竜娘が巡る終末世界【完結】   作:春の日びより

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ワンコ編最終


11 ジンベエの畑 その6

 

 

 巨大猪の肉は大量すぎるほどにあったけど、とても食べきれないので大部分は廃棄するしかなかった。

 元より悪食で、胃の周りの肉は臭みが酷かったから、ロースやヒレの上等な部分とモモ肉の柔らかな部分だけをいただいた。それだけでも数百キロはありそうで、普段の私はそこまで食べるわけじゃないから、ヒレ肉以外は加工することにした。

「とりあえずジンベエのご飯はどうしようか?」

 巨大猪の毛皮はまだ使えそうな柔らかな部分を切り取った。それを納屋から借りた桶に樹皮と一緒に水に浸けて、作業が一段落すると、夕ご飯のことで悩むことになった。

 あんな巨大な心臓と肝を食べておいてどうか思うが、生肉じゃなくて人間っぽい食事もしたい。

 そんなわけで焚火の側に石を置いて、その上で適当に切ったヒレ肉を焼いていると、ジンベエが何度も匂いを嗅いでいた。

「……もしかして、食べたいの?」

 

 バウッ!

 

 生はダメだけど焼いたら食べるのか……。冷ましたものをジンベエにあげて私も一切れ食べてみると、う~~ん?

「……生のほうが旨みは強い?」

 焼くと普通というか、ただのお肉になった気がする。ジンベエはこの強い旨みがダメなのかな? まあ、お爺ちゃんだから仕方ない。

 そのまま必要な分を焼いてジンベエと肉だけの夕飯を済ませ、その日は大量の肉を小動物に齧られないように、見張りを兼ねてジンベエと寄り添いながら焚火の側で眠りにつく。

 明日からやることがいっぱいあるぞ。

 

 翌朝、朝日と共に目を覚まして、ジンベエにまた肉を焼く。私は……生でいいや。民家から借りた包丁でざくざく切って……なんで? 焼くと包丁で切れるのに、生のままだと肉が硬くて上手く切れなかった。

 仕方なく手頃な大きさに爪で切り裂き、結局塊のまま齧りついた。……やっぱり私は生のほうが美味しいな。

「ジンベエ、納戸の物を少し貰ってもいい?」

 

 ウ~~~……バウッ!

 

 ダメかと思ったらお許しが出た。民家の中で手を付けていなかった納戸を探してみると、目的の物をすぐに見つけられて胸をなで下ろす。

「お塩みっけ。あ、ジンベエ、これも貰っていい?」

 山の中なら必ず備蓄があると思っていた未開封のお塩。そのついでに見つけた新品の歯ブラシを納戸の戸から振ってみせると、そちらもお許しが出たのでいただいておく。

 これまで歯の隙間は草の茎とかで擦っていたけど、歯ブラシは初体験だ。

 私の身体なら虫歯にもならない気がするし、もしなっても〝治る〟気がするけど、人間からかけ離れていく私にとって人間らしい(・・・・・)ことをするのに意味がある。

 それはともかく、目的の塩が手に入ったのでようやく作業ができる。前の民家からいただいたお塩も少なくなっていたので、素直に嬉しい。

 

 今日からお肉の加工をはじめる。でも正しいやり方は知らないので適当だ。

 まずモモ肉の塊にお塩とハーブっぽい野草をすり込み、水気を抜くため物干し竿に干しておく。

 ……重さでしなっているけど大丈夫かな?

 ちなみに一晩放置した生肉だけど、ネズミどころか、一匹の虫さえ付いていなかった。

 むしろ、この肉を避けている……? もしかしてジンベエと同じで生状態の巨大動物の肉は普通の生き物は食べられない? それなら寄生虫も気にする必要は無かったかも?

 モモ肉はしばらく放置で良いとして、それから樹皮と水に浸けておいた毛皮を用水路の水でしばらく晒し、その間に洗った桶にもう一度水を張ってハーブと塩をぶち込み、牙ナイフで無理矢理薄切りにしたロース肉を切った端からぶち込んでいく。

 ……終わった頃にはお昼を過ぎていた。消費するためにまたお肉にするかと考えていたら、ジンベエがキャベツを食べに行ったので、私は大人しく生肉を食べた。

「ジンベエ! 鳥とか来たら追っ払ってね」

 

 バウッ!

 

 お肉の見張りはジンベエに任せて、私は二日ぶりに家庭菜園の雑草取りを続ける。

 根気よく、できるだけ根っこも残さないように雑草抜き取り、野生化した野菜の根元には腐葉土を少し盛っておく。

 日が暮れ始め、遠くに見える巨大猪を焼いている煙が薄くなっていたので、倒木を丸ごと突っ込んで雑に燃料を追加する。……雨とか降らないでね。

 夕飯はダイコンとおジャガとヒレ肉の煮込み。私の分にはネギとお塩を追加。

 ご飯を食べて欠伸をするジンベエを焚火に残して、私は皮なめしの作業をするために用水路に浸けておいた毛皮を取りに行った。

 

 巨大猪の毛皮も何かに使えるかと思ったけど……全然柔らかくならないな。

 問題は巨大すぎるので皮が分厚く、毛が太くてチクチクすること。一応柔らかいお腹の部分の毛皮を剥いできたけど、衣服には使えそうにないので、頑丈さを活かして『皮袋』を作ろうかと考えた。

 水に浸けておいたおかげか、脂肪と肉は意外と楽に剥がせる。

 使った道具は猪の牙だ。私を刺した牙はやはり先端部分が少しだけ赤く染まっていて、三十センチほどのその部分だけをへし折り、簡易的なナイフとして使うことにした。

 猪の肉を解体するのにも重宝した。暇があったら柄を付けてもいいかもしれない。

 その日はまたお肉の見張りを兼ねて、焚火の側でジンベエに抱きつくように就寝する。

 

 翌朝、昨日の煮込みの残りを食べたあと、塩水に浸けておいた薄切り肉の水気を切って、洗った網戸の上で乾かしていく。……こっちも重さで壊れそう。

 

 バウッ!

 

「……もうお昼かぁ」

 午前中はまたもその作業で終わってしまった。でもさすがに数十キロのお肉を並べると壮観だ。

 お肉を風通しの良い日陰において、一応、ジンベエでも食べられるように塩は薄めにしてあるけど、まだ食べちゃダメだよ、と念押ししてまた見張りを頼み、私は昼食の準備を始める。

 今日のお昼もまたヒレ肉を焼いた。生でも焼いても同じ肉ばかりはちょっと飽きる。

 ジンベエもまたキャベツを生で食べていた。

 

 午後は木の間に張っておいた毛皮を棒で叩いて柔らかくする。でも、やっぱり分厚いせいか鹿の皮ほど柔らかくならない。

「タンニン漬け足りなかったかなぁ……」

 鹿の毛皮に比べると色が薄い? 赤くならないのは私の血を浴びていないせい?

 生肉と一緒で虫も寄ってこない気がするけど、念のために燻す時間を増やそう。

 それから乾かしていた薄切り肉のほうをひっくり返し、家庭菜園の雑草を抜いて、合間に皮を叩く作業を繰り返す。

 ……巨大猪はまだ燃え尽きない。

 次の日も繰り返し、加工中に少し臭ってきた肉だけを省いて続きをする。

 ジンベエは見張りに飽きたのか、小鳥を追って走り回っていた。

 

 その次の日はようやく、乾したままだったモモ肉の処理をする。

 適当な物が見つからなかったので、外にあった金属製の物置を使わせてもらおう。中の物を丁寧に出して居間の中に運び込み、軽く掃除をした中にモモ肉の塊を吊し、だいぶ乾いてきた薄切り肉も一緒に入れて少量の木の枝で燻していく。

 毛皮も随分と乾いていたので、こちらは普通に外で燻した。

 

 薄切り肉のほうは熱が通ったら引き上げて、また網戸の上で乾しておく。

 モモ肉の塊は少量の煙で長時間燻すことした。前に読んだ雑誌の記事では、そのほうが長期の保存が利くらしい。

 燻す時間はどれくらい? さっぱり分からないので一晩燻すことにする。

 

 バウバウッ!

 

「……飽きた?」

 ジンベエはじっとしていることに飽きたらしい。物置を片付けるとき、ゴムボールを見つけたので、しばらくジンベエと遊んだ。

 その夜は燻した皮を棒で叩いて、揉んで叩いて、さらに揉んで叩いて柔らかくする。

 ……やっぱり鹿の皮ほど柔らかくならない。まあいいか。

 なんか全身が燻製臭かったので、用水路で念入りに身体と髪を洗っておいた。

 

 ……そろそろ先も見えてきた。

 ジンベエも何かを察しているのか、私の側にいることが多くなった。

 

 燻し終わったモモ肉をまた吊しておき、再度、皮の燻しをしながら家庭菜園の雑草取りを続けていく。こっちももうそろそろ終わる。

 これだけ丁寧に雑草を抜いても、数年経てば元に戻ってしまうはず。

 けれど、それでもいい。数年(・・)保てば充分だ。それまでは野生化した野菜も苦くならず、野菜好きのジンベエも美味しく食べられるはずだから。

 

 その夜、燻した皮を再度揉んで……まだ堅いけど諦めた。それを爪で余分な部分を切り落とし、細く切った皮で袋状に結んで、肩掛けできるように長い革紐を取り付ける。

 

 その夜はジンベエと一緒に寄り添うように眠った。

 そして……ついにその朝は来た。

 出来上がったのは、大きなモモ肉の燻製と、薄切り肉の干し肉。そして毛皮の袋だ。

 私はここを出ていく。それは初めから決めていたことだ。

 

 私には自分がなんなのか知る目的がある。

 この世界がどうしてこんな事になったのか知りたいとも思う。

 世界がどうなったのかこの目で見たかった。

 だから私は……旅を続ける。

 

 民家の掃除をして私が動かした物を元に戻し、埃が入らないよう、しっかりと戸を閉めると、ジンベエがそんな私を寂しげに見つめていた。

「ジンベエ……」

 

 クゥ~ン……。

 

 私はジンベエの前で膝をついてそっと抱きしめる。

「燻製も干し肉も半分置いていくからね。分からないかもしれないけど、お塩も使っているから少しずつ食べるんだよ」

 ジンベエが分かっているとでも言うように私の頬を舐めた。

 毛皮の胸当てと腰巻きを整え、食料と牙ナイフ、それと持ち込んだ荷物を革袋にしまい、肩に担いで、最後に角槍を持つ。

「じゃあね、ジンベエ。元気でいるんだよ」

 私の〝さよなら〟の言葉にジンベエは一声も鳴かずに私を見つける。

 そんな彼に背を向けようとして……私は――

 

「…………一緒に来る?」

 

 お爺ちゃん犬であるジンベエに旅はできない。きっと寿命を縮めてしまうだけだ。それでも思わず口から出た私の言葉に、ジンベエは……。

 

 ……バウ。

 

 ただ一声鳴いて、民家のほうへ向かい、家庭菜園の前で誇らしげに立ってみせた。

 そっか……今度は私が手入れをしたその家庭菜園も護ってくれるんだね。

「ジンベエ……長生きするんだよ!!」

 

 ワォオオオオオオオン!

 

 震える声で別れを告げ、私はジンベエに背を向け勢いよく走り出す。

 そうして私は、再び放浪の旅を続ける。

 

 新しい何かを見つけるために……。

 

 




ジンベエと別れて再び歩き出す竜娘が見た物とは。

次回、『壊れた町』
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