竜娘が巡る終末世界【完結】 作:春の日びより
奇妙な巨大動物から逃げるように出発した私とハチベエは、そのまま目的地である南を目指す。
国道は半分くらい埋もれて雑草に覆われていたけど、それでも平地だから歩きやすいし、国道沿いには細い川が流れていて、魚の燻製もあるので食料に困ることもなかった。
「ほとんど真っ直ぐだねぇ」
『わふん』
国道沿いには点々と小さな町があり、無事な民家や工場から必要な物資を得ることができた。でもやっぱり田舎なのか、建物は少なく、この真っ直ぐに伸びる国道以外に目立つものはない。
「……どうやって生活していたんだろ?」
真っ直ぐな道。少ない民家。子どもがいたら学校とかどうするんだろ?
「車とかないと生活できないよねぇ」
『わふん?』
なにやら歩きながら考えはじめた私にハチベエが不思議そうな顔をする。
「ちょっと探し物するよ」
『わふ!』
……元気よくお返事してくれるけど、分かっているのかな?
目的の物は途中に幾つも転がっていたけど、事故を起こしてた物や巨大動物に壊されていた物ばかりで、この十年以上の月日で植物に浸食されていた物も多く、まともな物はなかった。
だから私は、お金持ち農家さんの大きい家や、見かけた大きな工場など、これまであまり立ち寄らなかった場所まで探していた。
そうしていると……。
「おおお」
ようやくそれらしき物を見つけて、私は顔をほころばせる。
「まともな自動車だ!」
私が探していたのは自動車。これまで壊れた物しか見たことなかったけど、国道沿いにあった車屋さんの整備場に、ようやくまともな自動車を見つけた。
これだけ真っ直ぐな広い道なのだから、一度くらい車を使ってみたいよね!
車屋さんはカーディーラーとかじゃなくて、そこと提携している修理とかするお店みたい。駐車場にあった車はほとんどダメになっていたけど、シャッターが閉まった整備場の中に、埃を被っていたまともな軽トラックを発見した。
「整備途中かな? 整備終わったあとかな?」
『わふぅ?』
分かんないよねぇ? 私も分からん。
外の駐車場に車がほとんどなかったのは、そこにあった自動車に乗って避難したのかな? それならこの放置された軽トラはまだ修理中?
でも、こんな郊外ならここで働いている人もお客さんも、全員車で来るし、逃げるのならそれに乗っていくよね? 整備が終わっていてもお客さんの車をわざわざ使ったりはしないはず。
「……調べてみるか」
まず軽トラの鍵はすぐに見つかった。普通に運転席に刺さっていた。それで鍵を捻ってみると。
――キュルルルル……ブルン。
「おっ」
――ブスン。
「あ……」
『わう! わう!』
一瞬動いたけどすぐに止まって、突然唸った軽トラにハチベエが吠える。
「はい、ダメよ~」
軽トラに飛びかかろうとしたハチベエを抱えて、こじ開けたシャッターから外に出す。
「これは怖くないの。わかる?」
『わふぅ……』
普通のワンコなら気をつけろと言うところだけど、仔犬でもすでにクマ並のハチベエなら、ぶつかった車が壊れそう。最近は沢山食べさせたから、だんだん顔が犬っぽくなってきた。
初めて〝生きている〟自動車を見たのだから仕方ないけど、とりあえず理解してもらわないと話が進まない。
まず動かない原因を調べる前に洗車する。幸い小川は近いので整備場にあったバケツを幾つか抱えて水を汲み、デッキブラシで大雑把に表側の埃や汚れを掃除する。
『わふぅ?』
ガシガシブラシで擦っていると、軽トラが怖いものではないと分かったらしいハチベエが匂いを嗅いで顔を顰める。油とかの匂いは慣れないかな?
「ふぅ……」
かなり頑固な汚れがついていたけど、二時間も洗車するとかなり綺麗になった。まだ完璧じゃないけど、今はこれでいい。
私は整備場や事務所を探して、整備や自動車関連のマニュアルと本を集める。軽トラの状況を調べるにも私には基礎的な知識がない。本を読んでも専門用語さえ分からない、分かっている人向けのマニュアルしかなかったけど、片っ端から読み込んでいく。
『わふぅ……』
魚の燻製や小川のカエルなどでご飯を済ましたハチベエが眠たそうに欠伸をする。私は寝っ転がったハチベエの毛皮に背中を預けて、暗くなった後も月明かりと〝竜の目〟で読み込んだ。
相変わらず意味は理解できない。でも読むことで徐々に内容が頭に残り始めると、その知識の基礎を埋めるように〝知識〟が補填し始めた。
私が生まれたときから持っていた奇妙な知識。
どうして識っているのか分からないし、どうやって知ったのかも分からない。知識が偏っていて困ることもあるけど、その知識の偏りは私が〝知った〟ことに関係していた。
生まれた廃病院やジンベエの家で燻製を作ったときは、雑誌で書かれていた数ページ分の短い文章だけだったのに、火を通す加減や塩加減も上手くできていた。魚の捌き方や獣の解体など、二回目からは戸惑うことなく捌くことができた。
たぶん、私が知った半端に覚えたことを〝知識〟が隙間を埋め、忘れていたことを思い出すように補填してくれたのだ。
まぁ結局、どうして浮かんでくるのか分かんないけど、朝まで繰り返し資料を読み込んでいると車好きの素人くらいには整備の知識が溜まっていた。
「やってみますか」
『わふん』
え? 先にお散歩?
とりあえず中を見てみると整備は終わっているらしく、外側はともかく中は綺麗だった。だとしたら動かない原因はバッテリー? 一応新品(十一年前)に見えるけどあがっちゃったかな? それからオイルが古くなっているのかもしれない。
整備場や倉庫の中を物色すると新しいオイルはすぐに見つかったので、まずはオイルを抜こう。
「うんしょ」
軽トラを片手で持ち上げながらタイヤの下に土台を置いて少し浮かす。
確か……新しく浮かんできた〝知識〟で座席下にあるオイル注入口を確認して、車体の下に容器を置いてオイルを抜く。
「どろぉ~~」
『わふぅ~~』
ちょっと粘性が高い気がする。とりあえず何時間か置いておこう。
問題はバッテリー。見つけた機械で計ってみるとやっぱり自然放電していたみたいでほぼ空だった。ただ見た目は破損も劣化もなさそうなので、充電すれば動きそう。でも、そのためには充電する元になるものが必要だ。
他の車を持ってきて充電できるのならそのバッテリーを使ったほうが良い。でも一応、バッテリーも集めておいたほうがいいのかな?
充電器を使うにもそもそも電気が止まっている。でも、あるかもしれないとハチベエの散歩ついでに近所の農家さんを数軒巡ってみると、数件目で古びた発電機を発見した。
「……これを動くのかな」
『わふん』
軽トラを直すために発電機を直すとかちょっと遠回り過ぎる。そして動くかどうか確かめようとしてまた問題が発生した。
「ガソリンがいるじゃん」
どちらにしても軽トラを動かすには必要なのだけど、最後でいいやと後回しにしていたものが最初に必要になるとは……。
私たちは整備場に置いてあった容器と醤油ちゅるちゅるを持って、再び農家さんを巡回する。まぁ野菜も採れるからいいけどね。
「これもダメだね」
『わふぅ』
調べるまでもなくハチベエが匂いを嗅いでダメだと教えてくれる。
国道に乗り捨てられた自動車はほとんどは壊れているか、一見まともに見える自動車でも十年以上風に曝されて、タンク類は腐食していた。
あの軽トラと同じように建物内に置いてある車から貰うしかない。そもそもガソリンも劣化するので、野外に放置されていた車はダメだと思う。
それでも農家さんありがとう。ガレージの中に仕舞われていたトラクターにはまだガソリンが残っていて、数軒廻るとそれなりの量が集まった。
――……ブルルルル。
「やった」
発電機が動いたのでそれに充電器を繋いでバッテリーに繋ぐ。
その間にようやく滴りが終わったオイルを新しい物に取り替える。……先に中を洗浄したほうがいいのかな? どうやって? ……そのままでいいか。
考えた末にあっさり諦めてオイルの交換を終える。充電にはまだ時間が掛かりそうなのでその間にタイヤ圧もチェック。こちらもタイヤはまだ新しいし、発電機もあるのでそちらも問題はなかった。
そして……。
キュルルルル……キュルルルル……プスン。
「ダメかぁ……」
『くぅ~ん』
落ち込む私にハチベエがベロベロ舐めて慰めてくれる。いや、可愛いけど、お魚臭い。
まだ不備があるのか、ガソリンが古すぎるのか軽トラのエンジンは動かない。それでも諦めきれなくて、プラグを新しいものに変えたりして試してみたけど動かなくて、それでもキーを回していると、ふとフロント硝子の向こうに人影のようなものが見えた。
「……え」
……ブルルルルルッ。
「あ、やった!」
『わふん!』
ようやく掛かったエンジンにハチベエと喜び合う。でも……思い出してフロント硝子に目を向けると、あの〝制服を着た女の子〟の姿はどこにも見えなかった。
……またオバケかなぁ。
「それじゃ、出発!」
『わふ!』
荷台に荷物とハチベエを載せて、私たちは軽トラで出発する。道は雑草だらけでスピードは出ないし、私たちが走ったほうが速いけど、それでも新しいことができた高揚感の中で私たちは南へ向けて旅立った。
軽トラックで走り出した二人。
こういうものは終末世界の醍醐味だと思うのですよ。