竜娘が巡る終末世界【完結】 作:春の日びより
「ドラゴン……」
戦場となった石油化学コンビナートの拠点で、呆然とジェニファーの呟きが流れる。
見つめる先にいる一体の〝異形〟。その姿はまだ人の形をしていながら、全身を真っ赤な鱗で覆われ、角と尾……そして大空を羽ばたくための翼があった。
――正にそれは人が思い描く、伝説にある〝竜〟の姿――
『――――――――――――――――――――』
竜と化した少女が人では理解できない〝声〟で吠える。
それはジェニファーが以前にも受けた魂に衝撃を受けるような咆吼ではない。でも、その咆吼に魂は揺さぶられ、人間を襲おうとしていた巨獣たちも攻撃をやめてそちらを振り返る。
巨獣が感じたそれは、ジェニファーが感じたような、感動し、胸を打たれるような旋律ではなく、すべての捕食者の頂点に在る〝竜〟の選別だった。
〝竜〟の前に立つことを選別する〝竜の咆吼〟とは違う、竜に刃向かう愚かな敵対者を選別するための〝竜の唄〟……。
その瞬間、小さな竜を中心に炎が巻き上がり、火線だけを残して、目にも留まらぬ速さでかき消えた〝竜〟は、一瞬で脅えを見せた巨大黒豹の頭を鷲掴みにすると、自分の十倍以上もある巨獣を大地に叩きつけ、頭蓋を押し砕いた。
巨大黒豹を一撃で殺し、ギロリと睨めつける〝竜の眼〟に、巨獣たちに恐怖が奔る。
『――――――――――――――――――――――――ッ!!!』
人型の〝竜〟が吠える。
鱗で出来た翼から爆炎を噴き上げ、飛び出した〝竜〟は、その直線上にいた巨大雌ライオンの首に食らいつき、一瞬で引き千切った。
傷口から炎が燃え上がるように炎に包まれる巨大雌ライオン。
炎を噴き上げる翼が唸りをあげ、砲弾のように空へ飛び出した〝竜〟は音速を超える速度で雲を切り裂き、急降下して地面に激突すると、その衝撃波が巨獣の群を吹き飛ばした。
まるでミサイルでも撃ち込んだように爆炎が巻き起こり、瞬時に呑み込まれ、吹き飛ばされ、抵抗もできずに灰になっていく巨獣の群。
その地獄のような炎の中で〝竜〟だけが次の獲物を求めて天に咆哮をあげていた。
「――ぅぁああああああああああああああああああっ!!」
その光景に特殊部隊の一人が、唐突に〝竜〟に向けて銃を乱射し始める。
それは当然のように高熱によって弾丸が軟化し、鱗を傷つけることさえできなかったが、その発砲に周囲の特殊部隊員たちが、限界を迎えたように〝竜〟に攻撃を始めた。
「な、何をやっているのっ!?」
慌ててジェニファーが叫ぶように制止するが、半狂乱になった隊員の一部はジェニファーたち対巨獣部隊にも銃を向け、その中で冷静だった隊長でさえも、血走った目で口から泡を吹きながら、自らもアサルトライフルを撃ち始めた。
「やれぇえぁああああああああああああああっ!!」
――〝竜の唄〟――
それによって錯乱した特殊部隊の者たちは〝脅え〟から〝竜〟に攻撃を加え、正気を保っていた部隊員が制止しようとするも、正気をなくした者たちはそれさえも敵を見なした。
その中で一部の特殊部隊員が叫びをあげながら〝竜〟に突撃する。
『――――――――――』
それを睨めつけた〝竜〟が翼を広げ、突撃してきた特殊部隊員を羽ばたきと共に噴き上がる炎で薙ぎ払い、炎の中で崩れ落ちていった。
「……なに……これ」
これまで恐ろしいだけの存在だった巨獣を真正面から殺戮し、刃向かう人間にさえも容赦をしない〝竜〟に、ジェニファーは唖然として呟く。
人間の形をした〝竜〟。竜の姿をした〝人〟……。
ジェニファーは戦場で唯一自分を気遣ってくれた優しい人が、ただ暴力を振りまくだけの存在になってしまったことに混乱する。
「まさか……」
ジェニファーは〝竜〟となったあの人が、今現在、正気ではないことに思い至る。
捕縛のときに何かあったのか? それとも研究所で何かをされたのか? 理由は分からないが現在の状態が好ましくないことだけは理解できた。
「仲間たちはっ!?」
尋常ならざる事態に混乱していたジェニファーは、そこでようやく仲間たちのことを思い出す。
「みんな、とりあえず下がれ! 急いで!」
自分を庇って気を失い倒れていた男の子を担ぎ上げたジェニファーが声をかけると、動ける子たちが怪我人を担いで下がり始める。
巨獣たちの大部分は〝竜〟と暴れる特殊部隊に意識が向いている。今はまだ死亡した仲間はいないようだが、今襲われたらどうなるか分からない。
隊長が錯乱している今が撤退の機会だった。しかし……。
(それでいいの……っ!?)
それで拠点に大きな被害が出れば、自分たちは居場所を失ってしまうかもしれないという脅えに一瞬足が竦んでしまう。
そのとき――
「ジェニファーっ!!」
自分に叫ぶ誰かの声。頭上から影が差して見上げたそこに、半身を焼かれながらも憎悪に満ちた目で見下ろす、巨大カモシカの姿があった。
『ブエェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!』
嘶きをあげた巨大カモシカが、仲間を担ぎ動けないジェニファーに頭部を振り下ろす。
――ドゴォンッ!
「……え?」
その瞬間、突然、横から大きな何かが飛び込み、無防備な巨大カモシカを弾き飛ばした。
まるで綺麗に焼けたパンのような色合いの〝それ〟は、見上げるほど大きなまん丸な姿で胸を張り、口に咥えていた荷物を置いて一声鳴いた。
『わふん!』
「…………へ?」
まだ家族がいた頃に電子書籍の図鑑で見た〝柴犬〟の仔犬によく似た巨獣は、ジェニファーの匂いを嗅ぐと尻尾を振りながらつぶらな瞳で首を傾げる。
「……お、お前は」
確か、竜の人と一緒にいた巨獣のはずだ。それがどうしてここに現れたのか?
それは分からないが、ジェニファーは自分が襲われない理由が、お守り代わりに持ってきて背中に括り付けたままの〝角槍〟だと思い至る。
『くぅ~ん?』
柴犬の巨獣は辺りを見回すと、炎の中で暴れている〝竜〟を見留めてパッと表情を輝かせた。包みを咥え直してトコトコとそちらへ歩き始める柴犬の巨獣に、慌ててジェニファーがそれを止めようと回り込む。
「ま、待て!」
竜の人に懐いているように見えても巨獣は巨獣、何を考えているのか分からないし、いつ自分たち牙を剥くか分からない。でも、今の竜の人をなんとかできるかもしれない存在を簡単に失うわけにはいかない。
それ以上に……。
「今、あの人はおかしいんだ! お前が行っても殺されるぞ!」
その邪気のないつぶらな瞳と愛らしい仕草に、ジェニファーはこの存在を死なせなくないと思ってしまったのだ。
「え、えっと……」
「手伝う!」
子どもだからなのか、手の空いていた子どもたちが柴犬の巨獣の行動を止めようとするが、身体の大きさの違いから、ずるずると引きずられて、置いて行かれてしまう。
『――――――――――――――!』
そのとき、新たに現れた〝柴犬の巨獣〟に、巨大猪を引き裂いて燃やしていた〝竜〟が気づく。
翼から炎を噴き上げ、一気に襲いかかる〝竜〟。
だが――
『わふん』
柴犬の巨獣の一声鳴くとその鋭利な爪が目前で止まり、尻尾を振った柴犬の巨獣が落としてほどけた包みから、一抱えもありそうな心臓が零れた。
『わふん!』
もう一声鳴いたその柴犬の巨獣に、ゆっくりと巨大な心臓を掴み上げた〝竜〟がそれを貪り食らうと、飢えが満たされたからか、ポロポロと顔や腹の鱗が剥がれ落ち、そこからキョトンとした少女の顔が現れた。
「……ハチベエ!?」
『わふん!』
元に戻った相棒にハチベエは飛びつくように花椿の頬をベロリと舐めた。
正気を取り戻した花椿。
次回、激戦!
そして毛皮の衣装はまだ残っているのか!?
いつも誤字報告ありがとうございます。