悪食と偏食のプレリュード・ノン・ムジュレ(短編集) 作:古守
私は、自分がそこに並び立つという考えが当たり前だと思っていた。
彼が──楽郎君が、サンラク君として見る世界も知りたかったから。そうでなければ、今なお私が惹かれて止まない笑顔の理由を知れないと思ったから。輝く双眸の先にある景色は、高いほうが一層美しく胸が踊るはずだと。
だからそう、同じ手段を選んだはずなのに、下りてきてもらうという考えには最初から至らなかった。
「玲さん、今日のシャンフロさあ」
聞きたくないな。聞きたくない。でも、こんな狭量な私を知られたくもない。楽郎君が受け入れたものを根っこから否定することは、ゲームを楽しむ彼を好いている己をも否定しているようなものだ。
平等でなくては。彼のように広い心で。楽郎君の次の言葉を知っているから胸は軋むけれど、譲るのは一時的だからと落としていた視線を持ち上げる。
「ちぃっとばかし言いにくいんだけど……って、玲さん?」
「っは、はい」
「なんか顔色悪くね? 体調良くない?」
「い……いえ、私は、いつもどおっりぇぇ!?」
「ああうん。戻ったわ」
サンラク君の相棒たるエムルにするみたいに気安く頬に触れ──正確には少しばかりもにゅっと持ち上げ──られて、肩が跳ねて声がひっくり返った。近距離にある気遣うような瞳が一変悪戯めいて和らぐものだから堪らない。すぐに顔に熱が集まるのも自覚する。
前触れなくこんなことをされると寧ろ熱が出てしまう。と、一瞬にして飲まれてしまった思考を無理やり引き剥がして、離れる掌を惜しみ追う瞳に気付かれないようそっと横へ逸した。しっかりしなくては。
「えっ陽務くんに?」「そー! 頼み込んだらオッケーもらえた!」「じゃあマンツーマンでゲームの手解き受けるんだやったじゃん」と、講義が始まる前に話していた子たちがいた。もう少し小声で話してくれればいいものをと思う反面、事前に心構えができる分良かったのかもしれないとも思った。
全く構えられていないから彼に無駄な気を使わせてしまっているのだけど。流石にこれでむずかるのはあまりにも幼稚が過ぎるだろう。ただ、彼女たちの話口が好意ありきに思えたから、そこだけはどうにも引っかかってしまって。
「話戻すけどシャンフロさ、新規で始める人に教えることになって」
「……そう、なんですね。えっと、私のことなら気にしなくて、大丈夫です」
「マジ? いやぁ~持つべきものは玲さんだわホント助かる! ああでも、気を使ってるなら無理はしてほしくないっていうか」
「いえ……あの、折角なら楽しんでもらいたいですから、ね」
簡単に得てしまう人をずるいと思っているくせに、嫌われたり幻滅される方が怖くて、心にもないことを口にする。
からりと笑い「まあそうだな」と頷く楽郎君を見て細く息を吐き、穏やかに見えよう笑顔を浮かべる。これでいい。楽郎君も喜んでくれているのだからきっと、これで。
「初っ端おんぶにだっこの精神は俺にはちょっと分からんけど」
「……
「その後フレンドワープにエリア突破のマラソンに付き合ってもらうなどを経て……っと、話逸れたけど玲さん何時くらいからいけそ?」
「……? 何時くらい、とは……?」
「え、新規さんの手伝い。二十二時くらいには……って話しといたけど問題ない?」
…………あ。
これ、楽郎君の中で話が完結していて相手に半分しか伝わっていないやつだ。と落ちると同時に、内に秘めていた蟠りは最大瞬間風速で遥か彼方へ吹き飛ばされていった。
ああ、もう。この人は、楽郎君って人は本当にっ……!!
「……問題ないです。すこしも、まったく」
「そ、そう? 妙に強調されてる気がするんですが」
「……じゃあ、やっぱり少しだけ問題があるので八つ当たりさせてください」
「そんな取ってつけたような八つ当たりは、ってンン!? れ……玲サン?」
彼にとってはある意味平等で自然なことなのだろうけど。当然隣にいるものとして予定を組まれる私のことを、特別だとか、贔屓だと人は呼ぶのではないだろうか。
少なくとも私は、自惚れてしまった。過ぎた喜びと滑稽で恥ずかしい気持ちが綯い交ぜで、相好が崩れに崩れもう自分ではどうにもできないくらいに。そしてこれら全て楽郎君が齎したものなのだから、当たる対象が彼になるのだって仕方のないことだ。
咎められないのをいいことに、回した腕に少しだけ力を込めて肩口へ乗せた頭を埋めるように押し付ける。やや強張っていた楽郎君の体はものの数秒で弛緩して、控えめな笑い声と「ほどほどでおねがいします」の言葉が降ってきた。でも、あやすように背を撫ぜる温もりが惜しいから、もう少しこのまま、独り占めを。