竜娘が巡る終末世界【完結】   作:春の日びより

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ニャンコ回


33 寄り道への誘い

 

 

 フーッ!

 

「……困ったな」

 茶トラの猫はいまだに警戒して唸っているけど、身重のせいで動けずにいる。

 別に野生……と言うより野良と言ったほうがしっくりくるけど、野生動物の生死に関わるつもりはないんだよねぇ。

 見るからに十年以上生きているようには見えなかったので、ジンベエみたいに人と関わっていたわけでもないし、肩入れする必要もないけれど……。

「……ああ、もぉ」

 身重だと気づいちゃったから見捨てられないじゃない。

 それに、カラスたちが狙っているのがこの猫、というか、仔猫だったら、さらに見捨てづらい。あのカラスたちにしても餌を獲る必要があるのだから、邪魔をするのは間違っているのかもしれないけど……。

「あいつら、むかつく」

 悪戯で襲われたのを忘れていないからね!

 

 色々理由は付けたけど、単純に仔猫が見たいからでいいじゃない。

 茶トラのニャンコは私に馴れないとは思うけど、ちょこちょこと手助けしてみよう。

 私は同じ建物のニャンコから少し離れた場所を陣取り、壊れた机や家具で囲いを作って荷物を置く。それからミルク鍋を持って残っていた綺麗な雪を鍋に詰めて、〝熱〟を込めて雪を溶かす。

「熱いな……」

 湯気が出ているミルク鍋を雪の上に置いて強引に冷ます。

 

 ――カァ――

 

「邪魔しないでね」

 息に〝熱〟を込めて上に吹くと、温度の差で巻き起こった風に巻かれて、カラスが慌てて飛び離れていく。それでもやっぱりニャンコを狙っているのか、数羽が近くの廃墟の屋上にとまって様子を窺っていた。

 カラスってこんなに執念深いの……? でも敵討ちって感じじゃないんだけどなぁ。

「……ん?」

 湯が冷めるのを待っていた私の目に、灰色っぽい茶色い塊が映る。

 きっと草が茂っている季節なら気づかなかった。土でも瓦礫でもなく、雪の合間に見えていたそれに近づいてみると……。

「……猫か」

 猫の亡骸だった。もしかしたらあのニャンコの番? 傷だらけで啄まれた痕があるから、あのニャンコのために餌を集めようとしてカラスに襲われたのかもしれない。

「……二匹なら負けなかったのにね」

 

 カラスから復讐のような強い感情が見えないのは、もう仇討ちが済んでいるからか。それと同時に猫とカラスが明確な敵対のような状態だと理解した。だからカラスたちは仔猫が生まれたら襲おうとしているのかも。

 ……本当に知能が高いのも考えものだね。

 私は爪を出して木の根元を掘り返して、ボロボロになった猫の亡骸を埋めておく。

 これは私の自己満足だ。やらなくても良かったし、やらない理由もなかった。なんとなく婆ちゃんを思い出したからかもしれない。

 

 私は人肌程度に冷めたお湯を持って建物に戻り、適当に見つけた書類を入れるようなプラスチックのトレイに水を注いで、私を警戒するニャンコから少し離れた場所に置いておいた。

 たぶん、水分が足りていないでしょ? 飲んでもいいし、警戒して飲まなくてもいい。無理矢理飲ませるつもりはないし、私は少しだけ手を貸すだけ。

「ご飯の準備でもしようかな」

 大量に生肉を食べたあとだから、あまりお腹も減っていないし、軽めでいいか。

 廃墟の中に生えている樹木の根元に落ちている枝を集めて、瓦礫で組んだ中心に置いて火を熾してから、葉っぱに包んだ鰐の角切りを一個取り出し、角槍の先に刺して火で炙る。

 中まで火が通るにはかなりの時間がかかると思うけど、別に時間がかかっても構わない。焦げないようにじっくりと火を通し、じんわりと脂が浮かんで滴る頃を見計らって、焼けた部分のお肉を牙ナイフで削ぐようにしてそのまま口に運ぶ。

「んん、普通のお肉だ」

 

 やっぱり火を通すと奇妙な力が抜けて普通のお肉になるみたい。

 でもやっぱり繊維が太くて大味だ。それでも野性味のある臭みの中に確かな旨みと強い滋養分を感じた。まぁ、私は生のほうが好きだけど。

 そのまま火を通しては削いで食べる、を繰り返す。十センチ角でも結構すぐに食べちゃうな。それでも残った部分を細かく削いで、他のトレイに集めて水の側に置いておく。

 

 フゥ――ッ!

 

「はいはい、あっちいくよ~」

 私は手の代わりに尻尾を振って自分の陣地に戻り、焚火に枝を追加してから、ごろんと横になって眠りに落ちた。

 

「……ふわぁ」

 翌朝、朝日と共に目を覚ました私は大きく背筋を伸ばす。

 頭に付いた落ち葉を払い、寝ぼけ眼で辺りを見回してみたけど、入り口の近くに私が陣取っていたことでカラスが来た様子はなかった。

 この建物はどこかの会社だったみたい。事務机や書類を入れるトレイはあるけど、他にめぼしいのはないので近くの飲食店を巡ってみる。

 この壊れ具合だとまともな食料が残っているとは思えないけど、もう一つ欲しいものがあった。

「……これなら良さそう」

 廃墟の飲食店から見つけた物は寸胴鍋だった。別に料理のためじゃない。河まで水浴びに行くのは少し遠出になるので、その辺りの雪を集めて水を確保しようと考えた。

 ついでにビニールに包まれたままの新品のタオルもあったので、身体を拭くために貰っておく。

 

 建物に戻ってチラリとニャンコのいる場所を覗いてみると、昨晩置いたお肉がなくなっていた。水も飲んでくれたかな? トレイに水を足して、空のトレイを引き上げる私に、ニャンコはまだ警戒していたけど唸ることはなかった。

 馴れた……ってことはないと思うけど、あの猫の匂いでも残っていたのかなぁ。

 

 それから外に出て辺りを探索しつつ、ちょっかいを掛けてくるカラスを追い払いながら食事の準備を始める。

 今日は料理をしよう。外国産のトマト缶を牙ナイフでこじ開け、ある程度潰しておく。

 取っておいた鰐の脂をミルク鍋に入れて脂を滲ませ、イタリアンのお店で見つけた乾燥ニンニクを入れ、ある程度香りが出てきたら潰したトマトを入れてじっくりと煮込む。

 多少脂がはねても気にしない。その程度なら火傷もしない。そこに乾燥バジルとか適当に入れて塩で味を調えていると……。

 

 ミニャァアア――

 

「あ、ごめん、臭かった?」

 ニンニクがまずかったか……。カラスも匂いで騒がしくなった気がする。

 トマトをさらに潰しながら、一口大に切った鰐の肉を入れてコトコト煮込む。鰐の肉も最初に炒めたほうが良かったかな? まぁ、いまさらどうしようもない。

 そろそろいいかな……。菜箸がわりの木の枝でお肉を突いてみるとだいぶ柔らかくなったので、さて実食。

「……ん! まぁまぁ」

 適当だったけど、鰐肉のトマト煮込みはそこそこ食べられた。これでオリーブオイルとか使ったらもっと美味しいような気がするけど、見つけた物は『なんか駄目でしょ』って感じの色になっていたから諦めた。

 最後に残った大きな肉の塊を軽く水でトマトを洗い流し、牙ナイフで細かく裂いていく。

 これだけ味を抜けば食べられるでしょ。

「ここに置いていくよ~」

 プラスチックのトレイに肉を盛ってまた置いておくと、ニャンコは私をじっと見つめてまだ警戒しているようだった。

 そんな生活を数日続けていると――

 

 ――ミゥ――

 

「――はっ」

 自分の陣地で眠っていた私は微かな鳴き声に目を覚ます。

 まだ夜中だったけど、飛び起きてこっそりと覗いた私の目に仔猫を舐めるニャンコの姿が映る。

 良かったぁ……無事に産まれたみたい。ここからだとよく見えないけど、三匹? なるほどそれだけお腹にいたら動けないよね。

 これでよし。本当ならもう数日は見守っておきたいけど、これ以上肩入れはしない。

 でも……。

「最後のご飯くらいはいいか」

 

 翌朝、鰐肉を二塊出して小さく切っていく。それをミルク鍋に入れて水から煮て、その間に食べられそうな野草や木の芽を味見しながら、新芽の部分だけ刻んで少量加え、本当にちょっとだけお塩を入れて、水がなくなるまでじっくり煮込む。

 河で甲殻類でも獲れたら味も良くなるけど、まあ仕方ない。二時間ほどほぐれるまで煮てからそれをさらに細かくして、トレイに盛って扇いで冷ましていると……。

 

 ――ミゥ――

 

「え……?」

 座り込んで作業に集中していた私の膝元で、小さな仔猫が鳴いていた。

 は? え? なんで? 産まれたばかりでしょ? 十メートルくらいしか離れていないけど、ここまで来たの? 目も開いてないのに?

「お前は凄いニャンコだなぁ……」

 

 ――ミゥ――

 

 手の平に乗るほどの小さな仔猫。匂いに釣られたのか温もりを求めたのか、私の手の上でもぞもぞ動いて鳴き声をあげていた。

 仕方ないにゃあ。私は仔猫を手に乗せたまま、まだ少し暖かいお肉のトレイを持って母ニャンコのところへ連れて行くと、ニャンコは私と仔猫を見てジロリと睨んだだけで一声も鳴かずに私の手から仔猫を受け取ってくれた。

 なんとなく呆れているような感じで脱走仔猫を舐めて毛繕いしているニャンコの横に、私はそっとお肉のトレイを置いて背を向けたとき――

 

 ニャア~~~~~。

 

「ん? いていいの?」

 なんとなくそんなことを言われた気がした。側に座りこんだ私の横でニャンコが普通にお肉を食べ始め、あっという間に半分食べきるとそのまま仔猫に乳をあげていた。

 なんだろう……。最初はあんなに警戒していたのに。

お乳を飲んで眠っている仔猫を抱っこしても怒られなかったから、仲間認定でもされたのかも。

「……あれ?」

 ニャンコが寝床にしていたそこに奇妙な物を見つけた。ハンカチとか革の財布とか、寝床に使えそうな物をかき集めたらしきそこに、革のカバーに包まれた手の平大の機械があった。

「……携帯ラジオ?」

 最初は電卓かと思ったけどよく見ると違う。もしかして災害用? そう思ったのは、電卓のようにソーラーパネルが付いていたからだ。

 充電は切れていると思うけど、もしかしたらと思って仔猫を撫でながら日の当たる場所に置いてしばらくすると『…ジジ…』と微かな音がした。

 このラジオ、まだ壊れてない。慌てて周波数を弄ってみるがどこかに繋がることはなく、すぐに充電が切れて沈黙した。

 仕方ないか……とりあえず持っていこう。

 私は仔猫をニャンコに返して、ここから出る準備をする。

「それじゃ、そろそろ行くから元気でね」

 

 ニャア。

 

 念のためにここ数日でじっくり火を通しておいた鰐肉の塊を三つほど置いて、水のトレイを雨が吹き込みそうな場所に置いて出ていく私を、ニャンコは一声鳴いて見送ってくれた。

 ……たぶん、私が戻らないと理解しているな。巨大生物は知能が上がっていたけど、もしかしたら普通の動物もわずかに知能が上がっているのかもね。さて……。

「……お前らもしつこいね」

 

 ――カァ!

 

 仔猫が生まれたことに気づいたカラスたちが、建物の周りに集まっていた。

 十羽以上……たぶん、この辺りにいる全部のカラスが集まっているようで、近くの木に巣まで作っている。

 もう軽く追い払うのはやめだ。

 視界が明るくなるように私の瞳孔が縦長に細くなり、パキパキと音を立てて腕や脚の肌が波立つように真っ赤な鱗に覆われていく。

全身の〝熱〟が高まり、周囲に残っていた雪が水蒸気となって立ち上る中で、私はカラスたちをギロリと睨みながら、自分の〝気配〟をカラスたちに解き放つ。

「去れ」

 

 ――カァアアアアアア――

 

 私の〝竜の気配〟を受けたカラスたちが一斉に飛び立ち、脅えたようにあちこちぶつかりながら山のほうへ飛んでいった。

 ……少し脅かしすぎたかな? せめて仔猫が大きくなるまで戻ってこないならいいのだけど。

 念のために数本の巨大樹木に爪で傷を付けて縄張りを主張していく。

 そのとき――

〈…………ジジ……〉

 荷物に入れていたラジオが微かな音を立てる。荷物の隙間からお日様が当たっていたようで、適当に合わせた周波で音を立てたみたい。

 気に触るのでスイッチを切ろうとしたとき、ラジオから鳴るノイズが〝音〟に変わる。

 

〈……ジジ……ダレか…………デンパトウ……ジジ……ダレか……〉

 

「誰か……いる?」

 デンパトウ? 電波塔? 木の上に登って辺りを見回すと、山のほうにそれらしき赤い塔が見えた。あれとはまた違うかもしれないけど……。

「とりあえず行ってみよう……」

 寄り道になるかもしれないけど、もしかしたら人がいるかもしれないから。

 

   ***

 

 ――カァ――

 

 カラスたちは憤慨していた。巨大なバケモノが来ない安全な場所。そこを縄張りとするため小さな四つ足の生き物と争ってきた。

 空で自分たちに敵うものはいない。だがあの小さな四つ足は羽ばたけない場所に陣取り、無理に襲いに行った仲間もやられてしまった。

 仲間を殺した奴は絶対に許さない。そうは決めたがあの四つ足の生き物は常に二匹で行動しており、なかなかその機会は訪れなかった。

 だがあるとき、それが一匹で行動するようになった。下手な場所に入られてはたとえ一匹でも返り討ちになる。カラスたちは仲間を集め、集団で襲うことでその一匹を殺してやった。

 でもその程度では怒りは収まらない。もう一匹が孕んでいることに気づいたカラスたちは、子が産まれてから、目の前で子を食らってやろうと周囲を固め、それが餌を獲ることの邪魔をしはじめた。

 その行動に意味はない。

ただそれは、カラスたちがこの世界に生まれて初めて覚えた〝愉悦〟の感情だった。

 

 だがそこに〝二本脚〟の生き物が現れた。自分たちよりも大きいが空を飛ぶ自分たちに勝てるはずがない。何度かちょっかいを掛けてみたが碌な反撃もできないそれを、愚鈍なだけの動物だとカラスたちは甘く見ていた。

 しかし、違った。あれはそういう括りの〝生き物〟ではなかった。

 自分たちや四つ足の動物とも違う。あの巨大な生き物とも違う。あれは、この世界の根本から存在の違う〝バケモノ〟だと、一睨みで理解させられ、逃げ出さなくてはいけなくなった。

 それでもカラスたちは諦めていなかった。空を飛べる自分たちは王者だ。あの巨大な生き物でさえも自分たちに手を出すことはできない。

 もっと仲間を増やして必ず仕返しをしてやると決め、新しい寝床を求めて山にある大きな岩に近づいたそのとき――

 

 バサァアアアアアアアアアアアアアアッ!!

 

 巨大な〝岩〟が広がるように〝翼〟をはためかせ、飛び上がり巻き起こる風に巻き込まれたカラスたちを爪で引き裂き、その巨大な嘴で丸呑みにしていった。

 その巨鳥――巨大化したアンデスコンドルは、騒がしいカラスを食らい尽くすと、そのまま次の獲物を求めて、悠然と大空へ飛んでいった。

 

 




猫飼いたい……

ラジオから流れてきた声。
そこに待つものは。
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