竜娘が巡る終末世界【完結】   作:春の日びより

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51 生きる子どもたち その10

 

 

「――――――――――――――――――ッ!!」

 逃げる大人たち、それを踏み潰す巨大馬を前に、私は全力で〝竜の咆吼〟を解き放つ。

 人間たちの一部が弾かれるように顔を上げ、半分以上の人間が〝選別〟に耐えられずに気絶していく。

 でも、気絶しなかった人間たちも〝選別〟に耐えられたわけじゃない。彼らは気絶できなかっただけで、恐慌を起こしながら正気を失い脅える瞳を〝私〟へ向けていた。

 でも、心に傷を負っても死ぬよりはマシだ。まだ八頭も残っていた巨大馬たちは私の〝選別〟に耐えきり、脅えるどころか突如現れた巨大動物すべての〝天敵〟に、人間のことなど目もくれず身構えている。

 そうだよ。お前たちの相手は脆弱な人間なんかじゃない。

 この〝(わたし)〟だ。

 

『ブォボォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 ひときわ大きな巨大馬の一頭が嘶き、その個体がボスなのか、残りの馬たちが一斉に地を蹴り襲いかかってくる。

 それはまるで津波のよう……。すべてを踏み潰すように迫り来る群れは、戦車や軍隊でも潰すことができるだろう。でも、だからこそ私は両足で大地を踏みしめ、津波を切り裂くように声を張り上げた。

「ああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 一閃。声が〝熱〟に変わり、私の口から放たれた灼熱の閃光が、先頭にいた二頭の馬を切り裂いて空へ消えていく。

 体力は消費するけど最初に大技を入れたことで、余波を受けた他の馬たちが脅えるように一瞬足を止めた。

「たぁあああああああああああっ!」

 その瞬間に跳躍した私は腕に〝熱〟を込めて、灼熱した角槍を前に出ていた一頭に突き刺した。

 

『ブルルォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 でもその瞬間、立ち止まった他の馬を押しのけるようにボス個体が立ち止まった私に迫り、吹き飛ばすように蹴り飛ばした。

 ドゴォンッ!!

「――ッ!」

 咄嗟に角槍を放って受け止めた腕の鱗が砕けて、小さな私の身体は血を噴き出しながら十数メートルも吹き飛ばされる。

 私は大地を転がりながらもすぐに構えを取る。このままでは勝てるかどうか分からない……。

 そんな思いを抱いて睨みつけるボス個体の背後に、怪我人や気を失った人たちをまだ意識が残っていた人間たちが引きずって離れていく姿が見えた。

 人間たちは脅えている。自分たちを襲う巨大動物と、それと戦う異形の私に……。

 頭の中に一瞬、子どもたちの顔がよぎる。

 幸せでないことを受け入れて必死に生きている年上の子どもたち。

 幸せでないことを知らずに笑っている幼い子どもたち。

 これ以上……あの子たちの〝幸せ〟をなくさせたくない。それをあの子たちが求めていなくても……これからあの子たちが誰かの親になったとき、後悔するような思いをさせたくはなかった。

 だから――

「――フゥッ」

 巨大馬を追って街を横断し、深い森を駆け抜け、休む間もなく戦って疲弊した私の身体は、巨大馬の肝を食らっても飢え始めている。

 目の前が赤く染まる……。〝竜〟の本能が強くなる。

 意識が変化し始め、目に映るすべての動くものが肉に見えてくる。

〝人間〟でさえ捕食しかねない意識を、歯を食いしばることで無理矢理〝巨大動物〟だけに向け、そのまま戦うために本能に身を任せた。

 意識が竜の本能に呑み込まれるように赤く染まっていく。

「――――――ッ!」

 私は人間を守るために、自分の意思で〝竜〟となった。

 

   ***

 

 それ(・・)は人間のような姿をしていた。だがその個体には〝角〟と〝尾〟があった。

 赤銅色の赤い肌。桜貝のような赤みがかった銀髪。

 それは本能を思い出すかのように、真っ赤な鱗を生やした手脚の爪で大地を掴み、身長ほどもある真っ赤な尻尾をしならせ、爬虫類のような金色の眼で巨大馬の群れを睨めつけた。

 

『――――――――――――ッ!』

〝花椿〟という名の〝竜〟が吠える。

 それは彼女の前に立つ者を選別する〝竜の咆吼〟ではなかったが、大気を震わせ、すべての生きるモノに〝捕食者〟の存在を知らしめた。

 ズダンッ!!

 大地を抉るように蹴りつけ、花椿が野を駈ける。

 太く伸びた尾を水平に伸ばして前屈みで駆け抜ける姿は正に〝小さな竜〟だった。

 一瞬動きを止めていた馬たちが一斉に動き出す。それでも首に一撃をもらってふらついた個体に飛びついた花椿は、その一瞬で傷口から爪で首を引き裂き、牙で太い筋肉繊維を血管ごと食い千切る。

 

『ブルルゥウウウウ!』

 それを見て手近にいた一頭が花椿を叩き落とすべく前蹴りを放ってきた。だが――

 ――轟ッ!

 その瞬間に血塗れの顔を向けた花椿が薙ぎ払うように炎を吐いて、巻き込まれたその巨大馬は瞬く間に火だるまとなり、苦痛で暴れ回る。

 仲間のあまりの惨状に他の馬たちがわずかに下がる。それを察した花椿が貪り食らっていた巨大馬から飛び出し、さらに一頭の馬に襲いかかった。

 

『ブルルゥウウウウォオオオオオオオオオッ!!』

 ボス個体の巨大馬が残り四頭となった配下の馬たちに吠える。

『ブルォオオオッ!』

 その嘶きに襲われていた個体が意を決したように花椿に噛みつき返し、そのまま全体重をかけて花椿を押さえ込む。

 その瞬間を狙ったように三頭の巨大馬が押し寄せる。その三頭は蹴りつけるのでも襲われた個体を助けるでもなく、花椿を押しつぶすように全体重をかけて飛び込んできた。

 五メートルもある巨体が四頭がかりで押し潰す。小さな花椿の身体は見えなくなり、誰もが車に轢かれた小動物の姿を連想した。

〝天敵〟の存在を認識して、仲間のために敵を確実に倒そうとする馬たちの覚悟は目を見張るものだが、それより恐るべきは躊躇なくそれをさせたボス個体の統率力だろう。

 その様子にボス個体がまるで人のように口元を歪めて笑みを作る。

 だが――

 

『ブルルゥウォオオオオオオオッ!?』

 その瞬間、重なり合った巨大馬たちの隙間から炎が噴き上がる。

 天を焦がすような膨大な炎を巻き上げ、それでも懸命に押し潰そうとする一頭の身体が震え、その背を内側から突き破るように飛び出した〝尾〟が焼き切るように胴体を切り裂き、そこから血塗れの花椿が生焼けの心臓を食らいながら現れた。

 全身に浴びた血が、花椿の発する〝熱〟に沸騰して蒸発する。

かがり火のように燃えさかる炎の中でまだ動いていた一頭の頭部を蹴り潰した花椿は、血に飢えた竜の瞳でギロリとボス個体を睨めつけた。

 

 巨大動物の天敵であり捕食者。この世界でただ一体の〝竜〟――。

 爛々と輝く金色の瞳。パキパキと音を立てて迫り出す紅水晶の牙と爪。

 消耗による飢えによって理性を失い、〝竜〟の本能を剥き出しにして唸りをあげた瞬間、ボス個体が真横に駆けだし、それを追うように〝竜〟が駈ける。

 ドゴンッ!

 バキンッ!

『ブルルゥウウウウッ!!』

「――――――――ッ!!」

 

 巨大な馬と小さな竜が大地を駈けながらぶつかり合う。

 ただ一頭だけ残ったボス個体は生まれて初めて〝焦り〟という感情を覚える。自分は死ねない。群れの長として生き残らなければいけない。

 自分の群れは壊滅したが、草原に戻ればまだ無事な個体もいるだろう。自分の優秀な血を残すために死ぬわけにはいかなかった。

 だが――

目の前の小さな〝竜〟がそれを許さない。

 

 その戦う姿を生き残った人間たちが見つめていた。

 花椿の放った〝竜の咆吼〟で人間たちのほぼ全員が気絶するか、異形と化した彼女に脅えた目を向けていた。その中でただ一人……集落を纏めて、常に危険を受け持っていたリーダーの男だけが〝選別〟に耐えて、生き残った者たちを避難させていた。

「…………」

 戦う花椿の姿は、誰が見ても怪物だった。十頭近くいた巨大な馬の群れを血塗れになりながらも倒していく様は、巨大動物よりも恐ろしい。

 彼女は人間ではなく、この世界が変わってしまってから発生した、巨大動物や子どもたちの同類であり、それらを遙かに超えた超常の存在に思えた。

 でも、彼女が来なければここにいる者たちは確実に死んでいた。数名の被害者は出たが、生き残りがいること自体が奇跡な状況だった。

 男は理解する。花椿は誰よりも……異物だと子どもたちを捨てた自分たちより、誰よりも〝人〟の心を持っていた。だからこそ……。

「俺は……」

 言葉にならない。考えが纏まらない。心に浮かんだ小さな言葉は、リーダーとして口にしてはいけない言葉であり、男は後悔から捨てた娘の名前を救いをも求めるように呟くことしかできなかった。

 

 そんな人間たちの前で終末世界の異物同士がぶつかり合う。

 高速で駈ける巨大馬の背後から小さな竜が迫る。ボス個体はそれを引きつけて全力の後ろ蹴りを撃ち放った。

 この一撃はかつて、群れを襲ってきた巨大狼の群れの長を蹴り殺したこともあり、白い個体のみ討ちもらしたがその群れを全滅させた、必殺の一撃だった。

 このタイミングでは躱せない。ボス個体の口がわずかに笑みのように歪む。

 だが――

『――!?』

 ――ガがガガガガッ!

 躱せないはずの必殺の蹴りが空を切る。巨大動物と違い体重の軽い花椿は、鋭い尾を地面に突き立て、その下のアスファルトを削りながら慣性を殺して蹴りを躱してみせた。

 ただの凶暴な竜ではない。人の姿と知恵を持っている。

 後ろ蹴りを放ったボス個体と、地面に止まった花椿の視線が絡み合う――

「――ぁああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

 叫ぶ花椿の〝声〟が〝熱〟を帯び、それを察して咄嗟に躱そうとした巨大馬を追うように、顔を向けた花椿が埋め尽くすような〝炎〟を吹き出した。

『――――ッ』

 ボス個体の全身を炎が包み込み、反撃をするのではなく逃走をしようと試みる。

 全身を焼かれたボス個体の歩みは遅い。しかし、何度も〝熱〟を消費した花椿の炎も一瞬で焼き尽くすことはできなかった。

 逃げる巨大馬。炎を吹き続ける小さな竜。

 花椿が力尽きるように膝をつき、その炎が口から消えて……そのまま数メートル進んでいた巨大馬のボス個体が崩れ落ちた。

 

「…………」

 膝をついたまましばらく呆然とその様子を眺めていた花椿の瞳に、理性の光が戻る。

 わずかに呆けたように辺りを見回す彼女に、一人の男が声をかけた。

 

「……すまない。話はできるか?」

 

 




話しかけてきた人間の男は何を語るのか?
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