悪食と偏食のプレリュード・ノン・ムジュレ(短編集) 作:古守
一年経って漸くかぁ。という気持ちと、クソゲ脳相手によくやるなぁ。という気持ちが一緒にやってきたことに、ペンシルゴンこと天音永遠は人知れず口元の笑みを深めた。
「玲ちゃんは素材がいいし実に飾りがいがあるね」
「お、お願いしますっ……!」
「はぁいヨロシクね。それじゃあまず手持ちの服を見せてもらえるかな。気に入っているものや、取り入れたいアイテムがあるならそれも合わせて教えて」
はい。という短い返事のあと永遠の端末に映し出されたのは、普段からきちんと整理整頓されているであろう和室────が、想い人とのデートに向け悩んだことが窺えるほど洋服で散らかっている有様であった。
リアルよりゲームでの付き合いの方が長くなった斎賀玲という女の子の本質まで見抜いているとまでは言わないが、永遠は、玲が「サンラク」という男のために奮闘したうちのいくつかを把握している。もっと言えば、恋愛力がアレな友人の妹ということを知った上で生温かく見守ってきているため、その雑然とした部屋はある意味予想通りでもあった。
恥じ入ったように瞳を伏し「すみません……全然決まらなくて」と声を窄める玲に、いいよいいよと軽く返事をする永遠は瞳を細めて、「そのために私がいるわけだし」とも重ねた。
「少し大人っぽくしたいんだっけ」
「はい、あの……変じゃ、なければ」
「あーダイジョブダイジョウブ。そのへんはこの永遠様に一任してもらってぇ」
「こっ、心強いです。本当にあの……っ、無理を叶えていただきありがとうございます!」
「いいってことよ」
捻くれた外道どもや腐れ縁たる百を相手にしているのとはわけが違う。冗談半分に調子に乗っても肯定で返される──それも、本性を知っている相手に頼りにされ褒めそやされる──というのは存外気持ちいいものだ。と、永遠は大いに気がノッた。
素材は一級品のくせにジャージ一択な友人に対する鬱憤を妹で晴らすというのも何か因果を感じる。もっとも、依頼主と請負人という至極真っ当な関係が成立しているわけだが。
(……ふむ。人をプロデュースする企画やったらウケそうだな)
そんなことを脳裡に描きながら、永遠は次々と玲に指示を飛ばす。
パンツスタイルは分かりやすく印象は変わるけど、玲ちゃんの手持ちの服は圧倒的にスカートが多いね。上下で合わせるものを選ぶよりベースはいつもどおりワンピースでいいんじゃあないかな。時間帯は確か夜だったね、昨年の会場の写真を調べたんだけどライトアップするツリーを目立たせるように周りは少し薄暗いというか、ショッピングモールというロケーションを生かすようなライティングのようだから、落ち着いた色味ばかりだと逆に地味な印象になるかも。え? ああ、引っ張り出してる服の系統からそうかなって思っただけだけど当たってたんだ。まあそういわけで、玲ちゃんの左手側に映り込んでるワンピース……そうそれ、それに似た型のものに絞って、合わせてコートも並べてもらえる? よしよし、いいね。取り敢えず私の中でこれだっていう組み合わせを競わせてるからその間に、玲ちゃんヒールのあるショートブーツかブーティ持ってる? ああうんヒールの高さは気持ち高いといいかな~くらいでヒールの種類は歩きやすさ重視でいいんだけど、できればラウンドじゃなくてポインテッドかアーモンドトゥの……そう、トータルで見た時にそっちの方がまとまりが良いし、感覚として伝わるかな。ちょっとスマートに見えない? …………あっはは! そんなもんでいいんだよ、そもそもさ、サンラク君が細かな変化に気付くと思ってる? ……無言は肯定と取りまぁす。大前提としてデートってさ、楽しむもんでしょ? 無理に相手の好みに寄せた服着てさ、あーまあ、それを相手が大絶賛してくれるなら話は別だけど、着慣れてないがゆえの違和感とか不安なんてものはね、邪魔でしかないの。自分が良いと思えば自信にも繋がるし、私なんかはそれで気分も跳ね上がるワケ。そういうのって相手に伝わるものだからさ、玲ちゃんがまずは楽しまなきゃ。────ってことでぇ、玲ちゃん(と私)が納得するまでガチでいっくよぉ!
ノリに乗った永遠は饒舌であった。
ただ、気の済むまで着せ替えごっこでもしようなどといった雰囲気は口だけで、最初の試着で玲のコーディネートはほぼ嵌り切った。
驚きで目を丸める玲に、永遠は美しいほどのしたり顔で告げる。
「どうよ」
「す、すすっ、すごいです! あんなに悩んで、決まらなかったのに」
「自分でもちょっとイイ、って思えるでしょ」
「……はい。なんだか、気持ちが晴れやかで」
「んっふふ」
流石は私。いやぁ~~~~ごりっごりに徳積んじゃったなぁ。を余さず顔面に乗せたいい笑顔で、永遠は更に続ける。
「ここまできたら化粧と髪型にも口出ししていい?」
「いいんですか!? それは、願ってもないことで……」
「よぉし玲ちゃん化粧一式持ってそこへなおれぃ」
「た、直ちに!」
冬だし夜だしいつもより少し派手かな、くらいでいいんじゃないかな。ハーフアップにするとぐっと大人っぽくなるけどサイドを少し編むくらいの方が……いやここは敢えていつもの軽さを残して。と、試行錯誤しながらもきっちり「完成」にもっていった永遠の手腕は流石の一言である。途中、誰かさんのようにテンションありきで動いてしまったためその分の疲労が溜まりはしたが、充足感の一部のようなものだ。
「本当に何から何まで……ありがとうございましたっ」
「いいのいいの。私も楽しかった──……し、」
「……? どうかしましたか?」
「いや、トータルコーディネートって言うならひとつ余分だったなと」
クリスマス前後は雪の予報だったから少し寒いだろうがそれでも、時間をかけて積み上げたからこそ追加されようものまで読み切ったパーフェクトゲームで締めたくなった。
(失敗したくないっていってたし。ま、そう大きくハズしてくることはないでしょ)
「隙も計算のうちってね」
「?」
「ってなわけでマフラーはなし」
「わ、分かりました……??」
「ちょっと早いクリスマスプレゼントってことで……頑張ってね、玲ちゃん」
本当に頑張るべきがどちらなのかは永遠にも分かりかねるが、貸せる手は貸し尽くしたのだからあとは当人たちの問題だ。
私がここまで手を貸したんだ。失敗しようがないだろう。と、心地好い疲労感に抗わずベッドへ沈み、がらにもなく結果──どのような反応を得られたかを楽しみに眠りについた。
後日。
罵倒の限りを尽くすことになろうとは、一体誰が思おうか。