竜娘が巡る終末世界【完結】   作:春の日びより

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生きる子どもたち編 ラスト


54 生きる子どもたち その13

 

 

 花椿が巨大象を追ってしばらく経った頃――

 

「もっとスピード出ないのかよっ」

「こんな道で出るわけねぇだろ!」

 花火を打ち上げ、他者に危険をなすりつけた元大学生二人と、その行為を消極的ながらも肯定した数名の男たちが、埋もれた国道でトラックを走らせる。

 互いに怒鳴り合っているが元大学生二人の表情は明るい。

 楽しみもない小さな集落から念願叶って脱出できたのもあるが、危機的状況で機転を利かせ、準備しておいた花火で他の者を出し抜けたことで、二人は悪戯を成功させた子どものように興奮していた。

 

 それほどまでに絶望していた。それほどまでに生命の危機を覚えていた。

 その精神の状態の奥底にあったのは〝畏れ〟だった。

 これまで家畜として支配していた動物たちが巨大化して襲ってくる恐怖。そして、人間を虫のように潰す巨大動物を殺し、捕食した女のバケモノ。

 最初、眼鏡の男が話しているのを聞いて、角や尻尾があっても若い女ならいいじゃないか……とアニメやマンガで育った彼らは深く考えることなくそう思っていた。

 だが〝現実〟は違っていた……。角と尾を持ち、全身に鱗を生やした、まるで〝竜〟のようなその娘は、どんな巨大生物よりも恐ろしい〝バケモノ〟だった。

圧倒的〝捕食者〟が近くにいることに耐えられる者は少ない。

 だからこそ、それを出し抜けたことで、生命的危機の状況から解放された男たちは脳内麻薬を大量に分泌させ、子どものようにはしゃぎ続けた。

 

「あんたらもシケた顔すんなよなぁ!」

「そうそう、これからまともな避難所に行けたら、女も沢山いるからなっ!」

 運転席と助手席で騒ぐ元大学生二人が荷台にいる男たちに声をかけると、わずかに罪悪感を抱いていた他の男たちも吹っ切れたのか、見知らぬ土地を思い、笑みを浮かべた。

 これから新しい生活が始まる。あの娯楽も何もないクソみたいな生活から、何もかも揃った元の世界に帰れる。

 人間には軍隊も兵器もある。きっと南に行けば大きな都市が残っていて、そこでは昔のようになんでも手に入る生活に戻れるはずだと、男たちは脳内物質に酔いながら新しく始まる素晴らしい生活を夢見た。

 だが――

 本当に人間は勝てたのだろうか――?

 

 ドゴォオンッ!!

「――――――――――――ッ!?」

 のろのろと進んでいたトラックが、突然真横から強い衝撃を受けて跳ね飛ばされ、荷台に乗っていた男たちが悲鳴をあげることもできずに放り出された。

「――ひっ」

 ドシャッ!

 放り出された衝撃で倒れていた男の一人に影が差し、それを見上げた男が浮かべた恐怖の顔を巨大な脚が踏み潰す。

 ドンッ! ドンッ!

 まだ動けない男たちを次々と踏み潰していく巨大な影。

 

「……ぅ……あ」

 横転したトラックの運転席と助手席にいた元大学生二人が、額から血を流しながら苦痛の呻きをあげて、漂ってくるガソリンの臭いに顔色を青くする。

 逃げなくてはいけない。でも、何かに挟まれたのか骨が折れたのか、腕や足はまともに動かず、そこに巨大な影が差し、二人は割れたフロントグラス越しに自分たちを見つめる、全身焼けただれた〝巨大馬〟から向けられる憎悪の瞳を見た。

「――たすっ」

 ――ズドォンッ!!

 

 巨大馬が運転席ごと二人を踏み潰す。何度も何度も――人間への憎しみを晴らすように何度も踏み潰すと、荒い息を吐くように高く嘶いた。

 全身を焼かれながらも巨大馬のリーダーは生きていた。分厚い皮と脂肪が脳と内臓を守り、その焼けただれた皮膚もかさぶたが剥がれるように徐々に治り始めていた。

『ブルルゥウ……』

 あの〝竜〟には勝てない。だが、あれを引き寄せた忌々しい人間は始末した。

 仲間はすべて失ったが、巨大馬の群れは自分たちだけではない。巨大馬のリーダーは新たな群れを作るために新天地へと旅立ち、人間たちを火葬するように爆発するトラックを振り返りもせず、どこかへ駈けていった。

 

   ***

 

「ツバキ……ねーちゃん?」

 唐突に襲ってきて突然倒れた巨大象。その中から噴き上がる炎と共に現れた〝異形〟の姿にアキが掠れた声を漏らした。

 彼女はある日突然、子どもたちの前に現れた。初めて見るような赤銅色の肌と、見るはずのない角と尻尾を持つ、少し年上の女の子。

 アキとリンは見た瞬間、疑いようもなく〝大人〟たちと違う、自分たちと同じこの〝世界〟の存在だと理解した。

 だから躊躇いもなく声をかけて小さな子たちにも紹介した。ヒナ、リク、ソラも角や尻尾がある彼女に人見知りすることもなく一目で懐いていた。

 

 アキとリンだけだった頃、まだ幼い二人に生きる術を教えてくれたのは〝セーラー服〟らしきものを着た、十代半ばの少女だった。その人は朗らかではあったけどどこか近寄りがたく、二人は最後まで懐くことができず、気がつけば生きることが出来るようになった二人に何も言わず居なくなっていた。

 その人と花椿はまるで違っていた。

 人ではない特徴を持ちながら、誰よりも子どもたちのことを大切にして庇護してくれていた。アキやリンも花椿が〝あの人〟のように、いつか去って行くと悟りながらも、庇護してくれる存在を頼りにするようになった。

 でも…………。

 

「…………」

 アキは巨大象を倒した花椿の姿を見て、彼女が〝優しい〟理由を理解した。

 血にまみれた全身の半分以上を真っ赤な鱗で覆い、長い尾をしならせ、牙を剥き、炎を巻き上げながら爬虫類のような瞳を見開く彼女は、人間とはかけ離れていた。

 大人たちから子どもたちは『強いから』捨てられた。

 それをなんとなくとも〝理解〟していたから、弱い大人たちの庇護を求めることを簡単に諦め、捨てられることにもどこか納得していた。

 それと同じだ。

 花椿はそれよりも遙かに『強い』から、相対的に〝弱い〟子どもたちに優しかったのだ。

 だから〝もっと弱い〟大人たちを助けにも行けた。

 以前、ソラが森で拾ったリスの仔を庇護して、元気になったからと森へ返してあげたときのように、アキは花椿が〝優しい〟訳に気づいてしまった。

 花椿は子どもたちを好きでいてくれる。

 でもそれは、『家族』と同じ感情なのか――?

 

 そう思ってしまった瞬間、アキは恐ろしげな姿をした花椿に、これまでのように無邪気に接することに躊躇う。視線だけでリンを見ると彼女もどこか躊躇っているように見えた。

 小さな子たちも同じだ。自分たちが識る〝彼女〟とは違う姿……超越者としての在り方にどうしていいのか分からなくなっている。

 

 そのとき……猛獣のように見開いていた〝竜〟の瞳が揺れて、瞬くように元に戻ると、花椿は自分に近づくことを躊躇っている子どもたちに気づいて、寂しそうに笑みを浮かべた。

「……みんな、無事?」

 何度も炎を吐いたせいか肉食獣が唸るような掠れた声。そう言いながら花椿は地に降りて……それでも子どもたちと少し距離を空ける。

「う、うん」

「そっか。良かった。……大人たちは全員じゃないけど無事だよ。アキたちの両親は生きていると思う」

「あ、……うん」

 何か言わなくてはいけないが言葉に詰まる。でもこのままだと、花椿はこんな気持ちのままどこかへ行ってしまう。

 でも、そのとき――

 

「――ちぃばき!」

 幼い声が響いてリンの手から飛び出したソラが、ツバキの足下に飛び込んだ。

「ソラっ、……汚れちゃうよ?」

「ううん!」

 血で汚れると諭す花椿にソラは尚更強く抱きついた。

「だって……ちゅばきががんばったから!」

 そう叫んだソラの声にアキとリンはハッと気づく。

 そうだ。花椿がいくら強くても、あの巨大な象と戦うにはかなりの勇気がいるはずだ。その証拠に花椿の身体には幾つもの傷痕が残り、鱗も欠けてボロボロだ。

 ソラの言うとおり、花椿が『頑張って』くれたから、子どもたちと関わりのある大人たちは無事で、子どもたちの命も無事だった。

 花椿が子どもたちのために、あの恐ろしい巨大生物たちと戦ってくれたからだ。

 

「……ありがとう、ツバキねーちゃん!」

「ツバキおねーちゃん!」

「ありがとう!」

「ありあと!」

 次々とお礼を言う子どもたちに花椿の顔が花のようにほころぶ。

 でも……駆け寄ろうとした子どもたちを、手を上げて止めた花椿は、抱きついていたソラをそっと子どもたちのほうへ押した。

「ねーちゃん……?」

「大人たちが帰ってくるよ。私はいないほうがいい」

「なんでだよ!」

 アキが叫ぶ。皆も同じ気持ちだろう。

「大人たちは私に脅えていた。その気持ちは少し分かるでしょ?」

「それは……」

 確かに子どもたちでさえ引いてしまったのだから、ただの人間である大人たちが脅えるのも理解できた。

「そんなの関係ないよ! あの人たちが戻ってきたって……」

「でも、和解できる余地は残しておいたほうがいいよ、リン。……お父さんなんでしょ?」

「……そんなの」

 花椿の言葉にリンは何も言えずに唇を噛む。

「私の荷物にお米の種籾があるから使って。リンなら本を読んで育てられると思うから」

「うん……」

「これが最後じゃないよ。みんなが大人になったらまた会えるから」

「ちゅばき!」

 また飛び出そうとしたソラをアキが抱きしめて止める。

 大人たちのこともこのままではいけないことはアキも理解していた。リンのためにもその機会を与えてくれた花椿の思い遣りを無碍にすることはできなかった。

 

「ねーちゃん……オレ……いや、オレたち、みんなとも仲良くする。そして大きくなったら、みんなで旅に出るよ! ねーちゃんみたいに!」

「うん! 絶対会いに行くよ! おねーちゃん!」

「私も!」

「ボクもぜったい!」

「ちゅば!」

 次々にそう言ってくれる子どもたちに、花椿は血に汚れたままの顔で満面の笑みを浮かべ、駆け出すように大きく羽ばたいた。

「またね! 絶対に会えるから!」

 花椿は翼から炎を噴き出し、大空に舞う。飛行機雲を描くように空へ消えていく彼女を、子どもたちはいつまでも見つめていた。

 

   ***

 真っ赤な翼で大空を舞い、私は……

「……うぁああああああああああ!」

 空中で錐もみをするように頭を抱えた。

 なんか良い話になったからそのまま勢いで出てきちゃった! でも……。

「寂しいっ!」

 持ち物は革の衣装と角槍、牙ナイフだけ。残りは全部置いてきちゃったけど、後悔は……あんまりしていない。

 それより、ただ無性に寂しかった。たった一ヶ月程度しか一緒に居なかったはずなのに、これまでずっと独りでいたせいか、子どもたちとの生活は楽しかった。

 これまではずっと独りだった。その途中で会った二人の顔が思い浮かぶ。ばあちゃんはお爺ちゃんたちの所へ行ってしまった。

でも、もう一人は……。

「会いに行ってみるかな……ジンベエ」

 

 

 




かっこつけて旅立ったけど寂しくてジンベエに会いに行くことを決めた花椿。
そこで見るものとは!?
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