しかし書いてみると死ぬほど長くなりました。結局分割して中編にしたのにこの話だけで10,000字を超えております。
なんでやねん。
決戦の前。
虎杖悠仁は五条とミゲルに頼み事をするべく、2人の元へ顔を出していた。
『五条先生、ミゲルさん』
そこで初めてミゲルと正面から相対した虎杖悠仁は、『圧』によって身体が押し戻される感覚を味わう。
『うっ……お……』
『ン?イタドリ……ダッタナ』
(改めて見ると……半端ねぇ迫力……!)
五条悟は言うなれば無限に広がる宇宙のように掴みどころがなく、果ての無い深淵を覗き込んでいるような底知れない印象がある。
ミゲルはその逆で、あまりにも巨大で雄大な存在感。近くに寄るだけで包み込まれているような圧倒的な力をひしひしと感じる。
(まるで山脈……!これが殴り合いなら五条先生をも上回る、海外の最強術師!)
『
自身の持つ『最強』観。それが一つ拡張された虎杖であった。
『……頼みがあるんだ。
正直、俺は宿儺と戦えるほど強くない。それでも伏黒を助けたい。
……虫がいいのは理解している。でも協力して欲しい』
虎杖悠仁は『清心』。その心は折れる事はなく、目的を遂げるためただひたすらに進む。自分が命を掛けないという申し訳なさもあったが、目的の為にはこの2人の協力が絶対不可欠。
『伏黒を助け出す策が幾つかあるんだ。例えば日車の……』
『アア、ソレナラ何トカナルカモヨ』
『……えっ?』
『俺ノ術式デ、伏黒クンノ肉体カラ宿儺ダケヲ分離デキル可能性ガアル』
『マジ?』
『……ツマリ、俺ノ領域『谺喚山嶺』……日本語ダト、『こだまさんれい』ニナルノカナ。領域効果ニヨッテ宿儺ダケノ存在ヲ奪エバ分離デキルト思ウ。来栖カラ天使ダケノ精霊化ニ成功シタカラ可能ナハズダ』
ミゲルの領域、『谺喚山嶺』は対象の存在を分割し、支配下に置く事ができる領域効果を持つ。
その力で宿儺の存在を奪い去り、魂と肉体の両方を伏黒と分離しようというのだ。
『後ハ10割存在ヲ奪イ、術式反転デ精霊ヲ
『えっ』
『ドウシタ?五条』
『いや……』
一歩間違えれば、自分の力の3割以上を永遠に失っていた五条。
と言うか、修行中に何度か精霊化を受けたこともある。
流石の五条といえども、背中に嫌な汗が伝った。
(ミゲル怖……)
『行けるかも……安定性も確実性も他の策とはダンチだ』
『領域デ結着ヲツケレバ良イダケダカラネ』
『恵の顔なら全力で殴れる僕でも、救えるなら救いたい。じゃあそのルートをメインに据えようか、殺さないようにしないとね』
『……お願いします、ミゲルさん』
『任サレタ』
そして、現在。
「異人ミゲル」
なんだかんだで、ミゲルは割と軽く考えていた。
両面宿儺と相対したこともなく、その上実際の戦闘ではあの五条悟が隣にいるはずだったからだ。いくら五条と同格と言われようが、確実に勝てる自信が彼にはあった。
「クク……実のところな?俺はお前を舐めていた。所詮は五条悟に負けた虜囚にすぎんとな」
「いや、すまんすまん。あの羂索が五条悟と同格と言うのだ、舐めていた俺が愚かだった」
五条悟の倍以上の呪力……それを忘れさせる程の、あまりにも異常な邪悪さ。五条が果てなき宇宙、ミゲルが雄大な山脈ならば、両面宿儺はまさに『地獄』。火に炙られながら内臓を凍らされ、身体中を刺され刻まれ続けている様な『悪』の威圧感。
「宿儺トイエドモ、ヤッパリ日本人ダネ。素直デ謙虚ダ」
「……ほう?」
しかし……逃げる訳には行かない。
それは仲間の為ではなく、友のためでもない。
「俺モ、ドウセ袋叩キニシテ終ワリダト思ッテタヨ。
マ、俺ハ今デモ舐メテルケドネ」
「クク……」
ただ自分が最強であるという誇り……否、『驕り』を守る為の戦い。
「好みの答えだ。気に入った、喰らってやる」
宿儺もミゲルも、同類などとは無縁の人生。
「異人を喰うのは初めてだ」
実のところ、2人は案外似たもの同士なのである。
呪術全盛、平安の世に産まれた宿儺は、当然ながらミゲルとは比べ物にならないほどの莫大な戦闘経験値を持つ。対してミゲルは同格との戦闘経験は五条悟ただ1人。夏油やラルゥといった強者との模擬戦もなくは無いが、それを加味したところで宿儺の膨大な戦闘経験値と比べてしまえば足元にも及ばない。
だが、その経験値を持ってしても、せいぜいが互角。
体格、力、速度……ミゲルはその全てにおいて歴戦の猛者である宿儺を明確に上回っており、宿儺は小技での防御を余儀なくされていた。
(呪力操作、肉体操作も途轍もなく巧いが……驚くべきは肉体そのものの強度だな。拳が身体に触れた上で押し戻される)
史上最強と謳われる両面宿儺が攻めあぐねている。単純な殴る蹴るではミゲルにダメージを与えられない……五条悟の無下限による絶対防御とはまた違う絶対防御。小手先の技術を無慈悲に弾く極限の肉体強度。
(まさに天賦の肉体……小僧などとは比較にならんな)
そして放たれる。
史上最強の術師、両面宿儺の最も得意とする一撃。
「『解』」
「ッ!」
バツン、と一筋の衝撃がミゲルを襲う。
宿儺の術式は不可視の斬撃。いくらミゲルと言えど、当然避けることなど叶わない。
しかし、ミゲルの身体はそこらの術師とは格が違う。
「ハハッ!面白い!」
直撃して尚
ただ肉体の強度のみではない。落花の情と同様の技術により、身体に攻撃が触れた瞬間に呪力を解放する呪力操作のプログラム……それを自己流で編み出し、常に運用しているミゲルの呪力防御に阻まれた形となる。
しかし、それでも無傷というのは異常の一言に尽きる。
(解が通らない相手というのは、実のところそう珍しくはない。しかし、悉くが術式効果や呪具などの手段に依ったものだった。
この男、肉体強度と呪力操作のみで解を無傷まで抑えるか……!)
「ソノ程度カ?」
「抜かせ!」
しかし……否、当然ながら両面宿儺は怯まない。寧ろより深い笑みを浮かべ、そのまま接近戦を続行。
体格の上では遥かにアドバンテージがあるミゲルではあるが、なす術がないという事は無い。腕の振りや足の稼働速度……小回りの効く技に関してのみ、小柄で呪力操作に長ける宿儺に分がある。
「ぐッ……ハハッ!」
それでも何度か殴られつつ、ミゲルの拳をいなして肘を掴んだ。
「ヌ……」
「『捌』!」
筋肉の薄い関節部分を狙った一撃。触れて刻む、宿儺の必殺『捌』。
「oh……!」
ミゲル、流血。
しかし千切れてはいないどころか、筋肉に阻まれ骨までも達さない。軽傷だ。
当然、即座に反転術式で治癒する。捨て身を以って入れた一撃にしては弱すぎる戦果である。
「大シタ事ナイネ」
「いいぞ、本来お前のような手合いは好みではないが……存外、興が乗ってきた」
「捌は通るか……」
「でも軽傷です。反転術式での治癒があれば問題はないですよ!」
冥冥の受けた邪視による霊障は家入の反転術式のエネルギーで払いのけ、烏の視界情報を世界に配信し、ついでにモニターに映しだして待機組でミゲルvs.両面宿儺を観戦している。
世界の滅亡がかかっていると言うのに呑気なものだが、これはこれで『生き延びる』と言う、立派な役割なのだ。
「解をくらってダメージ無しって……アイツ真希より硬いんじゃねーの?」
「戦闘が始まって5分弱、この調子なら五条くんが到着するまで余裕で持つね」
予想に反し、現状はミゲルの有利に進んでいる。五条悟が控えていることを考えれば、緩むのも無理はない。
しかし、冷静に場を観ることの出来る彼らですら、ミゲルの有利と断じるほどに、捌も解もほぼダメージ無しというのは圧倒的だ。
しかし、懸念事項はある。それは事象適応の能力を持つ最強の式神。
だが……
「宿儺も何かしらの策を打ってくる可能性が高い。それこそ魔虚羅のような……」
「しかし、
「このまま五条が到着するまでのらりくらりと宿儺を躱せば、私たちの勝利だ」
ここまで抑えられると、流石の宿儺も自身の不利を自覚している。
それでも尚、楽しむ余裕は持っているが……
(何よりも面倒なのが……あの天使だな)
宿儺は
ミゲルは谺喚山嶺を天使に使用し、天使の精霊を契約効果範囲の上限である約1.8kmの上空に待機させている。
(奴らは天使の術式が俺に通用することを知っている。だが、何度か術式使用のチャンスがあったのにも関わらずそれを使ってはいない)
(虚仮威しの可能性はあるが……一度きりしか使えないと見るべきだろうな。天使の術式効果で精霊化も解除されると言ったところか……
一発限りの術式消滅、使い所は当然魔虚羅だろう)
魔虚羅と言うのは
極論、事前に魔虚羅を顕現させておき、裏梅あたりに殴らせることで打撃への耐性をつけておけば、ミゲルを魔虚羅のみで封じることすら可能なのだ。
ミゲルがそれに対抗する術は精霊化しかない。
しかし、精霊化も一度受けてから適応することで、魔虚羅が自身の精霊を呼び戻すといった事象も考えられる上に、精霊化が領域効果である以上は術式発動にクールタイムが生じるので、その間に適応が発動してしまう可能性が高い。
しかし、魔虚羅といえども所詮は式神。
天使の術式による『術式の消滅』を受けると、一撃で破壊される可能性が高い。
「対策は万全のようだな」
ミゲルは捌に対抗する為、展延を纏った。展延は術式との併用が不可能であるが、術式が使用不可となっても精霊との契約は解除されないと実証されている。
(解は通らず、捌も効果的とは言えない、五条悟も控えている事を考えれば、魔虚羅は元より十種影法術の式神も使えない……その上肉体の強度は彼奴が遥かに上。流石にやり辛いな)
しかし、宿儺は笑みを浮かべる。
五条悟がそうであるように、全力を出せる相手というのは彼らのレベルになると大変希少。
全開の戦闘への飢えが、彼らにはある。
「『“解”』!」
「oh……!?」
ミゲルは展延を纏っている。対術式においては先程とは比べ物にならないほどの防御力にも関わらず、展延無しですら弾いた斬撃により体に一筋の傷が刻まれた。
(成程、単純ダガ効果的ダ)
単純明快、宿儺は複数の『解』を一筋に重ねて攻撃を行った。複数の斬撃を一度に纏めた事による威力の向上……その威力と通常よりも濃い術式効果により、ミゲルの肉体にすら傷をつけるほどの威力を発揮したのである。
宿儺は笑みを浮かべ、満足気にミゲルに言葉を投げかける。
「特段久しいと言う訳ではないが、やはり術式の運用を全力で試せると言うのは気分が良い。
褒めてやろう異人ミゲルよ。1000年前にもこれ程質の良い巻藁に出会ったことはない……貴様の肉体は紛れもなく史上最高の硬度だ」
「ハハ、褒メテモ手加減ハ出来ナイヨ」
「クックック……減らず口を」
所詮はたった一筋の斬撃。変わらず筋肉を突破する事はできておらず、反転術式での呪力消費も微々たるものだろう。
しかし、0と1では雲泥の差。
(さて、存外に上手くいったな。解で傷を付けられると言う事は、捌ならば骨に届くか……?)
宿儺としても、解の威力向上は予想以上のものだった。
当然、同様の手順による捌の威力向上を考える。
(捌は『刻む』斬撃。これを再構築し一撃に特化させる……さて、どうなる?)
ミゲルはそれでも怯まずに宿儺に向かう。
宿儺は当然、ダメージを負う覚悟で内臓を狙うべく腹部に狙いを定め———
———違和感———
「ッ!!」
その僅かな違和感を見逃さないからこそ、彼は呪いの王足りうるのである。
「……チッ」
宿儺は咄嗟に展延を纏い、ミゲルの殴打を防御する。
「なるほどな」
「見た目に依らず狡い真似をする」
「ンー、ココデ決マレバ楽ダッタケドネ。
流石、
「宿儺は何故引いたんです?」
「成程……確かに不可能ではない……」
「分かるんですか日車さん!?」
(三輪って術師歴5年くらいあるよな……?)
三輪が呪術の世界に足を踏み入れたのは小学生の頃。
対して日車寛美が呪術を知ったのは2ヶ月前だ。何ならそのうち1ヶ月は完全に独学なので呪術知識などあったものではなかった。
司法試験一発合格の圧倒的頭脳による吸収力は、残酷なことに三輪の5年間を一月たたずに軽々と追い越した。
「あれは
「そんな事出来るんですか!?」
「可能だ……と言うよりも、アレが本来の領域展延なんだ」
領域展延というのは、領域を身体に纏い領域効果をオフにする事で、空いたメモリに相手の術式効果を流し込み中和する。
五条悟と相対するには絶対必須と言っても過言ではない技術。しかし凡百に扱える難易度ではなく、絶技と呼ぶに値する神業。
ミゲルはそれを発展……否、本来の姿にて運用しているという。
「そもそも、元から領域を使えるミゲルは展延に元々付与されている領域効果を態々オフにしていたんだ。今までは展延を使うメリットがある相手が五条悟しかいなかったからな。
不可侵を中和する為に、術式効果を切らざるを得なかっただけだ」
「何でそんなに詳し……もしかして日車さん出来るんですか?展延」
「ああ。前にミゲルに教わった」
(日車は術師歴2ヶ月弱なんだよな!?)
三輪の5年間どころではない。
そこらの一級術師が10年以上かけても辿り着けない高み……それを悠々と踏破する男と比べられる三輪が哀れである。
「しかし、これは本来ならば余り意味のない行為だ」
術式を付与したところで。展延は身体に纏うという性質がある。
相手に触れないと術式効果が発動しないから領域の必中というメリットも無いに等しいし、五条悟が強く術式を保つと展延が五条本体に触れないほど厚い無限を展開するので、五条相手だと必中なのに
その上、領域を展開しているのと変わらないから解除した際に術式が焼き切れるデメリットもある。
どう考えたって、通常の領域展開に勝っている要素が無い。
「しかし、特殊な領域効果を持つ五条悟やミゲルと言った術師だと化ける。例えば五条悟の無量空処は情報伝達に負荷を加えるものだから、展延だと触れた箇所の神経を麻痺させるなどの効果が期待できる。しかし、五条悟の場合は領域よりも手早く発動できるメリットがある程度だ」
「ミゲルの場合はもっと酷い。何せ谺喚山嶺は術式効果が触れた時点で精霊化が発生し、力を奪う。『存在』そのものに作用すると言っていたから、接触面積も関係無いだろう」
ミゲルの領域効果は精霊化。それが設置面積も関係なく、防御を固めている仕草と全く同じ見た目で襲いかかってくる。
「……え、つまりどこか一瞬でも触れたら勝ちって事……?」
「そうなるな」
「えっ、やば」
三輪の語彙が狗巻棘に迫る勢いなのも頷ける反則具合である。
「しかも精霊躁術で一回召喚した精霊は術式が焼き切れても契約は解除されないんでしょ?デメリット無いじゃん」
「ああ。ミゲルに限ってのことだがデメリットは無いに等しい。強いて言うなら呪力消費が大きい事だが……莫大な呪力総量を持つミゲルなら、それすらも問題にしないだろう」
「分かっていた事だが、ミゲルは本物の化け物だよ。五条と比べても何ら遜色のない理不尽な存在だ。味方で本当に良かった」
「元々敵だったんだけどな……」
「ちなみに日車さんが展延に術式効果付与したらどうなるんですか?凄いちっちゃい裁判が始まったりするんです?」
「いや、俺の場合術式が付与できなかった。
ジャッジマンが領域の核となっている関係で、ジャッジマンを出さない展延だと領域として成立しないから領域効果が発動できないようだ。
術式無しの展延ならば結界術の要領でなんとか使用できたが……」
「なんとかってそんな軽く……」
そんな時、ずっとモニターを見つめていた冥冥が気付いた。
「……!今……!」
宿儺が仰け反る。
ミゲルの拳を捌ききれず、強烈な一撃を食らったのだ。
「やったな。ミゲルの殴打がヒットした」
「でも宿儺も領域展延が使えるんじゃないですか?その場合当たっても精霊化は発動しませんよね?」
「正しいし、実際にそうなったな。精霊化が起きていない……だが、それはそれでミゲルに対応する策が無いという事になる」
「……何で?」
「宿儺の手札は斬撃、十種影法術、渋谷で見せた炎の術式。この中で精霊化に対抗できそうな物は十種影法術の魔虚羅だが、これは天使の精霊で消滅させられるから使えない。
そもそもの問題として、展延は術式と併用できないから今の状態だと術式の発動にタイムラグが生じる。流石の宿儺もこのリスクは負えないだろう。よって炎の術式も使用できない筈だ」
「領域展開は?」
「魔虚羅同様に、天使の精霊に外から結界を消されるから使えない」
「えっと……つまり?」
『ミゲルは宿儺の手札全てを完全に封殺している』、そう日車寛見は断言する。
「宿儺に何か手がなければ、じわじわと追いつめ……五条悟が到着次第、力で圧し潰して勝ちだ」
しかし、そう簡単に封殺できるならば、平安時代の術師たちは彼を『呪いの王』と讃える事は無かっただろう。
力、術式……そして技。
その全てを極めてこその王である。
ミゲルもまた、宿儺がこの程度で終わるはずがないと確信している。
次の一手は十種影法術か、それとも炎か。魔虚羅を特殊な運用で出し、耐性を得られたら厄介……
しかし、その手は流石のミゲルも予想外のものだった。
「領域展開」
「何ッ!?」
「『伏魔御廚子』」
(ソレハ自殺行為ダロウ!?)
本来、魔虚羅が控えている以上は領域の解除のためだけに天使を使う事はできない。
だが脹相の証言により、術式を複数持つ術師が領域を解除した場合、全ての術式が使用困難となる事は判明している。
ミゲルは天使の精霊を構える。
伏魔御厨子を破壊し、術式使用困難な状態で谺喚山嶺を決め、精霊化を発動させればミゲルの勝利だ。
これが『通常の領域ならば』勝負は決していた。だが、特別な領域展開を持つ宿儺は……
「コレハ……!?」
「なんだ、知らんのか?渋谷で披露した以上、知られているものと思っていたがな。
ククッ……さて、どうする?」
冥冥は、いち早くその領域の異常さに気付いた。
「まさか……結界を閉じない領域展開……!?」
近距離を飛んでいた烏は、粉々に切り刻まれ絶命する。結界の中の様子など確認できるはずがないというのに、200メートル以上の距離にいる烏からは戦況を見通せてしまっている。
「いや、理解が及ばない!そんな事が可能なのか……!?空間そのものを侵食しているとでも……それにしたって、境目が存在しないのはどういう事だ!?」
破壊すべき結界が存在しない。
その事象は見た目の派手さ以上に絶望的な状況だった。
「いや、でも領域である以上は天使の術式で消せるんじゃないですか!?ほらそれっぽいのが真ん中にあるし!」
「いや、領域内に構築した物は壊しても意味がない可能性が高い。
そもそもそんな博打のために一度きりしか使えない天使の術式を使う事はできない……魔虚羅を制限する為に取っておきたい所だ」
日車の領域『誅伏賜死』は『あらゆる戦闘行為の禁止』という効果を持っているが、自身の領域内部の法廷の柵や無数のギロチンの破壊が無意味である事を直感していた。
ならば、宿儺の領域中心部に位置する巨大な口が付いた建造物も同様だろう。
天使の術式を宿儺本体に直撃させれば可能性はあるだろうが、素直に受けてくれるとは到底思えない。
「なら領域か展延で……!」
「今使っている術式を付与した領域展延は領域展開となんら変わらない。解除後は術式が焼き切れる……
クソッ、領域を破壊できるとタカを括って、術式を付与した展延のデメリットを考えられていなかったんだ!」
『領域の後出しに無力』、この弱点は天使の精霊にて潰していると考えていた。
天使の術式で破壊できない領域というのは最大級の誤算。
実のところ、外部から閉じない領域を破壊する手段は基本的に存在しない。
閉じない領域は通常の領域との押し合いは一切発生しない。効果範囲は通常の領域にて外界と分断する結界を貫通し、領域外部に及ぶが故に結界に干渉せず、領域内部の必中効果そのものを相殺する。
押し合いすら発生しない以上、塗り替える事も無い。閉じない領域は破壊できず、術者に領域を維持できないほどのダメージを与え、『解除させる』しかないのだ。
「そんな……展延って剥がされるんですか?」
「剥がされる。所詮は外殻が流動的なだけの結界だからな」
「……だが、ダメージは大きいとはいえミゲルは耐えている。防戦一方だが、依然として有利なのは五条を待てば勝利が決まるミゲルだ」
結界を閉じない領域展開は、領域同士の押し合いが発生しない。
通常であれば片方の領域を完全に押し切ることで必中効果の発動権限を取り戻す……というものが領域勝負の本質。
だが、結界を閉じない領域展開は、通常の領域と干渉しない。
故に、重なった二つの領域はどちらも必中効果が発動している状態となる。
通常では起こることのない必中術式同士の衝突……相手の領域で発動される必中命令を相殺する事で、領域内の必中効果が結果として無効化される。
「Shit……!」
(マズイナ……理屈ハ分カランガ、展延内部ノ領域効果マデモガ消エテイル……!)
当然、その相殺効果は展延にも有効だ。
(ソレナノニ何故、宿儺ノ領域ハ必中効果ガ消エナイ……!?)
通常なら領域との結界の押し合いとなると領域の必中効果は無くなるが、閉じない領域は展延や簡易領域と押し合うことが無いので、無効化されることが無い。
本人にダメージを与えて領域を解除させる。
それ以外に、閉じない領域の必中効果を消失させる方法は存在しない。
無数に降り注ぐ斬撃によって展延を外から領域効果で攻撃されている。
ミゲルは展延の術式を解き、術式を付与しない展延の運用にて防御を固めざるを得ない。
「マダマダ……!」
「強がるな……とも言えんか。領域展開までしておきながら状況は五分、五条悟が控えていることを考えれば、俺が不利と言えるだろうな」
その瞬間、周囲の破壊が止んだ。
領域効果中の『解』を完全にオフにしたのだ。解に回していたリソースを全て捌に使うことで威力を飛躍的に高める。
シンプルが故に、効果は絶大。
「グオ……!」
「ククク……」
展延は濃密すぎる術式を中和しきれず、ミゲルの身体が刻まれてゆく。
無双の肉体にすら深く傷をつける程の強力な斬撃が降り注ぎ……ミゲルは苦悶に呻いた。
ここでミゲルは、自身の持つ最強の一撃を使う事を決める。
「
宿儺が嗤う中……ミゲルは腕を十字に組み、身体を丸め、全力で走りだす。
何の変哲もない、直球の突撃。
しかし、それは最強の肉体を持つミゲルが、全力の呪力強化と全力の領域展延で体を固めた……全力のショルダータックルだ。
確かに当たればタダでは済まないが、全力故に小回りは効かない。そんなものが当たる宿儺ではない。
「そう来るか!」
しかし……宿儺は受け止めざるを得ない。
閉じない領域の唯一の弱点と呼べる部分。それこそが領域からの脱出の容易さ。
ミゲルのトップスピードでのタックル。避けてしまえば、そのままの勢いで半径200m程度の領域範囲からの脱出など1秒もかからない。
しかし、受け止めれば致命傷は免れない。
宿儺は魅せられる。
無双の肉体から繰り出される圧倒的な力。
技ではあるが、術ではない。
一撃必殺にまで練り上げた術式を持ちながら、鍛え上げられた最強の肉体と呪力操作を主とする戦闘スタイルに、宿儺はある種の使命感めいた高揚を感じていた。
究極の肉体vs.究極の呪術。
捌をこめた腕で受け止める。ミゲルの肉体を賽の目状に斬り刻むが、命を経つには至らない。
「素晴らしいぞ異人!」
「貴様の力が勝つか、俺の術が勝つか!呪術と肉体、どちらが鍛え上げるに値するか!」
ミゲルのトップスピードに触れた宿儺の腕はグチャグチャに折れ曲がり、呪力により支えなければ原型を留めることはできなかっただろう。だがそれでも、宿儺はミゲルの奥義とも呼べる突進を耐え抜いた。
しかし、その上で……宿儺の肉体は勢いを相殺しきれずに弾き飛ばされた。
ミゲルが伏魔御廚子の効果範囲より脱出。
(クク……知ってか知らずか、最善手を打ってきたな)
領域からの脱出。それは宿儺が自身の領域に課した最大にして唯一の欠点であり、幾重にも重なった確かなる負け筋。
(これで、◾️は使えない)
詳細は省くが、宿儺の戦術における最終奥義である◾️は、伏魔御廚子の範囲外になると威力も速度も比べ物にならないほど落ちる。
(十全な速度による体当たり……成程、奥義と言って差し支え無いな。これならば通常の領域であろうと脱出は容易だろう)
(◾️の真価はその威力だが……全速に至った奴が伏魔御廚子の範囲から離れるのにかかる時間は0.3秒と言ったところか。
縛りを加味しても、速度のない◾️では捉えられまい)
(……五条悟も控えている。◾️にしろ魔虚羅にしろ、博打に出て手札を晒すのは得策ではないな)
天使の精霊で封じずとも、宿儺は魔虚羅という手札を切る気などさらさら無かった。
五条悟の無下限は絶対防御。理屈で上回る以外に他はなく、今の所確実な攻略法は2つしかない。
魔虚羅によって無下限呪術の全てに適応する事と、無量空処を破壊し術式が焼き切れた五条に◾️をぶつけて消し炭にする事。
(羂索が五条悟を二度も封じれるとは思っていない。ならば今、五条悟は羂索の方へ向かっているのだろう。
何かしらの抜け道により結界を渡っているのならばまだ良いが、問題は奴らがなりふり構わず100点を入手し五条悟を泳者にしていた場合だ)
泳者になる手段は、実のところ存在する。
高専側が保護している一般人を点に変え、泳者の誰かに100点を握らせ、『100点を消費して身代わりを迎え入れることで死滅回游から離脱する』ルールを利用することで、泳者の立場を渡すという方法だ。
五条が泳者となっていた場合、ここで宿儺が消耗して結界の転移をつかったとしても逃げ回る事は不可能だ。どんなに連続で転移を行ったところで、コガネを介さなければ転移ができない以上、無下限による瞬間移動を扱う五条から逃げ切れる訳もない。
捕捉されたら最後、再転移による時間稼ぎ……回復の暇もなく五条と戦う羽目になる。
五条が泳者ならば、同様に羂索が逃げ切る事は不可能なので既に合流していないとおかしいという考え方もあるが、ミゲルが元々テロリストだという事実がそれを邪魔する。
ミゲルを利用して宿儺を削る……『宿儺と戦い勝利した場合、五条悟はミゲルを殺さない』と言った縛りを結んでいる可能性もある。
既に五条は羂索を殺し終えてこの戦いを観戦しており、ミゲルが死んでも情報を得た万全の五条が宿儺を強襲する……という策もあり得ない事は無いのだ。
「やはり、奴は御廚子のみで屠る必要があるな」
戦力の逐次投入というのは、絶対的な悪手ではない。
むしろ確実に勝つならば、スタミナを削りつつ、後続を加味しなければならないが故に切り札を温存させることで実質的に弱体化させると言うメリットは捨て難い。
しかし、その弱体化というメリットは。
「フー……」
宿儺という天才に、試練を与えてしまうという致命的なデメリットになりかねないのだが。
まさか原作に出てくるとは……
しかも回想とかですらなく普通に出てきた上に、強キャラとして術式も開示されて宿儺と格闘戦までするとは……
確実に原作で出てこないだろうと思ってアホみたいに盛ったのに……