竜娘が巡る終末世界【完結】 作:春の日びより
「どうした? ツバキねーちゃん」
「うん……」
今日は朝から微かな不安を覚えていた。う~ん……ちょっと違う?
嫌な予感とも違うし、胸騒ぎとも、違うし、虫の知らせ……? 私が〝竜〟だからって超常的な直感とも違うし、不穏な空気というか、なんか嫌な感じがした。
「どうしたの?」
首を傾げる私に、幼児たちを連れたリンが寄ってくる。
本日は、森というか森に呑み込まれた野生化した野菜を、小学校の校庭を畑にして植えられるか試していた。
元々農家さんが植えていた野菜なのだから、ちゃんと畑にすれば収穫量も増えそうだし、手入れをすれば虫がつかなくなって苦みが減るかもしれないと、図書室で見つけた農業関連の本を片手に自然農業の肥料や自然農薬の作り方を調べて、畑を作っている。
そんなときに私が神妙な顔で……
「なんか、ツバキねーちゃんが変な顔してるんだよ」
変ってなに!?
「ちゅばき」
てとてとと駈けるようにソラが私の脚に縋り付く。
三歳のソラは幼いからか一番私に懐いている。……あんまり懐かれると出ていくとき困るのだけど、いつもとはなんか違うような気がして、両脇を持って抱き上げた。
……おや?
「……ソラってちょっと耳が尖ってる?」
今まで気づかなかったけど、ソラの耳がほんのちょっとだけど尖っている。他の子たちを見てもみんな耳は丸いので、ソラだけの特徴?
「ああ、ソラはそんな感じだね」
「リクとか、ちっちゃい牙があるもんねぇ」
「うん!」
リクが走ってきて、イーっと歯を剥き出すと、確かに犬歯がちょっとだけ長かった。
子どもたちは気にしていない。確かに気にするようなことじゃない。リクくらい八重歯が長い人もいるだろうし、耳の形が違うとか普通にあるだろう。
でも、この子たちの身体能力を見ていると、私のような卵から生まれた人外ではなくても、なんか今の世界に適応しかけているような感じもするんだよね。気のせいかもしれないけど、ちょっと不思議に思えてしまう。
「ちゅばき!」
「あ、ごめんね、ソラ」
ずっと抱き上げたままのソラに怒られた。いつもは抱き上げると喜んでくれるのに今日は大人しくて、ついつい耳を凝視してしまっていた。
「あれ?」
「う~~」
いつものソラと違う。いつも無邪気に笑っているソラが顔を顰めて、持ち上げていた私の手を強く掴んでいる。
「どうしたの? ソラ」
「どうしたんだ?」
その様子にリンやアキが近づいてくると、ソラが顔を顰めながら遠くを見た。
「ふるふるしてる」
その言葉にアキとリンが顔を見合わせて顔に疑問符を浮かべる。
ふるふる? どういうことだろう……と考えていると、私もそれに気づいて、慌ててソラをリンに渡してしゃがみ込み、地面に耳を当てた。
「ど、どうしたんだ、ツバキねーちゃん?」
「しっ……」
静かにするようにお願いすると、子どもたちが自分の口を押さえてじっとする。そして私に耳……その肌や角に、微かな振動が伝わってきた。
そうか! 直感や嫌な予感なんて曖昧なものじゃない。〝竜〟としての私の感覚がそれを捉えて〝不安〟という形で感じていたんだ。
「……何か来る」
遙か遠くから絶え間なく続く振動。大きなものが沢山……たぶん巨大動物の群れのようなものが迫っている。
「たぶん……馬の群れだと思う」
「そうだ! 寒い季節が終わったから、あいつらがまた来ているんだ!」
リンの呟きに答えるようにアキがそれを教えてくれた。
「それってアキとリンが誘導して追っ払ったって奴? 周期的に来ているの!?」
「うん……」
私が訊ねるとリンは少し言いづらそうに顔を顰めて肯定し、彼女に変わってアキが思い出すように話してくれる。
「いつもは大人たちのいる所や、野菜を植えている畑を荒らして帰って行くんだ。一回、大人たちが飛び込んできた一体を倒して去年は大人しかったから、今年は来ないかも、って思ってたんだけど……」
「そんなわけないでしょ」
話していたアキの言葉を遮るようにリンが不機嫌な声を出す。
「バカなのよ。あの人数なら沢山畑を作らなくてもいいでしょ? それなのに去年は草原にまた火を付けて、すっごく沢山焼いて慌ててた」
「そう……」
焼き畑農業? 素人が畑を作ろうとして予想外の範囲を燃やして、巨大になって大量の食料を得るために周回していた馬たち食べ物……草原を焼いてしまった。
もしかして、あの人、馬たちに報復される前に逃げ出した? 私が現れたからとか色々理由を付けていたけど、あのときそれを黙っていたのは?
私たちまで逃げ出さないように? 嘘でしょ? 人身御供にでもしようとしたの!?
「――っ」
「ねーちゃん?」
「ごめん、なんでもない」
一瞬、怒りそうになったけど、それが二十名以上の命を抱えたリーダーの決断だとしたら、納得はできないけど、理解はできる。
出来るけれども――っ!
「アキ、リン! 小さい子たちをお願い! 様子を見てくる! すぐ戻るから!」
「あ、俺も行く! リン、頼むな!」
「え……うん」
一瞬唖然としたリンと小さな子を残してアキが来る。正直言って危ないし、私一人のほうが早く動けるけど……。
「行けるの?」
「任してよ、ねーちゃん!」
アキは若干の緊張を誤魔化すようにそう言って笑う。
彼だってこれまでリンと二人で小さい子たちを守ってきたんだ。これからも同じことがあるとしたら、アキだけで動く必要があるかもしれない。そのときのために、私がいるうちに経験を積んだほうがいいと判断した。
彼らはただ庇護される存在じゃない。
「行くよ!」
「おう!」
角槍を持って振動を感じた方角へ走り出した私に、アキも走り出してついてくる。
アキは脚の速い馬を誘導したと言うだけあって瞬発力はある。さすがに私のようにジャンプで建物の屋根の飛び移ったりはできないけど、それでも段差や木の枝を使って、少し遅れながらもついてくることができていた。
身体能力もプロのアスリート並はあると思う。でも……まだ人間の枠は越えていない。
アキが大人になれば分からないけど、今はまだ私と違って人間の範疇にいるアキが無理をしないように私たちは廃墟の街を駆け抜けた。
でも……
様子を見るとか、もはやそんな段階ではなかった。
「ねーちゃん……なんだあれ?」
「…………」
掠れたようなアキの声に私も答えられず言葉を失う。
子どもたちのいる小学校の廃墟から、大人たちのいた刑務所跡まで数キロの距離がある。まともな道路が埋もれた今だと辿り着くだけでも一時間は掛かるが、私とアキなら樹木や建物の屋根を使って数十分で辿り着けるはずだ。
でも、そんな必要すらなかった。
出発して十数分……。方角を確かめるためにひときわ高い巨大樹木に登った私たちは、まだ遠く小さく見える刑務所跡を踏み潰す、巨大な影を見た。あれは――
――ズンッ。
「……象だ」
それが一歩踏み出すごとに誇張なしに地面が揺れる。
けして小さなものではない広い刑務所が……これまで巨大動物の襲撃を防いでくれていた高い外壁が、ただ歩くという行為で易々と踏み潰された。
体高、五十メートルもありそうな巨大象。元々大きな生物が巨大化するとここまで大きくなるものなの? 海で見た〝島クジラ〟ほどじゃないけど、地上で見る怪獣のような威圧感は脅威でしかなかった。
「お、大人たちは? やられちまったのか……?」
「……たぶん大丈夫。あの人たちは、もっと前にあそこから離れたはずだから」
「そう、か」
アキが少しだけ傷ついた表情を浮かべる。捨てられた。そしてまた見捨てられた。
頭が良くて達観しているように見えても、アキもまだ子どもなのだ。
大人たちはこれを知っていた? 少し怒りも湧くけど、あれが来る前に逃げ出せたのは良かったのもしれない。でも、そこに人間がいないと分かったら、この辺りにいる人間を標的にするかもしれないと気づく。
「アキ、みんなの所に戻るよ。あれが私たちに気づく前に私たちも……」
「待って、ねーちゃんっ! あれ!」
子どもたちの避難のために戻ろうとした私をアキが呼び止める。
「馬が……」
土埃に紛れて分かりにくかったけど、体高五メートルもある巨大馬が十数頭……それが巨大象の足下を駆け回り、小学校とは逆方向――〝南〟へ誘導しているように見えた。
「……一度、戻るよ」
「うん……」
私もアキとそれに気づいた。あの巨大馬たちは復讐のために人間を――あの場所にいた大人たちを殺そうと巨大象を連れてきた。そして、移動した痕跡を見つけて、さらに追って確実に仕留めることを選択した。
巨大動物たちは……あの大人たちを憎しみで殺す。
「……え?」
小学校に戻った子どもたちがあまり衝撃を受けないように報告すると、それを正確に理解したリンが顔を顰める。
「うん……。それなら私たちも早く逃げたほうが……いいよね」
リンにしては歯切れが悪い。もうどうしようもないことだと理解して納得しようとしているが、生来の優しさが大人たちを見捨てることに罪悪感を抱いている。
逆に幼い子たちのほうが気にしていない。うっすらと両親の記憶は残っているのかもしれないけど、捨てられたのが幼すぎた。アキとリンが一生懸命、兄として姉として愛してあげたので、その思い出は二人の優しさで上書きされてしまったのかも。
でも――
「それでいいのか?」
「アキ……」
苦渋の決断をするリンをアキが真剣な眼差しで見つめていた。
「リンはあいつらを死なせたくないんだろ? あいつらが馬に襲われていたとき、リンは誘導してでも襲撃を逸らしていたもんな」
アキやリンが馬を誘導して追っ払った話は、自分たちのためではなく大人たちを助けるためのものだった。
「でも、仕方ないじゃない……あの人たちは私たちを切り捨てたのよ! 私はあの人たちより、みんなのほうが大事よ!」
我慢していた事柄を突かれたリンが何かを堪えるように声を荒げ、ヒナとリクがそれを慰めるようにリンの手を握る。
「やってみないと分かんないよ! オレとツバキねーちゃんと二人でなら、誘導するのは無理でもちょっとくらい時間を稼げるさ、な?」
「そうだね」
「無茶よ! それなら私が行くわ!」
リンの疵になるくらいならそのほうがいいと、アキは同意を求めて、私がそれに頷くと、リンは驚いて声を振り絞る。
頭のいいリンは、たぶん大人たちの苦悩もある程度理解している。だからそのぶん悩んで心を痛め、アキはそれを取り除きたくて勇気を振り絞り、小さな子たちは純粋に心配していた。
それなら……〝私〟のやることは決まっている。
「二人とも残って小さな子を守って。私が一人で行く」
子どもたちの心を守るため、一人で立ち向かうことを決めた花椿。
その戦いは……
上手く区切れませんでした。