竜娘が巡る終末世界【完結】   作:春の日びより

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『う~~~~~~っ』

 ハチベエが警戒するように唸りをあげ、軽トラから降りた私は角槍を構えながら周囲を睨みつけた。

 降りるときに見えた軽トラは前輪の片方が完全に破裂していた。たぶん、狙撃されたのだと思うけど……どうしてくれるのよ! 替えのタイヤなんて見つかるかどうか分からないんだからね!

 いや、今はそれどころじゃない。

 

「……どういうつもり?」

 私が聞こえる程度の声でぼそりと呟くと、こちらに銃を向けていた黒ずくめの大人たちから微かに驚くような気配が伝わってくる。

「……驚いたな。報告では聞いていたが、本当に人語を話すのか」

 そんな声が聞こえて、一人だけヘルメットを被っていなかった日本人らしき壮年の男性が、周囲に〝まだ撃つな〟と命じるように片手をあげながらジロリと私を見る。

 

 突然襲ってきた人間たち。装備も行動も一般人や普通の警官とは思えなかった。

 全員体格が良く、構えた銃が少しもぶれていない。リーダーらしき男性は日本人だと思うけど、他の人たちは肌の色から外国人が交ざっているように見える。

 たぶん彼らは……軍人。この世界がこうなる前から戦闘を生業として、巨大動物との戦いで生き残った人たちだ。

 

「その角と尻尾は本物かね?」

「……本物よ」

 何が聞きたいのか? いや、何が言いたいのか? 私が発言する度に周囲を取り囲む人たちから驚くような気配が伝わる。敵意と……微かな〝脅え〟と共に。

 撃つなと命じられていながらも、兵士の一人が構えたアサルトライフルは真っ直ぐに私を狙い、引き金にかけられた指に力がこもっているのが分かった。

 そんな空気の中で、話しかけてきた壮年の兵士は表情と一つ変えずに話を続ける。

 

「その巨獣は、どうやって操っている?」

「ハチベエは仲間だっ」

「なるほど……」

 壮年の兵士は感情もなくそう言って、少しだけ口元を歪めた。

「巨獣の仲間なのか」

 その発言に周囲の兵士たちの緊張が高まるのを感じた。

「お前を連れて行く。大人しくしてくれるかな?」

 あまりの言葉に私も思わず顔を顰める。

「……最初に攻撃をしておいて?」

「仕方のないことだ。大人しくできないのなら……お前の仲間を殺すとしよう」

 

 その瞬間、私の視界に映る景色が〝怒り〟で染まるように色が変わった。

 

「……――――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!!!!」

 

〝竜の咆吼〟――もはや話し合うどころではなく選別の咆吼に全員が一瞬硬直する。その瞬間に飛び出した私が角槍を構えて、壮年に戦士に切っ先を向ける――

ガキィンッ!!

「――!?」

「やらせない!」

その陰から飛び出した小柄な人影が金属の槍で角槍を受け止めた。

 

 その声……あの金髪の女の子かっ!

 必死さを感じさせる歯を食いしばる口元。後のことなど考えずに槍を振るう女の子の背後から、壮年の兵士がアサルトライフルを向けていた。

 ――ダダダンッ!

 無意識にその子を射線上から蹴り飛ばし、私は銃火に晒させる。

「効かない……こともないか」

「――ッ」

 私は手脚に生やした赤い鱗で銃弾を食い止めるが、至近距離だったせいか、鱗が砕けて血が零れていた。

 

「手脚を狙え! ジェニファー! そのまま抑えろ!」

「は、はい!」

 私に向けて周囲の兵士から銃弾が放たれる。それを回避しようとする私をジェニファーと呼ばれた女の子が食い止める。

「何をやってるの!? あなたも撃たれてるんだよ!」

 掠めた銃弾の一つが彼女のヘルメットを飛ばし、くすんだ金髪と一緒に額から一筋の血を流したジェニファーが泣きそうな顔で叫び返した。

「私がやらなきゃ、ダメなんだ!!」

 

   ***

 

 ジェニファーは〝竜〟の特徴を持つ〝正体不明(アンノウン)〟捕獲のために、大人たちの特殊部隊に、仲間たち数名と共に連れてこられた。

 大人たちの特殊部隊は、米軍と自衛隊から選抜された、世界変異前の貴重な銃火器を制限なく使用を許された部隊だ。それ故に滅多なことで出動することはなく、その力は発揮されるのは特殊な任務か重要拠点に襲撃を受けたときに限られている。

 そんな虎の子とも言える特別な部隊が子どもであるジェニファーたちを連れていく理由は、前回の失態を挽回させるためではなかった。

 

 これまでの常識を破壊した生物の巨大化現象。野生生物のみならず飼育された動物や家畜までも巨大化し、高くなった知能で人間に牙を剥いた。

 流通は止まり、燃料が枯渇し、食料の生産も人力に頼らなければいけなくなり、それさえも人間を襲ってくる巨大生物によって多くの犠牲者を出した。

 試算により現状の人口を維持するのは不可能だと理解した人類の上位層は、〝避難〟という名目で国民全体に移動させ、〝選別〟と〝間引き〟を行った。

 大企業、自衛隊、米軍、そしてその家族と避難民。石油化学コンビナートを拠点と定めた彼らの道のりも楽なものではなかった。発電所や生産施設を稼働させ、少ない資源で防壁を造り、ある程度の食料生産の目処が立った頃には、避難民からの徴兵を含めた一万人近くいた混合軍も半数が戦死していた。

 航空戦力や戦車などの高度な技術を使った物は燃料以前に部品が足りなくなり、次第に数を減らしていく。絶望的な状況の中でようやく防壁が完成し、少しずつ……多くの物が足りない中で人々は最低限だが安全な暮らしができるようになった。

 そうして徐々に子どもが増えはじめた頃……新たに生まれた子どもの一部に〝異常〟が見つかった。

 

 高い身体能力。強靱な身体。強い生存能力。大人では忌避感を持つ加工されていない巨獣の肉に興味を示し、大人たちが一番畏れたのが、命を奪うことへの躊躇の無さだった。

 異常を示したのは全体の二割ほど。過酷な環境ほど生まれる確率が高くなることに気づいた拠点の指導者たちが、母体をストレスの少ない環境へ移すことを提案したが、それでも異常な子どもは生まれていた。

 そして事件が起きた。虐めを行おうとした八歳から十歳の子ども数人が、三歳の幼児に半殺しにされたことで、世界変異後に生まれた子どもは、これまでの人類とは〝別種〟ではないかと思われ始める。

 大人たちは新たな子どもたちを畏れる。

 いずれ自分たち〝旧人類〟が子どもたち〝新人類〟に駆逐されるかもしれないという恐怖。

 非捕食者が捕食者を本能的に恐れるように、巨獣という恐るべき存在が大人たちの理性と常識を破壊して、〝共存〟という道に進むことを拒絶した。

 

 隔離された子どもたち。放逐か駆除か。精神の余裕をなくした大人たちが非情な選択を取る決断をしかけたとき、軍の上層部がそれを覆す。

 巨獣により少なくなった兵力の補充のため、巨獣と同じ変異をした子どもたちを使うことを指導者たちに提案したのだ。

 それでも本能的に〝別種〟であると畏怖しながらも大部分の親は手放すことに抵抗した。だが、しかし、それでも成長すると持て余すようになり、軍人の孤児を含めた百名近い子どもがその能力を活かすための〝教育〟が施されることになった。

 

 ジェニファーたち対巨獣部隊は、世界変異後に生まれた子どもたちの中から特別訓練を終えた年嵩の子どもたちだ。

 ジェニファーは七歳の頃から第一期の対巨獣部隊として戦闘に参加して、今年十歳になる。同期には同じ歳の子どもが七名いたが、初期では作戦や装備面での不備があり、今ではジェニファー一人しか残っていない。

 大人たちはその理由を、理性による脅えであるとして精神面での強化として〝薬物〟の使用を決定した。

 

 ただ一人生き残った〝姉〟として、ジェニファーは任務を失敗することができなかった。もし自分が任務の放棄や失敗することになれば、薬物により自我が弱まり感情を表すことができなくなった下の子どもたちが、さらなる地獄に落ちることになる。

 

「私がやらなきゃ、ダメなんだ!!」

 普通の人間とは違う、角と尾を持つ少女。多くの巨獣を倒してきたジェニファーを撤退させ、仲間を救うために武器を放棄しなければいけなかった。

 これ以上の失態を見せれば大人たちから薬物の供与を減らされる。自分でさえ耐えられるか分からないのに、精神を病んだ下の子どもたちが耐えられるとは思えない。

 だから、この新しい任務を達成しなければならなかった。

 その任務とは、大人たちが安全に〝少女〟を無力化するための囮だった。

 

 近距離からのライフル弾にも耐える鱗と、心を砕く咆吼。ジェニファーとさほど変わらない年齢で、巨獣と同じような〝強さ〟を感じた。

 自分たちが抑えなければ〝少女〟は大人たちさえ倒してしまうだろう。だからこそ、任務を達成すれば自分たちが拠点において必要な存在だと示すことができる。

 自分たちを追い込み、撤退させた憎い存在。それなのに――

 

「なんで……そんな顔をするっ」

 大人たちの銃弾に晒されながらジェニファーの槍を無骨な槍で捌く〝少女〟は、これまで見たこともないような顔でジェニファーを見つめていた。

 いや、何度か見たことはある。憐憫。同情。悲哀……だが、それは大人たちの上から見た、大人たち自身たちの心を救うための感情であり、誰も助けてはくれなかった。

 でも〝少女〟の瞳は、上からではなく同じ視点から見ているように、ジェニファーにはその手が救いを差し伸べているように見えた。

(……そんなわけがっ)

 

「二班、撃て!」

 背後からその声が聞こえて、ジェニファーが飛び離れると同時に睡眠ガス弾が放たれる。

 だが〝少女〟もその瞬間に飛び離れて不発に終わり、部隊長から睨まれる。

「仕方ない。お前たちも行け!」

 その命令に控えていた下の子どもたちが槍を構えて飛び出した。

(いけない!)

 現状では意思があるジェニファーでもすべての銃弾を躱すことができず、幾つかの銃弾が掠めていた。そんな状況だと下の子どもたちでは死亡するかもしれない……そう思った瞬間、ジェニファーは槍を捨てて〝少女〟に飛びついた。

「撃てっ!!」

 その隙を逃さず部隊長が命じ、幾つかの銃弾がジェニファーを掠め……

「ダメっ!!」

その大部分の銃弾を、その身を盾として受け止めた〝少女〟が吹き飛ばされていた。

 

 その瞬間、睡眠弾が〝少女〟に放たれ、重傷を負った彼女が崩れ落ちる。

「ハチベエっ! 行けっ!!」

 最後に叫んだその声に、同じように銃弾を受けていた犬のような巨獣は、一瞬迷うような気配を見せたがすぐに何かを察したように離れていった。

 

「拘束しろ!」

 気を失い血塗れのまま厳重に拘束されて連行される〝少女〟。

 治療もされないまま呆然とするジェニファーに、大人の一人が投げつけるように回収されたライフルを返し、ジェニファーは残された無骨な槍を拾いあげて、泣きそうな顔で呟いた。

「……なんで、私を助けたの?」

 

 




人間に捕らえられた花椿。
離脱したハチベエは?
そしてジェニファーは何を思うか。
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