竜娘が巡る終末世界【完結】   作:春の日びより

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誤字報告ありがとうございます。
第一章のラストです。


28 婆ちゃんの思い出

 

 

「……はぁ……はぁ……」

 最後の巨大猿を倒して心臓と肝を食らい、とりあえず目に見える傷を治した私は、荒く息を吐く身体を引きずるように歩き出す。

 何故か位置が分かる角槍を回収したとき、その手が血塗れなのに気づいて、大量の雪をこすりつけるように洗い落とす。

「病院は……どっち……」

 ようやく息が整い、高層ビルから見覚えのある建物を見つけて、隣のビルへ飛び移ろうとした瞬間……足に力が入らず、そのままビルから落ちた。

 

 ……ドォンッ。

「かはっ……」

 途中で外壁に爪を立て、巨大樹木の枝を掴んだりもしたけど、わずかしか減速もできずにアスファルトに積もってきた雪を盛大に巻き上げた。

 雪がなければ……いや、巨大猿を食べていなければ死んでいたかもしれない。

 死ぬことはそれほど怖くなかった。生まれたばかりで何もない自分が消えてしまうことは、悔しいとは思えても恐ろしくはなかった。

 でも……今は違う。

「まだ……死ねないっ」

 

 角槍を杖代わりに立ち上がり、酷使して震える脚を使って走り出す。

 異様に眠気を感じる……。眠ることはできるけど、その気になれば数日は起きていられるはずなのに、今はとても眠かった。

 それでもまだ、胸の奥に〝熱〟はある。

 途中で、地上にいて生き残った猿たちが見えて、まだ邪魔をする気かと〝熱〟を上げて周囲の雪を蒸気へ変えると、猿たちは慌てて逃げていった。

 もうあいつらはここの覇者ではない。巨大猿の庇護がなくなった猿たちは、いずれ現れる次の巨大動物の餌となるしかない。

 巨大鹿や巨大猪がいなくなった山へ逃げればまだ生きられるかもしれないが、あいつらはそれを知ることはないだろう。

 

 来たときの倍以上の時間をかけて廃病院へ戻り、忍び込んで調剤室に辿り着いた。

 でも……

「……どれ?」

 種類が多すぎて分からない。包装や名称は知っているけど、似たような物が多くてどれが正解か自信はない。毛皮に挟んでいた空の包装も、いつの間にか消えていた。

「…………」

 私は無言のまま仕切りに使われていたカーテンを引き千切って床に広げ、似たような錠剤を片っ端から積み上げていく。

 分からないなら似ている物を全部持っていく。婆ちゃんならきっと見分けがつく。

 そう信じて一抱えになるほどの錠剤を集め、袋にして背負うと私はまた雪の中を走り出した。

 

 雪はずっと降り続いている。

 街の景色はすでに知っているものではなく、迷いそうになるけれど、私はまだ微かに感じる婆ちゃんの〝気配〟を捉えて、雪の町を駆け抜けた。

 まだ感じる。

 まだ間に合う。

「――あっ」

 雪の下にあった凍ったものに足を滑らせ、雪に転ぶ。

 そのときに背負っていた薬をぶちまけ、私は薬を変質させないために〝熱〟を使わず、必死に雪を退けて薬を集めた。

 時間がない。

 でも、まだ間に合う。

 自分の情けなさに滲んだ涙を腕で拭い、私は集めた薬を背負い直して婆ちゃんの待つ家に向かって走り続けた。

 

「――婆ちゃん!」

 玄関から上がり、婆ちゃんが寝ている居間へ入ると、眠っていたらしい婆ちゃんがうっすらと目を開けて私に微笑んでくれた。

「……お帰り」

「うん……ただいま」

 枕元に膝をつく私の頬を撫でてくれた婆ちゃんが驚いた顔をする。

「……氷みてぇだなぁ。早く火にあたりな……」

「平気だよ! それより薬をいっぱい貰ってきたよ。婆ちゃんならどれか分かる?」

 タンスにはまだ空の包装は残っているけど全部じゃない。幾つかは婆ちゃんに聞かないとどれが正しいのか分からない。

 風呂敷のように広げたカーテンから溢れた大量の錠剤を見て目を丸くした婆ちゃんは、目を細めて、幾つかの薬を指さした。

「これと……これ。それとこれも貰おうかね」

「これでいいの?」

「んだ」

 私は枕元に置いていた湯冷ましの水を茶碗に移し、薬を婆ちゃんに飲ませる。

 身体を起こした婆ちゃんは私の姿をあらためて見ると、そっと頭を撫でた。

「……こんなに汚れて。大変だったねぇ……ありがとね、嬢ちゃん」

「うん……っ」

 

 それからまた横になった婆ちゃんのために火鉢に炭を足し、換気のために少しだけ庭側の大窓を開けて、すぐに閉めようとした私を婆ちゃんが止める。

「嬢ちゃん……あの庭のお花、見えるかい……?」

「あの赤い花?」

 雪で白く染まって昏くなった庭でも自己を主張するように、雪明かりに照らされた真っ赤な花が見えた。

「……あれは、椿の花だよ」

「あれが……」

 私の中の〝知識〟と現物のすり合わせが終わり、あれが冬に咲く寒椿だと分かった。〝知識〟ではもう少し桃色に見えたけど、夜のせいか真っ赤に見えた。

「……爺っさんが好きな花でな。……こっちさ、こ」

「うん」

 私は窓とカーテンを閉めると婆ちゃんが呼ぶ枕元に膝をつく。

「――〝花椿(はなつばき)〟――」

「……え?」

 何を言われたのか分からず首を傾げる私に婆ちゃんが笑う。

「……嬢ちゃん、名前ねぇとこれから誰か会うとき大変だべ。何もあげられねぇけど、よかったら貰ってけろ」

「何言っているの……いっぱい貰ったよ……」

 人の温かさを沢山教えて貰ったのに、何も返せない私が声を震わせると、婆ちゃんはそっと私の手を握る。

「もってけ。長ければ普段は〝ツバキ〟と名乗ればええ」

「うん……婆ちゃん」

 

 それからも私は婆ちゃんの看病を続けた。

 婆ちゃんのために出来ることはやった。用途の分からない薬ではなく、まだ荒らされていない薬局を見つけて、風邪薬や解熱薬を持っていった。

 それでも婆ちゃんの体調は戻らず、少しずつ眠る時間が増えていった。

 そして……一ヶ月が過ぎた。

 

「…………」

 私は雪の中、爺ちゃんの隣にあるまだ新しい土山の前で膝を抱えて座っていた。

 あれから何日経っただろう……。私は何も考えることができず、ただ身体を動かし、ずっとここに座って黒い土に白い雪が積もっていくのを見つめ続けていた。

 私の身体の〝熱〟も下がり、頭や身体にも雪が積もっていく。

 ずっと……ずっと、座り続ける。

 日が暮れて夜になり、また日が昇り朝が来る。

 

 どうして私はこんなところにいるのだろう?

 どうして私はこんな世界に生まれてきたのだろう?

 私が生まれてきた意味はなんだろう……。

 そんな考えが頭に浮かび、それ以上何も考えることができず、ただ膝を抱え続けた。

 

 ――コケッ――

 

「…………」

 微かな刺激に顔を上げると鶏が一羽、私の手を突いていた。

 視点が合うと、ようやく気づいたかとでも言うように、餌を寄越せとふんぞり返る。

「……お前は元気だね……こほ」

 長いこと声を出していなかったので声が掠れる。

「雪……止んでる」

 いつの間にか雪は止み、久しぶりに見たお日様の光が雲の隙間から差し込んでいた。

「…………」

 ゆっくりと立ち上がると私に積もっていた雪が落ちる。

 

 ――コケ――

 

 私が冷え切った身体で歩き出すと鶏が鳴きながらついてくる。

 足跡もない雪の上を歩いて庭へ回り、倉庫にあった乾燥した雑草や雑穀を雪の上に撒くと、どこから現れたのか鶏たちが一斉に啄み、何をやっていたんだ、とでも文句を言うように羽根で私を叩いた。

 そんな様子に私の口元に微かな笑みが浮かぶ。

 私は庭の雨戸を開けて家の中へ入ると、敷きっぱなしになっていた布団の横に膝をついて自分に整理を付けていると、ふと枕の下に何かあることに気づいた。

「……手紙?」

 

 

『ツバキちゃんへ』と書かれたその手紙を読んでみる。

 中には、爺ちゃんが亡くなって不安になったこと。

 この地に残った高齢の人たちが亡くなって一人になったこと。

 最後の一人になり、自分を看取る人がいなくなったことの不安が記されていた。

 そして……。

 どんな最期にしようかと考えていた頃に、突然私が現れたこと。

 久しぶりに孫と再会したような喜びを感じたこと。

 再び家族と暮らすような暖かさをくれた私への感謝。

 最後に看取ってくれる人がいることの安堵感。

 そして自分を看取る私への詫びと感謝が記されていた。

『ありがとう。一緒にいれて嬉しかった』

 

「……婆ちゃん」

 手紙を抱きしめるように布団に顔を埋め、一時間ほどして顔を上げた私は、静かにやるべきことを始める。

 

 最初に寒い場所に置いていたぬか漬けの壺を持ってくると、しばらくかき混ぜなかったせいで変色したぬか床をかき混ぜ、漬かりすぎた漬物をすべて取り出した。

 そのあと残っていたお米をすべて研いで土鍋に入れて水に浸す。

 雪に埋もれていた大根を引っこ抜いて井戸水で洗い、皮を剥いて輪切りにする。

 倉庫にある収穫して置いた、まだ無事なサツマイモも同じように処理をして、食べきれない部分は鶏たちにお裾分けして、庭にも埋めた。

 久しぶりに火を熾し、沢山のご飯と味噌汁を作り、ぬか漬けと一緒にご飯を食べた。

 婆ちゃんが作った物はすべて残さず食べきろう。

「美味しいよ、婆ちゃん……」

 

 残った缶詰や必要な物を皮の袋に入れて、神棚にある種籾の袋も丁寧に仕舞う。

 最後に使うことのなかったお線香を婆ちゃんや爺ちゃんたち全員へ供え、長く手を合わせてから角槍を持って立ち上がる。

「行ってきます……また来るよ。お前たちも元気でね」

 

 ――コケッ――

 

 ……言っている意味分かっているのかな。

 まぁ、真冬に一ヶ月放置しても平気なら大丈夫でしょう。

「……一応、やっておくか」

 私は右腕に〝熱〟を込め、元に戻っていた腕に鱗と爪を生やすと、この家を囲む周囲の木々に深く爪痕を刻みつける。

 ここは〝竜〟の縄張りだ。勝手に入った奴は許さない。

 

 私はそのまま高層ビルから見えた商業ビルへ足を運ぶ。

 この辺りは商業ビルと駅が一体になっていて、線路を辿れば効率的に目的地へ向かえる。

 それと最初の目的である書店を探して、大まかな地図と当時の一番新しい新聞を手に入れることができた。

「……南か」

 人々は南へ避難したらしい。陸路と海路で向かい、海は辿り着かなかった。

 陸路はこの新聞では無事に辿り着いたか分からないけど、それを追うように巨大動物の一部が移動したと書いてあった。

 ……記事にその先はない。

 人間がまだ生き残っているのか分からない。

 巨大動物は人間を襲う習性でもあるのか、先に進めばもっと遭遇は増えるだろう。

 でも、私は世界を見るために旅をする。

 出会いと……別れを繰り返しながら。

 

「…………」

 ドアを壊して屋上へ出ると、私の〝気配〟を察したのか、高層ビルから猿たちが警戒する叫び声をあげているのを見て、私はその方角へ口を開く。

 

「――――――――――――――――――――ッ!!」

 

 雷鳴のような轟音が響き、前に立つ者を選別するという〝竜の咆吼〟に、高層ビルから小さなものがパラパラと落ちていくのが見えた。

 ……さて。

「行きますか」

 荷物を背負い直し、高いビルから線路に向かって飛び降りる。

 さあ、まずは南だ!

 

   ***

 

 雪が積もる線路の上を歩く〝花椿〟を高いビルの上から見つめる一人の人物がいた。

 ぷぅ~~……ぱん。

 真新しい白のセーラー服に紺のミニスカート。寒空の中、ソックスも履かずに生足を晒し、だぶだぶのピンクのカーディガンをだらしなく羽織った黒髪の少女は、風船ガムを膨らませながら、旅立つ花椿の背にニヤリと笑う。

 

「頑張るッスよ~。――願いから生まれたもの――ちゃん」

 

 

 




これにて第一章は終わりです。ご読了ありがとうございます。
ようやくイラストの姿になりました。
第一章最終は本当にどうしようかと悩みましたが、ここで適当に逃げると終末の世界観が崩れると判断して、プロット通りに進めました。

そしてストックが尽きました……。
ここからは不定期更新になります。……が、まずは戦闘面のテコ入れや修正作業ですね。
それと他作品の続刊作業が二冊分溜まっており、少々お休みさせてください。申し訳ありません。

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