竜娘が巡る終末世界【完結】   作:春の日びより

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本日二話目の投稿となります。


2 生まれた卵?

 

 

「ん~~……? んん~~~? ん~? ふむ? ん~~~? ふむ?」

 

 バリン……。

 建物中にあった談話室らしき場所で、おやつ(・・・)を噛み砕きながら、私は残されていた週刊誌や雑誌などを読んで情報を集めていた。

 バリン……。

 最初から知らないはずの〝言葉〟を知っていた。現物を知らずにただ知識を教えられた幼児のように何も知らなかった頭に、雑誌や本の文字列を流し読みするだけで〝単語〟と〝意味〟が思い出すように流れ込んでくる。

 私は自分のことすら分からない。でも、これは一般的な〝記憶喪失〟とは何かが違う。

 バリン……。

 私は自分自身が経験した記憶が少ない。だからまず、巨大鹿を倒してからどうなったのか、思い出しながら記憶の整理をしよう。

 

 

 あの巨大鹿に襲われ、よく分からない感じで撃退した私は酷い傷を負っていた。……はずだったが、急激な眠気に襲われて目を覚ましたときには傷が治っていた。

 いや、ちょっと違う。全身の傷が少し黒ずんだ赤い鱗(・・・)に覆われて塞がっていた。

 ウロコ? なんで鱗? と思わずそれを手でこすると鱗は黒い部分からあっさりと剥がれ、赤みがかった小麦色の肌には傷跡ひとつ残っていなかった。

 あのときの私は急激な飢餓感に襲われ、残っていた鹿の脚を食べてしまった。

 なんだろう……? 肉を食ったら治った……的な?

 そのとき、手も赤い鱗に覆われていたように見えたけど、爪も手も今は普通に戻っている。

 自分の身体のこともそうだけど、突然襲ってきた巨大すぎる鹿や、森の向こうに見えた廃墟のようなビル群を含め、色々と分からないことが多すぎた。

 

 気になることは沢山あるけど、まずは埃と乾いた血で汚れた身体をなんとかしたかった。

 屋上に貯水タンクは見えたが、中に水が残っているとは思えなかったし、もし残っていても廃墟の貯水タンクなんて腐海よりも酷いことになっていそうだと即座に諦めた。

 屋上の扉は鍵が掛かっていたけど、窓があったので巨大鹿の角を使って割って中に入る。

 へし折った鹿の角は私の身長ほどもあって、あらためて鹿の現実離れした巨大さを実感する。

 確か、鹿の角は年を経るごとに枝分かれするはずだから、真っ直ぐなこの角の持ち主はまだ若いからこそ私でも勝てたのかもしれない。

 まあ、へし折っておいてなんだけど、鋼みたいに堅いし、槍代わりに使えるかもしれないと思って持っていくことにした。

 

 建物の内部にあった部屋はよく分からない道具や機械があって、実験室や研究室のような感じだった。ここが放棄されてからどれだけの時間が経っているのか分からないけど、たまに残されていたノートパソコンも、バッテリーがあがってピクリともしない。

 室内の荒れ具合や残された物から、たぶん……ここは、会社が潰れて廃墟になったのではなく、何かしらの事情で放棄せざるを得なかった施設なのだと思った。

 

 かなり広い建物だったけど、運良く倉庫のような場所に防災用の備蓄を見つけることができた。

 でも、ほとんどのダンボール箱が開封されていたことに嫌な予感をして調べてみると、ここを放棄するときに持ち出したのか、箱の中は空だった。

 運がありそうで運がない、でもやはり運はいいのか、それとも重くて持っていけなかったのか、開封されていないダンボールに大量のペットボトルの水が残されていた。

 ……飲めるかなぁ? ダンボール箱に入っていたから見た目は綺麗だけど、何年経っているか分からないし、そのまま飲むのは危険な気もする……。

 でもまあ、あきらかに訳の分からない物や生の鹿脚とか食べているので今更な気もするけど、とりあえず切羽詰まるまではそれ以外に使おうと、遠慮なく身体を洗うために頭からぶっかける。

 途中のトイレでペーパータオルも発見していたので、それで血糊をこそぎ落としながら水で洗い流すと、ようやく綺麗になってすっきりすることができた。

 

 とりあえず水はそのまま飲まないと決めたが、ただ気分の問題じゃなくてちゃんと飲み物には当てがある。

 屋上から見える範囲に他の建物は見えなかったので、たぶんあると考え、それを探してみると、発見した談話室のような場所で〝それ〟を見つけて今に至る。

 

 

 バリン……。

「読めるのはこんなもんか……」

 最後の医学雑誌を倉庫で見つけた一斗缶に放り捨て、私はソファーに深く背を預けた。

 談話室の雑誌や本を読んでいるうちに辺りはすっかり暗くなり、おやつを噛み砕く音と、一斗缶の中で雑誌が燃える音だけが静かに響く。

 身体の一部が成長(・・)したせいか、目を覚ましたときにはあれほどあった不安や焦りも消えて、自分でも驚くほど落ち着いている。〝人間〟は群れで生きるものだと思うけど、〝私〟にはそれが当てはまらないように感じた。

 ある程度の一般知識の〝すり合わせ〟はできたけど、結局〝私〟がなんなのか、その答えは得られなかった。分かったのは、ここが製薬会社の研究所のような場所で、生物の研究をしていたらしいこと。そして〝私〟が研究対象だった……という考察だけ。

 それから何か災害が起きたのか職員は全員退避して、それから数年が経っている。

 

 〝ずぼっ〟と、とソファーから立ち上がり、こじ開けたときに角槍をぶっさしたままの自販機から缶ジュースを取り、蓋を開けて喉に流し込む。シュワシュワしている喉ごしに最初は慣れなかったけど、結局は甘味の誘惑に負けてしまった。

 私が当てにしていたのはこの自動販売機だった。中の物は賞味期限が切れているかもしれないけど、缶入りなら気分的に安心できる。たぶん、食べ物も缶詰なら平気かも。

 早い段階でこの談話室を見つけられたのは運が良かった。喫煙室にまだ使える使い捨てライターが残っていたし、自販機も本も置いてある。

 自販機の半分は紙コップ式だったから中身はアレだったけど、逆に半分も缶入りだったのは素直に運が良かったと思うことにした。

 私はそんなことを考えながらソファーに戻り、また〝ずぼっ〟と腰を下ろす。

 

 私は群れで生きる人間には当て嵌まらない。そう思ったのには訳がある。

 ペーパータオルを見つけた女子トイレは男子トイレよりもかなり広くて、化粧台や姿見なども設置されていた。

 水を見つけて全身を洗うことができた私は、そこでようやく自分の〝容姿〟を確認することができて、その変化に驚愕した。

 

 まず私の外見だけど完璧に日本人じゃない。何処の国かと言われても困るけど、何処の人種でもない顔立ちだと思う。まあ、赤みがかった小麦色の肌の時点であれだったけど、肩まで伸びたボリュームのある癖っ毛は赤みがかった銀髪で、まるで桜の花びらのようだった。

 年齢は十代の前半からギリギリ半ばくらい? 瞳は金色で若干つり目のネコっぽいけど、顔立ちは悪くないような気もするけどよく分からない。身長は高くなくて、全身が細身で胸も腰も控えめだったけど、手足が長くてバランスは取れていると思う。

 そして驚いたのが、身体の変化だった。

 私が最初に気づいたお尻の上の小さな〝尻尾〟は三十センチまで伸びて、私の手首くらいまで太くなり、何故か細かな赤い鱗に覆われていた。

 それに〝角〟っ! 最初はちょっと出っ張っているくらいの小さな角は、半透明の紅水晶のような色合いになり、十センチくらいまで伸びている。

 やっぱり人間の特徴じゃないよね? 普通は角も尻尾も鱗もないよね? 歯は普通に白いけど犬歯が〝牙〟と呼んでいいほど鋭くなっているし、本当にもう〝普通〟じゃない。

 尻尾なんて椅子に座るのにメチャクチャ邪魔なのだけど、もう諦めて、堅い尻尾をソファーにぶっ刺すように座っている。

 まあ、角は頭の脇から後方に伸びているのでそれほど邪魔ではないし、赤い宝石みたいな感じなので、ちょっと気に入っているけど。

 なんでこうなったのかなぁ……。

 

 バリン……。

 おやつを噛み砕きながら炭酸飲料で流し込む。〝おやつ〟とは目を覚まして最初に食べたカプセル……もういいや、あれって〝卵〟でしょ? 私って、あの卵から生まれたのでしょ?

 なんで? どうなっているの!?

 私って卵生なの!? 卵生なのにおへそがあるよ!? カモノハシなのっ!?

 バキン……ッ!

 思わず一人でエキサイトして卵の殻を牙で噛み砕く。

 

 どうして生まれたばかりで普通に思考できるくらいの知能があるのか分からないけど、卵に関しては生まれた殻を最初の栄養として食べる生物もいるらしいので、そんな感じなのだと全部食べることにした。

 正直、美味しくないし、石みたいに堅いけど、それしか食べるものがないので仕方ない。

 

 それというのも、まだ食料らしき食料を何も見つけられていなかったから。

 防災用の備蓄食料はまだしも、建物内に食べ物を取り扱う食堂も売店もないとは思わなかった。

 どうやら私の身体は燃費がすこぶる悪いようで、自分より大きな鹿の脚を四本も食べたのに空腹感を覚えている。それで仕方なく缶ジュースと卵の殻で誤魔化しているけど、明日もこれだと本気で困る。

 そもそもあれだけ食べた分はどこに消えたの? 一本だけであきらかに自分の体積よりも大きな脚を四本も食べたでしょ?

 傷ついた身体を治すために消費したのかな? あれだけ大怪我したから大量にご飯が必要だったのかな? ……できればそうであってほしいと切に願う。

 

「……寝よ」

 疲れているし、色々あったので考えるのも調べるのも後回しにしよう……。

 私はある程度なら夜目は利くけど、ここまで暗いと絶対に見落としがあると思う。

 この建物の残りを探索するのは明日と決めて、私は最後の一欠片まで卵の殻を胃に収めたあと、ソファーで身体を丸めるように眠りにつく。

 パチン、と火が消えかけた一斗缶の中で、燃え残りが小さくはぜる。

 なんの希望もないし、分からないことだらけだけど、明日は何か良いことあるといいな……と、薄めを開いた瞳に映る、窓から見えるお月様にちょっとだけお祈りをした。

 

 おやすみなさい。

 

 




基本はのんびりとした日常となりますので、過度な冒険やバイオレンスはございません。
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