竜娘が巡る終末世界【完結】   作:春の日びより

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59 珈琲の香り

 

 

 私とハチベエは南を目指す。大きな川沿いにある町に沿っているんだけど、正確に言うと川沿いに国道があって、その道沿いに町がある感じ。

 町と言ってもなんにもない。町と言うより集落? 農家なのか道沿いに点々と家屋は残っている感じで、町自体はさほど荒れてはいなかった。

 それでも壊れている民家もあって……。

「ハチベエ、採れたぁ?」

『わふん!』

 私が呼びかけると背の高い大草原から顔を出したハチベエが、引っこ抜いた野菜を持ってきた。

 

 この辺りは田んぼがあったみたいで、そこまで巨大樹木に浸食されていない。そんなところにある民家はたぶん農家さんだと思うけど、壊れた民家の庭には家庭菜園の跡があった。

 草食系の巨大動物に襲われたんだろうね。鹿か猪か知らないけど、当然あのサイズなので食べ方は大雑把だから、食い散らかされて飛び散った野菜が周囲で野生化していた。

 

 ハチベエはジンベエの子なので野菜も好き。

 ニンジン、タマネギ、大根、小松菜にホウレン草。普通に生でもいけるので、本日はハチベエに合わせて用水路で洗ったままボリボリと食べた。

「タマネギは平気なの?」

『わふぅ……』

 普通に食べているけど、身体が大きいから大丈夫みたい。でも味は苦手。どうやら辛いのが苦手……というより、子ども舌か。

 

 そうしてさらに進んでいると、どんどん建物が少なくなってきた。

 元田んぼらしき草原はあるけど、道沿いにあるのは工場のような建物ばかりになり、偶にコンビニのような建物もあったけど、その中にポツンと場違いな建物があった。

「……珈琲ショップ?」

『わふん?』

 喫茶店と言うよりカフェみたいな感じ。元は白だった壁もくすんだ色になって、周囲は草に覆われていたけど、硝子も割れていなくて中はそのままのようだった。

 白い壁に白い天井。濃い木目のテーブルに小洒落たソファー……。

 ちょっと入ってみたいなぁ……。でも、私ルールで鍵の掛かった家には入れないしなぁ。

 バキッ。

『わふん!』

「ハチベエちゃん……」

 考え込んでいるうちにハチベエが裏から入ってしまったみたい。鍵も開いていたんだよね? 壊したんじゃないよね? たぶん。まぁ、人が住んでいた様子もないからセーフか。

 

「お邪魔しまぁす……」

 壊れた裏口のドアを外して中に入る。明かりはないけど、お店自体が小さいので外からの光があるから暗さは感じなかった。

「ハチベエ?」

『わふん』

 ハチベエはすでに一番大きなソファーでくつろいでいる。店内は結構埃っぽいけど、外で寝っ転がるのと変わらないか。

 今日はここを宿にしてもいい。幸い、用水路で獲ったカエルもまだあるし、野菜も残っている。それでも何か食料が残ってないかと調べてみたけど、それらしきものはすべて冷蔵庫の中で土になっていた。

 

「……ん?」

 戸棚の中に見つけたものを取ってみると、珈琲豆のようだった。このお店は缶入りの豆を仕入れてお店で粉にしていたみたい。念のために缶を開けてみると、ツンとした酸っぱい臭いがして思わず蓋を閉める。

 ……まぁそんなものか、と思って元に戻すと、んん?

 奇妙な袋を見つけました。何かな? と思って振ってみるとこれも豆みたい。

 なんとなく気になって開けてみると、中にはまだ焙煎していない乾燥した生のコーヒー豆が入っていた。

 カビ臭くもないし、変色もしていない。これはまさか……飲めるかな?

 

 本当になんとなくとしか言えないけど、〝知識〟でしか知らない珈琲を飲めるチャンスかもしれないと思ってしまった。

 お店の中を探してみると豆を挽く道具はあったけど、珈琲を入れるのはエスプレッソマシンみたいなもので淹れていたみたい。どうしようかと考えていると頭の中で〝知識〟が浮かび上がる。

「……煮出すか」

 こんなお店で使わない物を置いていくなんて、きっと店長かオーナーに拘りのある人がいたのだろう。それから十年以上経っていて生きているかどうかも分からないけど、せっかくだから私が頑張って呑んでみることにした。

 

 外に薪を拾いに行こうとした私は、ふと考えてから店内の床に座り、お店から借りたフライパンに豆を入れて、下から手の平の〝熱〟で炒り始めた。

『……わふん?』

 フライパンを手の平ごと揺らすと徐々に豆の色が変わり、香ばしい匂いにお昼寝をしていたハチベエが目を覚ます。

「熱いから悪戯したらダメだよ」

『くぅん』

 私の〝熱〟はそこまで加減が利くものでもないけど、手の平から指先だけにして、素早く手を動かすことでまんべんなく火を通す。

 酸化しているかもしれないから濃いめに炒ったほうが良いのかな? まぁ、適当に良い色になったらそれでいいか。

 炒った豆を冷まして機械に入れて挽いていく。ハンドルを回す速さも人間並みにして粉を挽き、これもお店にあった銅のカップに入れて水を注ぐ。

 

『わふ?』

 粉が浮いた水にハチベエが興味ありげに匂いを嗅ぐ。私はそれにニヤリと笑いながら底を持った手に〝熱〟を込めると、徐々に湯気が立ち、コポコポと煮立ち始めた。

 やり過ぎると苦いんだっけ? 適当なところで〝熱〟を停めるとカップを床に置いて少し待つ。ハチベエが飲まないの? と首を捻ると、私は〝待て〟のジェスチャーで粉が沈む程度の時間を置いて、香り高い珈琲を一口飲んだ。

 ――ぶほっ!

「まっず!」

 

 どうやら煎り方が足りなかったり、挽き方が荒かったり、熱を加えすぎだったりしたみたいで、すごくエグかった。

 噴き出した正面にいたハチベエがキャンキャン鳴いて抗議する。

「いや、ごめんて」

『くぅん』

 ハチベエが茶色になった顔を前脚で拭き取りながら情けなさそうな顔をする。

 おかしいなぁ……。こんなに香りはいいのなぁ。

 こうして私の初めての珈琲体験は文字通り苦い経験になりました。まぁいいや。炒ってない豆は全部持っていこう。

 色々やっているうちにすっかり暗くなっていたので、その日はご飯を食べてここに泊まることにした。……飲みかけの珈琲をそのままにして。

 

『グエエエエ!』

 バキンッ!!

「はぁ!?」

『きゃん!?』

 翌朝、日が昇り始めた頃に突然奇怪な鳴き声と、破壊音に起こされた。

 べきべきと壊される珈琲ショップ。群青色の空を覆う巨大な影。私は即座にハチベエの首根っこを掴んで崩れかけた建物から飛び出すと、襲ってきたものの正体を見る。

『グエエ!』

 全高十メートル近い巨体。異様に長い足と首。巨体の割にはさほど大きくもない翼を広げたそれは、飛び出してきた私たちに目もくれず、ただひたすらに珈琲ショップを嘴で突いていた。

「……ダチョウ?」

 

 まぁた、動物園案件!? それとも近所にダチョウ牧場でもあったの!?

『わふん!』

 でも、警戒する私に対してハチベエは巨大ダチョウを〝敵〟として見ていなかった。気を許してはいないみたいだけど、確かに……敵意は感じない? だから〝気配〟で目を覚まさなかったのかな?

『グエエエエエエ』

 かなりつついて巨大ダチョウも満足したのか〝キリッ〟とした顔でどこかを見つめ、一声鳴くと翼を羽ばたかせるようにして、そのままドタバタと走り去っていった。

 ……結局、私たちの存在など気づきもせずに。

 

 そんな奇妙な巨大生物の行動に、私は疲れたように肩を落とした。

「……なんだかなぁ」

『わふん』

 それなのにどこかハチベエだけは楽しそうに見えた。

 

 




突然現れた巨大ダチョウ。その行動の意味は?
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