竜娘が巡る終末世界【完結】 作:春の日びより
「いやぁ、絶好のドライブ日和ッスね!」
「……そうだね」
『くぅ~ん……』
県から県へと渡る長大すぎる橋は、十年以上整備されていないけど、軽トラ一台が通るぶんにはなんの問題もなく、途中で放置された車もあるかと思っていたけど、どうやら海の巨大生物を警戒して政府が通行を止めていたらしく、入り口に朽ちたバリケードが残っていた。
本当によく無事だったよね。海の上だから多少錆は浮いていたけど多少軋む程度で、天気も良いので確かにドライブ日和なのだけど、軽トラの助手席から聞こえる暢気な声に私も、横を走るハチベエも困惑するしかなかった。
……本当に、なにこれ!?
大橋の入り口でヒッチハイクしていた黒髪セーラー服の女の子……。
身長は私と同じで高くなく、年齢も同じくらいの十代半ば。艶々の黒髪を肩上で切り揃えて、メチャクチャ可愛い。……妙な言葉遣いだけど。
そんな、〝なにこれ!?〟って状況に唖然としていると、停めてしまった軽トラに笑顔で駆け寄ってきたその女の子は、そのまま助手席に乗り込んで、そのまま成り行きで乗せていくことになってしまった。
「ほぉら、ハチベエちゃん、魚肉ソーセージッスよ~」
『わふん!?』
助手席の窓からピンク色のそれを投げられたハチベエは、困惑しながらも飛びつき、もぐもぐと食べていたる様子を呆然と見ているとそれに気づいた女の子がニカッと笑う。
「あ、賞味期限は大丈夫ッスよ?」
「……それ、どこから持ってきたの?」
「近所のスーパーで買ってきたッス」
「どこの!?」
どっかでまだ製造しているの!? しかもそれを売っているお店があるのか、当然の疑問をぶつける私に、彼女は自信なさげに首を傾げた。
「うちの近所?」
「あ、そう……」
着ている黒地のセーラー服や、真っ黒ピカピカのローファーもまるでおろし立てみたいに新品だし、さっきからポイポイどこから取り出したか分からない魚肉ソーセージでハチベエを餌付けしているけど、きっと聞いても答えてくれないような気がするし、ツッコんだら負けのような気もしている。
「あ、花椿ちゃんも、コーヒーガムいるッスかぁ?」
「いらない……」
私やハチベエの名前も教えてないんですけど!?
「それであなた……なんて呼べばいいの?」
名前を呼ばれたことで彼女の名前を聞いていなかったことを思い出して聞いてみると、それはあっさりと教えてくれた。
「タマチーって呼んでくれていいッスよ」
「タマチー……ね」
本名じゃなくてあだ名だと思うけど、本名だったらどうしよう? ……別にどうでもいいか。
「それで? タマチーは何処へ行きたいの?」
それによって対応が変わってくる。途中で降りるというのなら別だけど、私はそうじゃないって確信があった。
「ん~~……とりあえず富士山で」
「……ん」
やっぱりね!
そもそもこの子……タマチーって、ウータンのときにちらっと目撃した幽霊かと思っていた子だよね? それからもチラチラ見たような気がするし、アキやリンたちに生きる術だけ教えていなくなった人も、セーラー服の女の子じゃなかったっけ?
……怪しさマックスの女の子だけど、それでも一緒に乗せているのは、悪い子じゃないんだよねぇ……。邪気を感じないどころか、心地良さすら覚える。ツッコミが追いつかないだけで。
「あ、見て見て、花椿ちゃん、クジラがいるッスよ! お~いっ」
そう言ってタマチーが助手席の窓から身を乗り出して手を振ると、離れた海上で前に見たことがあるような島クジラが、まるでタマチーの呼び声に答えるように、間欠泉のように潮を噴いて大きな虹を作っていた。
……本当に怪しいけどね!
明るいうちに橋を越えて私たちは神奈川に突入した。そこから海沿いに進み、その日は何故か鍵が開いていた被害の無い民宿に泊まることになった。
何故か、タマチーが獲ってきたカツオでタタキを作ってくれたりしたけど、美味しかったのでツッコミは我慢する。
「ほぉら、躍り食いッスよ~」
『わふん!』
「ハチベエ……」
完全に餌付けされているじゃない!
そんなタマチーが同行者となったのだから、何か教えてくれたりするのかと身構えていたのだけど、驚くほど何もなくて拍子抜けした。
この子……何が目的なの?
「花椿ちゃん、こっちの道が近道ッスよ」
「わかった~」
いつの間にかこの地方の道路マップとか見ているけど、ツッコまないぞ!
でも実際に行ってみると、路上に放棄された自動車もほとんどなく、比較的被害のないところを通れたらしく、道のりは順調に進んでいた。
でも……。
「あ、ここッスよ! 天然の露天風呂がある温泉宿って!」
「タマチー、最初からここを狙ってたでしょ!?」
どうりでどんどん奥に行くと思ったよ!
大きな温泉宿ではなく、知る人ぞ知るって感じの小さなお宿だったけど、そのせいか巨大樹木の浸食からも逃れて、ほぼ当時のままの外見を保っていた。
まぁ、埃と雑草まみれなのは仕方ない。よく見れば雑草の中に小さな菜園もあるみたいで、ノビルやニラが生えていた。でも元々野草みたいなものか。
その宿の奥の方にある森に天然の温泉があり、そこが露天風呂になっているみたい。
現在も土や草に埋もれもせずにお湯が湧いているのか分からないけど、すでに宿に残っていた浴衣を着たタマチーが行く気満々なので、全員で温泉に入ることになった。
「ほぉら、もうすぐ見えるッスよ~」
浴衣にタオルにカエルっぽい文字の入った黄色い洗面器を抱えたタマチーが、軽い足取りで石畳が敷かれた森の中を進んでいく。
「そうなんだ……」
本当に何を考えているのだか……。匂いも姿形も普通の人間なんだけど、何かが違う気がする。
そもそもツッコミどころが多すぎて何から疑っていいんだか……。
「花椿ちゃん、おむすび食べるッスか?」
口いっぱいにおむすびを頬張りながら、タマチーは笹の葉に置かれた塩むすび(たくあん付き)を差し出してきた。
ツッコまないぞ!
『う~~~っ』
「…………ッ」
さらに進んで目的の小屋のようなものが見えるとハチベエが唸りだし、私も一瞬置いてそれに気づいた。……何かいる!
「あ、大丈夫ッス」
でも、突然感じたその〝気配〟に警戒する私たち、タマチーはそれが何か分かっているかのように先を進む。
『くぅ~ん……』
「うん、行こう」
気軽な足取りで歩いていくタマチーの後を、私とハチベエが警戒しながら小屋……天然露天風呂の脱衣所に近づいていく。
脱衣所は十数年でかなり傷んでいたけど崩れる様子はなく、中は落ち葉が少し落ちていただけで不自然なほどに保たれていた。……これって、誰かに管理されていたの?
「じゃ、入るッスよ~」
「あ、待っ……」
呼び止める間もなく、いつの間にかバスタオル一枚を撒いて露天風呂に向かうタマチー。
「――っ!」
そして……それに釣られるように脱衣所から出ると、そこには……
「……猿?」
私の呟く声に〝それ〟がジロリと私を睨めつける。
体高およそ五メートル……ゴリラやオランウータンとも違う、真っ黒な顔に真っ白な体毛の巨大な猿が温泉に浸かっていた。
「大丈夫ッス」
反射的に角槍を構えようとした私の手に、自分の手を重ねるようにタマチーが止めながら微笑んでいた。
なにこれ……
『…………』
露天風呂も広いけど、身体が大きいから半身浴どころか足湯状態の雪男は、もう一度私たちを睨みつけると、近くの地面にガリガリと爪を立てた。
そこには……
『ふろ、はいるなら、ふく、ぬげ』
「…………」
「あはは、そうッスよねぇ」
タマチーがタオルを取ってお湯に飛び込んだ。そんなタマチーに顔を顰めた雪男だったけど、諦めたように溜息を吐いて、小さな手ぬぐいを頭の上に乗せた。
「……入ろっか」
『わう……』
私も諦めたように脱衣所で革装備を脱いで、かけ湯をしてからハチベエと一緒にお湯に浸かる。
こんなことでいいのかな……? 初めて邂逅した巨大生物とお風呂に入るなんて、これまで考えもしなかった。
巨大生物はハチベエやその家族のように友好的なものもいるけど、大抵の場合は高くなった知能で他者を蹴落とし、排除しようとしていた。当然のように敵として警戒した私たちに、雪男はなんの興味も示さない。
時折……どこかを見て少しだけ顔を顰めているけど、私はそれが富士山のほうだと分かり、同じように顔を顰めた。
『…………』
そんな私に雪男は目を細めるように私を見て、そのまま目を瞑る。
その態度からはなんの感情も読み取れなかったけど、なんとなく私はこの雪男に認められた気がしてそっと息を吐いた。
……そう言えば、ちゃんとしたお風呂に入るの初めてだね。
「こういう個体もいるッスよ。〝世界〟は常に変化している」
「そう……だね」
そう言うタマチーから手渡されたよく冷えた〝フルーツ牛乳〟を見つめながら、私は実感を込めて頷いた。
でも、ツッコまないぞ!
正体不明の少女は花椿を富士に誘う。
その目的は?
8いつも誤字報告ありがとうございます。