だいたい殴れば解決する   作:三回転半ドリル土下座

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交流会団体戦6 姉妹

 真希が襲撃を察知して真っ先に行ったのは、退路の確保だった。

 恐らくだが、敵を倒すだけならば大地で事足りる。問題は、この襲撃に「学生くらいならこれくらいの強さであれば十分だろう」という使い手が多数いるだろう事だった。高度な帳は間違いなく呪詛師の手口であるし、最近は何かと呪詛師と呪霊の関係が臭い。最悪、悟が見たという特級呪霊を想定しなければいけなかった。さすがに、二体も三体もはいないと思いたいが。

 特級と戦えるのは一級のみ。この場で戦力として数えられるのは三人だ。となれば、彼らが全力で戦えるよう避難先を作る必要があった。

 真希は自分のことを、額面通りの四級呪術師だとは思っていない。だが、特級呪霊と戦えると思うほど驕ってもいなかった。悔しいが……大地や葵は遙か格上。共闘を考えるなど片腹痛い。

 

(悟の動きも鈍い。何をされてんだ?)

 

 どこかで足止めを食らっているのは確実だ。

 悟は確かに最強の術者だが、万能ではない。なりふり構わなければ(極端に難しくはあるが)時間稼ぎをすることは不可能と言えなかった。

 無下限呪術。高い応用性を持った生得術式であり、六眼と組み合わせれば正に強力無比だ。大雑把にだが、術式の内容も知られている。ざっくりと言えば、物理的にも概念的にも、圧縮もしくは縮小するという能力だ。意図的に空間的パラドクスを引き起こす力、と言い換えてもいい。

 それ自体に直接的な破壊力は宿りづらく、少なくとも真希の知る限り、破壊は二次的なものばかり。この直接的打撃力不足は、わかりやすく無下限呪術の弱点だろう。

 ざっくり言ってしまえば、『対象を接触させない』事に特化した結界術などがあれば、突破に時間がかかる。理論的には全く別の技術であっても、結果としては近似する事象がおきてしまうため、とかなんとか。このあたりは、難しくて真希も理解しているとは言いがたい。

 面倒くさいのは、相手が五条悟の情報をある程度正確に持っている点――御三家の誰かを拉致して拷問でもすれば、無下限術式の詳細を抜くこともできる。そして、前提が成立していれば、生徒の動きを把握しやすい。

 例えば、仮に孤立していても誰かが必ず退路を確保せねばならない、など。

 

「だよなッ!」

 

 物陰からの襲撃を、真希は大刀で受け流した。重い衝撃に逆らわず、勢いのまま飛び退く。

 現れたのは、ハゲ頭のにやけ面男だった。上半身が裸で、目の周りから鼻の頭にまで黒い入れ墨を彫っている。黒いゴム製のエプロンをして、手には斧。いかにも三流スプラッタ映画の悪党を勘違いして真似ました、といった風体だ。

 今の一撃で仕留める気はなかったのか、それとも仕留められるとは思ってなかったのか。男はわずかな動揺もなく、振り下ろした斧を担ぎ直す。

 

「いいねえ、お前いいよ。五条悟のハンガーラックに合わせるのにぴったりだ。骨はハンガーにして、皮はコートにするか。いや、コートにはちょっと小さいか」

「何言ってんだお前。頭イカれてんのか」

 

 くひひ、と笑う男に目を細める。

 呪詛師――だが、帳を構築した人間ではない。即座に断じた。

 複数犯だとは思っていたが、悟を追放できるほどの術者がこの程度な訳がない。ただの数合わせ、あるいは雇われでしかないというあたりか。元々、退路で奇襲をかけるだけの人間が、本命とは欠片も思っていなかったが。

 

(つっても)

 

 手になじませるつもりで、幾度か大刀を回す。

 

(たかだか嫌がらせにこのレベルを置くって事は、こっちが思ってたより大規模、あるいは高度な集団かもな)

 

 禪院真希に呪力はなかった。フィジカルだって、呪力を纏った者をちょっと上回る程度だ。攻撃も索敵も呪具任せ。だから体術だけは真剣に取り組んでいたのだが――それでも返し技を放つ隙はなかった。

 今は呪力、身体能力共に充実しており、それ故に体と技術のかみ合わせが完全とは言いがたいが。前より確実に強いのは変わらない。

 呪術師査定で一級ないしはそれに近い力量の者を、こんな場所に配置できるというのが、相手組織の層が厚い事を物語っていた。

 

「ハンガーとコートオオオォォ!」

「言葉しゃべれ!」

 

 大刀に呪力を乗せて斬りかかる。技量はほぼ同じ、呪力で負けているが、リーチで勝っていた。均衡はしばらく続く、と思いたいが。

 

(術式次第だよな)

 

 真希が持つのは構築術式……まあ、どのみち全く使えていないので、何であろうと関係ないか。相手はもちろん、呪術を使いこなしているだろう。戦闘向けではない術式である事を願いたいが。

 

(頭のおかしな奴には、大抵厄介な術式が刻まれてる。どういう話なんだろな、こりゃ)

 

 あるいは、狂ってればどんな術式でも厄介にできるというだけかもしれない、などと詮無いことを考える。

 そうして何合が攻撃を打ち合う内に、嫌でも気づく。自分は敵を狙っているのに、相手はこちらの武器を攻撃していると。手斧と大刀で得意距離が違うのは当然だし、ならば初手で大刀を絡め取ろうとしているならば理解できる。しかし呪詛師がもくろんでいるのは、明確な得物の破壊だ。

 答えは、次の邂逅で分かる。大刀の重心が、わずかにぶれた。

 咄嗟に蹴りで呪詛師の腹を押した。身体能力では優越しているだけあって、かなりの距離を作れる。攻撃自体はほとんど押しただけなので、ダメージにはなっていないだろうけれど。

 余裕ができたと同時に、大刀を確かめる。きっちり整備していたはずの目釘が緩みかけていた。ただ目釘を打っただけではなく、呪力で固定した物が、簡単に外れるわけがないのに。

 

「勘がいいじゃねえかよお」

 

 林の中にたたき込まれていた呪詛師が、のそのそと戻ってくる。それを眺めながら、拳で殴って無理矢理目釘を戻した。

 

「俺の術式ぁ雅羅躯他(ガラクタ)。接触したモンを構成物単位で分解できる」

「術式の開示か」

「コイツのいい所は、物だけじゃなくて生物にも効くって所だ。皮、肉、血、骨……慎重に叩き込みゃ筋なんかだけも取り出せる。俺にぴったりの術式だ。呪術師やら呪具やらだと効果が薄いのだけが難点だがな」

「で、今その難点を解消したと」

「分かってんじゃねえか」

 

 術式の効果が上がっても、死ぬまでに四発か五発必要だろう。ただし、戦闘能力差を考えれば一発でアウト。大刀を解体されても終わり。随分とまあ、厳しい状況だ。

 

(なら一発で決めるか、もしくは……)

 

 呪力を溢れさせ、呪具にも纏わせる。呪力の扱いが下手な者は武器に纏わせて扱いを覚えると言うが、確かにその通りだ。呪力の配分を考えなければいけない自分の体に通すより、しゃにむに叩き込めばいい武器の方が数段楽だ。

 

「不細工な呪力だなあオイ」

「威力は保証するぜ。こっちはお前を生け捕りにして情報源にしたいんだ、死ぬなよ」

 

 言いながら、大刀を上段からたたき落とし。今までとは違うタイミングで、斧が迎撃してきた。

 

(何だ? 拡張術式? いや――)

 

 大刀が斧に吸い付く。これは――術式反転!

 

「バラすの逆はひっつける! 当然だよなあ!」

 

 斧に外側から引っ張られ、通常あり得ないやり方のせいで体まで浮かされる。先手を取ったのに、無理矢理後手に回らされた。

 が、これくらい織り込み済み。

 

「ラぁっ!」

「うっ、お!」

 

 即座に手を離し、拳を鼻っ柱へ叩き込む。

 真希は別に、長刀術の名手という訳ではない。呪霊払いを呪具に依存しなければならない以上、あらゆる呪具の扱いに長けていなければならなかった。呪具が手元にない時の最終手段、もとい苦し紛れの打撃も当然。

 相手の攻撃がほおを掠め、顔半分を引きちぎられるような感覚に襲われた。実際は目元から顎当たりまでの皮膚を引っぺがされた程度で、大きなダメージではない。ダメージだけならば、だが。

 呪詛師は、折れた鼻を無理矢理戻し、息を鋭くして詰まった血を吹き出し。拭ったそれは手を振って払った。

 

「おいおい、あんま抵抗すんなよ。せっかくいい素材なのに壊れたらどうしてくれんだ」

「そんときゃ泣きながら地面這いつくばって残骸集めろよ」

 

 痛みで頭がガンガンするし、放っておけば失血死を覚悟しなければいけないが。生存という意味では、さほど問題視していなかった。

 どれだけ頭や術をこねくり回したところで、五条悟の足止めなどそう長く続く訳がない。帳の様子から見ても、長くて五分かそこらが限界だ。この呪詛師を相手に五分とは、長い時間ではない。

 それに、もう一つ。

 

「っつぅ! なんなのコイツ、鬱陶しいわね」

「逃げないでよー」

 

 退路に潜んで居るであろう呪詛師のあぶり出しに行っていた真依が戻ってくる。

 そいつも見た感じ、準一級呪術師相当の力を持っていそうな者だった。こちらが相手してた呪詛師と違って、いかにもヒョロい優男と言った風体だが。人間の手を加工したであろう刀が悪趣味だ。

 

「あら、随分みっともない顔になってるじゃない?」

「ぬかせ。お前こそやり込められてここまで下がってきたんだろ」

「私はあんたみたいにゴリラじゃなくて頭脳派なの。切った張ったは専門外なのよ」

「ただ後ろからペチペチ撃つしか能がないだけだろ。口が回る」

 

 子供じみた、そしていつものやりとりをしながら体制を整え直す。

 相手側は……こちらへの警戒を最小限に、訳の分からない言い合いをしていた。頭のおかしな呪詛師の事だから、これで平常運転なのかもしれない。

 

「オイオイオイ! 皮の相性最高じゃねえかよぉ! 春太、こいつら俺にくれ!」

「えー、やだよ。せっかくかわいい女の子なんだからさ、遊んで貰わなきゃ」

「馬鹿野郎! かわいいだけの女なんざいくらでも用意してやる! こんな継ぎ接ぎ甲斐があるパーツなんざほとんど見ねえんだ!」

「ホント? やったー、約束だね」

 

 口調は軽いが、呪力は禍々しい。殺しをなんとも思わない人間に良くあるそれ。

 

「真依、交換すんぞ。そっちは?」

「分からない。けど、多分防御向けの術式だと思うわ。どういう訳か、なんとなく攻撃が当たらない」

「こっちは近接戦特化。アウトレンジから戦ってりゃまず危険はない。攻撃受けると分解(バラ)されるから気をつけろ」

 

 最小限の情報共有後、交差しながら走り出す。

 距離を開けたのは、相手の連携を恐れたためだ。こちらもまあ、生まれた頃から一緒の姉妹なので、(認めたくないが)それなりの連携はできる。が、相手より上手くやれるとは全く考えていなかった。

 まあ連携以前に、真依と上手くやれる気が全くしないというのもあるが。お互い足を引っ張り合い、なんだかんだそれぞれが勝手にやる未来がありありと浮かぶ。

 もう一人の呪詛師――春太と言ったか――は、素直に真希の後をつけてきた。連携意識が薄いというのもあるのだろうが、それより大きな要因があるのは分かっている。ようは舐められているのだ。格下ごとき、万全を期すまでもないと。

 

(気に入らねえな)

 

 評価は正しい。しかし、見下されて平気でいられるほど、真希は大人しくなかった。

 

「いいぜ、ぶっ潰してやる」

「元気な女の子だなあ。僕と仲良くしようよ」

「大人しく投降したら考えてやらんでもないぞ。そん時は手足の一本でも折らせてもらうが」

「えー、それはやだよ。全然面白くないじゃん。それに痛いの嫌いー」

「テメェを楽しませるために生きてるんじゃねえんだ、よッ!」

 

 大刀を回転させ、コンパクトな打撃と素早さを両立させて放つ。まずは牽制、お試し、のつもりだったのだが。

 春太はあっさりと攻撃を受け、それどころか、たやすく弾かれて転がった。

 

「ってて」

「…………?」

 

 真依の話では、攻撃が当たらないという話だったが。あっさり当たった上に、普通に吹き飛ばされていて面食らう。おまけに、さっきの呪詛師に比べればあまりにも非力だ。いや、呪力だけは負けず劣らずなのだが、身体的な基礎値が低い。

 

(なんだ? 条件型? 遠距離攻撃にしか発動しない? いや、にしては接近戦が弱すぎる。ブラフにしたって、もうちょい強くなきゃ話にならねえ。術式の制限かもしくは縛り、とかか。くそっ、こんなこと悩まされてる時点で負けだ)

「君、見た目は細いのにすごい力だねえ。驚いちゃった」

 

 と、これまた当然のように立ち上がる。これも理解しがたいのだが、どうやら攻撃を与えた感触より、遙かにダメージが少ないようだった。手元の感触との間に大きなギャップがある。どうにも気色が悪い。

 術式は不明、よく分からない違和感、おまけにこちらは呪術師として三流。

 

(私が弱いのも何もできないのも、百も承知。あれこれねだらずに、できることからやれ)

 

 やっと、呪力と生得術式を得ることができた。少なくとも天与呪縛のままよりは、百倍禪院家当主へと近づいている。嫌だが、ほんっとうにすっっっごく嫌だが、大地には感謝せねばなるまい。

 だから、こんなところで負けてやれるものか。

 出し惜しみはなしだ。そんなことしてられるほど、自分は強くなければ相手も弱くない。全力で叩き潰す。

 術式は度外視、呪力も体術の補助として割り切る。気持ちだけは必ずぶち殺すと思っておきながら、理性では時間さえ稼げば自分の勝ち、と念を押しておく。頭に血が上ると、前のめりになりすぎる自分の欠点を忘れない。

 上段突き、足払い、中段斬り。距離に気をつけながら、息もつかせず連続で放つ。が、奇妙な事に、狙い通りに入った一撃は一つとしてなかった。

 確かに春太は弱くない。あくまで比較対象の斧使い呪詛師が厄介すぎるだけであって、彼も相当なものだ。鍛錬が足りないだけで、シンプルに天稟がある。真依が劣勢だったのも頷けた。ただし、彼の回避能力はそれだけでは説明がつかなかった。避けられたというよりは、こちらがわざと当てなかった、という方が感覚的には正しい。

 

(なるほど、こっちの致命的な攻撃に自動発動する類いの術式か。この手の攻撃は、能動的な発動が極端に難しい。それこそ悟でもない限り無理だ)

 

 といっても、所詮はいいとこ『本人が認識する限り致命傷を負う攻撃を回避ないしは軽減してくれる』だけの話。腕前は斧の呪詛師に比べれば、数段劣る。多分、呪力のみならず、実力そのものがどれだけ高く見積もっても準一級だ。それも、奇襲に特化した。

 真依は、言ってはなんだが相性が悪かった。銃という武器は、どれだけ頑張っても春太の術式範囲に収まってしまう。

 つまりだ。

 

「テメェをとっととボコって二対一! それが最良のプラン!」

 

 全殺しは無理でも、半殺しなら十分いける。

 

「随分安く見てくれるじゃん」

 

 ネタが割れた以上、もう糞みたいな話には乗らない。

 呪力をありったけ込めた、大刀の振り下ろし……というか叩き付け。いくら術式の加護があろうと、どうにもならないと思わせる、いわば威嚇だ。さすがにこうすれば、相手も顔を引きつらせる。

 未熟な真希では見た目通りの威力はだせないものの、威嚇には十分なった。

 

「ちょっ、ちょおっとぉ!」

 

 相手の言葉など無視して、引き絞ったそれを思い切り放った。大刀と刀が接触し、春太の足が地面を割りながらめり込む。彼は上からの重圧に、歯を食いしばって耐えていた。

 瞬間的に一歩を踏み込み、手を伸ばした。狙いは春太の腕、手の飾りがついた刀。立ち関節を極めて、手首を折る――これは成功しなかった。ただ痛めつけるだけに止まるものの、想定の範囲。最低限要求したかった、刀の排除には成功した。

 中を浮いた刀を、片足で蹴っ飛ばす。からからと軽い音を立てて、石畳の上を滑っていった。

 

「ちょっ、いや、これ、えっ。まずっ」

「死ね」

「なーんてね」

 

 言葉と同時に、背中にとす、と小さな衝撃があり。しかしそれだけだった。

 反射的に確認すると、捨てたはずの刀が戻ってきている。これも春太の術式か、と思ったが違うだろう。呪具、恐らくは手の部分が自立して動くもの。

 

「はあ!? 完全に不意打ち入っただろ! なんで効いてないんだよ!」

「生憎と、生まれてこの方ずっと体は頑丈でな」

 

 体に浅く刺さっただけの刀を、軽く払い落とす。

 性能としてはただの刀、それも呪力だってろくに乗っていないものでは、フィジカルギフテッドの体を貫くことはできない。

 

「冗談じゃないね! こんなターミネーターもどき相手にしてられないよ!」

 

 一目散に逃げる春太を、ぽかんと見て。逃げの一手を打ったのだと気づいたのは、数秒後の事だった。

 

「テメッ……!」

 

 ふざけんな、そう罵りたい気持ちで追いかける。途中、転がっていた大刀の飾りを取って、手に握り直した。

 身体能力差は歴然のため、すぐ追いつくと思っていたのだが。角を曲がった春太に手を伸ばせば追いつく、という程度の距離。飛び込むと同時に大刀を払って――しかし、空を斬った。

 

「消えた!?」

 

 目を離したのは本当に一瞬。どこかに行く程の余裕もなかったはずだ。それこそ上にでも逃げれば一発で分かる、と知っていながらも、上下左右をくまなく探す。まだ慣れていない呪力操作で残穢を探っても、ここで唐突に途切れていた。

 

「どういう……」

「結界術の応用だろうね」

「おわっ!」

 

 背後から、気配もなく声を掛けられて。自分でも驚くほど無様に、体を跳ねさせた。

 振り向くまでもなく分かっていたが。そこにいたのは、やはり悟だった。

 

「おっせえぞ!」

「ごめんごめん。相手の結界術が思いのほか高度でね、力業でねじ伏せるってのが難しかったんだ。あ、ちなみに真依は先に助けたよ」

「生かしてるんだろうな」

「そりゃもちろん。知ってる事全部聞き出さなきゃね」

 

 ひらひらと手を振り、相変わらず軽薄な態度。普段はうざったく感じるそれも、緊急時なら頼もしさが勝る。

 

「こんなとこでのんびりしてていいのかよ」

「うーん、そう言われてもねえ。侵入者は三人、一人は捉えて一人には逃げられ、主力である特級呪霊の所には大地がいる。ぶっちゃけもう僕がすることってないんだよね」

「ああそうかい」

「とにかくこっちはいいからさ、真希は早く硝子の所行きなよ。今ならまだ傷跡も残らず治してもらえるでしょ」

 

 そういえば、頬を思い切りえぐられていたのを忘れていた。痛みを意図的に薄めた弊害だ。戦闘では利点も多い技能だが、こういった点が短所だった。怪我を忘れて限界値を見誤ってしまう。頭部に近い部位での大量出血は、一気に重度の貧血を起こす危険性があるのだ。長引いていたら、戦闘中に意識が途切れかけていたかもしれない。

 

「まあいいや。一応見に行ってやれよ」

「分かってますって」

 

 どこまでも所作の軽い悟に嘆息しつつ、大刀を持っていない方の手で出血を抑えながら。

 しかし真希は、自分が持つ新たな可能性の確かな感触に、一人拳を握っていた。

 

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