竜娘が巡る終末世界【完結】   作:春の日びより

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40 廃墟の村落 後編

 

 

「……来た」

 私は角槍を構えて村落を囲む森の一角を睨みつける。

 ――ズズン。

 遠くから響く地響き。メキメキと音を立てて巨大樹木がへし折れ、森の中から黒い物体がゆっくりと姿を見せ、私を威嚇するように後ろ脚で立ち上がる。

「ヒグマ……」

 本来なら本州にはいないはずの熊だけど、あの巨体なら北海道からでも渡ってこられるかもしれない。

 四つ脚でいたときから高さで五メートル近くあったが、立ち上がったその体高は周囲の巨大樹木にも見劣りしない、十メートル以上あった。

 その口には息絶えた巨大鹿の死骸を咥え、私の姿を視認した巨大熊は、ガツン、と音を立てて巨大鹿の首を食い千切り、高い知能を示すようにニタリと笑ってみせる。

 

『ゴァァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

 

 私に向けて牙を剥き、咆吼一つで周囲の木々を震わせて、周囲の森から小鳥たちが一斉に飛び立つ。

「まいったなぁ……」

 あの巨大熊は、大きな鹿丸ごとよりも、小さな私のほうをご所望らしい。

 巨大生物に宿る不思議な〝力〟――。

 私がその力を多く宿す生肉や生き肝に美味しさを感じるように、あの巨大熊も〝私〟の血に宿る〝竜〟の力を求めているのかもしれない。

 それとも本能的に〝私〟を敵と見なしたか――。

 

 ヒグマ……この国だけでなく地上に置いて最強の捕食者。

 でも、私はお前たちの捕食者……〝竜〟だ。

 

『――――――――――――――――――――――――――ッ!!』

 

 私も巨大熊に応えるように〝竜の咆吼〟を夜空に放ち大気を震わせる。

 夜の闇を明るく変える竜の瞳が、咆吼の〝選別〟によって気死して雨のように落ちていく小鳥たちを捉える中で、私の両腕と両脚が二の腕と腿まで真っ赤な鱗に覆われ、長く伸びた尾の鱗が刃のように逆立ち、四本の角が頭部を守るようにわずかに広がる。

 全身から発せられる〝熱〟が踏み潰した落ち葉を燃え上がらせる炎の中で、私は灼熱するように赤く染まった角槍の切っ先を巨大熊に向けた。

 

『……ガァ』

 私の〝変貌〟を見て、咆吼の選別に耐えた巨大熊は、退くことなく警戒するように唸りをあげ、全身の毛を逆立てるように前脚を地に着けた。

 さあ決めようか。

 どちらが〝捕食者〟か。

 

 ダァンッ!!!!

 巨大熊の後ろ脚が大地を抉り、私の脚が地面を蹴るように後方へ吹き飛ばす。

 奇しくも以前戦った巨大猪戦と同じ構図。でも、今の私が以前の私と違うように、巨大熊にも敵を殺すためだけの牙と爪がある。

 ガキンッ!!

 私の角槍の一撃を巨大熊の横なぎの爪が打ち払う。

「このぉ!」

 私も角槍を弾き飛ばされたりせず、角槍を使って受け流しながら片足で地面を蹴るように飛び上がり、身体を回転させながら、牙を剥く巨大熊の横っ面を尻尾でぶっ叩いた。

 バチィンッ!!

『ガァアアアアアアアアアアアア!!』

 尻尾の攻撃は大きなダメージじゃない。でも、鞭のようにしなる尻尾の一撃は強烈な痛みがあったのか、巨大熊が思わず顔を仰け反らせた。

「ハァア!」

 即座に角槍を構えた私が飛び出し、頭部に向けて槍を突き出す。でも、巨大熊も即座に気づいて巨大な腕で打ち払う。

 咄嗟のことで爪を立てる間もなく甲で打ち払われたが、巨大な筋肉で吹き飛ばされた私の身体は数十メートルも吹き飛ばされ、直線上の大地を抉るように廃墟の一つに突っ込んだ。

 

『ゴォアアアアアア!』

 地面を抉りながら地を駈ける巨大熊の気配。その巨大な腕と爪を私が埋まった廃墟の瓦礫に打ち下ろす。

 ドゴォオン!!

 大量の瓦礫と土埃が舞い――

 

「――ぁああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 

 私は廃墟に埋まりながらも〝気配〟の方向へ、閃光の〝竜の息〟を撃ち放つ。

 ドガァアンッ!!

 でも、その一撃は咄嗟に身を躱した巨大熊の肩をわずかに抉るだけで、転がるように後退した。

 ……ガダンッ。

「……ぺっ」

 竜の息の熱で燃え上がる瓦礫の中から立ち上がった私は、口の中の土埃を血が混じった唾で吐き出した。

 

 ――パキン……。

 意外とダメージを受けていた身体が再生を始め、修復した傷を覆っていた鱗が剥がれ落ちて、砕け散る。

『ガァアア……』

「…………」

 私たちは再び距離を置いて睨み合う。

 私もダメージを受けていたが巨大熊も無傷じゃない。でも問題は、私の奥の手である〝竜の息〟を躱されたことだ。

〝竜の息〟は〝熱〟を叫びで撃ち放つもので、撃つまでに数秒かかる。それだけあれば敏捷な動物なら避けることはできるし、巨大熊もこれから警戒するだろう。

 ああ、もぉ! 無駄撃ちして体力減らしちゃったじゃない!

 

 私は周囲の燃える炎から熱を取り込むように全身の熱を高め、さらに赤みが増した角槍を強く握りしめた。

『……グルルルゥ!!』

 そんな私の姿に手傷を負った巨大熊は怒りを込めるように唸りをあげる。でも、私を脅威と見て即座に攻め込んでくることもない冷静さがあった。

 私も遠距離は躱されるけど、お前はどうする? 私以上にお前は近接しか手はないはずだ。そう思ったそのとき――

 

『ゴァァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 突然腕を振り上げた巨大熊が地面を爪で抉り取るように、大量の岩石を弾き飛ばす。

 巨大な岩が爪で砕かれ、散弾のように私に向かって撃ち放たれた。

「――っ!」

 砕かれたと言っても握りこぶしよりも大きな石が弾丸のような速さで来るなら、私の鱗でも数発受けたら大きなダメージになる。

 角槍を盾にするように私も跳び避けるが、それでも幾つかの石が手脚にぶち当たり、体勢を崩した私が瓦礫の中を転がった。

『ゴォオ!!』

 それを見た巨大熊が一瞬で地を駈け迫り来ると、巨大な爪を振り下ろす。

 私は瓦礫の中で手に触れた何かを咄嗟に巨大熊の顔面に投げつける。

 思っていたものと違っていたら大変だったが、想像通り埃にまみれたシーツを顔面に受けた巨大熊は視界を塞がれ、私はそこに角槍を突き出した。

 

「ハァアアアアアアア!!」

〝熱〟を込めた角槍の切っ先が灼熱して真っ赤に染まり、シーツを燃やしながら巨大熊の首に突き刺さり、巨大熊の爪も私が盾代わりにした私の腕の鱗を引き裂いた。

『ガァァアアアアアアアアアアアアア!!』

「――ッ!!」

 私の腕から血が噴き出し、首から血を噴き出しながら傷口の周囲が燃え上がる苦痛に巨大熊が叫びをあげる。

 それでも戦意を失わない巨大熊が二本脚で立ち上がり、その目がギロリと私を睨む。私も巨大熊を睨みながら無事な右手に角槍を構えて飛び出した。

 

『ゴァアアアアアアアアアアアアア!!』

 ドゴォオン!!

「――っ!」

 突如、地面が爆ぜ、大量の土と瓦礫と共に私を蹴り上げた。

 先ほどの飛礫といい、今の前蹴りといい、やはり知能が高い。でも……。

「お前……脅えたな」

 巨大熊は私から距離を取ろうとした。知能が高くなったことで厄介な敵となったが、その弊害として野生の暴力性が下がり、生存本能が強くなった。

 私の遠距離攻撃なら避けられる。お前はそう考えたのかもしれない。

 一旦距離を取ってまた飛礫による奇襲をすれば、小さな爪や牙しかない私を食い殺せると思ったのだろう。

 でも――

「私の〝牙〟は一つじゃない!」

 人型である意味を思い知れ。

 右手に握る角槍に最大の〝熱〟を込め、尾で弾くように全力で投げつけた。

 

『――ゴォオオオオオオオオオオ!!』

 音速を超える灼熱の槍は、咄嗟に盾にした巨大熊の手の甲を貫通して、そのまま喉元に突き刺さった。

 深く突き刺さった角槍から炎が溢れ、顔面を火で炙られた巨大熊の視界を塞ぐ。

 そのまま尾の反動や舞い飛ぶ瓦礫を蹴るようにして宙を駈けた私は、突き刺さった角槍を足場として巨大熊に取り付いた。

 これで終わりだ!

 

「――ぁあああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 

 至近距離から吐く〝竜の息〟――灼熱の炎が巨大熊の顔面を焼き、そのまま周囲に広がる。

 その炎はまるで何かに導かれるように村落全体を包み込み、私が掘り返した部分を境としてその中を炎の海に変えた。

 ――ギシッ。

 眼球の水分さえ蒸発し、肺の中さえ焼く炎の中で巨大熊の腕がわずかに動く。

「ハァアアアアアアアアアアア!!」

 私は足場にしていた角槍を掴み、真っ赤に燃える角槍で、巨大熊の咽から胸下まで焼き切るように切り裂いた。

 ジュシャァアアアアアア!!

 噴き出す血がその場で蒸発する。私は傷口に角槍を突き立て、角槍を梃子のように踵で蹴りつけるようにその心臓を抉り取る。

 

 ――――ドドォオン!

 炎の中に仰向ける倒れる巨大熊。私のその上で角槍に突き刺した巨大な心臓を掲げ、夜空に叫びをあげた。

「私の勝ちだぁあああああああああああああああ!!」

 

 ふらりと大の字に倒れた私の目に、燃える村落の炎で照らされた夜空に昇っていく、幾つのも魂が見えたような気がした。

 

 

 




〝竜〟として少しずつ力と心を成長させていきます。
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