記録
2033年3月18日 10時23分(日本時間:16時23分)
「や」
「うっワ」
五条悟、ケニアに現着。
「久しぶり、ちょっと休ませてよ」
「また急だネ……なんだかんだ2年ぶりくらいカ?
ちょっとシワ増えタ?」
「気にしてんだから言わないでよ……
仕事ってほんと嫌だね。獄門疆の時は本当に人生最悪の感覚だと思ってたけど、普通に仕事忙しい時の方が辛いわマジで」
五条悟は四六時中仕事に追われている。
昔のように特級案件を対処している訳ではなく、現在の五条の仕事は基本デスクワーク。
責任が重い上に拘束時間も長く、自分の判断で多くの人間が動く大事な仕事だ。
現在、そんな大事な仕事を抜け出し、ミゲルの元へサボりに来ていた。
「お前本当にちゃんと仕事してんのカ? ぶっちゃけあんまりイメージ湧かないけド、事実上日本のトップだろ呪術総監部議長。
……ま、偶には良いデショ。お茶いる? 玉露あるヨ」
「……ほんとに日本語上手くなったねミゲル」
「いやー本当に日本様々だヨ。観光客はいっぱいお金落としてくれるシ、土壌改善のNPO団体のお陰で出来た畑を広げテ農業が軌道に乗ってきタ。
付近の村を併合して街も出来たシ、何より国内の流通網を安定させられたのがデカいネ」
「ああ、うん……」
「それにしてもいいノ? 黒縄あんな値段で買ってってサ。単価の桁が違いすぎテ、もうアレがウチの基幹産業になってるくらいダ。
黒縄の増産体制も整って来たしウハウハダヨ。宿儺とやり合ってた時は2度と来るかこんな国と思ってたケド、まさに禍福は糾える縄の如しだネ。縄だけニ。HAHAHAHAHA」
「日本語上手くなりすぎじゃない??」
ミゲルは日本語が話せる。
外国語が話せるという事は、あらゆる可能性がその国の分だけ広がるという事を指す。
観光、貿易、交流、支援……ミゲルの堪能な日本語力でスムーズに交渉が進む事と、呪術界を介した各所へのパイプ、その特異な
その分だけ、ミゲルは矢面に立ち日本語を使いに使いまくった。
結果めちゃくちゃネイティブに日本語を操るようになっていた。
「前まではボビーオロゴンみたいな喋り方だったけど、今はなんかもう山○宏一みたいな感じになってるし……」
「おいおい、誰がウィ○・スミスだっテ?」
「なんで日本語吹き替えネタがわかんの!? 生粋の日本人しかわかんねーやつだろそれ!」
本当に上手くなり過ぎである。
時間は巻き戻り、宿儺との決戦の直後。
「……いける?」
「暑いけど多分いける。呼吸は気をつけないと苦しいかも……あ、待って地面は結構ヤバめ。足に呪力強化はしといたほうがいい」
宿儺の【竈】による熱と光は日車寛美が咄嗟に展開した『外からの衝撃に強い領域展開』によってなんとかやり過ごし、観戦組は全員が生き残ることが出来ていた。
その後に宿儺の呪力消失を感知。すぐに東京の外から烏を呼び寄せ、宿儺の討伐と五条、ミゲル両名の生存を確認し、拠点から降りようとしていた。
だが尋常じゃない熱による爆発を見ていたため、一旦パンダが先行して新宿跡地に降り立ち、人が降りられるか確認している。
「12月なのが幸いしたな。熱を帯びた空気は上昇気流となって滞留することなく……いつまでそうしているんだ冥冥さん」
「……配信が……私の土地が……」
膝を抱え、これ以上ないほど落ち込んでいる冥冥。
原因はつい先程まで行っていた新宿決戦の生配信にある。
と言うのも、竈によって全ての烏が死滅したため、配信はそこで終わりとなっていた。
「まず喜ぶべき場面じゃないか?
それに土地に関しては、宿儺がどうにかなったとしても呪霊が東京にしか出現しないことになっているから復興はもう無理だろう」
「五条くんが生きているならなんとかなったよ……」
「そうなのか……まぁ……残念だったな」
ちなみに、そもそも配信の最初の方から
しかも最初の邪視のダメージはそこそこ引きずっており、つーか前提として烏の目を通しているから画質も荒めでたまにノイズも走る。
ミゲルの戦い方は基本徒手空拳だし、派手な技は宿儺の領域くらい。その上、1番派手な技のところで烏が全滅して配信はぶつ切り。
配信は低評価の嵐だった。
「クレームとか返金要求は無視すればいいけど、今後この手の案件はもう使えない……」
「言ってることが詐欺師すぎるだろ」
「お前ほんとそういうとこだぞ」
「真希さん、日下部さん」
横から、コロニー内の呪霊を処理し終わった真希と日下部が現れた。
その横には憂憂。
「姉様! どうされたんですか!?」
「おお、聞いてくれよ私の憂憂。配信が悪質なアンチに荒らされて低評価の嵐なんだ」
「なんて卑劣な……! すぐに全員特定して血祭りにあげてやりましょう!」
「やめろ」
その後は五条とミゲルが各所に出向き、コロニー内の呪霊を殲滅。
五条は言わずもがなだが、ミゲルも様々な広域殲滅能力を持った精霊を呼び出し平定を行った。
そして宿儺討伐から約2時間後。全ての
術師は消耗しつつも全員5体満足の状態で、東京第一
新宿決戦が、一先ずの解決を迎えた。
「五条、ミゲル。まずはお疲れ様。
東京の被害には目を瞑るとして……2人ともほぼ無傷、流石だな」
「反転術式デ治癒シタダケダヨ。五条ハトモカク俺ハ満身創痍ダッテ」
「全く、せこせこ準備してた大量のプランが全部無駄になったじゃねーか」
「はは、使わないに越したことは無いよ」
両面宿儺、羂索との決戦。
戦地である東京と一般人泳者の被害はそれなりに大きいものになってしまったが、高専側勢力の被害はゼロに抑えることができた。
「恵はどうなったんだ?」
「宿儺トノ分離ハ完了シタ。ダガ無事トハ言エナイネ。五条ノ無量空処ヲモロニ受ケテイルシ、治療シナイトヤバイヨ」
「脳に甚大なダメージが入っているから切開して反転術式を直接ぶち込む必要があるな。あと腹の中に残留していると思われる宿儺の指の回収もだ。結構な手術が必要になる」
「助かっただけ御の字だけど……」
「若いし、術師は身体が丈夫だからな。なんとかなるだろ」
伏黒恵も助かりはしたが、重症。
宿儺に乗っ取られていたとは言え、茈と無量空処のコンボを喰らって身体も脳もボロボロの状態だ。
「アトハ伏黒クンノ気力次第カナ」
「ああ」
そして、全員が集合したところで、天元がようやく口を開く。
『本当によくやってくれた。両面宿儺、羂索の討伐……これは私が1000年かけても到底辿り着けなかったことだ』
『まずは君たちに謝罪をしなければならないな。
死滅回游はまだ終わってはいないんだ』
「……!」
全員の顔が強張る。
しかし、その緊張を天元は必要ないと制したのち、ただ申し訳なさそうに語った。
『……羂索の保険でね。私の身体を核として日本国民全員との同化を行う計画、その実行権を宿儺に譲渡するというものがあった』
『その、更にもう一つの保険……いや、一つ目の保険の副産物というべきかな。
私自身を触媒として発動する計画故に、羂索が死んでも私が残っている限り死滅回游は終わらない。それどころか、結界の崩壊を以てして死滅回游を強引に終了とみなし、同化が始まるようにプログラムされている』
『同化の実行権……と言うよりは、起爆スイッチのようなものなんだがね』
羂索は宿儺に同化の実行権を譲渡する前に殺されてしまった。その結果、天元にその権利が移ってしまった。
つまりは天地と同化した天元が完全に消滅しない限り、結界の破壊と同時に同化が発動してしまう。
それは事実上、死滅回游が永遠に終わらない事を指す。
『だからな、私は羂索が死ぬ瞬間まで待ち、最も近くにいる誰かと同化するよう機を伺っていたんだ。少しでも動けば羂索に勘付かれる故、実行タイミングは呪霊操術者死亡時の呪霊の暴走のみに絞っていた。
私の読みだと相手は乙骨憂太だと思っていたが、君と同化できるとは光栄だよ。五条悟』
「なんも嬉しかねーよ」
『さて、光栄ついでに君たちに頼まなければならないことがある』
『薨星宮結界を、完全に破壊してほしい』
『天使を仲間に加えているだろう? 彼女に頼み浄界を全て消滅させた上で、薨星宮の本体を完全に破壊してほしいんだ』
『死滅回游結界だけでなく同化の慣らしのための結界も、薨星宮の結界と浄界を利用して成立させている。
私が一度薨星宮の基底、その結界そのものに同化した状態で術式の消滅を行う事で死滅回游結界をその根本から完全に消滅させる。事前に全浄界を破壊する事で慣らしの結界が先に崩壊し、同化は発生しなくなるはずだ』
「……でも、そんな事をしたら」
『ああ、日本全体に張ってある私の結界が全て消え去る。私の結界を前提として発展した結界術のノウハウがほぼ完全に無に帰るだろうね』
『考えていたんだ。私は———』
「まあ話が長いからこの辺で端折るとして」
空気を読まず、五条が無理矢理話を終わらせた。
「お前……」
「僕が上手いことやって天元を切り離して呪物に変えて、誰かに同化させてから殺す……とか出来ればまだ話は早いんだけどね」
『すまないが、これ以上の落とし所はもう無くなってしまったんだ。死滅回游が始まった時点で、こうなる未来は確定していたと言ってもいい』
「ウソつけよ、アンタがむざむざ羂索に捕まったからだろーが」
「五条おまっ……!?」
五条悟は天元に対してあまり良い感情を持っては居ない。
「ぶっちゃけもうアンタを様付けで呼ぶほど僕は優しくねーんだわ。
天元、お前何死に逃げしようとしてんの? 元はと言えばぜーんぶお前の不始末じゃねーか。ケジメつけろよ親指野郎」
理由はどうあれ、事態が悪化してから表舞台に顔を出し、助言や獄門疆“裏”の譲渡など多少の支援はあったものの、全てが後手に回ってしまっていた。
『手厳しいな、五条悟……だが、その通りだ。
それどころか、過去羂索を……いや、やめておこう。これ以上懺悔したところで、それは唯の自己満足だ。私が楽になるためだけに行う謝罪など、実際に戦ってくれた君たちへの冒涜でしか無い。
だから、潔く消えることにしたんだ』
『今の私は天地全てと同化している。
私が死ぬチャンスは、もはや薨星宮結界の消滅に合わせて結界と同化し、同時に消滅する以外に無い』
「思わせぶりなことばっかり言いやがって……」
五条はずっとイライラしている。
羂索を殺して目的は達成できたが、全体的に裏方ばっかりで地味にフラストレーションが溜まっていたのもある。
「って言うかもうアンタの結界そんなに要らないと思うんだよね」
『そう……なのか?』
「東京が今人外魔境になってるだろ?
ここ1ヶ月で分かったんだけど、もう地方に呪霊が湧いてる事例がほぼ無いっぽいんだよ。
土地に根付いてる土地神とか土着信仰とかを除いて、ほぼ全ての畏れが東京に集まってる」
呪霊の発生は東京でしか起こらない、と発表したことにより、呪霊の発生が東京に集中すると言う状況になっている。
これにより、呪霊が一手に集まってくれるので駆除がやりやすくなったと言う訳だ。当然東京の呪霊は相応に強力なものにはなるが……
「これなら東京にでっかい結界を張って、呪霊を出て行かないようにすればいい。多分皇居の結界を流用すればいけると思うんだよね。後は月一とか年一とかで大掛かりな祓除をしとけば多分なんとかなる。
少なくともその結界作るまで死んで貰っちゃ困るんだよ。せっかくならそれを見届けてから死んでくれ」
『そうか……皇居結界も私の手が入っているから、それは可能だろう。
だが、いかに皇居の結界といえど東京全域まで広げるとなると———』
「……ん? ちょっと待ってよ五条くん。東京の復興は?」
「は? 無理に決まってるでしょ冥さん」
がっくりと項垂れる冥冥。
憂憂だけが懸命に励ましていた。
「……まぁ、東京のことはあとで考えるとして。
とりあえず、死滅回游はこの親指と一緒に消滅させる事はできるらしい。東京は無理としても、地方都市の復興はできると思うよ。
結界跡地には呪霊が発生する可能性が高いけどね」
「……それはまぁ、いい情報か。
しっかし薨星宮と天元様の結界の破壊か……気が進まねぇなぁ……」
日下部はすごく複雑そうな表情を浮かべている。
「どうして?」
「今の結界術って全部天元様の結界の補助が前提になってるだろ? 事実上帷も下ろせなくなるし、実を言うと領域も影響を受ける可能性がある。シン陰の師範代としてはぶっちゃけ壊したくない。
後はまぁ、重要文化財を取り壊すようなモンで……とにかく嫌なんだわ。歴史もそうだし実用性も含めた機能美っつーかよ……」
「感情の問題かよ」
「マジでお前ら薨星宮を軽く見過ぎなんだよ! 結界術の勉強をすればするほど薨星宮結界のヤバさが分かってくるんだよ!
どうせお前ら学生に理解ってもらおうとか思ってねーけどよぉ……!」
「いや分かってもらおうとはしろよ教師」
「じゃあもっと真面目に授業受けろや!」
『私としてはとても嬉しいことだが、これに関してはもうどうしようもない』
「ハハ、まぁその辺は一旦置いといてさ。
とにかく、因果が巡るのもここまでって事。因果がどうとかのめんどくさい話も天元様が中心らしいし、六眼も未来永劫発生しなくなるかもね」
六眼、星漿体、天元。
既に破壊された因果は、天元を中心に回っていた。
それが天元の消滅によって完全な破壊を迎える事になる。
『いや、六眼はそもそも唯の特異体質だよ。星漿体も、私に近い身体と魂の組成をしただけの人間に過ぎない。
ただ、それらが因果で繋がっていただけだ』
『私を中心に渦巻いていた因果……『運命』が終わり、新しい世界の運命が動き出すんだ。
祝福すべき事だ』
その約半年後。東京に巨大な結界が張られた後に薨星宮とその結界が完全に破壊され、天元は完全にこの世を去った。
しかし、完全に破壊した後の薨星宮を再構築する事を目的とした『薨星会』を日下部が設立。天元が死ぬ間際に残した結界術理論を使い、新たなる薨星宮を構築しようとしていた。
それは、砂漠に落ちた金の砂粒を頼りに歩む途方もない道のりであったが、それを僅か7年で完成させたのが天才・日車寛美であった。
日車は多数の新理論の発見、自身ではなく式神を核とする領域から逆算した結界の維持と補助を行う呪具の開発、細やかで美しい結界式構築……様々な技術とその光り輝く才覚を駆使し、遂に旧薨星宮跡地を基点とした新結界の構築に成功した。
帷、簡易領域など結界術は以前と変わらぬレベルでの補助ができるようになり、結界技術のノウハウ消滅は完全に回避できたと言っても良い。
また、各所に設置された日車考案の呪具によって、人々の漏出呪力を吸収してそのまま結界維持に利用する事ができるようになった。
これにより、以前と比べて呪霊発生の総量が6分の1程まで減少。
現在の薨星会は薨星宮結界・東京の結界の維持管理を目的とした団体となり、日下部が理事長、日車が最高顧問兼理事を務めている。
時は戻り、現在。
「そういやどウ? 閉じない領域」
「全然。
そもそもここ1年くらい自己鍛錬すらできてないんだよね。練習する時間がねーわ」
「ふーン……」
決戦が終わった後、閉じない領域についての議論が行われたが、結界なのに結界じゃないとも言える技術については理解すら碌に進まず、天元ですら再現が不可能であるとの結論が出た。
その後、五条とミゲルは閉じない領域を再現できないか2人で話し合い、こっそりと練習をしていた。
しかし、結果としては10年の歳月をかけても再現どころか糸口すら見つけられない。
そうこうしているうちにミゲルの村は発展し、村長であるミゲルの稼働も増え……五条に至っては楽巌寺の体調悪化により総監部のトップになってしまった。
2人とも領域の練習などやってる暇がない程に忙しくなってしまい、それからは偶にこうして進捗を報告し合っている。
当然、ロクに練習もできていないので進捗などあるわけがない。
「憂太もあんまり掴めてなさそうだし……1番可能性ありそうだったんだけど」
「じゃあ無理だナ……」
五条と乙骨、呪術の才能に秀でた2人が閉じない領域を再現できていない理由の一つに、実際に体験していないというのがある。
新宿決戦の際、彼らは羂索を追っていた故に、宿儺の閉じない領域を実際に体験しておらず、閉じない領域についての知識はガビガビの録画で観ただけ……という有様だった。
いかに才能あふれる2人とは言え、理解不能レベルの技術をほぼ又聞きくらいの情報量から再現するのは不可能。
「……そう言えば日車はどうダ? 結界術の才能は彼が頭一つ抜けていただろウ。モニター越しとは言えリアルタイムで観てるシ」
「日車はなんなら僕らより忙しいよ」
「そうカ……」
「せめてこの目で見てれば違ったんだろうけどなー。羂索に領域だけ出して貰えばよかったかな」
「お前さァ……」
「いやいや冗談だよ冗談」
そこで、五条が思い出したかのように語り始めた。
「……領域と言えばさ。新宿でミゲルと戦った時、最後の領域勝負の後に
術式の回復が僕の方が早かった事覚えてる?」
京都新宿百鬼夜行、その最終局面。
五条とミゲルの領域がぶつかり、五条の領域が後に崩壊。
次の領域展開を自分が先に発動すれば勝利だ、と判断したミゲルだったが、実際には五条の術式が先に回復。
それが決め手となって戦況が五条有利となり、五条が勝利した。
「……あー! そんな事もあったナ! アレが無ければ俺が勝っていたんだガ……
そういえばアレはどういう理屈なんダ?」
「呪力を脳で炸裂させて、術式が刻まれてる部分を破壊してから治す事で回復が早まる」
「……ハ?」
「アハハ、そういう反応になるよね」
脳を破壊する。
そんなほぼ自殺に近い……と言うか9割くらい自殺みたいな事を平然と口にした五条に対し、ミゲルはドン引きした。
「イヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤ。
バカなのカ? いくら精密な反転術式を持っていたとしても脳を破壊してっテ……下手すればどころか何で死んでないのか分からんゾ。
出血とかどうするんダ?」
「ま、あの時はミゲルを倒すことを最優先にしたから……」
「俺がお前を殺さないように立ち回っていたのはわかっていただろウ? 何をそこまデ……夏油は元より、俺だって会話の余地はあっタ」
「本人に言われるとクソ腹立つけど……しかもその会話の余地って呪力を持たない一般人の虐殺を前提としたもんだろ?
と言うかお前の術式って殺さず永遠に無力化できるから、あそこで負けたら一生詰んでるだろうが」
「……まぁ、それもそうカ」
実際はあの場でミゲルだけを倒したとしても、夏油が控えている。後遺症を残す可能性があるような戦い方は出来ないはずだった。
「そんで一応硝子に診てもらいに行ったらさぁ、すげーキレられて二度と使わない縛りを結ばされたんだよね」
「……医者ならそう言うだろうナ。と言うか戦ってる最中にそんなリスク負うような真似させないだロ」
「はは、そりゃそうだ」
普通領域を押し切られたらそのまま負けだし、と五条は続ける。
「仮に領域勝負に敗北した後のリスタートの為にやるとしてモ、どうせ術式の回復に多少時間がかかるのは変わらないんだかラ、気合いで耐えて領域から脱出する方がまだ良イ。
俺と戦った時のようニ、同時に領域を解いた場合はまた別だガ……」
「僕はさ、戦いが好きなんだよね」
五条は静かに語る。
「……」
「力を使う事が楽しかった。
仏教で悟りに至る段階で重要なことに気がついた時、悟ったと勘違いして増長してしまうことを『魔境に至る』と言うんだけどね」
「反転術式を掴んだ時……僕は魔境に至った」
「実はね、戦う事を楽しいと思った事ってそんなに無いんだ。自分の力が強すぎて、戦ってるってより処理してる感じが強くてね」
「そこに現れたのが君だ、ミゲル。
自分の力を全力で使える相手……本当に楽しかった。無下限呪術が使えないと言うのはもどかしかったけどね」
「本来脳を破壊して術式の治癒なんて、思いついても試すのはもってのほかだ。リスクとリターンが釣り合ってない。自分が死んでも相手に勝たなきゃならない場合にしか使っちゃいけない捨て身の手だよ」
「それでも、僕は革新的な手だと思った。超ハイリスクな上、領域勝負で……しかも同時に崩壊した時くらいにしか使いようが無いのにね」
「……僕は、戦いの中で死にたかったんだ。
戦いが人生の何よりも重かった。だから、どんな捨て身だろうと躊躇なく実行できた」
五条悟は力に呑まれた男だった。
呪術界を正しい方向に変える。教師として強く聡い仲間を育てる。
人間として素晴らしいと言われる目標、力ではない解決方法。
それを選べる立場と冷静さがありながら、最後は戦いの愉悦の為に生き、死した後も『戦いの中で死ねて良かった』と心から言える精神性を持つのが五条悟という男の本質だ。
「あの時は正直よく分からなかったんだけど……硝子は僕に死なないで欲しかったんだね」
(それくらい分かれヨ)
ぶっちゃけミゲルはドン引きしていた。
正直彼はそこまで戦いが好きではない。
これに関してはそこそこ普通のことではあるが、戦いよりも勝つことが好きだし、殴り合いよりも一方的に殴る方が好きな男だ。
殴り返される事も含めた戦いを好む男はそう居ない。
五条悟はそんな例外。
否———例外『だった』。
「この前さ、憂太に模擬戦で負けたんだ」
「!」
ミゲルは驚くも、嘗ての弟子の快挙に目を細める。
「そうカ……遂にやったのカ、乙骨」
「……なんかあんまり驚いてないんだな」
「驚いたのは間違いないガ、『ありえない』という類では無いナ。いつか乙骨が成長し五条が衰えれば、と思っていたガ……もうそこにたどり着いたカ、と言う驚きダ」
「あー気に食わねー! みんな同じ事ばっかり言いやがってよ……」
五条はすごく不満そうだが、ミゲルに限らずこの話を聞かされたほぼ全員の反応が似たようなものだった。
遂にやったのか、思ったよりも早かった、シンプルに五条を煽って折檻を受ける者など。
意外な事に、そんな事はありえないと反応する者は1人も居なかった。
「僕を絶対無敵だと思ってるヤツってマジで全然いねえのな。
『最強』を自称してる僕が馬鹿みたいじゃん」
「馬鹿なのは間違いないだロ」
「は?」
「いやまァ、全員五条が最強だと思ってるヨ。ただ乙骨もいずれはその領域にたどり着くと信頼されていたってだけダ」
「はー……」
五条は頭では納得していて、心でも納得しているが、『納得していると言う自分』に対して納得できていない。
ずっと複雑そうな顔をしていたが……大きなため息を吐いたのち、本当の気持ちについて語り出す。
「戦ったっていっても命の取り合いでも無いし、領域も茈も禁止してた。あの時領域を使ってれば、って場面もあった。正直運が悪かったって思える部分もある。
……でもアレは負けだよ。完璧ではないけど、確実に僕の負けだ」
「負けた時さ……悔しいとか、怒りとか、焦りとか……なんかそー言う感情が来ると思ってたんだけどね」
「……」
その目は、嘗て夏油に抱いていた自分と同格の存在に対する依存ではなく、ミゲルや宿儺に抱いた同格と戦える愉悦でもない。
「身体の力が抜けたって言うか……負けた悔しさより、憂太が強くなったっていう嬉しさの方がむしろ強くってよ……
なーんか、安心しちゃったんだよね」
教え子の成長を喜ぶ、普通の教師のような目だった。
「歳取ったんだロ。お前もう40だゾ」
「それを言ったら戦争だろうがよ……!」
「ハハハ、まぁ、良いじゃないカ。日本呪術界のトップも楽じゃないだろウ? 現場は頼もしい後進に任せる時期が来たって話ダ」
「……ったく。
ま、最強はもう潮時かなー……死ぬまで現役でいたいって思ってたけど、そうも行かないか」
「人は変わるものダ。過去の自分から見れば弱くなったのかも知れんガ、それを成長と受け入れられるというのモ、また成長したと言う事サ」
「ジジくせーこと言いやがって……」
大きなため息を吐いた後……空に染み入るように五条悟は呟いた。
「死にたくないってのも、悪くはないな」
「お前がそこまで狂人だったとは思ってもみなかったヨ」
「逆にそんな力を持って戦いを求めたりしないのが不思議なんだけど。多かれ少なかれ力に溺れるってのは人間の本質だろ?」
「そんな事ないだロ……」
ドン引きするミゲルについては納得していないようだったが……五条は不満と納得が入り混じった複雑な心境を吐露し、スッキリした顔を浮かべる。
それを見たミゲルは少し可笑しく思い、軽く笑った。
「はー、まぁ今日は愚痴を言いに来ただけだし……そろそろ帰るわ。
なんかお土産ない?」
「図々しいナ……村の出口に土産屋があル。そこで買って帰レ」
「術式で飛んできたからケニアの金持ってねーんだよ」
「じゃあ仕方ないナ。
その辺の草でも摘んで帰レ」
「……」
五条は仕方なく草を摘んで帰った。
「アイツでも年取りゃ変わるもんだナ……」
ミゲルは、今の五条は大人になった反面弱くなったとも思った。
人間としての強さと術師としての強さはまた違う。五条悟は術師として、これ以上ない程に『強い』男だった。
昔、五条は夏油と高専で競い合っていた事もあるらしい。
その中で五条は最強になり、独りになった。
でも、ミゲルはずっと独りだった。
強くなろうと考えたことも……あるにはあるけど、勝つために強さを求めて訓練までしたのは宿儺と戦う前が初めてだった。
ミゲルが五条と同じ国に産まれていれば、あれだけの飢えがある奴と一緒にいたとしたら、今よりもっともっと……
「ま、今のままでも俺は負けないけどネ」
今、この世界において最強は独りではない。
乙骨憂太、日車寛美、ミゲル……少し遅れて虎杖悠仁、伏黒恵も。
自らに置いていかれない程に、強く聡い仲間たちに囲まれた彼は、最強の頂から降りた。
「じゃあな、『最強』。俺のいない国に産まれただけの凡夫」
強さは人に安心を与える。
しかし、弱くなる事で安心できることもある。
柄にもなく感傷的になってしまったミゲルは、飛び立つ五条悟を静かに見送った。
終
これにて本作品は完結となります。
途中丸2年くらい空いてしまいましたが、初めて作品を完結させる事ができました。
長く待たせてしまい申し訳ありません。
ご愛読ありがとうございました。