨まれるという要因もあっただろう。呪術師の暗殺を一番多く見てきたのが日本だけに、脅威を最も理解しているのもまた政府だ。

 最終的な結論は、全て見なかったことにする、だ。戸籍だけ登録し、今後罪を犯さない限りは何もしない。ただし呪術師として登録し、管理下にだけは置く。

 彼らの身の振り方は様々。

 鹿紫雲一と石流龍は禪院家の客分として所属。概ね戦闘狂が集まり、好き勝手に日々を生きている。

 レジィ・スターを主とした黄櫨折と針千鈞は、加茂家に身を寄せた。加茂家は今回の一件で一番力を落とした御三家であり、現在でもギリギリ除名されていないといったレベルである。しかしこれを逆に好機とし、上手く支えれば大きな立場を得られると考えたようだ。事実、憲紀はレジィ・スターに頭が上がっていない。

 唯一五条家についたのがドルゥヴ・ラクダワラで、彼の心境は誰も知らなかった。ただ何か企みはあるようで、悟が目を光らせている。

 游者(プレイヤー)全員が呪術界に入ったわけではない。

 例えば日車寛見は外部協力者として、呪術師の顧問弁護士になった。緊急時には動員されるだろうが、そもそも彼の能力は対人に特化しすぎているという事で、あまり期待されてはいない。本人の希望で、呪詛師に対しても基本的にはかり出されなかった。

 髙羽史彦は誰もが予想した通り、芸人の世界に戻る。世界初の呪術師芸人という事で、それなりに注目されているようだ。ここで客を引き留められるかどうかは彼次第。術式を上手く使っているので、楽しんでいる人は多いのだとか。

 ただ。残念なのは、約束を果たしてくれる日はまだ遠そうだという事だった。ピン芸人も楽しいが、それはそれとして相方が見つからない、と嘆くメールが届いている。

 そう言えば、と思い出す。

 来栖華。何故か宿儺包囲網に参加し、何をしたいのだか最後まで分からなかった游者(プレイヤー)。彼女はいつのまにか呪術高専東京校に入学していた。伏黒恵がやたら寄りつかれているようで、鬱陶しいからなんとかしてくれと大地にまで話が来た。知らんがな、自分でなんとかしろ。

 最後の一人はどうでもいいが。概ね、想定の範疇に収まったと言える。一人の例外を除いて。

 

「烏鷺亨子は九十九について行った、か……」

「一応引き留めてはみたんだがな。はね除けられた」

 

 游者(プレイヤー)の中でもトップクラスにややこしい経歴を持つ女、烏鷺亨子。結局彼女は組織に所属する事を良しとせず、自由人の九十九由基に着いたらしい。

 日本政府としては、気が気ではなかったものの。元々彼女の元には夏油傑の残党がおり、駆け込み寺という側面があった。下手に行方を眩まされるよりは、九十九由基の元で一括管理されていた方が百倍マシ、というのが呪術師の総意だ。

 ちなみに由基は「全部の戦いに出遅れた……」とぼやき、少しばかり拗ねていたが。まあこれは完全な余談だろう。

 ……後は。書類の上では語られない存在として、美々子と菜々子の姉妹がいる。

 彼女達は夏油傑の弔いを済ませた後、姿をくらました。行方は知れなかったし、誰も探そうとしていない。たまに夏油傑の墓を覗くと、綺麗に掃除されているので生きてはいるようだが。多分、二度と表舞台には出てこないだろう。

 大地はページをめくると、眉をひそめた。

 

「これ、まだやってんのか」

「俺としては、なんで我関せずでいられるのかって思うんだがな」

 

 そこに記されているのは、悟および総監部から別個に送られてきた嘆願書だった。内容は呪術規定について。

 呪術の存在が全世界に明かされた事で、呪術規定の内容は変更を余儀なくされた。これは分かりきっている。問題はどうするかで紛糾し、未だ結論がでていない事だ。

 元の規定を下地に、なるべく内容を変えたくない旧来からの総監部。いっそのこと全部刷新しろと要求を突きつける悟。この間で今に至るまで、理性的な会話からただの罵り合いまで続いている。

 実のところ悟は、総監部が決定した暗殺者派遣にも強く嫌悪を示していた。知った時にはすでに手遅れであったので、今後このような事がないようにするしかないのである。

 夜蛾正道と楽巌寺嘉伸が消極的に改革へ同意しており、おかげで五条家を毛嫌いしてる直毘人が緩衝材にならざるをえなくなっていた。このことについて、彼はめちゃくちゃぼやいている。

 かわいそうだとは思うが、力になろうとまではしなかった。悟に関わると大体誰もがそういう目に合うので、今後も頑張って欲しい。多分このままだと、あと一年くらいは争っているのではないかな、と大地は思っていた。まあそれくらい期間があれば、折衷案くらい思いつくだろう。多分、きっと。

 

「そもそもあんたが片方に同意すれば、一発で決まる話だろう」

「そうならないために、俺は中立を保ってるんだよ」

「なんで」

 

 憮然と問われながらも、大地は肩をすくめて答えた。

 

「俺は呪術界なんて心底どうでもいいと思ってる。世の中の重大な決断を左右すべき人間じゃないのさ」

 

 幸吉は、いまいち納得しかねると言った様子だ。

 仕方がない。極めて個人的な主義なのだから。理解を求めない代わりに何も要求しないのだから、それで勘弁して欲しい。

 残りのページもぱらぱらと見たが、これらはただの報告で、大地とはほとんど関係ないようだった。知って置いてくれというだけの内容だ。

 バインダーを返し、タオルは肩に載せ直す。

 

「あれだ、今日くらいつまらない話は勘弁してくれ。せっかく久々に大暴れできるんだから、水を差されたくない」

 

 

 

 呪術師には“(サイ)”という儀式がある。といってもこれは呪術的に意味があるものではなく、文字通りお祭りに近いものだ。

 意味はなくとも伝統は無駄にあるので、観覧席はそれなりに設えてある。

 呪術師の主催という事で、序列はしっかりと影響していた。前回は中心を五条家が占拠していたが、今回からは禪院家の席である。直哉が政権を押えるのに精力的だった上、総監部に入った直毘人の影響もかなり大きい。

 悟復活の間までにしっかり地盤を固めていたため、最低でも向こう20年は禪院家の天下だと予想されている。ここから巻き返せるか、それとも禪院家一強の時代がくるかは、他の家にかかっていた。

 大座敷に座っているのは三人。甚壱、直哉、そして真希だ。

 真希の後ろには、無理矢理連れてこられたであろう真依がふて腐れた顔をしている。さらにその横で、真依に無理矢理連れてこられただろう霞が青ざめていた。

 結局、禪院扇は失脚した。忌庫に侵入された失敗を追求され、人望(元々なかった気もするが)と探究心を失ったのだ。その上、支持がない状態で真希の下克上が発生、地位を娘に譲る事となる。

 さすがに羂索相手では仕方が無いのだが、だからといって追求しない訳にもいかない。完全に泥を被った形だが……本人は案外、悪い状況だと思っていないらしかった。どうも本人の中では、順当に自分の立場が娘へ引き継がれている事になっていた様子。

 また、大地が長期政権を敷く気が無いのも公然の事実だ。次期当主には、直哉と真希の争いになっている。上手くすれば自分の血筋が当主に……などと皮算用しているようで、裏でこそこそ動いている。なんとも欲望に忠実な男である。

 当主争いと言っても、九割方は直哉なのに。真希が座るには、流石に実力差がありすぎる。人望は真希の方がある(男尊女卑極まっている禪院家で人望がない直哉が大概なのだが)ため、今後どれだけ実力を上げられるかにかかっているだろう。それでも四割には届かないと大地は見ている。死ぬほど仲が悪い二人だから、これからも争い続けるだろう。殺し合いにまでなったら、その時は止めればいい。

 禪院家から少し下がって、五条家と加茂家。

 五条家の方は、当たり前のように憂太が座らされていた。この際本格的に取り込み、五条分家の妻を娶らせる話もあったという。言葉にした者は即リカにぶっ飛ばされたとかなんとか。

 ともあれ自己主張の弱さもあいまって、断り切れていない様子。縁者扱いされて嫌な顔するくらいなら逃げればいいのに。

 観覧席の隅では、加茂家が縮こまっている。席数が大幅に減らされたため、人数の減った状態でも主要な人間を納め切れなさそうだ。最前列には当然憲紀がおり、その両脇を西宮桃とレジィ・スターが固めている。

 西宮家の代表として桃がいるのは分かる。が、レジィ・スターの存在はかなり予想外だった。

 元々、よりよい立場を求めて加茂家に潜り込んだレジィだが、すでに右腕となる程の存在感を示しているらしい。抜け目ないと思ってはいたが、それでも評価は足りなかったようだ。

 加茂家にとっては福音だろうが、ここで盛り返したい西宮家には目の上のたんこぶだった。実力もレジィ一味全員が軽く一級相当であるため、排除できない。今頃恐々としているだろう。下手をすれば加茂家に「レジィより下」と判断される。復権が遠のくわけだ。

 まあ加茂家も加茂家で、事実上レジィに支配されるのではという恐怖があろうだろうから、簡単に「こう」とはならないだろうが。

 ともあれ、加茂家は最盛期には遠く及ばないものの、順調に復興している。

 御三家から少々離れた席。そこも特殊であり、ある意味御三家以上に視線を集めている。

 大地はそちらに近寄って、挨拶をした(つまり御三家の席には近寄りたくなかった)。

 

「久しいな、(ブラザー)

「随分と力が板についているみたいではないか、大地(ブラザー)

 

 葵と手をたたき合う。こうして直接顔を合わせるのもいつぶりか。

 他にも錚々たるメンバーが揃っている。与幸吉、伏黒恵、鹿紫雲一、日車寛見。

 呪術が表世界に公開されると同時、呪術界は変わらざるをえなくなった。ひとまず変化を内外に知らしめたかった、総監部および御三家。何をどうするかで揉めているし、それは現在進行形である。

 安易には決められないが、しかし停滞を見せてしまうのはもっと不味い。そこで大地が議題に挙げ、とりあえず誰からも反対がなかったという事で通った案があった。

 新階級、準特級術師の誕生である。

 彼らは時間ないし環境限定で、特級術師と同じ働きが出来ると認められた者だ。一級以上に強さを追求すべき存在で、到達地点の向こう側と目され……もとい期待されている。

 ちなみに、日本としても戦力の誇示をしたかったため、この制度は大いに歓迎された。

 葵に続くように、四人も手を上げる。

 

「与はお前が最強だって言ってたんだ。証明してみろよ」

「どちらに肩入れするつもりもないが……まあ、頑張れ。応援している」

「最近あの人調子に乗ってるから、ちょっと痛い目見せてくれ」

 

 それぞれに手を叩き、最後の所でいったん手を止め。

 

「行ってくる」

「勝ち負けとかはどうでもいい。楽しんでこい」

 

 手を叩いて、中央へと向かう。

 “(サイ)”などと言っても、実のところ、大層なものではない。ただ御前試合に監視を付けただけである。

 “(サイ)”が本格的に開催されるようになったのは、六眼無下限と十種影法術が御前試合を行ってからだ。当たり前の話だが。もう二度と、御三家当主が相打ちで双方死亡などという事態は起こって欲しくなかったのである。

 共に当代最強で、歴代有数と思われていた術者。なのにたかだか()()()()()()()で、一気に二人も失ったのだ。呪術師の平均値が下がって呪霊にも呪詛師にも対処に困り、当たり前に、二度とこんなことが起きないよう取り決めをした。それが時間と共に形を変え、今では娯楽の一つとして“(サイ)”になった。その程度の話だ。

 もっと端的に、昔の人間が馬鹿やった結果こうなった、という認識だとして問題ない。誰が文句を付ける訳でもないのだし。

 所定の位置に立って……

 

「てか東京校来ねえな」

 

 早々に、大地はぼやいた。未だに東京校の生徒は一人も現れていない。

 先にやってきた日下部篤也新学長は顔を引きつらせているし、新任教師七海建人も青筋を立てている。庵歌姫はその近くで「あいつを信じるからよ」などと呟いていた。

 あとついでに、補助教員となった脹相が苛立っている。

 彼は結局寄る辺がなく、術式を考えれば加茂家所属が妥当だったのだが。本人がいろんな意味で嫌がり、無理矢理東京校に転がり込んだ。今は教員になるための勉強をしており、生徒からの評判は中々いい。

 ただまあ。悟の遅刻癖は、ギリギリ許される範囲ばかりであり。放っておけば……

 ずん、という音と共に土埃が立ち、そこに十数人の人間が現れた。

 

「やー、ごっめーん。遅くなった」

 

 思い切り遅刻した悟に、生徒の何人かが蹴りを入れていた。といっても、無下限で届かないが。

 

「先生! 応援してっからなー!」

「えっと、僕は一応天童君の応援で……」

「負けんじゃねーぞ! 天童ぶっ潰せ!」

「無理しないでねー。巻き添えとかマジ勘弁よホント」

「しゃけしゃけ」

「ちなみにこれ中継してっから。儲けさせてくれよ!」

「金ちゃん節操なーい」

 

 内一名は、顧問弁護士の寛見に睨まれていた。ちなみに、まだ新呪術規定も対呪術師の法律も改定前なので、違法になってしょっ引かれる可能性が高い。まあそもそも、呪術師どうのを抜いても普通に違法賭博だが。

 多少剣呑な空気の中、東京校席に向かいながら、悠仁がこちらに手を振ってきた。小さく振り返す。

 虎杖悠仁。かつては宿儺の器として、かなり厳しい目を向けられていた。

 現在では宿儺の呪縛から解放され、普通の術師として見られている。と言うには、少々語弊があるか。

 天性の身体能力。最近やっと使えるようになってきた、宿儺の術式。加えて、呪力に対する勘の良さ。これらの要因で、飛び抜けた存在として注目されている。

 特に御廚子は、運用方法は違えど宿儺という教本があるのだ。大地が最終決戦で使った姿を教え、成長も著しい。そこには悠仁の経過観察という意図もあったが……ともかく、次の準特級最有力候補と見なされていた。

 

(俺や悟が爆発的に成長したと思ったら、後ろからの追い上げも激しい。ホント世の中、何が起こるか分からないもんだ)

 

 歴史上類を見ない二強が揃った時代。そこから、歴史上類を見ない呪術師の質を誇る時代に変わりつつある。それが楽しくて仕方ない。

 軽い調子で正面に立つ悟も、きっと似たような感想を持っているだろう。

 

「よう悟。久しぶりだな」

「割と頻繁に会ってない?」

「こうしてガチるのが、だよ」

「あーね」

 

 ここ一年近く、戦う機会が無かった。

 以前は顔を見れば喧嘩を売りに行っていたのに。といっても、面倒臭がった悟が姿をくらますことも、それなりにあった。

 

「どうだ? 自分の魂の輪郭をつかめるようになったか?」

「それ先にネタバレしたら面白くないじゃん」

 

 宿儺との戦いで掴んだ“魂の核心”とも言うべきものは、悟にも伝えてある。これが分かるのと分からないのとでは、術式強度に大きな差が出てくるのだから。

 予想だが、魂の核心を掴んだ状態で張られる無限は、今の大地だって突破困難だろう。今のところ、自分以外に掴めていると確定している相手は、悠仁しかいない。

 

「そうだな。実際にやり合うまで取っておこう。俺はただブン殴るだけだ」

「ほどほどにしてよ? 直撃したら僕だって死んじゃうんだから」

「そう言うなよ。最近、鈍ってるんじゃないかって感じてるんだ。宿儺と以降、まともに戦ってなくてどうもな」

「他人で解消しようとするなってマジで。相変わらず危ない奴だな」

「お前だけだよ、そう言うのは。変態とか頭おかしいとかは頻繁に言われるが」

「もっと悪いじゃん」

 

 クソみたいな軽口で、共に笑い合う。

 人のことは言えない。大地の中でも、羂索の騒動は過去の出来事になりつつあった。

 だがそれでいいと思う。勝利とは多分、そういうものだ。

 大地が構える。これはいつものことだが、悟が構えるのは非常に珍しい事だった。彼は結構外見(ガワ)に拘るタイプで、あからさまな準備は「ダサい」と考え、基本はしない。構えるのは、本当にそうする必要がある相手だけだ。

 過去は色褪せていき、しかし決して忘れられず、その分だけ人は進んでいく。誰だってそれを、陳腐とも賢明とも名付けることが許されていた。

 大地は、あえてそれを調和と呼んだ。良くも悪くも、全てが収束する。当然のこととして、そこあるだけのものだ。現在とはその集大成で、未来とはこれから集めるもの。だから今を噛み締められる。

 試合開始の合図が鳴り、大地は一歩を踏み出した。

 




この後会場は観客を巻き込んで大破し、二人はしこたま怒られました。
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