竜娘が巡る終末世界【完結】 作:春の日びより
バキンッ。
「よいしょ」
『わふん』
私の掛け声にハチベエが合いの手を入れて、自販機の隙間に突っ込んだ角槍で蓋をこじ開けた。
私たちは川沿いに南へ旅を続けて、一つの街に辿り着いた。
街と言っても高層ビルや商業ビルが建て並ぶような都会ではなく、まだ空き地も多い新しめの住宅地で、高い建物どころかお店もほとんどない。
そんな感じなので巨大動物の被害はあっても部分的でしかなく、無事な建物は多かったけど、とにかく何もない。
数時間ほど散策しただけなのでどこかに隠れているのかもしれないけど、咽が渇いたとハチベエが訴えるので、手近な自販機をこじ開けた。
「……飲める?」
『わふん!』
十年以上経ったペットボトルはやばいので、缶に入ったスポーツ飲料を味見してから与えてみると、最初は甘みに戸惑っていたハチベエも、飲みやすいと分かってザブザブ飲み始めた。
甘みの少ないものをハチベエに与えて、私は果汁がほぼ0パーセントのジュースで渇きを癒す。するとそれに興味を持ったハチベエが散乱した缶を噛み砕いて中身を飲み始める。いや、別にそれを止めるつもりはないのだけど……。
「……ハチベエ。
『わふん!』
私の問いかけにハチベエは口の周りを茶色にして嬉しそうに鳴いた。
一応、最初の目的である街での物資回収はたいぶ集まっている。
どこででも便利な45リットルゴミ袋。あると使い勝手の良い菜箸やスプーン類。意外と無いと困る小さな片手鍋。私が絶対欲しい大量の塩と調味料。水を溜めておくためのペットボトル。そしてそれらを仕舞う大きめのナイロンカバンを手に入れた。
どこのご家庭にもあるものだけど、どこにでもあるから目移りする。特に片手鍋は数件民家を回った後で、結局お店の新品(十一年前)を拝借した。
「ご飯どうしようかねぇ」
『わふ?』
私の呟きにハチベエがこてんと首をかしげる。
お弁当代わりに持ってきた巨大ピラルクーの尻尾は数日で消費した。私と一緒でハチベエもある程度の食いだめはできるみたいだけど、ハチベエは身体も大きいから普段の消費量も多い。
この街では慌てて避難したのか鍵の開いている民家も多かったけど、缶詰とかはほとんど残っていなかった。少ない店舗もやはり他の街からきた避難民に襲撃を受けたのか、まともに食べられるものは見つかっていない。
でもまぁ河まで戻れば魚もいるし、ザリガニやカエルもいるので困らないけど、そればっかりだと飽きるじゃない。
傾きかけたお日様に誘われるように西方向へ向かうと、民家はほとんどなくなり田んぼばかりになったけど、小さな畑も見つかった。
田んぼに沿って用水路を兼ねた小川もあったので、今日はこの辺りでお泊まりするかと考えていると、ふと大量の草に覆われて埋もれかけた道に、文字が彫られた石が置いてあるのに気づいた。
「あ、お寺……じゃなくて神社?」
婆ちゃんのところと違って手入れもされていないし、巨大樹木に浸食されていそう……。
でも私、知ってる。きっと消費し切れなかったお歳暮とかお中元とか残っていると、婆ちゃんから学んだ。
「ハチベエちゃん、行きますよ」
『わふぅ……?』
意気揚々と藪になった元道をかき分けて進んでいく私に、ハチベエが懐疑的な目を向ける。そうして五十メートルほど上り坂をかき分けていくと、目的である神社が見つかった……が。
『わふぅ?』
「うん……ダメそう」
巨大樹木の浸食こそ免れていたけど、周囲の木々が巨大化して日陰となった小さな神社は、大量の枯れ葉とそれが腐った土で半ば埋もれていた。
何もなさそうだと立ち去ろうと考えたとき……。
『わふん!』
ハチベエが朽ちかけた神社の建物を掘り返し始めた。
「どうしたの?」
『わふん!』
私が困惑気味に問いかけると、ハチベエは振り返って嬉しそうに尻尾を振って、また建物を掘り返す。
う~~ん? 遊んでいる……とは違う? 何があるのか分からないけど、ハチベエがそれをしたいというのなら。
「……仕方ないかぁ」
私とハチベエは神社の掘り返し作業を始めた。
日陰になっていたので雑草はほとんどなく、敷地内にまで浸食していた若木は出来る限り根っこごと引き抜く。
屋根の上に飛び乗った私がその若木を箒代わりに屋根に積もった腐った葉を落とし、ハチベエはただひたすらに前脚を使って掘り返す。
私は近所の農家の倉庫にあったシャベル……スコップ? なんか先端が平らなほうを借りて、ハチベエが掘り返した落ち葉を中央に集めてから、翼で遠くに吹き飛ばした。
数時間ほどそんな作業を続けて、若木を咥えたハチベエと構えた私が駆け回るように掃き清め、陽が沈みかけた頃にようやく掃除が完了した。
「おお~~」
『わふん』
大雑把に綺麗にしただけなのに、枝を払った木々の隙間から光が差し込むと、どことなく神聖な雰囲気が感じられるから不思議だね。
ハチベエは本殿をジッと見て尻尾を振っている。その奥には掃除のときに何もないと分かっているけど、ハチベエには何か分かるのかな?
「とりあえず、ご飯にしよう!」
『わふん!』
そして〝ご飯〟に一番の関心があるハチベエ。
「本日のメニューはスパゲッティーです」
『わふぅ?』
先ほどスコシャベルを借りた農家だけど、どうやらこの小さな神社の管理をしていたお宅らしくて、贈り物っぽいものが残っていた。
十年以上経った乾燥パスタの詰め合わせ、だけど……うん、袋に入っているからたぶんきっと大丈夫。少なくとも危なそうな生き物を生で食べられる私たちに食えないものはない。
神社の石畳の上で焚火を燃やし、一緒に借りてきたバカデカい中華鍋に小川から水を汲んでひたすら茹でる。……三袋全部。
『わうわう!』
「ま、まだ大丈夫!」
水分を吸って60センチの大鍋から溢れそうになる麺を強引に中に押し込めて茹で続け、水気を切ってからセットになっていたミートソースっぽい缶の中身を全部ぶちまけ、全部かき混ぜて、なんちゃってボロネーゼ風にして出来上がり。
「ね! 簡単でしょ!」
『わふぅ……』
軽く十人前以上はある山盛りのスパゲッティーにハチベエが不審げに私を見た。
結果的にはそこそこ美味しくいただけた。まぁ、多少芯が残りすぎたり、べちゃついた部分あったり、若干変な臭いもしたけど、私もハチベエも気にしない。
私が二割でハチベエが八割、あっという間に食べ終えると、二人で焚火を囲むようにして、やけに安らかな気分で眠りについた。
そして翌朝、出発しようとする私たちが神社を後にしようとすると、ハチベエが二体の狛犬に向かって尻尾を振り、振り返った私の〝竜の目〟に神社の本殿が微かに輝いているように見えた。
「……行こう」
『わふん!』
きっと、私の目にも見えない何かがいるのかもしれない。私には見えないけど、ハチベエはそれを感じているような気がした。
「…………」
神社から続く細い道を出た私は、そこに集まる〝何か〟に出迎えられた。
凝らした〝竜の目〟に微かに視える沢山の〝人〟……。
ううん……人の形はしていても人じゃない。清められた神社にどこからか集まってきた無数の人であった者たちは、すべて〝私〟を見つめていた。
ハチベエが楽しげに尻尾を振っているので悪い存在じゃない。ただ……どこにもいけなくなった人たちは私を頼っているように思えた。
「……うん、いいよ」
私は大きく息を吸って、口から炎を吐き出した。
真っ赤な炎は徐々に蒼白い炎へと変わり、〝竜の炎〟に灼かれた〝人〟であった者たちをすべて天へと送り上げた。
『わふん!』
「うん、行こう!」
出会いは偶然でも、それにはきっと意味がある。
私たちは荷物を抱え、さらに南へ向けて勢いよく走り出した。
ちょっと不思議なお話でした。