竜娘が巡る終末世界【完結】   作:春の日びより

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36 猿のトモダチ その2

 

 

『パネル、ココ』

 オランウータンの巨大猿……ウータンが寝床にしている放送局のロビーで、彼がこの地域の地図を見せてくれた。

 ウータンは身長五メートルもあるから、天井高が三メートルもあるロビーでもせせこましい。

 体育座りをするように身を縮こませながら、爪の先で小さな地図の本をチマチマ捲っている様子は、ある意味シュールな笑いを誘うが、話の内容がところどころ意味不明なので、戸惑いのほうが大きかった。

「……太陽光パネル発電所か」

 

 地図にある単語を読んだ瞬間、私の中にある〝知識〟と合わさり情報が浮かんでくる。

 確か、一時期エコとか環境とか意識高い人たちの間で流行って、各地で山を切り開いてそんな場所を作ったとか。……もう木々に埋もれてそうだけど。

 

「ここにある太陽光パネルが、屋上にあるパネルと同じ規格なの?」

『ソウダ。一緒ニ作ッタ、ソウ聞イタ』

「へぇ……誰から?」

 私が普通に疑問を口にすると、ウータンは悲しいのか怒っているのか少しだけ顔を歪める。

『ココニモ、トモダチ、イタ。デモ、消エタ』

 ここには最初から誰かが残っていた? でも、また〝消えた〟? 何処に行っちゃったの?

 もしかしたら局員は飼育員の人と一緒に南へ避難したのかもしれない。ウータンは巨大生物だから置いて行かれた? 普通にありそうだから困る。

 もっと細かいことを聞きたいけど、聞きづらそうな話題だし、どうせまた理解できない感じなんだろうなぁ……と思って断念した。

 

「まぁいいか……」

 私は軽く溜息を吐いて角槍だけを持って立ち上がる。

 とりあえず話を聞くのは後にしよう。たぶん話し始めたらすっごく時間かかりそうだし……。

 それにパネルを直してラジオを使えるようにするのは意味がある。あんな中途半端な放送ではなく、こちらの意図を発信できたら、生き残っている人間からコンタクトがあるかもしれないじゃない。

 この辺りには誰も残っていないかもしれない。でも、少しだけでも確率を上げておくのは無駄じゃない。

 

『ア、 ツバキ、待ッテ。パネル、五枚イルカラ、ヨロシク』

「え? ウータンは行かないの?」

 巨大猿に名前で呼ばれるのは違和感があるけど、そのインパクト以上にウータンが行かないことに驚いて問い返す。

『オデ、暴力、ニガテ。ココデ、パネル、直オス』

「あ……そう」

 なんだかなぁ……。君のその巨大な腕は見せかけなの? 平和的なのはいいんだけど、絵面的に逆じゃない? 私、ウータンの腕より小さいんだけど?

 人間と違って男が女を護る的な意識は薄くて、強いほうが戦う感じなのかも。

 でも適材適所とか、ここに残る理由が妙に人間くさい。

 

「……それじゃ、行ってくる」

『イッデラッシャイ』

 私は手を振るウータンを背に、パネルを外すための工具を持ってその太陽光発電所へ向かう。

 なんだろう……なんか納得感がない。

「……本当にこの工具で外せるの?」

 電波塔の放送局を出て、森を走りながら思わず手の中の万能レンチを見る。

 ……まぁ、最悪でも連結部分を槍で壊せばいいか。

「こんな発想するから暴力的なのか……」

 

 森を走りながら情報を整理する。

 ウータンの話では太陽光発電所を根城にしている巨大カモシカは残り、最低五頭。

 最後に見たのが数年前なので、減っている可能性も増えている可能性もある。

 私一人で五頭も倒せるかな? 一戦した感じだとこれまで戦った巨大動物よりも随分と〝気配〟が弱い気がした。ただ、弱い動物は力を得て知性を得たことで〝狡猾〟になっている感じがあるので、油断はできない。

 それでも、隙を突いて強襲すれば私でも倒せない数じゃない。

 ……そう言えば、高層ビル周辺を縄張りにしていた巨大猿は群れでいたけど、子はいなかった。さすがに繁殖力がないとは思わないけど、だとしたら他に子を作らない理由がある?

「う~~ん、わからん」

 ……後でウータンに聞いてみようかな。

 

 そのウータンが襲われていた理由は、餌の問題で争ったことがあるらしい。

 やれば出来るじゃない、と思ったけど、言葉の端端から推測するに、どうやらウータンは、その太陽光発電所からカモシカたちの餌としていた果実を、樹木ごと引っこ抜いて逃げたらしい。

 そりゃ襲われるわ。そう言えば、放送局に庭にそんな木があったような……?

 ウータンも考え無しにやったのではなくて、飼育員の人に食べさせるため……だと思いたい。

 ……だよね?

 

 思わずそのまま出ちゃったけど、もう夕方で森の中は暗くなっていた。

 一晩寝て、朝になってからでも良かったかなぁ。でもなぁ……なんでか自分でも分からないのだけど、言葉が中途半端に通じるせいか、ウータンの前で気を抜くことに微妙な抵抗がある。

 ……なんだろうね?

 私の竜の目なら暗闇でも問題ない。食料は適当に赤い木の実……桑の実? が生っていたのでそれを食べながら、地図を見てようやく太陽光パネル発電所らしき場所が見えた。

 らしき、というのは、木の上に登らないと見えなかったから。森に呑み込まれてはいなかったけど、月明かりに反射して光らなければ見落としてしまうところだったよ!

 元々森を切り開いて作られた場所だから大きな木は生えていない。偶然かそれを意図してか、パネルの隙間に生えていた新しい樹木は、果実が生っているものがあった。

 知能の向上、凄いなぁ……。

「…………」

 でも……。

 本当にこのまま戦っていいのかな? ウータンみたいに話せなくても、種から果実を育てるくらいの知性があるなら、平和的に解決できることもあるんじゃないかな?

 なんとなくそんな考えが頭に浮かび、私は角槍を地面に突き立てて発電所跡へと向かう。

 隠さない私の〝気配〟に気づいたのか、奥から数体の巨大カモシカが姿を現した。

 

「ねぇ! ここにあるパネルが欲しいんだけど!」

 一、二、三……。さすがに五メートル以上もある巨大動物が現れると威圧感あるなぁ。

意味が通じるかどうか分からないけど、そう声をかけると、巨大カモシカたちは互いに確認するように顔を見合わせ、木々の隙間に見えるパネルを指さす私に鼻をひくつかせ……

 ニタリと、まるで〝人〟のように笑った。

 

『ギィイイイイイイイイイイイイイッ!!』

 

 突然背後から二体の巨大カモシカが私へ飛びかかってきた。

「だよねっ!」

 私は一体目の体当たりを跳び避けると爪先から二の腕に真っ赤な鱗が波立ち、次に襲ってきたもう一体の体当たりに拳を眉間に叩き込んだ。

 ガァアンッ!

『ベェエエエエエエエエエエエッ!』

 体重の軽い私も吹き飛ばされたが、拳を受けた巨大カモシカの眉間もへこむように拳の痕がくっきりと残って、ふらついていた。

 ああ、もぉ! やっぱりこうなった! 

 もしかして、ウータンの臭いでも残っていた!? どんだけ恨まれてんの、あいつ!

『ギィイイイイイイイイイイイイイッ!』

 私が反撃をしたことで残りの巨大カモシカも叫びをあげて襲ってくる。

 私はゆっくりと息を吐き、自分の中の闘争本能に〝熱〟を入れた。

『――ギィイ!?』

 

 両腕だけでなく両脚も腿まで真っ赤な鱗に覆われ、尻尾にある大きな鱗が逆立ち、先端部分が鋭い刃のようにきらめく。

 瞳の瞳孔が細まって視界に映る光景を明るく彩り、全身の熱が吹き出すようにまだ微かに残る雪を蒸発させ、風が渦巻くように天に昇り、私の〝竜〟の気配が炸裂するように解き放たれた。

 

「――――――――――――――――――――ッ!!」

 

〝竜〟の咆吼が私の口から響き、ビクンと身を震わせ、一瞬硬直した巨大カモシカの一体に一瞬で飛び込んだ私は、そのまま真下から心臓目掛けて爪を繰り出し、バスケットボールほどもある心臓をメリメリと音を立てて引き抜いた。

『……ギギ』

 ……ドスン!

 ゆっくりと横に折れる巨大カモシカの横で、まだ痙攣する心臓に血塗れで齧り付く私を、巨大カモシカたちの脅えたように震える黒い瞳が映していた。

 

 巨大カモシカの力は他の巨大動物に比べて弱い。

 巨大ゴリラのように狡猾でもなく、闘争本能も高くはないだろう。

私はこの巨大カモシカたちに敵意はない。人間の姿に似ていても、私は〝竜〟であり、人間であろうと動物であろうと、心を通わせた相手以外はどうでもいい。

 でも……それでも私と戦うことを選ぶのなら私も全力で戦う。

 

 メキ……メキ……と、尻尾と角がわずかに成長するように軋みをあげる。

『――ベェエエエエエエエエエエエッ!』

 同胞を食らったことで私の力が増えたことに気づいた巨大カモシカたちは、声をあげるとそのまま山のほうへと走り去っていった。

「…………ふぅ」

 巨大カモシカの気配が消えて、私はほっと息を吐く。

 まぁ、別に倒せとは言われてないし、これでいいでしょ?

 

 




戦うだけじゃありませんからね。
ツバキは本気を見せることで戦いを最小限に留めました。
次回、パネルの設置。
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