竜娘が巡る終末世界【完結】   作:春の日びより

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68 人の街

 

 

 関東石油化学コンビナート。日本最大の原油精製能力を誇るコンビナート集積地。

 生き残った企業と軍部はここを生き延びるための拠点と決め、一部の避難民を受け入れつつ外壁を造り、文明の維持に努めてきた。

 関東最大の避難地であり、小さいながらも外壁の中に街を造り、作物を育て、電気による明かりが灯り、最低限ながらも人々は変異前に近い暮らしを営んでいる。

 

 だが……そこに住む人々の顔は決して明るいとは言えなかった。

 変異後の植物の急成長により麦や野菜は数万の人々が飢えずに済む量が採れている。一般的な家畜は鶏程度しかいないが、巨大生物の肉も加工をすれば食べられないことはない。

 街では旧日本円で買い物が可能であり、化学繊維を使った衣服が売られ、音楽が流されている。

 だが、それは少しずつ目減りしていく有限の資源だった。

 

 野菜の品種は限られていて代わり映えがせず、魚も沖に出れば巨大生物に襲われるので小さな魚しか獲れない。塩は大量にあるが醤油は生産が間に合わず、化学合成した物か魚醤しかなく、大量の真水を使う米など一年に数回口にできれば良いほうで、すべて足りていない。

 新しい本など作られず、データで閲覧できる電子書籍や映画などは、機器の劣化で使える物が少なくなっていた。

 現代の文明は消費する文化であり、常に新しいものが補充されない限り成り立たないのだ。

 

 この地で生産できない物は、どこかへ取りに行くしかない。

 だが、巨大生物の脅威は想定よりも過酷であり、不足する物資を確保するために派遣した部隊の多くは全滅し、その命と引き換えにした物資も企業や軍部の上級階級へ渡される。

 情報社会で生きていた人々は情報から隔離され、先も見えない未来に心を弱らせていった。

 だが、しかし――

 そこにそれを打開できるかもしれない存在が舞い込んできた。

 

「被検体の様子はどうだ?」

「あまり良くはありませんね」

 異変前からある病院の一室で、角と尾を持つ赤銅色の肌の少女らしきものがベッドに拘束されていた。

 捕縛したときには部隊員のグローブ越しにさえ高い〝熱〟を感じたと報告を受けていたが、今の被検体は体温が低下し、ほぼ室温と同等になっている。だが〝良くはない〟とは、死にかけているというわけではなかった。

 その状態でも心拍や脈拍は一般の若い女性とほぼ同じで、呼吸も平常で体温以外おかしなところはないのだ。

 しかし、軍医や企業の研究員が被検体の身体を調べようと血を抜こうとしたが針は刺さらず、一見普通にしか見えない柔肌が、一定以上の圧力が加わった瞬間に鋼の堅さになり、それならばと工具を用いてみても、圧力がそれ以上となれば瞬時に肌が真っ赤な鱗に覆われ、微かな鱗の欠片を得るために貴重な工具が破壊される結果となった。

 被検体は体温を下げることで休眠、もしくは冬眠に近い状態となっていると推測され、このままでもすぐに死ぬことはないはずだが、研究も進んでいない。

 

 至近距離のアサルトライフルなら鱗を傷つけられるのだが、現状は睡眠ガスを使い続けることでしか大人しくさせることはできず、そこまで危害を加えるとなると被検体が目覚めかねない。

 今は強制的な眠りにより休眠状態となっているが、捕らえるのに特殊部隊と対巨獣部隊を使わなければいけなかった、特殊な危険個体なのだ。

 

「これが爬虫類と同じなら低温にしておくのはどうか?」

「それが有効か分かりません。そもそも死んでしまったら元も子もありませんから」

 米軍人の高官らしき男の言葉に研究員らしき日本人の男が首を振る。この〝被検体〟がこの拠点の希望となり得るのだ。

 数年間に一度だけやってきた米国の偵察機。他の国の情報とまだ生き残っている国と人がいると知って、ここにいる者たちはまだ人間勢力が盛り返せると希望を得た。

 だが、それ以来一度も現れることはなく、一部の者たちは悲観的な推測として、米国から切り捨てられた可能性があると気づいた。

 生き残った少数の在日米軍はもはや同胞ではないのか? 友好国である日本はもはや重要ではなくなったのか? 戦闘もできず資源を食い潰すだけの多くの避難民という足手纏いのせいか?

 

 人が生きるためには希望が必要だ。特に変異前に生きてきた人間たちにとって、現状は絶望と変わらない。絶望を打開するための希望がいるのだ。

 偵察機がくれた情報。ユーラシア大陸の奥地にいるという〝竜〟の存在。

 その存在がこの世界的規模の変異と関わりがあるのなら、それを調べる必要がある。

 それに対してこの国にいる戦力では、米国の行動に協力をするどころか現地に赴くことさえ困難であり、医者はいるが生物学の専門家はほとんどなく、戦力どころか足手纏いにしかならない。

 だが、この被検体……角と尾、強固な鱗という〝竜〟の特徴を持った少女のことに、米国は興味を持つだろう。そうなれば米国主導による人類の攻勢に出る際、この拠点は世界的に重要な立ち位置に着くことができるはずだ。

 だがその前に、被検体を研究することと並行して、以前より計画されていた作戦を行う必要があった。

 通信衛星のほとんどがアクセスできなくなったが、それでも米国が残っているのならまだ稼働している衛星もあるはずだ。それと通信するために東京にある日本最大の電波塔から通信に必要な機器を奪ってくる必要があったのだ。

 

 人間には希望が必要であり、それを覆せる〝希望〟も得た。

 でももし……米軍の偵察機が来ない理由が、自分たちを見捨てたのではなく……すでに米国が崩壊しているのではないかという〝絶望〟を、誰もが心の隅に思いながら口にすることはできなかった。

 

   ***

 

「ほら、ちゃんと手当てしないと」

「うん」

 対巨獣部隊。その重要性にも拘わらず軍施設としたビルに隔離された子どもたちは、寄り添うように集まり傷を癒していた。

 ジェニファーはただ一人生き残った年長者として、下の子どもたちの世話を焼いている。

 最近はあまり感情を見せなくなり、傷を放置して蹲っていた八歳の男の子の腕に包帯を巻き直してあげる。

 

 この男の子は前回の捕獲にも同行した子どもで、その際に銃弾が掠めて怪我をしている。

「ほら……〝薬〟を呑んで」

「でもそれ、ジェニファーの……」

「私はまだ大丈夫よ」

 ジェニファーの前回の戦闘で味方の銃弾を受けている。化学繊維の防具が致命傷を避けてはいるが、心配する男の子にジェニファーはわずかに隈の浮いた顔で微笑んだ。

 

 ジェニファーたち異様な力を持った新しい子どもたちは、高い身体能力だけでなく強い闘争本能と生存能力、そして自然治癒能力を持っている。

 訓練当初は怪我をしても治療されてきたが、骨折でも十日程度で治ってしまうことから次第にまともな治療をされることがなくなり、よほどの重傷でもなければ消毒と包帯程度の自己治療をするしかなかった。

 

 怪我の治りが早くとも痛みはある。高い身体能力で痛みがあっても動けてしまうことで、怪我人でも翌日から通常訓練をさせられ、痛みがなくなる日はなかった

 その〝苦痛〟を緩和するものがジェニファーたちに支給される〝薬〟だった。

 ジェニファーは訓練の痛みに呻く小さな子に〝薬〟を与えて自分は我慢をしていたが、痛みのために夜も眠れず、精彩を欠いている。

 

 ここにいる子どもたちは、養護施設に隔離された幼児を含めても五十余名。

 初めは百名以上いて、毎年十名近い子どもが送られてきても、ほぼ捨て駒のように使われる子どもたちは数を減らしていた。

(この子たちを守らないと……)

 たった一人で下の子どもたちを守る。でも、その努力はむなしく巨獣との戦闘で一人……また一人と減っていく仲間たちに、ジェニファーの心は折れかけていた。

 今は責任感から心を保っているが、これ以上仲間が死ぬことになればどうなるかわからない。

 でも……。

 

「……あいつ」

 なんとなく持ち帰ってきてしまった〝角槍〟に目を留めると、少しだけ心が和らいだ。

 幼い頃に巨獣に殺された両親以外で、初めて自分を心配するようなその瞳と言動にジェニファーの心は揺り動かされ、その槍を抱きしめると少しだけ痛みが和らぐようで、今なら少しだけ眠れる気がした。

 

   ***

 

『わふんっ』

 ――ズズン。

 全高五メートルを超える巨大鹿が地響きを立てて倒れ、その上に立ち、わずか数日で仔犬から少しだけ成犬に近づいたハチベエが吠える。

 ハチベエは花椿から離れなければいけなかったことを後悔するも、悩むことなく行動に移していた。自分がまだ幼いから花椿を助けられなかった。だから早く力を得るために巨大動物を倒して、花椿のように〝糧〟として成長することを選んだ。

 

 ハチベエは自分よりも大きな巨大鹿を貪り食らい、心臓だけは花椿のお土産に残し、どこかの民家から取ってきたカーテンに器用に包むと咥えて走り出した。

 花椿が捕らえられた人間の拠点へ。

『わふん!』

 

 




心が揺れるジェニファー。
動き出したハチベエ。
花椿 (っ˘ ꒳˘c)スヤァ……


いつも誤字報告ありがとうございます。
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