竜娘が巡る終末世界【完結】   作:春の日びより

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55 家族

 

 

 勢いと流れで飛び出したとはいえ、子供たちと離れたのが寂しくて寂しくて、空を飛べるならそんな遠い距離ではないと、ジンベエに会いに行こうと決めたのだけど……。

「……ぅわ、べっとべと」

 巨大馬と戦っていたときから血塗れだったが、巨大象と戦うために無茶をしすぎて体内から血を沸騰させて焼き殺した結果、私の全身は生乾きと乾いた血でべとべとになっていた。

「あ、水がある」

 空を飛んでいる途中、東南の方角に大きめな湖を見つけて、翼の鱗から炎を噴き出した私は飛行機雲を引きながら、そのまま、あっという間に接近した湖に頭から飛び込んだ。

 

 ザッパァアアアンッ!!

『がぼかぼか!』

 鱗があるので高速飛行で突っ込んでも平気かと思ったら、コンクリートの建物に突っ込んだような結構な衝撃があった。思わずビックリして水を大量に飲み込んでしまったけど、その勢いのまま飛び上がる。

「……あ…れ?」

 ――ぷすん。

と、まるでガス欠のように翼から炎が消えて、私は自分の〝熱〟で蒸発した霧のような水蒸気の中、再び湖に墜落した。

 ザパァアンッ!

「ぶはっ」

 慌てて水中から顔を出す。もしかしたら〝熱〟を使いすぎた!? あれだけの戦闘をしたのだから仕方ないのだけど、それが水に飛び込んだことで一気に冷却されてこうなった。

「まぁ……いいか」

 とりあえず派手に着水したせいで、こびり付いていた血も一気に洗い流された。

 手足や背中の鱗が赤銅色の肌に戻り、役目を終えた翼がボロボロと崩れて湖の中へ消えていく。

 ぐ~~っと思い出したようにお腹が鳴り、ついでに魚でも食べようかと尻尾を使って泳ぎ始めたとき、ふいに〝気配〟を感じた。

 

 ドパァアアアアアアアアンッ!!

 私の真下から高速で浮かび上がってきた〝何か〟が、小さな私の身体を木の葉のように弾き飛ばす。

 私の体格がもっと大きかったら、まともに食らっていた!

 水の中で見えた巨大な顎……またワニ!?

 ううん、違う!

「ワニガメだっ!!」

 

 カミツキガメとも言われるもので、一般的には一メートル以下で巨大化するとは思えないけど、もしかしたら天敵のいない環境下で、もっと大きくなっても不思議ではない。

 いや、そんなことはどうでもいい。今はこの十メートルくらいに巨大化した獰猛な肉食亀をなんとかしないと!

 

 私は長く伸びた尻尾と足を使って水の中を高速で泳ぎながら角槍を構える。

 さて、どうするか……。

 巨大ワニガメは亀とは思えないほど泳ぎが速い。あの牙? 嘴? に噛みつかれたら、鱗があってもただで済まないと直感で分かる。

 まだ翼を構成できるほどの〝熱〟はないから、手持ち武器を使いこの不利な状況で何とかしなくてはいけない。

 さすがに今の私では湖を沸騰させることはできない。体内に入っても、焼き殺せるか微妙なところだ。

 仕方ない……肉弾戦だ!

 

 気合を入れた瞬間、腕と脚の肌が逆立つように真っ赤な鱗に変わり、爬虫類のような〝竜の瞳〟に変化して暗い水中を明るく変えた。

 脚と尾を使い、高速で迫りくる巨大ワニガメに槍を構えて突撃する。

 巨大ワニガメにとっては〝不思議な力〟を貯めこんだ私は久しぶりの御馳走だろう。大きく顎を開いて迫る巨大ワニガメが噛みついてくる瞬間、私は槍を回転させて、石付きで巨大ワニガメの眉間を強打した。

 ゴォオンッ!!

 

『―――――――ッ!』

 水中で悲鳴のように吠える巨大ワニガメ。

 私は即座にその頭部に張り付くと真っ赤な爪を目玉に突き刺した。

 痛みを受けた巨大ワニガメは私に嚙みつこうと頭を振り回す。私は足に爪を出してその無防備な首を抉るように蹴りつける。

 水中で暴れまわる巨大ワニガメ。頭部から振り落とされた私は咄嗟に巨大な甲羅に角槍を突き立てた。

「――っ!」

 普通の亀ほど甲羅が硬くない。流されそうになりながらも突き刺した角槍で必死に耐える。

 それでも勢いをつけて水から飛び出すような力技に、小さな私の身体が空中に跳ね飛ばされ、そこに首を伸ばした巨大ワニガメが牙を剥く。

 その瞬間、カッと〝竜の瞳〟を見開き、私は本能のまま横から巨大な頭部を蹴り飛ばし、その長く伸びた首に食らいついた。

 

『ギュアァアアアアアアアアッ!!』

 巨体に比べれば掠り傷のような小さな傷。だが巨大ワニガメは、まるで猛毒の蛇に嚙まれたかのように〝何か〟に怯えて首を引く。

 それをさせじと私は首元の甲羅に足を踏ん張り、肉を食い千切り咀嚼した。

 身体の中にポッと〝熱〟が点る。

 私はそれを指先の爪に込めて、傷口から脳まで突き刺し、巨大ワニガメの脳を焼き潰した。

 

 それから――

 バチ、バチッ。

 陸に引き上げた巨大ワニガメを逆さにして火で炙っている。

 いったい何十トンあるんだか……。水から揚げるためにまず心臓と肝を食べなくちゃダメだったよ。

 そんな苦労をして水から引っ張り上げたのは、亀の甲羅を鍋に見立てた丸焼きをやってみたかったから!

 ほとんど丸一日火を通して、ようやくぐつぐつと煮だってきたお腹側からいただきます。

「ん!」

 ほとんど血の味だけど、なんだか凄く味が濃くて滋味深い。これが亀かぁ……すっぽんも美味しいのかな?

 半日ほどかけて内臓を粗方食い尽くし、ようやく火が通った巨大ワニガメの手足を切り取って蔓で結び、私は背中の肩甲骨あたりに〝熱〟を込め、さらに大きくなった鱗の翼で再び大空に羽ばたいた。

 

「……多すぎた!」

 ジンベエへのお土産にと亀の手足を持ってきたけど、何百キロ……下手をしたらトンで数えたほうがいいかもしれない。血は抜けているからその分は軽くなっているのに、翼から炎を噴き出しても、陸を走る以上の速度も出なかった。

 それでも道を無視して飛べるので、山越えは楽だった。地上を道沿いや森の中を突っ切ると数日はかかる距離でも、自動車程度の速さなら半日もかからない。

 そうしていると深い森の中に病院らしい廃墟が見えた。

「……狭いと思っていたけど、上から見ると結構広いなぁ」

 とにかく廃病院がここで太陽があの方角なら……。

「あっちだ!」

 一年ほど前の記憶だけど、上から見るだけでも少しずつ思い出してくる。

 遠くに見える高層ビル。その手前にある大きな河。その方角から伸びている土に埋もれた道のようなものを見つけて、私はようやく巨大樹木のない畑と、二階建ての民家を見つけた。ジンベエに会える!

 

 バサァ――

 翼を大きく翻し、荷物が大きいので民家から距離を離して着地する。

 気が急いでいるせいかジンベエの〝気配〟を上手く捉えられない。でも深く探ろうとしたその瞬間、大きな〝気配〟が感じられた。

「――!」

 すぐ後ろ! 槍を構えて振り返るとそこには、一頭の巨大な白いオオカミがいた。

 全長五メートルはある巨大狼……それがどうしてこんなところに?

 それより、ジンベエはどこ!?

「…………」

 瞳を〝竜〟に変えて威嚇するように翼を広げて長い尾をしならせる私に、その白い巨大狼も悠然と身構える。

 でも、そのとき――

 

 バウッ。

 

 民家のほうから微かに……聞きなれた〝声〟が聞こえて思わず振り返る。隙をさらしてしまった形になったけど、見れば白い巨大狼もそちらのほうを向いている。

「……?」

『…………」

 なんとなく見つめあう私と巨大狼……なんだろなぁ、と思っていると、白い巨大狼は私の匂いを嗅いで、まるで溜息吐くように息を漏らして顎先で民家を示した。

 敵対はしないってこと? いや、ウータンの例もあるしなぁ……。

 とりあえずそこにジンベエがいるのなら、まずは会ってみよう。

 パキパキと鱗が剥がれるように翼が崩れて、ジンベエが寝床としていた場所を覗き込んでみると、そこに無事なジンベエの姿を確認した。

 久しぶりの再会。でも……。

「……老けた? いや、涸れた?」

「くぅん……」

 喜ぶのでもなく思わず漏れた私の感想に、ジンベエも嬉しそうにしながらも情けなさそうに一声鳴いた。

 なんというか……痩せた? そのせいで老けたように見えたけど、老けたというより疲れ切った中年のような雰囲気がある。

 どうしてこうなった!?

 まさか、あの白い巨大狼のせいかと思って振り返ると、それを止めるようにジンベエがまた鳴いた。

 え……今度はなに? そう身構えたそのとき……。

 

『がう!』

 ジンベエの声に呼ばれたかのように他から鳴き声が聞こえて、畑や離れた森から沢山のオオカミ……犬? が駆け寄ってきた。

 え、うそ、子犬!?

 子犬と言っても全長二メートル前後ある。無邪気に尻尾を振って駆け寄ってきた狼の子犬たちは、私を素通りしてジンベエに飛びつき、群がり始めた。

「え~……」

 体格が違いすぎるので捕食シーンにしか見えないけど、その隙間から見えたのは、なすがままの達観した表情で全身を舐めまくられているジンベエの姿でした。

 

『ゥオォオオオオオオンッ』

 

 そのとき白い巨大狼が一声吠えると、狼の子犬たちが一斉に白い巨大狼の許へ向かっていく。……え? 母親? ん!?

『わふん』

 母狼の声にも従わず、私の尻尾にじゃれついていた一匹の子犬がいた。

 他の子犬たちが白や灰色の毛並みをした狼らしさを残していたのに、その一匹だけはなぜかキツネ色の、ジンベエとそっくりな『柴犬』の巨大子犬だった。

 まさか……

「ジンベエの子!?」

「バウ……」

 そう叫んで振り返った私に、ジンベエはまた情けなさそうに声を漏らす。もしかして……搾り取られた!?

 

 まさか……あの白い巨大狼がお嫁さん!?

 体格差がありすぎるでしょ!?

 いや、問題はそこじゃないか……。犬は巨大化しないと思っていたけど、狼なら巨大化するの? やっぱり元の大きさ? それより、種類が近いと交配可能なの?

「う~~ん……」

 この世界が変わって、十年は経っているけど、この白い巨大狼ってかなり若いよね?

 しかも毛並みとか形とかからしか判断できないけど、結構な美人さんだよね? 日本に狼なんていないから、大陸から渡ってきたの?

 そんな美人で若い娘さんが、どうして、ジンベエを!?

 

 ……これはあれかな?

 東欧あたりから留学してきた背の高い美少女女子高生が日本に馴染めず、気落ちしていたところを、四十代のさえない小さなおじさんが他意もなく慰めて、ご飯を食べさせていたら、ズキュンとなって肉食系の女の子に押し倒された感じ!? それなんてラノベ!? 読んだことないけど!

 これはなんというか……

「ジンベエ……」

 とりあえずそれ以上言わずにサムズアップしてあげたら、ジンベエは恥ずかしそうに前足で顔を隠した。

 

「つまらないものですが……」

 大量に持ってきた肉を差し出すと、奥さんも受け入れてくれました。

 トン単位であった肉も、食べ盛りの子犬がこんなにいるので、もう半分もない。私と一緒で、食い溜めでもできるのかな?

 ジンベエはおじさんなのでお肉を少々、それと私が畑から採ってきたキャベツを食べてほっと息をついていた。

 なんだかんだで子犬たちも私に慣れてじゃれついてくる。渾身の力で丸太を投げると、全員で追いかけて拾ってくる。

 その中でも一番幼いジンベエ似の子犬は、私の何が気に入ったのか、ずっと私の傍に張り付いていた。

 

「はぁ~~……」

 気が付けば子供たちと離れて寂しかった気持ちがあっさりと癒えていた。

 色々衝撃的だったのもあるけど、とりあえず、幸せそうで良かったわ。彼女たちがいるならジンベエも寂しくはないでしょう。

 そのまま数日一緒にいたけど、ずっとここにいるわけにもいかない。

 

「それじゃ、ジンベエもみんなも元気でね」

「バウッ」

「あなたもジンベエをよろしく」

『ガウ』

 巨大化して知能も高くなったおかげか、私の言葉に白い巨大狼は静かに頷いていた。子犬たちも寂し気にしていたけど、知能が高いから母親の言うことを聞き分けていた……のけれど。

「……お前はあっちじゃないの?」

 

 私を見送ってくれるジンベエ家族。でも、ジンベエ似の子犬だけは私の脇でお座りして、尻尾を振りながら私を見ていた。

「ジンベエ……」

「バウ……」

 視線で訴える私に、ジンベエはそのまま奥さんを見上げると、白い巨大狼はまた溜息を吐いて、私に向かって頷いた。

 え? まさか、連れて行けって?

「……お前はそれでいいの? 私と一緒に来るの?」

『わふんっ!!』

 私の言葉を待っていたかのように子犬が大きく吠える。

 なんかこの子、幼いからか、他の兄弟よりも犬っぽいんだよね……。

 まぁいいか。

「それなら、名前を付けるよ? 子犬が八匹の一番下だから……ハチベエ?」

『わふん!』

 いいのかそれで。

 ジンベエと似ていて、たぶん末っ子で、うっかりしてそうだから、うっかり口走ったら決まってしまった。

 

「うん、それじゃ行こうか。みんなまたね! 行くよハチベエ!」

『わふん!』

 手を振って駆けだした私の横を巨大柴犬の子犬が駆ける。

 これからは二人旅だ!

 そうして旅立ち遠くなっていく民家の方角から、見送るようにジンベエ一家の遠吠えが長い間聞こえていた。

 

 

 




新しい旅の仲間が増えました。
ここで、第二章の終わりとなります。

次回は閑話。『白いオオカミ』
終末の世界の成り立ち。
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