竜娘が巡る終末世界【完結】 作:春の日びより
『ソウダッ! 話セバ、ワカル!』
「マジで……」
喋ったっ!? その巨大猿……あの高層ビルにいたゴリラと違って、茶色くて毛が長い……たぶん、オランウータン? だと思う。
確か森の賢者とかだっけ……? そのせいで喋れるとか正直腑に落ちないものがあるけど、そのオランウータンは五メートルもある巨体で、両腕を上げたまま私の様子を窺っていた。……その両腕を振り下ろされたら、私でも潰れそうだから、ちょっと怖い。
でもその姿があまりにもシュールで、私は萎えそうになる気力を振り絞って、角槍を向ける。
「敵じゃない、って言っていたけど、ここで何をしているの?」
『トンガリ、向ケナイデ! コワイ! ……オデ、ココデ、〝トモダチ〟待ッテル』
よく分からない。友達って? まぁ、それよりも……。
「どうやって言葉を覚えたの?」
ここに人間がいたの? 一番気になっていたことを訊ねると、オランウータンの巨大猿はたぶん笑うように顔を歪めて、嬉しそうな声音で話してくれる。
『オデ、〝トモダチ〟ト、オ話シ、シタカッタ!』
やっぱりところどころ意味の分からないオランウータンの説明を私なりに纏めてみる。
このオランウータンはやっぱりと言うべきか動物園関係だった。そして〝友達〟とはたぶんだけど、飼育員の人?
「言葉はその人から教えてもらったの?」
『ソウ! ズット!』
その飼育員の人は、前からオランウータンに文字や手話を教えようとしていたみたい。実際にこのオランウータンも簡単な手話はできると言っていた。
動物園の動物が巨大化し、力の強い巨大動物が相次いで動物園から外に出て、高くなった知能でこれまでの鬱憤を晴らすかのように人間たちを襲いに行ったが、その中で元々高い知能を有していたこのオランウータンは、狭くなった檻の中から出ることなく、飼育員の人間を、他の巨大動物から隠すように護っていたらしい。
『オデ、トモダチ連レテ、逃ゲタ。大キナ奴、コワイ。ニンゲン、トモダチ。デモ、ニンゲンモ、コワイ!』
「……人間が怖い?」
オランウータンはいまだに両腕を上げながら何度も頷く。
『ニンゲン、オデ、見ルト、痛イコトシテキタ』
このオランウータンも巨大動物だし、人間に見つかればそうなるのか……。
猛獣や力の強い巨大動物は檻を壊して逃げ出し、最初は巨大動物同士で争っていた。でも、それが本格化する前に人間が……警察か機動隊か猟友会か、大きな音が出る武器で攻撃をしてきたことで、〝巨大動物〟対〝人間〟となった。
結局時間の問題だったとはいえ、そこで明確に敵対してしまったことになる。
でもまぁ、仕方ないか。
それからこのオランウータンは飼育員の人を護ってこの電波塔まで逃げてきた。幸い食料もいくらか残っていて、こいつも動物を狩ったりして、その飼育員の人は知能が上がったオランウータンに言葉を教えていたそうだ。
まさか、ここまでお喋りになるとは思わなかっただろうけど……。
『ダカラ、オデ、ニンゲン、トモダチ。オデ、敵ジャナイ』
「……とりあえず、分かった。手を下ろしていいよ?」
『デ、デモ……』
「いいから」
私が怖い? だからかなかなか手を下ろさなかったけど、オランウータンは渋々といった感じで腕を下ろした。
……ドンッ。
「…………」
オランウータンは身体の中でかなり腕の割合が大きいためか、下ろすというより振り下ろされたように地面に響く。
……なんか面倒な奴だな。
いまいち信用はできないけど、それほど疑う理由もない。
まぁ、やっぱり面倒な感じがするのだけど、巨大生物が持つ、他者への優越感とか見下す感じとか、〝悪意〟が感じられないのでとりあえず信用して私も槍を下げた。
「……ラジオはその飼育員の人が?」
あのラジオから流れてきた声についても聞いてみる。こいつに言葉を教えていたのが飼育員の人なら、まだ生き残っている人間ということになる。
でも、このオランウータンはそれを尋ねると、微妙に顔をゆがめた。
『……トモダチ、消エタ。ダカラ、オデ、ラジオ流シテ、トモダチ、呼ブ』
「……え?」
よく分からないけど、飼育員の人はどこかへ行ってしまったのか、死んでしまったのかもしれない。でも、え? こいつが? このオランウータンがラジオを流していたの?
しかもその理由が、〝友達〟が欲しいから?
『ラジオ、流ス、ニンゲン来ル。オ前、来タ。トモダチ』
「あ~……、うん」
オランウータンが顔を歪ませて……たぶん、笑っているんだろうなぁ、と思われる顔をした。
それにしてもオランウータンにラジオの放送ができるとは……。いや、それを教えた飼育員の人が凄いのか。最近の飼育員の人は色々できるんだねぇ。
『デモ、今、使エナイ……』
「ん? どういうこと?」
今はラジオが使えない。どういうことかと訊ねると、オランウータンはついて来いと先を歩き出した。まぁ、このオランウータン……呼び方が長いな。
「君、名前は?」
前を歩くオランウータンにそう問いかけると、足を止めたこいつはちらりと振り返ってまた微妙に顔を歪める。
『オデ、トモダチニ、『ウータン』呼バレテイタ』
「うーたん……」
安直なっ!
とりあえず、ウータンの説明よりも直に見たほうが早いので私は大人しくついていく。
敷地の中には花壇のような場所があり、何気なく見ているとまだ残る雪に隠れるように、花ではなく野菜が植えられていた。
種類が多いわけじゃないけど、どちらかというと山でも手に入る野草類が多い気がした。
「……この野菜も君が育てているの?」
『ソウ! オデ、野菜好キ! デモ、肉ハモット好キ!』
「へぇ……。肉が好きとか、珍しい?」
ゴリラもそうだけど、猿は基本草食で、肉類は食べ過ぎるとダメなはず。……まぁ、それは人間でも同じだから、結局は嗜好の問題か。
『……アアアアアアアアアアアアアアッ!!』
「え!? なに!?」
突然声を上げたウータンに驚いていると、ウータンは慌てて門のほうへ走り出す。
『アノ肉! 食ベル!』
「ああ~~……」
さっき私が倒した巨大カモシカの肉か……。確かに勿体ないけど、なんか緊張感が削がれるようで思わず脱力した。
とりあえず巨大カモシカの解体は後にして、今は肉を冷やすために雪をかけて埋めている。
う~~ん……。巨大動物だからって警戒しすぎたかな? 下手に人語を話すせいか、ジンベエよりも分かり合えていない、というか、何を考えているのか分からない。
まぁ、いいか。とにかく悪意は感じないから。
ウータンがまず案内してくれたのは放送する機械がある場所だった。
放送室? スタジオ? とにかく機械がある場所は狭かったけど、ウータンは器用にその巨体を蹲るように小さくして、爪の先で傷だらけのスイッチを入れていくが、一瞬明かりが灯って、すぐに消えてしまう。
「そういえば電気は?」
『ソレッ!』
それが言いたかったとばかりに、ウータンは窮屈そうな部屋を出るとそのまま外に戻り、屋上まで案内してくれた。
「なるほど」
屋上には非常用なのか予備電源なのか、太陽光発電のパネルが並べてあった。でも……。
「割れてるね……」
また現物を見たことで〝知識〟が浮かぶ。確か太陽光パネルの寿命って十年とか二十年くらいだっけ? それ以上にひび割れたりして、壊れているものがあった。え? まさか。
「これを私に直せとか言わないよね?」
厄介ごとの予感にそう呟きながらウータンに視線を向けると、彼は慌てて首を振る。
『チガウ! パネル、他ニアル。デモ……』
どうやら規格が同じ太陽光パネルが近くにあるらしい。でも、そこは……あの巨大カモシカの群れが住んでいるらしい。
結局、厄介ごとじゃない!
次回、なんかもやもやしながらパネルの回収へ。