竜娘が巡る終末世界【完結】   作:春の日びより

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38 猿のトモダチ その4

 

 

「……人骨?」

 ウータンの大事なもの。それが仕舞われているという屋内駐車場には、おびただしい数の人骨らしきものが置かれていた。

 すっかり日が暮れて暗くなっていたけど私の目にははっきりと見える。猿とか他の獣の骨じゃない。その中で、左右に積み上がる人骨とは別に、一番奥で壁に寄りかかるような一体の人骨が目についた。あれは……。

 

『ツバキ』

 わずかに外の明かりを差し込んでいた入り口に陰が入り、そこにいつもと変わらない声のウータンが私を呼び止める。

「ウータン……これ、どうしたの?」

 私もできるだけ声音を変えずに静かに問うと、ウータンも身をかがめるようにそっと駐車場の中へ入ってきた。

『ソレ、大切ナモノ。ダカラ、触ッタラ、ダメ』

「これが……?」

『ソウ、オデノ〝トモダチ〟』

 どこか寂しそうにそう言ったウータンは、立ったままの私の横を通り過ぎて、一番奥にある壁にもたれかかった人骨をそっと撫でた。

「友達は〝消えた〟って言っていなかった?」

『ソウ、消エタ。ダカラ、モウ、オ話シ、デキナイ』

「……?」

 

 もしかしたら、死んで、その存在がいなくなったから『消えた』?

 でも、普通の動物でも子や親を失ったら悲しむという感情はあるはずだよね? 犬や猫だって家主が悲しんでいたら寄り添うようなそぶりは見せる。それがもっと高い知能があるオランウータンがそれを理解できないとかあるのかな……?

 それとも単純に言語力の差か……。

〝亡くなった〟から〝無くなった〟ってこと? ウータンは言葉の意味を勘違いしていた? 下手に言葉が通じるせいで、意味のある言葉を求めすぎたのかもしれない。

 

「それじゃ、ここはお墓?」

 私がここを見て最初に感じたのは、ウータンが『人を食べていた』という疑念だ。

 私は〝竜〟だけど、〝人〟の姿をしているせいか意識が人に近く、親近感を覚えて婆ちゃんには随分と感情移入してしまったが、それ以上にジンベエやあの猫のように心が通じ合えるかどうかが重要だと思っている。

 ウータンは人間に襲われたから、ここへ逃げてきたと言っていた。

 ウータンは巨体故に大量の食べ物を必要としている。だから……と言うわけではないけど、襲ってきた人間をウータンが食べてしまったことを、普通の食べ物で生きていける私が責めるのは、少し違うと思っている。

 私だって種類は違うけど、巨大生物を食べてきたのだから責める資格はない。

 ただ……その〝トモダチ〟はどうして亡くなったのか?

 

 そのトモダチの墓かと訊ねた私にウータンが振り返る。

『……オハカ、ナニ?』

「その亡くなった人の亡骸を弔う……で、通じるかな? その人骨をえっと……大事にする場所なのでしょ?」

『ソウ! 大事!』

 私の言葉にウータンが嬉しそうに? 相変わらずオランウータンの表情はいまいち分かりにくいけど、頷いていた。

「それなら、私も弔っていい?」

 

 拝むも祈るも、宗教も神様も信じていない私たちには無縁なものだから、そういうそんな言葉を使った。

 お線香もないし、その人が仏教徒かも分からないけど、私がそんな事をしようかと思ったのは、婆ちゃんのことを思い出したのと、ウータンから私を騙そうという〝悪意〟を感じなかったからだと思う。

 

『トムラウ、ナニ?』

「私も大事にしていい?」

『イイゾ! ツバキモ大事ニスル!』

 なんとか伝わった……のかな? 正直埋めてあげたい気もするけどウータンの大事なものを勝手にすることはできないよね。

 一番奥にあるから、さすがに暗くて細部までは見えないけど、その人の前で膝をついて手を合わせたとき、ふと微かな違和感を覚えた。

 外から差し込む、雪に反射した月明かりが微かに陰る。

 

 ドゴォオオンッ!!

 

 砕けるコンクリート。飛び散る破片……。

「……なんのつもり?」

 即座に飛び退いた私の言葉に、その巨大な両腕で床を打ち砕いたウータンが慌てたように声をあげる。

『違ウンダ!』

「――っ」

 ドゴォンッ!

 落ちていた大腿骨に足を取られ、体勢を崩した瞬間にウータンの腕で壁に叩きつけたれた。

「くっ」

 内臓を傷つけたのか口の中に血の味が滲む。私を押さえつける手を振りほどこうと力を込めてみるが、オランウータンの怪力でビクともしなかった。

 

『オチツイテ、ツバキ! 〝トモダチ〟壊レル!』

「どの口が言っているの!」

 ウータンは私を押さえつけながら、壁にある人骨が壊れていないか気にしている。どうしてこんなことをしたのか気にはなるけど、そこでやっと先ほどの違和感に気づいた。

「ウータン……その〝トモダチ〟……どうして腕を縛られているの?」

 

 壁に寄りかかった、ウータンが〝トモダチ〟と呼んだ人骨は、手首から先の部分が壁に結わえ付けられて残っていた。

 まるで監禁でもしていたような有様に私が睨むと、ウータンは困ったような顔をする。

 

『オデ、〝トモダチ〟大好キ。デモ、オデト、子ツクル、嫌、言ッタ』

「……まさか、ウータン」

 

 何故か分からないけど、そのとき人骨から何かが流れ込んでくるように、私の脳裏にその光景が微かに浮かぶ。

 そこからは私の考察交じりになるけど、ウータンの飼育員はまだ若い女性だった。

 動物園で育ったウータンの母親は子の育て方が分からず、育児放棄されたウータンを育てたのはその飼育員の女性だった。

 ウータンはその飼育員を母親とは思わなかったが、彼女とその周りがよほど愛情を注いでくれたのか、ウータンは若い人間の女性を〝仲間〟だと思うようになった。

 おそらくウータンの言う〝トモダチ〟とは『仲間』のことで……〝大事なトモダチ〟とはたぶん『(つがい)』のことだ。

 その飼育員が何故死んだのか? その人骨を見れば分かる……。

 番となることを拒絶して逃げようとしたところを、手脚を折られて監禁され……この飼育員の遺骨は、腰骨の部分が砕けていた。

『デモ、モウ寂シクナイ! 〝トモダチ〟来テクレル! ツバキ、イル! オデ、大事二スル!』

 

 電波塔で人を集めていたのは、次の〝トモダチ〟候補を捕まえるため。

〝トモダチ〟である若い女性以外は、殺して肉として食べる。その骨をわざわざ積み上げるように残していたのは、きっとそのほうが〝トモダチ〟が大人しくなるからだろう。

 私を襲ったのは、手脚を折って動けなくするため。

 見た目は若い女である私を、次の〝大事なトモダチ〟とするために……。

 

「……言葉って難しいね」

『ツバキ?』

 私の呟きにウータンが不思議そうに首を傾げる。

 言葉が通じれば意思は伝わると思っていた。話ができれば心が通じると思っていた。

 でも、違った。

 ジンベエのように言葉は通じなくても気持ちは通じる。

でも、根本的に違う生き物は、言葉が通じても気持ちは通じていなかった。

 だから……〝サヨナラ〟。

 

 ――ぁあああああああああああああああああああああああああ――

 

『ツ、ツバキ!?』

 押さえつけられたまま声をあげ始めた私にウータンが狼狽える。きっと私を掴んだ手は、かなりの〝熱〟を感じているだろう。

 ごめんね、みんな(・・・)……。埋葬はできなくても火葬(・・)はしてあげる。

 

 ――〝竜の息〟――

 

 ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!

『ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアッ! ナゼ!? ドウシテ!?』

 いつもの閃光の熱線ではなく、私の口から溢れた膨大な炎が瞬く間に駐車場を火の海に変える。

『……ナゼ……』

 数千度の高熱に炭化しながらも、ウータンは最期までそう呟き、炎の中で燃え尽きていった……ウータンが殺した人たちの亡骸と共に。

 私は炎の中でそれをじっと見つめ、溜まった息を吐くように呟いた。

「……それが分からないから、私たちは〝敵〟になったんだよ。ウータン」

 

 駐車場から燃え上がった火の手は徐々に電波塔全体へと広がった。

 電波塔の敷地はコンクリートの壁に覆われているので、森への延焼は無いと思う。

 私は燃え上がる炎と天に昇っていく、沢山の〝光〟を見つめる。

 たぶん私はまた進化したのだろう。意思のある生き物の死に多く触れたことで、私の竜の瞳は天に昇る〝魂〟を視ることができていた。

 それが本当に魂か分からない。本当に魂が存在するのかも知らない。でも、それを視ることや、意思のある残留思念を読み取ることも、私が〝人型〟で生まれた理由のような気がした。

 

「結局、成果は何もなかったな……」

 ただ、平和に暮らしていたウータンを殺して、ウータンに殺された魂を救っただけだ。

 今の私にはそれが正しいことかさえ分からない。

 ただ今は、少しだけ誰かに会いたかった。

 そのとき――

「……ん?」

 遠くで……山の向こうで微かな音がして、一つの花火が上がり夜空に小さな花を咲かせる。

「人が……いる?」

 あの短い放送が聞こえていたのか、誰かが自分がいることを知らせてくれた?

 方向は……西? 北西? 私の目標としている人が避難する南ではないけど……それでも、これを無視することはできなかった。

「行ってみますか!」

 私は荷物を肩に担ぎ、角槍を持って旅立つ方角へ目を向ける。

「…………」

 そのとき何か視線を感じた気がして振り返る。

 でも何も見つけることができず、思念の残滓でもあったのだろうかと、軽く手を振りすぐに背を向け、新たな目的地へ一歩踏み出した。

 

 暗い森の中で、私と同じ歳くらいの制服を着た女の子が、微笑んでいたような気がした。

 

 




異なる生物とはの会話は難しいですね。
ファンタジーの精霊や神様との会話は、ちゃんと通じているのでしょうか?
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