竜娘が巡る終末世界【完結】   作:春の日びより

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最終話です。


87 新世界

 

 

「……地球の……意思?」

 私の呟きにタマチーがにんまりと笑う。

 向こうの世界……ムンドゥスでも〝世界〟が生物を減らすために被害を放置して、余剰な魔素をこの世界へ投棄した。

 世界には本当に〝意思〟がある……? でもそれは神様なんかじゃない。世界……〝星〟を一つの生命体とするのなら、その進む方向性を決める何かがあるのかもしれない。

 

 きっと惑星の表面は〝世界〟にとって庭のようなものなのだろう。

 長い時間をかけて少しずつ作ってきた綺麗な庭。そこに植物が芽吹き、小さな虫が迷い込めば、それが雑草や名も知らない昆虫でも大事に思うはず。

 でも、木を植え、綺麗な花が咲けば、養分を吸う雑草は邪魔になる。

 可愛い小鳥や綺麗な虫ならそのままでもいいけど、葉を枯らす昆虫が大量に湧き出せば、駆除をするために水を撒くだろう。

 

 きっと人間は、世界にとってシロツメクサやミントのようなものだと思う。

 世話をしなくても勝手に根を張り、勝手に増えていく。それが他の植物を枯らし、益虫さえも寄りつかなくなれば問題になってくる。

 わずかな根があればあっという間に再生するそれを管理するには、庭の大地ごと引っぺがして新しい土にする必要がある。でもそれをするのは大変だし、他の植物もダメになってしまう。

 ノアの箱舟のような神話の出来事は、地面を引っぺがして取り替えた結果なのかもしれない。

 でも、ここまで育った庭をまた新しく作り直すことを嫌った〝世界〟は、もっと単純な方法……隣家で〝増えすぎた家畜〟を分けて貰うことで済ませようとした。

 それが、この世界の……〝地球〟で起きた出来事だった。

 

「だいたいその通りッスよ、花椿ちゃん」

 私の思考を読んだタマチーがニコニコとして頷いていた。

「でも、花椿ちゃんなら、それを理解できるッスよね?」

「…………うん」

 世界の邪魔になったから人間を減らした。人間が世界の意思ひとつで沢山死んだとしても、私はそれが必要なことだと理解できてしまった。

 私は〝人間〟じゃない。〝竜〟として納得してしまったのだ。私にとってすべての生物は同等だった。でも……。

 

 

「……タマチーが私を創ったの?」

「ママじゃないッスよ? どちらかと言えば〝竜〟は、果樹園の授粉を助けるミツバチのような感じッスね」

 ……いまいち意味が分からない。

「〝竜〟のような〝管理者〟は、意思に関係なく勝手に生まれるッスよ。だから居なくなっても勝手に創ることはできないッス」

「それなら、どうして私は〝人〟のような姿をしているの?」

 

 地球にも大昔には竜がいて、それを古代の人が見ていたのなら、この世界の竜もウェールムと同じ姿をしているはず。でも私は人に近い姿をしているのは何故?

 そう訊ねる私にタマチーは人のようで……人間ではあり得ない、深淵を覗くような〝目〟で私を見る。

 

「地球は人間がはびこったことで滅びかけた星。だから人間を減らすだけで、事足りたッス。でもね……人間もこの星で生まれた〝子ども〟なんスよ」

「子ども……」

〝竜〟は〝世界〟の管理人。でも、人や生き物は〝世界〟にとって、この星で生まれた子どもなのだ。たとえこの星を汚染して、滅ぼす原因になったとしても、この星で生まれた人間にはこの世界で生きる資格がある。だからこそ……。

「花椿ちゃんには、平等な目で人間を見て、平等に接することで選択してほしいからッス」

 

 現れる〝竜〟にこの〝世界〟が干渉した。この世界で唯一、この世界の子どもではない私だけ……〝竜〟だけが、すべての生物をひいき目なしで判別することができるから。

 この星に、本当に人間という種が必要なのか、第三者の目で判断する。

 

「だから……戦うの?」

「結果的にそうなったッスね」

 ムンドゥスからの魔素が止まらない限り、世界は変わらなくても人間は滅ぶ。新しい人類が生まれて成長するよりも、魔物が増えるほうが速いから。

 

『――理解はできたか? この世界の〝竜〟よ――』

 

 タマチーとの会話が終わり、闇の竜ウェールムがそう語りかけてきた。

「あなたの存在が、ムンドゥスとの扉なのね?」

『――いかにも。我がこの世界に存在する限り、ムンドゥスからの魔素が止まることはない。この世界の〝火竜〟よ。我と戦うか、いかに?――』

「……そうだね」

 

 目覚めてから一年。短い時間だったけれど大切な出会いがあった。

 ジンベエは、何も知らず誰とも関わったことのない私の友達になってくれた。

 婆ちゃんは、人間というものの暖かさと優しさを教えてくれた。

 沢山の巨大動物との戦い。結果的には敵となって殺し合ったけれど、それでも私は彼らを憎んでも嫌ってもいない。それは人間を偏愛していたウータンに対してもそうだ。

 初めて出会った沢山の人間。子どもたちとの出会い。

 嫌な人もいたけれど、私にとっては弱く、庇護すべき存在だった。

 だから私は――――

 

 ――パキンッ。

 四肢の先端から真っ赤に鱗に覆われ、背中まで覆った鱗を押しのけるように、鱗で出来た真っ赤な翼が広がり、急所だけでなく首元や顔の半分ほども鱗に覆われた私は、金色の〝竜の眼〟で黒竜を見上げた。

 

「護るよ。この世界の弱きものを。この世界の〝竜〟が」

 

 そんな私の発言にタマチーが優しげに笑い、震えていたハチベエが尻尾を振っていた。

 そして……

『――良かろう。我が存在を退けてみるが良い――』

 ウェールムの全身から黒い靄が立ち上り、タマチーがハチベエを不思議な力で包んで下がってくれた。

 

 ガキンッ!!

私は全身から炎を噴き上げながら角槍を持って飛び出し、角槍とウェールムの爪がぶつかり合って巨大な閃光を瞬かせた。

 ウェールムが黒い翼を広げて一瞬で空へと昇り、真下にいる私へ〝夜〟色のブレスを撃ち放つ。

「――――――――――……ぁああああああああああああああああああああああああっ!!」

 それに対して私は、翼から炎を噴き上げながら宙に舞い、全身の〝熱〟に〝想い〟に込めてそれを〝竜の息〟として撃ち放った。

 夜空と太陽のような炎がぶつかり合い、星の半分を茜色に染める。

「『――勝負――!!』」

 

 その日――世界に響くような轟音が空を揺らし、富士の火口が噴火をするように巨大な炎を噴き上げた。

 

   ***

 

 鬱蒼と茂る深い森。遠くに見える花のように爆ぜた高い山は、かつて『フジ』と呼ばれていた。

「追ってくる!」

「任せろ!」

 深い森から飛び出してきた栗色の髪をした少女が仲間たちに叫ぶと、それを待ち構えていた三人の中から二十歳ほどの黒髪の青年が武器を構えて前に出る。

 

 身長で二メートル近い〝丸耳族〟と呼ばれる種族の青年は、巨大な鱗を使った鎧に身を包み、身の丈ほどの金属の大剣を軽々と構えた。

 森から飛び出してきた〝長耳族〟と呼ばれる種族の少女と入れ替わるように飛び出した青年は、彼女を追って飛び出してきた巨大な影とぶつかり合う。

『ブモォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

「巨大猪……大物だ!」

 ドゴォオン!!

 小屋ほどもある巨大な猪とぶつかりながらも、青年はわずかに押されるだけで受け止めることに成功した。

「今だ!」

 その声に、戻ってきた〝長耳族〟の少女が構えた弓で巨大猪の片目を潰し、その隙に槍を持った〝獣族〟の青年が飛び出し、真上から巨大猪の頭部を突き刺した。

『ブモォオオオオオオオオオオッ!!』

 それでも巨大猪はまだ生きていた。それを見て一番後ろにいた〝丸耳族〟の少女が金属の筒を構える。

「避けて!!」

 その声に仲間たち三人が飛び離れ、そこに〝丸耳〟の少女が持つ筒が火を噴いた。

 ドォオオオオンッ!!

 轟音と共に筒から撃ち出された弾が巨大猪の残っていた目を貫き、脳を破壊された巨大猪は地響きを立てるように崩れ落ちた。

 

「やったぁ!」

「倒せたぞ!」

 仲間たちが集まり、喜び合うように飛び跳ねて手を合わせた。

「でも、弾使っちゃった……高いのに」

〝丸耳族〟の少女がそう嘆くと、同じ〝丸耳族〟の青年がその頭に手を乗せる。

「かなりデカかったからな。仕方ないさ」

 青年の言葉に〝耳長族〟の少女と〝獣族〟の青年が頷く。

「それなら〝遺跡〟に行きましょうよ。私、欲しい円盤があるし!」

「そうだな……。奥まで行かなければ魔物は出ないと思うし」

「巨獣は出るかもしれないが、俺たちならやれるさ!」

 

 彼らは近隣の村で育った幼馴染みで、数年ほど前に街に出て〝探索者〟を生業としていた。

 探索者とは、四百年前に崩壊した旧人類の遺跡から、古代の遺産を発見し、掘り出し、持ち帰ることを生業とする者たちだ。

 何千年も続いたという古代文明から得られるものは宝石や貴金属ばかりではない。

 今の人類では造ることのできない上質な鋼や、錆びることのない工作器具。特殊な箱や部屋に仕舞われた、いまだに使用できる薬品類。特殊な針を用いることで音楽を奏でる黒い円盤などは、高額で取引されている。

 そして、一番簡単に見つけることができて、完品を見つけることが非常に困難なもの……書物は様々な種類があり、それが医学などの学術書の場合は高値が付いていた。

 

 今の人類は大気に満ちる〝魔素〟を取り込み、体内で〝魔力〟を精製することで進化し、環境に即した複数の種族が生まれていた。

 同様に魔素に順応した〝魔物〟と呼ばれる生物から取れる素材には不思議な力が宿り、武器や装備だけでなく、〝丸耳族〟の少女が使った銃の弾のような強力な物まで作れるようになった。

 旧文明が滅びてから四百年余り……。人類は今の世界に適合した新しい種となって生き残り、強力な巨獣や魔物に対抗するために国を作り、旧文明の中世に近い文化を確立しつつあった。

 

 そして、新たな探索の地を『トウキョウ』と呼ばれる遺跡群と決めた四人は、『シンジュクエキ』と呼ばれる古代遺跡にて、直立した牛のような魔物と遭遇する。

「こいつ、武器を使うぞ!」

「銃を使う!?」

「こんな狭い場所じゃ――ぐあっ!」

 シンジュクエキに隣接する〝塔〟の一つ。そこで〝牛獣人〟から放たれた斧の一撃に、丸耳族〟の青年が盾にした大剣ごと吹き飛ばされた。

 とっさに槍をもって割り込み、仲間を庇う〝獣族〟の青年に、牛獣人の魔物がニタリと嗤う。

 魔物は知能が高く、身体能力も巨獣を超えている。牛獣人の魔物は身長が三メートル程度で巨大魔物ほどの脅威はないが、このような遺跡の中にも現れる難敵だった。

 

「このままじゃ……」

「俺が食い止める! 早く逃げろっ」

「そんなっ」

 四人は魔物と戦ったことはあったが、もっと強い探索者たちと共に戦っただけだ。遺跡の中なら強力な魔物は出てこないと考えていたが、彼ら四人は自分たちの考えが甘かったことを思い知らされた。そのとき――

 

『わおん!』

 遺跡の奥から獣のような鳴き声が聞こえた。その直後、三メートル以上ある天井高ギリギリを四つ脚で駆け抜けてきた茶色の物体が、左右に飛び跳ねるようにフェイントをかけて牛獣人を体当たりで吹き飛ばした。

『ブモオオッ!?』

『わおん!』

 茶色の巨大な獣……それは。

「シバっ!?」

 

 巨獣の中でも人間に慣れて共に生きるようになった巨大生物がいる。

 乳を分けてくれる代わりに子育てを人間に手伝わせる巨大牛や、多くなった毛を刈らせることで共存する巨大羊もいるが、〝シバ〟と呼ばれる巨大狼は子どもにも慣れやすく、その愛らしさから旅の伴として重宝されていた。

 そんな獣が此処にいる理由とは――

 

「――まだ、ここは早いんじゃないかな?」

 ドスッ!

『ボモォオオオ!?』

 突然背後から鋭利なものに胸を貫かれた牛獣人が驚愕する。それでも背後へ斧を向けようとした牛獣人は、その瞬間に胸元で炎を噴き上げる槍に心臓を焼かれ、断末魔を上げる間もなく崩れ落ちた。

 ゆっくりと牛獣人の魔物が前に倒れ、そこに姿を見せたのは――

「まだこの辺りは危険な魔物がいるよ?」

 

 現れたのは、真っ赤な革鎧を纏った少女だった。

 年の頃はまだ十代の半ばほどだろうか。淡い赤銅色の肌に桃色がかった銀髪の少女は、思わず彼らが見惚れるほど整った容姿をしていながら、それ以上に頭部から生えた角や長く伸びた爬虫類の尻尾が目に付いた。

「た、助けてくれてありがとう……」

「うん」

 初めて見る肌の色に、初めて見る特徴の種族。困惑しながらも礼を言う彼らに少女は、金色の瞳を細めて微笑んだ。

「さっきも言ったけど、この辺りはまだ魔物も出るし、危険な肉食巨獣もいるから、入り口辺りで経験を積むと良いよ。行こう、ジュウベエ」

『わおん!』

 少女が声をかけると、シバの巨獣が尻尾を振って後に続く。

 突然現れて、四人が敵わなかった魔物をあっさりと倒して立ち去ろうとするその背中を唖然として見送りながら、正気に戻った丸耳族の少女がその背に声をかけた。

 

「ありがとう! 名前、教えて!」

 その声が聞こえて、立ち去ろうとしていた少女は小さく振り返ってニコリと笑う。

 

「私は花椿。……この世界の〝竜〟だよ」

 

 




これにて最終回となります。ご読了ありがとうございました。
実験的に始めてみた終末世界や旅物語でしたが、時間がもう少しあってじっくり書けたら、もう少し違った結末があったかもしれません。
個人的にはウータンのような話をもっと書きたかったのですが、難しいですね。
書籍よりも漫画のほうが合いそうな作品でした。

変な物語のストックは色々あるので、また実験的にお届けできたらと考えております。
いつもご感想や誤字報告、ありがとうございます。
それではまた!
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