悪食と偏食のプレリュード・ノン・ムジュレ(短編集)   作:古守

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(ぜんぶきみのせい)
お題【もう雨上がってるよ】より付き合ってる楽玲/※ふんわり大学生if


It’s all thanks to you.

 少しだけ、止むのを待ちませんか?

 

 玄関へ向かう最中背後に小さな抵抗を感じ振り向くと、服の裾を引いた犯人はそう問うてきた。

 静かで落ち着いた声。しかし問いかけというには芯のある響きと射抜くようにまっすぐ向けられた瞳で、俺は気圧され気付けば首を縦に振っていた。否を返す気は元よりなかったので別段困ることはないのだが、普段の彼女にはない言動を珍しく思い、「通り雨だといいですね」と踵を返す恋人の背を視線で追いかける。

 怒らせたり機嫌を損ねるようなことをした覚えはなく、出かけ際まで彼女は確かに穏やかであった。色の異なる揃いのカップへ即席で珈琲を入れる今も不機嫌さは見て取れず、「お砂糖とミルク、どうしますか?」と首を傾げた時にくるりと弾むように揺れる髪も湿気に負けずいつもどおり軽やかだ。

 違和感は出しなの一瞬のみ。触れてよいものか決め倦ねた俺は、一先ず「砂糖を少しだけ」と返答しつつ隣へ立つ。彼女のカップへはミルクが注がれ色味を変えた。

 

「ありがとう玲さん」

「いいえ。……あの、今日は窓際でいいですか?」

「ベランダだと流石に寒いんじゃない?」

「勿論中で構いません。外が、見えるなら」

「うん? 俺はいいよ」

「ありがとうございます」

 

 それぞれカップを手に移動した先で俺は近くのラックへ軽く背を預け、宣言どおりに窓の正面へ立った玲さんへ視線を寄せる。食事や茶をしばく時間、彼女は基本的に対面に座るし控えめながらも視線はこちらへ向けられていた。それが今や窓の向こうへのみ据えられて、カップを傾ける時以外動く気配がない。

 彼女に合わせ視線を外へ投げてみるが、ベランダの手すりをパタパタ叩く雨粒を見たり雲に覆われた空を見上げてもこれといった面白みを感じることはなく、寧ろ鬱屈とした気持ちを抱きはじめてもいた。

 端的に言ってしまえば、つまらない。まだたった数分だというのに、いつもならばほぼ()()()()()()()()()()()()()()かすりもせず雨へ縫い留められているのが些か気に食わない……という狭量ゆえの込み入った事情もあるが。彼女はそれを知らないし、当然言うつもりもない。そもそも、俺も今はじめて知ったわけで。

 

「玲さんに入れてもらえるとインスタントでもいつもより美味いわ」

「え? ……く、ふふっ、お世辞でも嬉しいです」

「いやいやお世辞なんてことは……」

「ごめんなさい、つまらないですよね。こうどんよりジメジメしていると、憂鬱にもなりますし」

「憂鬱って……え、玲さん好きで見ていたのでは?」

 

 邪魔しては悪いと思いつつ、しかし呼べば気を引けると知って軽口を叩くと本人からまさかの「憂鬱」発言。メチャクチャ楽しんでいるようには見えていなかったが、同じ気持ちを抱きながらそうすることを選んだ理由は皆目見当がつかず、俺は驚きと困惑に玲さんを凝視した。

 口元を指先で押さえて数回含み笑いを転がした玲さんは、肩を竦めて頭を振る。

 

「雨音が心地良く聞こえたりもするので嫌いではないですが……憂鬱な気持ちは抱きますし、雨の中の買い物は面倒だなぁ……なんて考えも人並みには持ちますよ」

「ん? じゃあなんでわざわざここで外を……止むのを待ちたい気持ちは分かるけどさ」

「……ふと懐かしさが込み上げて。噛み締めたくなった、と、いいますか」

「噛み締める?」

「はい。雨だけ見つめていても、やっぱり退屈ですね」

「…………ぷ、っはは! なんだそれ」

 

 込み上げた懐かしさとやらが何を指すかはさっぱり分からないが、当たり前のことを畏まったように紡ぐ姿が妙に滑稽に見えて、思わず吹き出してしまった。そしてそんな俺の様子に気を悪くするでもなく、玲さんも柔く双眸を細めた。

 笑う合間にこぼした「今は違うってことです」の言葉も、一等嬉しげに響く。諸々をなんとなくで笑い飛ばしている間に、心做しか雨脚が弱まったようにも感じた。

 はーっと長く息を吐き、笑いを収めるために珈琲を全て飲み干したタイミングで彼女もまたカップを空にしたらしい。視線が合いどちらからともなく窓の外へ視線をやると、雨はまだ止まないが、買い物へ向かう方角の空は明るさを取り戻しはじめていた。

 

「眩しいですね」

「あー、うん? 晴れそうでなにより」

「……ふふ、」

「……晴れ待ちついでに一個聞いてい?」

「はい、どうぞ」

「噛み締めてたのはさ、玲さんにとって良い思い出?」

 

 なんとなく。本当になんとなくでしかないが。外を眺めていた時の玲さんが物悲しいような、何かに囚われているような空気を纏っていた気がして────ふたりで笑い、今はもう全くそのけがないと理解しながらどうにも無視できなかった。

 見逃したくなかったし、自分自身安心したかったのもあるのだろう。そして聞いた直後、俺は心配が杞憂に過ぎなかったと理解し、妬けるほど特別な出来事なのだと知った。

 

「他に代えのきかない、とびきり大切な良い思い出です」

 

 そう言って笑む彼女は、まるで太陽でも見たかのように眩しげに目を細めたから。

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