だいたい殴れば解決する   作:三回転半ドリル土下座

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交流会団体戦4 与幸吉

 げぇ。パンダは思わず呻いていた。これが交流会でなければ口に出していたかもしれない。

 いきなり落ちてきたのは、髪の毛を茶筅状に結った男、与幸吉。それなりに経験を積んだ呪術師であれば、誰もが一度は世話になっているだろう。

 その名声に比べて、顔は驚くほど知られていない。というのも、いつもは傀儡端末である『究極(アルティメット)メカ丸』で駆けつけるからだ。どうでもいいが、ひっでえネーミングセンスだ。

 幸吉の精神年齢諸々はさておき、呪術師としては文句なしの超一流である。それこそ、パンダでは逆立ちしても勝てない。

 

「痛てて……」

 

 言葉に反し、体して痛がっている様子もなく、体についた土埃を払う。

 あまりにも無防備な姿に、一瞬、今のうちに攻めるべきかと考えた。が、すぐに思考を否定する。そんな気のない姿すら、ブラフである可能性が捨てきれない。

 

(なんて恐れてる時点で、もう精神的に負けてるんだよな)

 

 これがイケイケの術師なら、もっとガンガン攻めてるだろう。もっとも、そうできるのは強者の特権と言ってしまえばそれまでではある。

 あらかた汚れを落とし終えて、幸吉がこちらをちらりと見た。

 

「運悪く敵が居る場所に……いや、あいつは狙ってやったんだろうな」

「一つ聞きたいんだけど、なんで空飛んできたの?」

「天童に放り投げられた」

 

 なるほど、とうなずく。

 大方、悠仁と葵の戦いを邪魔しに入って、それが気に入らなかった大地に排除されたといった所だろう。あいつはそういう所がある。

 悪人ではないし、それなりに面倒見がいい人間でもあるのだが。特級呪術師の宿命とでも言うのか、頭の中身がどこか外れている。誰彼かまわずではないため、葵よりはましだ。そもそも葵が比較対象である時点で頭おかしいと言えばその通りではある。

 

「まあ、じゃあとりあえず、やるか」

(まずっ!)

 

 体を傾けたのは、危険を察知する前だった。怖気を感じるような打拳が側頭部を擦るように通過し言ったのを感じて、自分の判断が正しかったのを悟る。まともに食らっても死ぬ事こそなかっただろうが、一発で戦闘不能になっただろう事は想像に難くない。

 

(洒落にならんでしょ!)

 

 そのまま身をひねって距離を作る。幸いにも、追撃は来なかった。

 莫大な呪力に加えて、それを十全に生かし切る呪力操作。体術こそ負けるつもりはないが、逆に言えばそれ以外で対抗できそうな部分は何一つとしてない。通常、大きな呪力を持つ者は呪力操作がなおざりになりがちだが、彼からはそういった様子が一切見えなかった。

 葵や大地のように、精神的なむらっ気がなければ気分屋でもない。ひたすら職務に忠実で、嫌みなほどに堅実。おまけに傀儡操術は、どんな状況でも外れにならないと有力な生得術式だ。

 およそ一級と言われて誰もが想像する呪術師、それが与幸吉という人間。

 

「俺にどうしろってのマジで!」

 

 幸吉の鋭い打撃を、なんとか躱していく。

 見た目はどれもジャブみたいな軽い打撃だが、額面通りに受け取ってはいけない。呪力の流れがあまりにもスムーズすぎてどれが本命か判断できないというのもあるが、それ以上に、彼の打撃は絶対に受けてはいけないものだった。それこそ防御すら許されない。

 傀儡操術は、詳細が最も知られている呪術の一つだろう。詳細は至ってシンプル、呪力を流し込んだ対象を操る。人形に様々な機能を載せれば、それだけで一角の戦力だ。事実、彼の操るメカ丸は準一級の性能と評価されている。

 が、相手が人形ならまだいい方だ。直接対峙した場合の厄介さは比ではない。

 傀儡操術は物質に呪力を流し込み、操る。そこに無機物生物の区分はない。つまり、人間だろうが何だろうが、触れられれば操られてしまうのだ。格闘戦を挑んだ場合、防御不能な呪言師に早変わりする。パンダが頑なに回避を続けている理由がこれだった。

 欠点としては、あくまで傀儡操術が発動するのは、直接接触で呪力を流し込まれた場合に限る点だろう。そして、接触で注ぎ込んだ呪力以上を、遠隔で追加はできない。支配力を高めるには、再接触して追加で呪力を流し込まなければいけなかった。相手の呪力を自分の呪力で洗い流せるというのは、まあ傀儡操術に限った欠点ではないので置いておく。

 はっきり言って、攻撃手段のほぼ全てが近接戦闘なパンダとの相性は最悪だった。

 

(憂太みたいに呪力砲が撃てればなあ)

 

 などと思うが。

 あれは単純な呪力出力だけでも特級に数えられる力があってこそだし、そもそもポンポン撃てるものでもない。

 

(そもそもこっちから触っても大丈夫かすら解らないしなあ……)

 

 通常、呪力と術式の見分けは、効果が発揮されてからでもなければ見分けがつかない。ただ纏っている時点で解るのは、六眼の持ち主くらいだろう。

 ほとんどいないとはいえ、術式を纏っている術者というのは存在する。わかりやすいのは悟であり、彼は常時術式の防御を展開していた。まああれは極端な例だが、戦闘中にのみ限れば、不可能ではないと思う。

 曖昧な言葉になってしまうのは、それだけ一級呪術師というのが飛び抜けた存在だからだ。

 普通の術師にとって、到達点とは概ね二級である。二級の中でも強い術式を持っている者が準一級になれ、一級呪術師とは天才の領域だ。中規模の街くらい簡単に壊滅できる特級呪霊とタイマンを張れる、と言えば一級がある種の化け物だという事が解る。

 そんな相手ならば、こちらの打撃に合わせて呪術を流し込んでくるくらいするかもしれない、という安心と不安があった。

 

「棘ー! もしくは恵ー! 助けに来てくれー!」

 

 階級が上の人を呼んだというよりは、単純に直接触れず戦える相手を選んで呼ぶ。

 改めて考えると、東京校はどいつもこいつも「突っ込んで殴る」戦いしかできない奴ばかりだ。ひでえ脳筋集団である。いやまあ、人のことを言えた義理ではないが。それもこれも、五条悟ってやつの指導が悪いんだ。

 どれだけ悲鳴を上げたところで、誰かが駆けつけてくれる筈もなく。不意を突いて放たれた右回し蹴りを、左腕で受けてしまった。

 

「やっべ!」

 

 受けた腕が痺れる。パンダは呪骸であり、体の九割を構成しているのは綿だ。なので、ダメージで動けなくなるという事はまずない。

 問題は、かなり呪力のこもった攻撃を受けてしまった事であり。即座に左腕を押さえ込む。今この瞬間にでも、体の持ち主を裏切って攻撃してきてもおかしくないのだから。

 詰んだ――それを確信して、五秒、十秒……

 

「あり?」

 

 左腕は、未だに思い取り動いていた。

 念のため、腕に呪力を集中する。相手の呪力を洗い流すまでもなく、普通に呪力が通った。そもそも呪力を注入されていないのだと気づく。

 幸吉が、何やってんだコイツ、とでも言いたげな胡乱な視線を向けているのがどこか痛い。念のため聞いてみた。

 

「俺を操らないの?」

「お前、呪骸だろ。そんな奴に無理矢理呪力を流したら、どんな悪影響があるか分からん。交流会ごときでそこまでするつもりはない」

 

 どこか突き放したように言われ、疑問を感じる。なぜか、良く思われていないようだ。何か嫌われるような事をしただろうか。

 

「舐めプ?」

 

 思わず口を突いてしまう。今度は明確に、嫌そうな顔をされた。

 言いはしたものの、多分舐められているのとは違うだろうと確信していた。術式を使用してこないだけで、体術は普通に本気だと思える程度には強い。人形を使ってこない理由も、こじつけではあるがなくもない。恐らく、精密操作できるのは片手で数えられる程度だからだ。即応を求められている呪術師が、たかが学校のお祭りで枠を潰す。まあ、控えめに言って非効率的だ。それに、上層部も許さない。

 そもそも術式を使うならば、最初から使っていればいいのだ。開けつつも障害物の多い状況で、わざわざ格闘戦を選択する理由がない。そこらの物を術式で飛ばすだけで十分だ。

 となれば、心当たりがあるのは……

 

「さてはお前、やる気がないな?」

「真面目にはやっている。真面目には、な」

 

 回答は、どこか投げやりだった。呼応するように、呪力も心なしか萎む。

 

「まあ、元天与呪縛の一級なんて、普通に戦ったら俺なんて瞬殺だろ」

「そこまで知られてるのか……」

「知られてない訳ないだろ。言っとくけど、日本をまるごと覆える程広い術式なんて悟でもありえないから」

 

 そんな者がほいほいいたら、日本はとっくに終わっている。

 

「参考までに、どの程度知られている?」

「生得術式が傀儡操術で、一年とちょい前まで目立った活動はなし。天与呪縛っていうのは、まあ状況証拠だな。天童と遭遇して、呪縛が解除され、一気に活動範囲が広がった。この話で本当にヤバいのは、天与呪縛のデメリットだけ消してメリットを残した天童の方だが」

「概ね正解だ。ついでに言うなら、天童が何をしたかは話せない。“縛り”を結んでるからな」

「だろうよ」

 

 天与呪縛とは、謂わば生まれ持った呪いだ。絶対に解除できない。普通に考えれば、天与呪縛をどうにかした技術は切り札だろう(あの天童大地がそれを気にするような性格かはさておき)。真希の様子を見る限り、偶然でもないようだし。他言しないよう縛りを結ぶのは当然と言える。

 その割には、やったのが大地だという事は隠さなかったり、大分ガバガバだが。曲がりなりにも、今後禪院家秘伝の技となるだろうに。まあ、それこそあの大地が考慮するわけもないか。

 

「んで、今は天童派に所属していると」

「ふざけろ」

 

 幸吉は、憤懣やるかたないといった様子で目をむいた。

 

「俺に言われても……。周りからそう見られてるってだけだし」

「……そう見えないこともないか、クソッ」

(ため込んでるもんがあるんだろうなぁー)

 

 これだけ嫌そうにされると、何を言っていいかも分からない。何を言っても慰めにならないだろうな、とも思うし。

 

「確かに天童には借りがある。が、決して天童に与したわけではない。そこをよく理解しておけ」

「だから俺に言われても意味がないって言うに」

 

 そういった事情を一番気にしているのは上層部なのだ。という事は、ある意味彼が現状から抜け出すのは、通常の手段では不可能である。

 

「そもそもだ、俺が京都で何と言われてるか知ってるか?」

(あ、これ実は話聞いてないやつだな)

「東堂・天童係だぞ! ふざけるな! なんでもかんでも俺に押しつけやがって!」

「あー……ご愁傷様」

 

 なんだかよく分からない怒りで地団駄を踏み始める。よっぽど腹に据えかねていたのだろう。

 二人は、強さという一点だけにおいて、幸吉を遙か上回る名声がある。しかも双方、ゴリゴリの接近戦型。絡め手重視の傀儡操術で相手をするのは難しいだろう。ましてや格闘技術がパンダでもなんとか捌ける程度ではお話になるまい。

 正直、同情しかなかった。

 

「そもそもあいつら問題を起こしすぎなんだよ! せめて一般人に絡むのはやめろ! 事後処理が本当に大変なんだ!」

「マジご苦労様です」

 

 尻を拭いてやっているのが一番の問題では? と思ったが、指摘するのはやめた。逆ギレされそうで怖い。

 向こうの先生はどうしてるんだろう、と思ったが。京都校は最大の問題児二人を抜いても、癖の強そうな者が揃っている。生徒に生徒を押しつけるのは教師失格ではあるのだろうが、そうでもしないとやっていけないのだろう。

 教師って大変なんだなー、と、延々愚痴を吐き続ける幸吉に時折相づちを打ちながら思う。やっぱり無責任な立場が一番である。パンダ最高!

 幸吉は吐き出すだけ吐き出したからか、意気が急激に沈む。

 

「だから、交流会くらい気軽にやらせろ。疲れてるんだ……」

「まあ、こっちとしては願ったりだけど」

 

 深いため息を一つした後、幸吉は構え直した。その瞬間、パンダにびりっと稲妻が走る。

 何気ない所作。当人からしてみれば、特に気合いを入れただとかいう事はないのだろう。それでも一級呪術師。莫大な呪力もさることながら、極端に整頓された呪力は、気を引き締めさせるに十分だった。

 

「ついでだから言うが、俺がまともに動けるようになったのは去年からでな。正直に言って、まだ体の運用すら十分じゃない。丁度お前が接近戦型なんだ、一手ご教授願おうか」

「どってことない手合わせのお誘いなのに、一級に言われるとこんなに怖いんだなー」

 

 感覚としては、憂太と初めて会った時に近い。

 とはいえ、術式なしの戦いなら、そう分の悪い賭けではない。いくら出力や呪力の制御技能で劣ると言っても、格闘技術まで劣るとは欠片も思っていないのだ。全てを総合すれば、八対二で劣勢といった所だろう。

 話にならないと言われるかもしれないが、これでも勝ち目ゼロにくらべれば、十分善戦している。根本的に、準二級と一級を比べる時点でおかしな話なのだし。勝ちの目があるだけ有情というものだ。

 というか。

 

(あれ? これもしかしてパターン入ってる?)

 

 頭のおかしな二人は、悠仁が(なぜか)足止めに成功している。目下、一番厄介だと思われていた幸吉も、こうしてのんべんだらりと時間稼ぎ中だ。残った京都校の連中は、言い方は悪いが普通の術師ばかりである。

 相手のトップ3を抑えられた上に、数的利を得た。ついでに、相手にとって一番目障りであろう棘がフリーハンド。

 幸吉がほどよく気が抜けていて助かった。だからだろう、パンダも思わず口を滑らせてしまった。

 

「というか、なんでわざわざ俺? 京都校でそういうことしないの?」

「正気か?」

 

 ちょっとした疑問だったが、凄い真顔かつ迫真の表情で返された。

 

京都校(うち)で接近戦の妙手と言ったら天童か東堂かだぞ。あんなの相手にできるか」

「スマンかった」

 

 それはパンダでもごめんだ。というか誰であっても嫌がるだろう。大地など、悟ですら必要がない限り避けて通る相手だ。いろいろな意味で。

 ともかく、勝率が大幅に上がった。そこまで勝ちに拘っていたわけではないが、好んで負ける気もない。

 

「よーし、パンダさんちょっと頑張っちゃうぞー」

 

 言いながら拳を合わせた瞬間、パンダの体が肥大化した。胴体はスマートに、手足が太くなり、牙までむき出しになる。

 

「術式……いや、呪力そのものが変質してる。それがお前の、呪骸特性か」

「ご名答。やっぱ一級相手に直接見せたら隠せないな」

 

 ゴリラモード――パンダが持つ三つの魂の中で、一番格闘戦に向いた姿だ。これで基礎能力を底上げし、少しでも呪力出力差を埋める。

 パンダも構え、火蓋が切って落とされると思われたその時――

 二人は跳ね上げるように上を向いた。視線の遙か先から、漆黒が滲み出ている。

 

「帳?」

 

 なぜ、誰が、どんな目的で。一切理由は分からなかったが。

 ただ一つ、これが異常事態だという事だけは察知した。

 

 

 

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